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七章 第27話 新たなる一歩

「は、はぁ!?」


 エレナの絶叫が部屋に木霊する。


「落ち着いて」


「落ち着けるわけないでしょ!?どうしてそう大事なことを相談なく……いや、使徒については私がどうこう言うことじゃないかもしれないけど!けど!」


 勝手に王家へ乗り込んだことが大変納得いかない様子で、とても怒られました。はい。

 移動と会談で少なくない時間を消費したせいで、俺が寮の部屋に戻ったのは夕方を過ぎた頃だった。ネンスのところに行っていると思ったままだったエレナに事の顛末を報告したところ、このように叱られているわけである。


「相談なしに行ったのはごめん」


 ただ忙しいネンスを通じて王家に渡りを付けるなら今しかないと思った。公式発表は明日の夕方ということで、発表後より前の方が交渉もしやすいかと。蓋を開けてみればあまり関係なかったけど。

 馬車を用意してもらうまでの短い時間、ヴィア先生に真実を伝えに行ったのは半ば衝動的なモノだ。王との約束を鑑みるとややグレーゾーンな気もするが、彼女は事の顛末を知る権利がある。むしろ教えないとどうなるか分からないような、少し危険な気がしたのだ。

 予感に過ぎないから、どうだかわからないけどね。

 どちらにせよ後で釘だけは刺しておいた方がいいかもしれない。


「むぅ……で、なんで王家?」


 むすっとした表情のままエレナが訊ねる。百歩譲って相談なく行ったことはいいとして、という前置きが堂々と顔に書いてある。

 さて、百歩譲ってもらって事情聴取が始まったわけだが、エレナの視線は依然険しい。彼女からすると王家に正体をバラすリスクを取ってまで動く必要があったのか、納得しきれない部分があるのだろう。


「今でも協力してくれる人とか、一杯いるのに」


 その点では彼女のいうことも一理ある。


「ん。でも王家が一番、都合がいいから」


「都合?」


 そう。態々リスクを飲んでまでユーレントハイム王と会談しに行ったのは、一番強力かつ後腐れなく互いを利用し合える権力者だったから。


「他の権力は、言い方は悪いけど、使い勝手が悪い」


「使い勝手って……まあ、いいや。たとえば?」


「一番はそもそも使徒の立場」


 バックにいるのは神という絶対的な存在。地上の法に囚われず、武力と権力を独立した状態で保有する肩書だ。会談でも発揮したように立場的には王と対等に渡り合える。

 それが使い勝手が悪い。

 その言葉だけでエレナは意味を理解したらしい。納得の苦笑いを浮かべて見せた。


「使徒だって大々的にバレたら面倒だもんね」


 彼女の言うように強大な肩書過ぎるのがネックなのだ。学院で人間関係を構築しながら布教とオルクス家お家騒動を画策している現状、一般に使徒であることが分かれば大問題だ。

 まだ若い学院の生徒やスキル至上主義な貴族は身構え、奴隷商や人間至上主義者からは命を狙われかねない。オルクス伯爵だって色々と動きだすだろうから、反乱がやりにくくなる。


「使徒の威光で無理やり布教やオルクス家の簒奪はしたくない」


「そういうのはやっぱり緩やかに仕込みとかしながらじゃないと、後々反感とか一杯買いそうだもんね……」


「ん」


 確かな実りが欲しいなら地道に種を植えて育てる必要がある。それと同じだ。


「じゃあ教会は?使徒なら協力してくれると思うけど」


「あそこも同じ」


 創世教会はあくまで創世神ロゴミアス、ミアに仕える団体だ。ミアが神々の盟主なのであらゆる神の使徒や信者に手を差し伸べるが、当然何かしらの貢献を要求される。


「パリエルに少し相談したことがある」


「エクセルさまの補佐官の天使さまだっけ」


「ん」


 眼鏡の苦労人パリエル曰く、使徒ならその名声を利用されるとのこと。


「教会は人類守護の要、それが影響力を広げることは重要な要素だけど」


「結局広く名前を知られたら困るよね。でもアクセラちゃんが目的まで教えて、広めないでって言えばいいんじゃないの?使徒は神様の代理人なんでしょ?」


「エレナ、甘い」


 教会も一枚岩じゃない。主神を裏切る神官はいないにしても、教義の解釈やどう貢献するかの思想は多岐にわたる。使徒は神の代理人だからどの使徒の言葉も神の言葉のように扱うべしという者もいれば、創世神以外の言葉は神のものであろうと聞く気はないという者もいるのだ。


「教会は人類守護の為にあらゆることをするべきで、それが創世神の意思である。そういう派閥がある。彼らはリークしてでも使徒をプロパガンダに利用するはず」


「うわ、なにそれ面倒くさい!」


 同じ創世教会でも俺の正体を知った上で秘匿してくれているエベレア司教は味方の権力者だ。しかし彼女は既に高齢で最近は体調もすぐれない様子。それに正体を黙っておいてくれるのは成人までという約束だ。彼女なりに俺への愛情と教会への帰属心のバランスのようなものなので、延長してくれとはなかなか言いにくい。

 ああ、そう考えるとあと半年で教会に伝わるのか……どうしようかな。

 頭の痛い問題がまた一つ浮上した。


「冒険者ギルドは……守ってくれるだけだもんね」


「ん」


 ギルドは冒険者を国や教会、あらゆる組織から守ってくれる。もちろん正当な理由がなければダメだが。それでも一種の国として機能している以上、国民たる冒険者を守る義務と責任が彼らにはあるのだ。ただしそれは守ってくれるだけであり、こちらが暗躍するのを手伝ってはくれない。そこはとてもドライな組織だ。


「それにギルドは教会以上に一枚岩じゃない」


「たしかに」


 ギルドには奴隷商や教会、スキル至上主義らしきザムロ公爵派、非合法組織、人間至上主義者などと繋がっている人間も所属している。誰がどうつながっているか分からない場所を今後の活動で頼りすぎるのは、自ら無駄なリスクを背負いに行っているのと同じだ。

 ギルドにだって頼れる人間はいる。レグムント侯爵領とそれに連なる領地のギルドを統括するネヴァラ本部ギルドマスター、マザー・ドウェイラは俺とエレナに裏書きを施してくれた人物だ。彼女なら多少のサポートはしてくれるだろうし、かつての魔獣討伐などでは情報工作をしてくれた事実がある。ただあの豪傑は情に厚くも職責に忠実な面が強い。ギルドの規約を大きく逸脱してまで動きはしないだろうな。

 他にも俺たちの故郷ケイサル強化支部の支部長エド=マイヤ、初対面のやらかしが原因で協力を惜しまないと約束してくれた王都下ギルドのフィネス=ウェッジホーンなど顔ぶれはそこそこ豪華だ。しかし彼らもマザー同様にギルドの規約は堅守するだろうから、積極的な権力の振り方は期待できない。


「ギルドは普通の冒険者として利用するのがいい」


「うん、そうだね」


 エレナは納得してから眉を寄せて「むぅ」といつものように唸った。他に頼りにできる権力を探しているのかもしれない。


「レグムント侯爵さまは!?」


 しばらくしてから彼女は思いついたとばかりに叫ぶ。


「ん、正解」


 彼女の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわしてやる。提案したつもりが既存の答えを言い当てただけと分かって、彼女は嬉しそうな中にも微妙な口惜しさをうかがわせる顔になった。


「侯爵は検討している」


 彼はオルクスの本来の主家であり、四大英雄の興した国内最有力の貴族。技術を導入せんと企む革新者でもある。


「いい人だよね」


「ん」


 賭けの結果とはいえエレナの学費を出してくれたし、昔軍船で会った水兵たちは彼のことを心から尊敬し信頼している様子だった。個人としての武勲も誉れ高い。


「問題は遠いこと」


「ネヴァラだもんね……」


 侯爵は基本的に自分の領地にいる。王都からは軍船で一晩の距離だ。民間の船ならもう一日見た方がいいかもしれない。この距離が有事の際にプラスとマイナス、どちらに働くかは容易に想像がつく。


「それに彼と私はお互いを見定めると約束してる」


「そうなの?」


 彼が推し進める改革にとって俺が有益な駒足りえるか、それとも排除すべき邪魔なモノであるのか。それを彼は見定めようとしている。俺もまた彼が本当に味方足りえるのかを見定めている最中だ。


「お互いまだ情報を伏せて動いてるから、全然進んでないけど」


 侯爵は俺の与り知らぬ貴族界隈でシンパを増やしているらしい。俺も学院で技術を広めようとしている段階。まったく情報が伝わらないせいで見定めるもなにもあったモノじゃない。


「でも今回のことで一つ、大きくリードできるかもしれない」


「やっぱり侯爵さまにも使徒だって明かすんだ?」


 さすがエレナ、察しがいい。

 距離が問題となったので今回は真っ先に候補から外した侯爵だが、関係を強化しておきたい相手に違いはないのだ。


「王家とのパイプ。いいカードになると思わない?」


 侯爵なら当然王とも親密だろう。しかし対立するは同じ四大貴族で肩書だけなら1つ上のザムロ公爵。拮抗する勢力との戦いだからこそ、王家と繋がる線をもう1本増やせるメリットは計り知れまい。


「ふふ、特大だね。でも大丈夫かな。まだ見定められてないんでしょ?」


「まどろっこしいから正面突破しようかなと」


 こっちは貴族界隈に情報網を持っていない。あちらは学院の中のことは外に持ち出さないという不文律が邪魔でこちらを探れない。お互いに見定めたいのに情報がなくて進まない現状は、誰も得をしない不愉快な停滞だ。

 俺は技術神の使徒であること、国王と直接かつ対等な面識を得たことの2つカードを持っている。加えてあちらは俺を取り込めるなら取り込みたいと思っている状況。侯爵と会って彼の目指す技術の在り様を確かめれば、協力するかしないかを決められる。


「ビクターとも話さないとだけど」


 侯爵と俺との間には親戚関係や家同士の上下関係など、しがらみがかなりある。王家とのように後腐れなくとはいかないのも懸念材料だった。


「そうだね。でもなんとかなるよ、きっと」


 いつの間にか俺の口癖がエレナにも移っている。そのフレーズは妙な安心感を俺に覚えさせた。


「ん。なんとかなる」


 なんとかなる。ならないときはする。それが俺のモットーだ。

 ネンスの護衛という予想の斜め上の仕事もできたことだし、夏休み明けからは精力的に動くことにしよう。


「ん、エレナが納得してくれたところで、ご飯食べに行こう」


 よっこらせとソファーを立つ。エレナにはジトっとした目で見つめられてしまった。


「納得はしたけど怒ってはいるから、アクセラちゃんの奢りね」


「食堂に奢りもなにもないでしょ……」


 寮に謹慎状態のような今の学院では商店街へ食べに出ることすらできない。幸いなことに各寮の食堂は味も量もしっかりしているので困りはしないのだが。


「じゃあデザート頂戴!」


「まあ、それくらいなら」


 結局甘いモノで買収されるあたり、この娘は成長しているのかしてないのか。

 俺は苦笑を浮かべてエレナと食堂へ向かった。


「あ、そうだ。アクセラちゃん」


「ん」


「帰ってきたら、わたしの覚悟を聞いてくれる?」


「ん、もちろん」


 ここからは2人揃って一歩先へ踏み出そう。


 ~★~


「ひ、ひひ……ひひひ……」


 狭苦しい石造りの部屋に引き攣った笑い声が木霊する。石壁には血管のように赤と青の光る線が走り、空気は地下深くのように冷たく澱んでいた。一方の壁が鉄格子になっているのも嫌な気配を醸し出すのに一役買っている。


「これで、これでいいのだな?」


 確認の言葉は男の目の前に立つ存在に向けて。ただしその視線は自らの手に固定されており、相手に一切の注意を払っていないことが一目でわかった。黒々とした刻印のなされた枯れ枝のような手は、初老に足を踏み入れかけた男の欲望に染まった手だ。


「ええ、ええ。その通りですヨ」


 対するもう一人の言葉は慇懃なようでどこか寒い気配を纏っている。例えるなら愉悦と狂気と殺意を混ぜて礼儀でラッピングしたような気配だ。並の悪魔よりよほど悪質。同時にどこか高貴な雰囲気も漂わせている。


「これで……これであの娘が手に入る。ひ、ひひ……ひひひ……」


 精神のタガが外れたような笑いを垂れ流す男。


「それからコレはほんのオマケ。お納め下さいナ」


 どこからともなく出てきたのは片手で持てる大きさのケース。パチリと音を立てて封が解かれ蓋が開かれる。


「つい先日、首都の結界すら欺けると実証できた新商品ですヨ」


「これはこれは……」


 ねっとりとした声で男が言う。その落ちくぼんだ目の覗き込む先には、濁った紫と骨色の混じった短剣がズラリと並んでいた。一つ一つから夥しい邪気が放たれている。それなのに目を離すと短剣がどのような見た目だったか分からなくなってしまう。


「閣下にお譲りしたチカラと合わせれば、無双の軍が出来上がりましょう」


 無双の軍。その言葉は男の鬱屈した別の欲望をも刺激する。


「使わせてもらうよ、君」


 返答を聞いて相手は満足したような気配を漏らした。


「随分と世話になったね、この数か月」


 ふと懐かしむように男が言う。


「いえいえ、コチラこそ。まさか人間の薬と閣下にお渡ししたチカラがアアも相性がヨイとは思わズ」


初めて本心のような感嘆を口にした相手に男は機嫌を良くする。


「あの薬は「琥珀の歯車」という者達から買ったものだよ。もし入用なら紹介状を書くが?」


「ご厚意だけで結構ですヨ、エエ。その力は閣下のような人望のある方ならではのものですかラ」


含みのある言葉を忍ばせ、相手は美しい所作で道化じみた礼を見せた。


「それでは頑張ってくださいネ、閣下。我らが孤高なる太陽の御加護があらんことヲ」


最後にそう言った相手は忽然と消える。まるで初めからそんな者は存在しなかったかのように。部屋に残ったのは這い回るような暗い笑い声とナイフを孕んだケースだけ。否、鉄格子の向こうで一対の瞳が黄色く輝いていた。


「ひひっひひひっ」


 痩せた眼窩から目玉が零れそうなほど目を見開いて、男は天を仰ぐ。そこに黒い石の天井など映っていない。


「これで……これでようやく手に入る!」


 彼が見つめるはもっと先にある未来、その歪んだ幻影。


「我が妻が、我がたった一人の愛しき妻が!!」


 それは白い髪と紫の瞳を持つ、神秘的な少女の幻影だった。


とうとう七章も終わり、夏が始まります。

出会いと別れ、喜びと悲しみの前期が終わりました。

この章をどう思われるかは読者諸氏それぞれでしょうが、

作者としては結構満足しています。

ただ作風としてこのまま重苦しい方向に舵を切る予定は

ないのでそこはご安心を!

ともあれ、その前に一響はお休みをいただきまするがな!


【お知らせ】

古いバージョンを間違ってアップしておりました。

2020/1/21 19:32に再掲しております。

なお変更点は最後の部分で明かされた情報の一部です。

ざっとお読み板だ開いた方が今後、楽しめると思います。

ご迷惑おかけいたしまするm(__)m


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

1月21日(火):七章最後の更新



2月18日(火):カリヤ外伝「赤き獅子の帰還」①

2月19日(水):同外伝②

2月20日(木):同外伝③

2月21日(金):同外伝④


2月29日(土):八章「灼熱の編」第1話

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


~予告~

遠く離れたエクセララ。

赤髪の英傑が舞い戻る。

次回、赤き獅子の帰還 在処―Belonging―


連日投稿となりますのでよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点]  アクセラとエレナのツーカーな感じがとても尊い……。 [気になる点]  ひぃっ、って思わず声が出そうなくらい不気味なラストでした。ねばついた生理的嫌悪感というか。 [一言]  デザートで買…
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