七章 第26話 会談
ヴィア先生の部屋に寄った後、俺は学院の裏口に停められた馬車に乗り込んだ。4頭立ての立派な馬車だ。扉には王家の紋章が金で描かれ、外見も内装も果てしなく豪華。そのくせ外から見るとあったはずの窓はなく、御者もフードを目深にかぶった寡黙な人物。
特殊な目的の馬車なんだろうな。
恐らくは今の俺のように余人に知られては困る話を王家に招かれてする人間用の馬車だ。後ろ暗い目的でも使われるのか、椅子の下には荷物入れにしては大きすぎる空間があるようだが。もちろん今は誰も入っていない。
俺の告白を聞いたネンスは大いに取り乱したが、さすがは一国の第一王子というべきか、すぐに無理やり冷静になって国王への報告に学院を発った。俺への諸々の疑問は飲み込んでだ。色々と言いたいことがありそうな顔をしつつも俺が使徒だと言ったことに関しては疑ってない様子だったのが印象的だった。いつの間にかそんな突拍子もないことを信じてもらえるほどに絆が深まっていたのか、あるいは使徒を語るという大それた馬鹿はいないと思われただけか。
俺があたりを見回しているうちに鞭がしなる音が聞こえ、馬車はゆっくりと走りだす。向かうは当然王都の中心ユーレントハイム王国王城。その最奥にて座す国王その人だ。
「さて」
これから俺がする予定の提案。国王陛下は飲んでくれるだろうか。
もしダメだと突っぱねられれば、正直かなり困ったことになる。これは大きな賭けだ。もしかしたらする必要のない賭けかもしれないが、するなら今しかない。ベットコインは俺の学院生活とオルクス家の反乱計画そのもの。潜在的な敵を表面化させる危険性とかなり重いリスクもある。それでも勝つ見込みの方が高いとは思う。
「ん、なんとかなる」
最後に気合いを入れ直して、俺は会談の後に待つエレナへの説明に頭をシフトさせた。
~★~
王城の裏門から入った俺は刀とナイフと杖を全て預けて小さな謁見の間に通された。大きさは教室2つ分ほど。場所もえらく端っこの方で、今回のような人目を忍んだ謁見などに使われている場所らしい。壁も床も等間隔の柱も全てが大理石製。コバルトブルーの絨毯が敷かれ、柱からも同色のタペストリーが下げられている。タペストリーの裏側は空洞になっているのか、各柱に1人ずつ人の気配が感じられた。
馬車の御者と同じ手合いかな?
今回の会談は極秘のため警護には近衛騎士ではなく、暗部のような連中を配置しているのか。そうでなければここで暗殺するつもりかもしれない。
いや、それは流石にないか。
使徒を傷つけることは禁止されていない。もし使徒と人の利害が対立するなら、人が反抗することを神々は咎めない。ミアたちは人間を管理したいわけじゃないからだ。しかしだからといって積極的に攻撃する奴はほぼいないし、なにより俺を始末するメリットがあちらにない。
ただの護衛であってほしいものだね。
そう思いながら絨毯の真ん中まで進んで足を止める。目の前には10段にも及ぶ階段があり、その上に国王が座る玉座が誂えられていた。そこから見下ろすのが王の仕事というわけだ。
「オホン」
金銀財宝で彩られた権威の象徴たる椅子を眺めていると、どこかわざとらしい咳払いと共に男が入室してくる。玉座より数段下の袖からだ。コバルトブルーの礼装に身を包んだ禿頭の彼は、いかにもこちらを胡散臭げな目で睨んでから襟を正した。
「国王陛下、御入場!!」
よく通る声で男が叫ぶ。それからもう一睨み。言いたいことは分かるけど、無視させてもらう。俺と男が視線で駆け引きのようなことをしていると、最上段の袖から豪奢なガウンを纏った偉丈夫が出てきた。右手には巨大な宝石のついた黄金の錫杖、腰には純白に輝く麗々しい装飾の剣、頭には精緻な彫金の施された冠。髪はアッシュグレーで瞳はイエロートパーズ。顔の作りはどことなくネンスと似通い、それでいて思慮深さと険しさを窺わせる。
彼は付き従って出てきた従者に杖と剣を持たせ、鷹揚な仕草で玉座に腰かけた。
「余がユーレントハイム王国国王ラトナビュラ=サファイア=ユーレントハイムである」
威厳のある声。貴族子女のお披露目会や学院の入学式で見せたような慈愛と柔和さは微塵もない、一国の王としての姿がそこにはあった。
「陛下の御前である、頭が高い!」
俺が国王を真っ直ぐ見据えて観察していると、禿頭の男が青筋を立てて叫んだ。
「……」
「……」
俺と王は視線を合わせて互いを見つめた。相手を読み合うかのように。それがまた男の神経を逆なでしているようで、視界の端では青筋がビキビキと浮かんでいく。
「国王陛下の御前にあって、誰の許しを得て立つか!」
「神」
視線を動かすことなくただ一言応える。
「き、貴様はオルクス家の者であろう!お家の仰ぐ主君を前になんという態度か!」
果たしてオルクス伯爵は国王を主と仰いでいるのだろうか。そんな疑問が真っ先に浮かんだ。
「私は今日、技術神エクセルの使徒として来た。神の使徒が一国の王に膝を折ることはない」
まあ、ないかどうかは知らないけど。少なくとも立場に上下関係はない。
素っ気ない態度が余計に怒りを助長したようで、男は頭丸ごと真っ赤にして射殺さんばかりに睨み付けてくる。
「そのような成り上がりの新しき神の使徒が!歴史あるユーレントハイム王の前でなんたる態度かっ!!」
言われてみればエクセルとしての生涯を合わせてもユーレントハイム王家の方が圧倒的に古い存在だ。となると知名度も低いこの国では俺の立場は王家より下なのか。
いや、それでも神だしな。
「む、無視だと……?陛下のお声をお預かりするこの私を無視だと!?」
謁見において国王と謁見者の間に立つ代弁者。その職務を軽んじられたと受け取ったのか、男の顔は怒りでもう土気色になっている。
「貴様のような無礼者は即刻首を」
「止さぬか」
「!!」
なにやら物騒な言葉を発しかけた男を遮って、国王その人が短く言った。すると男は不思議なほどピタリと話すのを止めて数歩脇に退く。まるで国王の言葉に通り道を譲るように。
「技術神エクセルの使徒アクセラ。余の声が無礼を申したこと、申し訳なく思う」
王は頭を下げぬものと前世の友人であったどこぞの王も言ってたが、その通りユーレントハイム王は言葉だけの謝罪をした。これでもなかなか珍しいことだ。
「気にしない」
「ふむ。気にしない、か……その歳で使徒の振る舞いをよく分かっておるようだな」
「使徒は地上のいかなる権力にも頭を垂れず、さりとて垂れさせもせず」
「その通りである」
正解した生徒を褒める教師のように、王はわずかな笑みを口元に浮かべる。
「では幼き使徒よ、その方が使徒であるという証を立てよ」
仕切り直すようなその言葉に俺は自分の目を真鍮色の神眼に変化させる。
「これでいい?」
「ふむ。確かに使徒の瞳であるな。よければ技術神が主神であるという証も欲しい所であるが」
あ……。
言われて気づいた。俺が誰の使徒であるかを示せる証拠は、ほとんどない。
「……」
「どうした?」
怪訝そうな王になんと答えるか迷う。彼もただ確認のために言っている様子で、別にこちらを困らせようとはしていない。だが困る。
刀を出す?でもエクセルの得物なんてユーレントハイム王が知るはずもないし。同じ理論で俺の神力の色も判別つかないだろうし。
「何をもって証拠と?」
一応尋ねてみる。
「言われてみればそうであるな……余はエクセル神のことを寡聞にして知らぬ」
遠方で生まれた新しい神のことなど詳しく知らなくて当然だ。名前とざっとした概要くらいは知っているだろうが、如何せん神は多い。
「陛下、私が紋章を覚えておりまする」
主をフォローするように禿頭が言う。王はそれに頷いてこう言った。
「だそうだ。ベニテスに紋章を見せてやってくれぬか」
「……」
そうなると思ってた。
「ん……その、紋章はちょっと」
「なに?」
渋る俺に王の視線は険しくなる。ここで拒む理由が彼にはピンとこないようで。
女になってみて初めて分かったけど、意外と男って鈍いものだよな。
逆もまた真なりなので批判する気にはなれないが、しみじみとそんなことを思う。
「紋章、背中だから……」
「それが……ああ、うむ」
つい「それがどうした」と言いかけた王はすぐに察して口を噤んだ。学院の制服を纏う俺が背中の紋章を見せようと思うと、上着とブラウスを脱ぐ必要があるわけで。しかも裾をスカートに入れてガッチリ締めるタイプの構造なので、ブラウスを脱ぐにはスカートまで脱がないといけないわけで。
やたら広い謁見の間で上下とも下着姿になるのか。
中身が男だから男に見られるくらい問題ない。そう俺自身思っていたのだが、いざしろと言われると妙な抵抗感が生まれる。前世の感覚に合わせて例えるなら街中で下まで服を脱げと言われているような、モラルと羞恥が全力でブレーキをかけているイメージだろうか。
「脱ぐのは、ちょっと」
意図せずやや小さい声が出た。まるで恥じらう乙女のようなトーンに余計恥ずかしくなってくる。
「そうであるな……まあ使徒が自らの主神を偽るなど考えられぬこと。使徒であると確認できた以上よかろう。問題ないな、ベニテス?」
振られた禿頭の男、ベニテスは大仰に頷いて見せる。
「陛下の仰る通りかと」
「オホン。王子からその方は言葉の少ない娘であると聞いておる。無駄話は余も好かぬのでな、まずはこちらの用件を済ますとしよう」
再度切り替えるようにそう言って王は本題に入った。
会談を申し込んだのはこちらだが、向こうも向こうで用事があったらしい。会話の主導権という些事に頓着しない俺はただ頷いてソレを待つ。
「此度の契約者討伐に際し、国から褒章がある。ベニテス、例の物を」
「はっ」
禿頭の男、ベニテスが脇にはけてから盆を持って戻ってくる。その上には大きめの革袋と羊皮紙が2枚。彼はそれを持って俺の前にやってきた。少し前まで血管が爆発しそうなほど怒り狂っていたとは思えない穏やかな表情を浮かべて。
これは猿芝居に付き合わされたな。
「これは?」
「契約者の討伐には報奨金が出る。また余の名において技術神の教えをこの国に広める許可証をしたためた」
「お金はいらない」
「ほう?」
王の目が細められる。公式発表の偽りを黙っておけという、口封じを兼ねた金であることは分かっている。それを受け取らないということは王家からすれば不安の種だろう。それでも俺はメルケ先生を討ち取ったことで金なんて貰いたくなかった。
「私の用件もそのことについて。提案があって来た」
「金子以外の物で報いよということか。あるいはそもそも報いさせるつもりなどないと?」
眼光に威圧が混じる。報酬なんて受け取るつもりはなく、事実を暴露すると宣言しに来たのではないか。そういう疑念も王は抱いているようだ。ネンスはおそらく先生の扱いを俺が不服に思っていることを伝えたのだろう。一度はあの部屋で納得したが、少し考えて「やはり」と思ったのかもしれないと。
「公式発表のことは別にいい」
「そうか」
眼光を収めることなく頷く王。
「私は今日ここに来ていない」
「この会談は闇に葬れと?」
「ん。だから報奨金はいらない」
来ていない人物、確認されていない使徒に報奨金を払ったのでは使途不明金になってしまう。そうしないためには払うことを諦める必要がある。まあ、俺が正体を明かした時点で支払うか支払わないかという問題が再燃するはずだが、それは今どうでもいい。
「布教の許可証はどうするのだ?ソレはその方が今最も欲しい物であると余は思うのだがな」
王が指し示す羊皮紙。一国の王がその名において技術神を新しい宗教として支援するという誓約の書類だ。これがあれば国中に教会が立て放題、大手を振って布教をしても怪しい宗教扱いされずに済む。
確かに欲しいけど……このオヤジ、案外がめついな。
「教会が使徒による討伐だと知れば勝手に要求する。私が報酬にもらう必要ない」
「だがその方は教会ではなく王家にまず接触を図った。あちらに今は行きたくない理由があるのであろう」
「天使から教会に連絡を回せば正体を知らせずに功績を主張することは可能」
「その前に余と会談を望んだ訳があると?」
「ん」
順番を間違えると話がややこしくなるのだ。特に教会はどう反応するかが分からない面もあって厄介。だからこそ先にこちらへ話を通したい。
「よかろう。報酬は一旦白紙とした上でその方の提案とやらを聞こうではないか」
ここで意地を張り合っても仕方がないと思ってくれたようで、王は深く玉座に腰かけて俺に先を譲ってくれた。
「私からの要求は3つ」
指を3本立てて見せる。
「まず1つ。私の正体に関して厳重に秘匿してほしい」
「構わぬぞ」
鞍替えの件といい裏での商売のことといい、とかく悪い意味で目立っているオルクス家。その長女が技術神の使徒だと分かったとき、貴族界に巻き起こる波乱の方が王家としては面倒だ。そういう事情を含んでの王の即答。この提案は向こうにメリットすらある。
「次。国内での使徒としての活動を可能な限り支援してほしい」
「……それは金銭的な意味で、ということであるか?」
「違う」
俺がしてほしい支援とは活動の黙認。これは最初に王が提示した布教の許可と似ているがやや違う。
「利害がぶつからない範囲でいい。可能なら事前にネンスを通じて報告する」
「条件はこちらに随分譲歩したようだが、具体的な部分が分からぬ以上なんとも答えようがない」
髪と同じアッシュの顎髭を指で撫でつけながら王は眉を寄せて唸った。国王として一番警戒するべきはこういった詳細のあやふやな契約だ。それゆえに1つ目と違ってかなり慎重な態度を見せてくる。
「例えば学院の結界。少し弄らせてほしい」
「神塞結界に手を加えたいと?それは許可できぬ」
キッパリと拒否をされてしまった。
神塞結界は悪神の眷属を通過させない聖魔法の儀式結界であり、ガイラテイン聖王国から提供された巨大魔法陣により稼働している。都市防衛の要である以上いくら使徒といえども簡単に手は出させられないか。
「なら結界の内側に別の結果を張らせてほしい」
「別の結界?」
神塞結界は外からの敵を弾くという意味では、悪神の本体にすら有効な最強クラスの魔法だ。しかし今回のように内側で発生した悪魔にはなんの意味もない。また地下にあった脱出路のように外へ出るだけなら抜け道が作れるのだ。
と言いつつ抜け道なんて初めて見たし、作れること自体知らなかったけど。
「内側にある邪悪を感知して私に知らせる結界」
「そんなものが作れると?」
「たぶん」
一瞬の沈黙。賢君として多くの貴族から支持される王は今、そのよく回る頭で考えているのだ。結界の持つ脆弱性をカバーできるメリット、それを俺1人に任せるデメリット、提案自体を受け入れて得られる恩恵、何かあったときに背負う責任。それら全てを勘案してプラスに傾くかどうか。
「よかろう」
長い黙考の末に王が出した結論は、どうやらプラス優勢だったようだ。
「ただし条件を追加させてもらう。その方が申したように事前の提案を前提とする。事後承諾であった場合は擁護、あるいは黙認の確約をしかねる。これでよいか」
「黙認してくれないのはどういう場合?」
「これもその方が申したように王家、あるいは国家の利益と反する場合であるな。また議会を経ずに取り決めた約定であるからして、王家の手に余る規模や内容になればどうすることもできない」
この国の王族はかなり強権を持っているクチなので、そこは大丈夫だと思う。
「ん。その条件でいい」
ふと見れば、いつの間にか盆を捧げ持っていたはずのベニテスが壇上に戻っている。しかも手にはボードとペンが握られていて、今の会話で出た結論を書き止めている。それだけなら書記の仕事までするのかと驚くだけなのだが、なんと彼はリオリー魔法店の複写用魔導筆を使っているではないか。
まいどあり。
エレナの生み出した複数の専用用紙に同じ内容を焼きつける魔道具が、こんなところで使用されているとは。いいものを見た。
「して、3つ目とやらは?」
ついまじまじとベニテスを見てしまっていた。王に先を促させるなんて、見る者が見れば噴飯モノだ。ただしベニテスは黙々と筆記を続けている。
まあいいや。
「最後の1つ。オルクスについてはオルクスでなんとかする。手出し無用」
「王に、貴族へ干渉するなと……そう申すか」
一気に膨れ上がる王の威圧感。一瞬感化されて伏兵たちが気配を露わにしてしまう程に圧倒的で、同時にどこまでも厳粛な風格を纏った力。王の気迫とでも言えばいいのか、自ずと平伏したくなるようなナニカがそこには込められている。
『王族』スキルの、たしか王気だったか。
重力が増したような空気の中でも真っ直ぐ見返して、王気に抗い立ち続ける。
「答えよ、使徒アクセラ」
貴族にまつわる権利は何人も侵害できない王の特権。王が王たるために必須な権能だ。それに手を出そうとすれば、たとえ使徒や教会であっても相応の覚悟が求められる。命をかける覚悟が。
今のは、俺が言葉足らず過ぎたな。
「言い方が悪かった。謝る」
「……」
「オルクス家の問題は陛下も把握しているでしょ?」
その問いに彼は厳しい表情のまま黙した。
「家はそう遠くない未来、弟が継ぐ。それまで手出しを待ってほしいだけ」
「実の父を討つとでもいうつもりか、その方は。いくら使徒と言えど我が国の伯爵を害すれば国軍をもって討つことになろうぞ!」
あんな伯爵でも仇討ちに使徒と戦うか。
面子の問題だというのは分かっているが、王が即座にそう吼えたことが俺はなぜか嬉しかった。オルクス伯爵に愛情も愛着もないはずなのに。
「ふふ」
「何がおかしい」
「ん、よい王だと思っただけ」
「……」
「……」
「……はぁ」
毒気を抜かれたような顔になった王は、次いで憮然とした表情を浮かべて肘掛けに肘を乗せた。その上に顎を乗せてため息を吐く。
「その方と喋っていると余は疲れる」
黄緑の宝石じみた目で俺を見下ろす男は諦め口調で続ける。
「オルクス家の件、よほどの事がない限り待つこととする。だがもし「よほどの事」があればその時は容赦すると思うてくれるなよ」
「ありがと」
これで俺からの要求は3つとも承認されたわけだ。向こうにデメリットが少なかったとはいえ、貴族のことにまで触れた割には抵抗が少なかった。
そんな風に考えた矢先、王がもう一度口を開いた。
「ベニテスよ、ふと思うたのだが」
芝居が掛かった声音で訪ねる王にベニテスは振り向く。
「はっ、なんでございましょう?」
「報奨金と許可証の代わりにしては些か過ぎた褒美ではないだろうか」
「なるほど、左様にございますな」
納得顔で頷くベニテス。何の茶番が始まったのやら。
「如何に使徒相手とはいえ、少々お心が広すぎるやもしれません」
「やはりそうであるか。これはどうするべきであろうな?」
一度提案が通って俺が安堵したところで追加条件。よほどの事がない限りこちらは勝ち取った物を守ろうとするから、言われるがままそれを飲むと。
してやられた。すんなり受け入れたのは意図があってか。悔しい。
「はぁ……何をさせたいの?」
「おお、使徒殿から何かしてくれると言うなら是非もない」
なにが「使徒殿」だ、このタヌキ親父。
口元に今までで一番の笑みを浮かべた王は、たっぷりと溜めてから追加の条件を明かした。
「それでは使徒アクセラよ。その方には学院に所属する間、王子の警護をしてもらおう」
「……は?」
~★~
アクセラ=ラナ=オルクス……否、技術神エクセルが使徒アクセラの去った謁見の間で余は体から力を抜く。柱に待機していた薄暮騎士団たちは全て下がらせて、余とベニテスだけがコバルトブルーの部屋に残っている。
「ベニテスよ、どう思う?」
「少々お待ちを」
余の眼前でベニテスの顔が溶け崩れ、まったく別人のそれに変化する。金の長髪に緑が混じった中年エルフの顔にだ。体格も変化して背の高い偉丈夫の物になる。
「それを余の前でするなと言っておるだろうが、気色悪い!」
王の声のベニテスという表の姿が消えると、そこには暗部たる薄暮騎士団の団長ズティーユが現れる。
「そう仰るなら見なければ宜しかろうに」
苦笑を浮かべるズティーユは男の余から見ても整った顔をしたエルフだ。しかしその本質は草臥れた優男のようなものではない。ユーレントハイム王国に所属するたった2人の超越者の片割れなのである。
「それで、あの娘についてどう思う」
「そうですな……貴族の出とは思えないほどに侮辱や言葉におおらか。温厚で攻撃的なところがなく、しかし年相応に稚気がある娘かと」
「あれほど豪胆な娘が年相応とは、恐ろしい時代だ」
余の皮肉にも彼は苦笑を崩さない。
「しかし流石は使徒。私めの部下は全て感づかれていた様子です」
「戦えば倒せるか」
当然、という返事がくると思って投げかけた言葉。しかし返ってきたのは煮え切らない応えだった。
「現状ならば勝てるでしょうが……来年、再来年となると確約はしかねますな」
「なんと」
「契約者へと堕ちたメルケという男、魔法騎士団にかつて所属しておりましてな。魔法の方は狡すっからいモノばかりでしたが、剣の方は質実剛健でなかなかのものでした」
「それを斬ったのがあの娘というわけか……」
「今後もどう成長するかわかりませぬ故、確実に倒せるのは今だけかと」
それは確かに恐ろしい腕前だ。使徒と契約者という相性を差し引いても、生半な騎士では太刀打ちできないに違いない。
「しかしそれほどの騎士が悪神の側に渡ってしまった理由……調べてくれるな?」
「お望みとあらば。ただ大方の予想はつきますな。不名誉除隊と聞きましたが、品行方正どころか真四角な男と見受けられました故」
権力闘争に負けたか。
剣で語るべき騎士が策謀で同士討ちなど、戦時ならばこの王自ら正しに拳を振るってくれるところである。なんとも長き平和の罪深き事よ。
「もしそのような証拠が出て参ったなら首謀者を厳罰に処せ。異端となった男の無念は晴らしようがないが、今以上に騎士団を腐らせることは止めれよう」
「それはよいお考えですな。次にあの娘が来るまでにカタを付けられれば陛下の印象もよいものとなりましょうぞ」
ズティーユの言葉にわずかばかり考える。そういえば愚息の報告ではアクセラという娘、メルケなる契約者によく懐いていたという。この度の公式発表でも彼の異端の名誉が不必要に貶められていると腹を立てていたとも。
「異端となった時点で名誉など皆無。そこにいくら罪状が積みあがろうが誰もなんとも思わぬのだがな、普通は」
使徒であるが故か、オルクスの悪名に晒され続けた結果か。いずれにせよベニテスの挑発にも全く反応しなかったことを含め、特殊な価値観を持った少女のようだ。
「あるいはあの娘、彼の契約者に淡い想いなど寄せていたのやもしれません」
大人へと変わりゆく少女の恋か。中年も盛りの余やズティーユから見れば儚く美しいが、本人にすればただただ悲しいことであろうな。
「自らの手で想い人を討ち取ったか。報われぬモノだのう」
これは騎士団を腐らせる不届き者の首でも召し取って、死んだ男へのせめてもの手向けにしてやらねばな。
「だが一応、使徒について可能な限り調べておけ。特質と弱点もな」
「御意」
一言応えるとズティーユは空に溶け消えるようにして見えなくなった。
次回で一か月のお休みに入ります。
よろしくお願いしますね!
~予告~
戦いは終われど、それは束の間の平穏。
新たなる闇と光が蠢動を始める。
次回、新たなる一歩




