七章 第25話 それぞれの
あの夜から4日後の昼、俺はネンスの部屋に招かれていた。地下で別れてから彼と会うのは2度目だ。俺たちの知りうるすべてを彼に伝え情報交換とした一回目は、忙しすぎてまともに会話らしい会話を交わすことすらできなかった。なので今日が最初と言ってもいいかもしれない。
「待たせた」
以前お茶に呼ばれたときと同じ応接室で待っているとほどなくネンスが入室。その後ろにはどことなく納まりの悪い空間が、マレシスはもういないと痛いほどに主張する。
「お茶でいいか。私が淹れる」
「ありがと」
部屋の隅に置かれた棚から茶器を取り出し、魔道具で湯を沸かし始めるネンス。連日、当事者の1人として国への報告をこなし、その後の方針策定の会議にも出ていた彼の顔は疲労が色濃く映っていた。それでも彼は俺に背を向けたまま、一息つくこともなく話を始めた。
ちなみに彼の独断で俺とエレナのことは報告から省かれ、国から出頭を要求されることはなかった。オルクスの人間が絡んでいると正式に知られればあらぬ疑いを掛けられるかもしれない。そんな配慮だった。
「今日来てもらったのは事件の公式発表が決定したからだ」
事件の発生を受けた学院上層部、王国上層部、教会はそれぞれが調査と捜査を始め、その間俺たち学生は寮で待機ということになっていた。授業は全て休校だが不必要な外出は禁止され、学院外に出ることも厳禁とされた。寮長や先生たちも事情を説明されていない様子で、誰もが不安な日々を過ごしている。
「発表は明日の夕方だが、生徒の自室待機は今週一杯続く。そのあとは数日授業があって、夏の長期休暇だ」
「そう」
生徒を自室に閉じ込めておくことで混乱を抑制、その間に悪魔の手引きをした存在を追いつめるつもりなのだろう。
「ストレートでいいか」
「ん」
ネンスがトレイに茶器一式を乗せてテーブルまで運んでくれる。焼き物のティーポットからは細い湯気が立っていた。
「それで発表の内容だが、落ち着いて聞いてほしい」
言葉を選ぶような気配がネンスにはあった。そんな前置きをするほど酷い内容なのか。そう思って眉を寄せる俺から彼は視線を逸らした。そして諦めたように、できるだけ余所余所しい声で言う。
「ルロワ嬢が日課の散歩をしている最中、何者かの手引きで学院内へ侵入した悪魔に襲撃された。そこへ通りがかった近衛騎士マレシスが悪魔と交戦、追い払うことに成功するも深手を負い死亡」
アレニカを被害者に、マレシスをヒーローに仕立てる上げることで両者の名誉を守ろうという判断。それはいいと思う。アレニカのような貴族らしい貴族には誘拐というレッテルが重く作用する。マレシスだって悪魔に憑りつかれて死んだというより、戦って死んだという方が面目も立つ。そうした配慮は当然のことだと思うし、なにより俺たちもネンスに気を回してもらって事態の外に配置してもらったのだ。
「いいと思う」
短く反応すると、彼は余計に何かを恐れるような視線の動かし方をした。それでも上手く回避する方法がないと思ったのか、今度は全身に力を入れて俺を見据える。
「戦闘学教師メルケは悪神と契約し悪魔を招き入れたものの、悪魔が近衛騎士マレシスにより撃退されたため学外へ逃亡」
「え……」
「その後悪神を顕現させる邪悪な儀式を試み、危うく成就する直前で何者かにより討伐。確認された強力な神の気からよほど高位の聖職者か加護持ちによるものと推測され、善神の思し召しによるものだと発表される」
「待って」
「なお契約者メルケによるこれら人類へ背信行為は許し難く、教会は異端認定を決定した」
「ちょっと待って!」
俺の静止など聞こえないとばかりに述べられる内容に、つい声を荒げてしまう。その反応を見越して彼は挙動不審になっていたのだろうが、そんなことを冷静に分析していられる余裕は俺にない。
「どういうこと?」
「お前のことは報告していないが、聖魔法が戦闘で行使されたことも悪神が顕現しかけたことも教会は調べていた」
それはそうだろうさ。
創世教会は聖魔法や神々に関してのエキスパートだ。あの夜、俺が戦っている間にも連中はそれらの事を把握して、さらには対処のために大騒動になっていたはずだ。断片の情報を繋いでも誰がどういう経緯で戦ったのかが分からない以上、神の思し召しとして教会の発言力を高めつつ民を安心させるという一挙両得を目指すのは当たり前。それが仕事なのだから、そこに文句はない。
「メルケ先生は悪魔の件に関係ない。悪神の召喚もしていない」
俺が許せないのはその部分だ。悪魔の件はまだ正体の判明していない誰かの仕業で、悪神は契約の代価を取り立てんと自ら現身を送り込んできた。たしかに後者はメルケ先生のやったことが原因かもしれないが、それも本来の代価である少女の生贄を踏み倒したからおきたこと。
これじゃ生贄はメルケ先生じゃないか!
エレナから聞いた彼の心中は、情報交換をした日にネンスには伝えてあったのに。それがどうしてこうなるのか。俺はわずかに目の前の王子を睨む。そうなった原因である会議に全て出席していたはずのネンスを。
「彼は契約の責任は自分の魂で払うつもりだった。エレナに傷をつける気はなかったし、それどころかアレニカについても守ろうとした。メルケ先生は最後まで」
「メルケ」
「……」
「メルケだ。先生と付けるな」
感情のない声で言うネンスを俺は睨み返した。
「異端に認定された者は人類の敵対者。あらゆる名誉を失い永劫に憎まれる存在だ。敬称をつけて呼ぶところを他の人間に見られれば色々と誤解を生む」
創世教会は公明正大にして清廉な人類の守護者。神々の意思を地上に伝え、聖魔法と軍事力で人類の敵対者から無辜の民を守る盾の組織。各国の政府を尊重しつつも有事の際には全てを従えて指揮を執る世界の盟主。
彼らは正義である。
その事実は俺でさえ疑ったことがない。
が、異端認定だけは……。
異端認定は人類を裏切った人類に対して行われる。認定されれば名誉も財産も命も全てを否定される、残虐極まりない見せしめのシステム。明確な裏切りが確認されなければ実行されない重い判断だけに、一度決まれば覆すことは誰にもできない。
「ただでさえ微妙な立場だろう、お前は」
そう付け加えたネンスの視線は険しかった。メルケ先生を憎んでいるから、俺が彼の肩を持つことが許せないからという理由じゃない。俺が怒りのままに動いて立場を悪くしないかと心配してのことだ。
「……創世教会のそういう所、大嫌い」
「お前の報告にもあった通り、あの男が悪神と契約していたことは事実だ」
たしかに、そうかもしれない。
悪魔や悪神の出現に無関係でも契約そのものは交わしていた。異端認定される理由はある。加えてアレニカもエレナも攫われていなかったとした以上、先生が被害を押さえるべく努力していたことは秘密になってしまう。
「でも短剣を持ちこんだ者はどうなるの?」
「それは教会が内定を行うそうだ。あくまで極秘裏にな」
メルケ先生が犯人として挙がれば真犯人の警戒が緩むかもしれない。そういう意味もあっての濡れ衣。有効かもしれないが、本心を言えば反吐が出る。
「諸々勘案した結果、一番被害を少なくするためにあの男に全てを被ってもらう」
ああ……俺が納得できないだけで、確かに一番マシな結論かもな。
ネンスに説明されてようやく俺は少し冷静になれた。あれだけの戦士が必要以上に名誉を奪われて葬られることがどうしようもなく苛立たしかっただけで、理詰めで考えればそれがベストなのは分かり切っている。
「これはユーレントハイム王国と創世教会が出した最終結論だ。変な気は起こさないでくれ」
言い含める様なネンスの言葉に、俺は力を抜いてソファに体を沈ませた。
メルケ先生、ごめんね。
マシなアイデアが浮かばない以上、俺がどうこうするべきじゃない。コトは俺とエレナ、領地の皆、それに巻き込まれただけのアレニカの将来を左右する問題。刀一振りと身一つで奴隷商を襲っていた大昔とはワケが違う。
先生だって自分の名誉がどうなるかは分かっていたんだろうしな。
「……突き放した言い方をして悪かったな」
俺が矛を収めたことでネンスも力を抜いた。それからこんな事を言った。
「私もあの男の授業は好きだった」
「……ん」
「マレシスだってそうだったよ」
「……ん」
「彼が柔軟で強さに貪欲な良い教師だったおかげで、私たちはこれだけ仲良くなれた。マレシスは死んでしまったが、レイルやお前と友になれた事実は消えない」
「ん」
彼の言葉に俺は頷く。
「世の中の人間はさっき言った罪状が3つだろうが1つだろうが同じに思うだろう」
そうだね。
「それなら俺たちだけが知っていればいいじゃないか。メルケ先生の心は」
俺に釘を刺したその口で「先生」と言ってみせたネンス。そこに込められた熱は説得力のあるものだった。
「……わかった」
そう答えるとネンスはほっとしたように微笑んだ。それから紅茶を一口すすって顔をしかめる。俺も紅茶を飲んで、やはり顔をしかめた。
「「まずい」」
思わず声を揃えて言うほどに。渋すぎるくせに味が薄い。どうやったらこんなに不味い紅茶が淹れられるのか、むしろ知りたいほど不味い。
「す、すまん。ずっとマレシスに頼んでいたものだからな……」
困ったような泣きそうな複雑な表情でネンスはカップを覗き込む。彼はマレシスの淹れるお茶が本当に好きだった。店に行っても紅茶以外を飲むほど、それだけはマレシスに任せて譲らなかった。だがこれからは別の人間が淹れたお茶を飲むか、自分で淹れた不味い茶を啜るしかないのだ。
「……あ」
零れた声。一滴、不味い紅茶を余計不味くする塩がカップに注がれる。
「何か代わりの飲み物を持ってくる。待っていてくれ」
慌てて俺から顔を背け、立ち上がって扉に向かうネンス。部屋を足早に出ようとする彼を呼び留めて、俺は今日言わなくてはと思っていた事を口にした。
「マレシスは立派だった」
「!」
「彼のおかげで悪魔が倒せた」
「……」
「最後まで騎士の誇りを忘れなかった。マレシスが英雄なのは公式発表の中だけじゃない」
「……」
「勇敢で忠義に厚い、本物の騎士だったよ」
「……ありがとう」
か細い声でそれだけ言って、彼は今度こそ部屋を出て行った。飲み物の代わりはしばらく出されそうになかったが、気にはならなかった。
俺は俺で考えないといけないしね。
―ただでさえ微妙な立場だろう、お前は―
ついさっき言われた言葉を思い返す。俺の立場は不確かで微妙。彼の言う通りだ。
使徒、伯爵家令嬢、学院の生徒、冒険者……いずれも現段階では絶対的な肩書足りえない。力を持っていてもそれを行使することで発生するデメリットが多すぎて、本当に使えるかと言われれば使えないのだ。
いっそ状況を自分で握れる立場を模索するか……?
そう思ったとき、一番に思いついたのはやはりネンスだった。第一王子という肩書を持つ少年と今の状況。もしかしてこれは俺にとってもチャンスなのではなかろうか。
メルケ先生の名誉を理詰めで潰した国と教会に苛立っておいて、友人と恩師が死んだ事件を好機ととらえるのはどうかとも思う。それでも今なら主導権を握れるか、握れずとも後ろ盾が得られる。
四の五の言っていられないのは俺も同じだな。
葛藤は一瞬。結論は簡単だった。
「待たせたな」
しばらくしてミント水を片手にネンスが戻ってきたとき、俺は彼にこう告げた。
「ネンス、国王に面会させてほしい。技術神の使徒として、君に要請する」
~★~
私は仕事着のまま教員寮のベッドに横たわっている。そのまま天井の木目を眺めて、どうすればいいのか分からないままぼんやりと過ごしているのだ。
私が事件について聞かされたのは今朝、国からの発表が翌夕にあるのでその前にと言われて。その時まで私は事件があったことすら知らなかった。アレニカさんとマレシスくんが巻き込まれたことも、彼がその若い命を散らしてしまったことも、メルケ先生が全ての黒幕として討たれたということも。
私の生徒なのに。私のクラスの、生徒なのに。
真っ先に思ったことはそれだった。1-Aは私の学級で、アレニカさんもマレシスくんも私の生徒だ。その生徒が学内で悪魔に襲われ、1人が亡くなったという大事件。4日も経ってから他の先生たちと一緒くたに教えられた私の憤りを、一体誰が咎められるだろうか。
「アレニカさんにはちゃんとフォローと、できれば専門家の治療を受けさせないと」
脳のどこかで理性的な思考がそう告げる。
アレニカさん。少しだけ高飛車で気が強い伯爵家のお嬢さん。色々と溜め込んでいるのは新人教師の私にでも分かった。だからどうにかしたかったのだけど、きっと今はもっと必要なケアがあるはずだ。なにせ悪魔に攫われそうになって、目の前でクラスメートが自分を庇って死んでしまったのだから。
「クラスにはマレシスくんのことをどう説明しよう。あまり触れないほうがいいかしら」
天井の木目を視線が追う間、淡々と言葉が口から出てくる。
マレシスくん。ネンスくんの護衛も務める若き近衛。頑固だけど根は善良で真っ直ぐないい生徒だ。いや、「だった」になるのか。あの子は学校という環境で最初にいい影響を受けた子だった。真面目すぎて少し捻じれてしまっていた部分が解消されて。そんな彼が死んでしまうなんて、運命はどうなっているのかと思ってしまう。
ただ彼の訃報は、悲しいなりに私としては受け止められた。それはきっとネンスくんが最後を看取ったと聞かされて、彼の辛さを思えば大人としてショックを受けていられないと思ったのが半分。もう半分はこの世の中、そうした死が珍しものではないせい。
悪魔や魔獣という理不尽は何千年も人類を呪い続けている。4年ほど前にも卒業したばかりの生徒が辺境の領地で魔獣に襲われて亡くなった事件があったそうだ。普通の人間には防ぎようのない不運。「どうしてあの人が」という思いはあっても、心のどこかで私たち人類は慣れてしまっているのかもしれない。
「でも、メルケ先生は……」
何度も繰り返した論理的で職業人的な半自動化された思考がたどり着くのは同じ場所。教師としては失格かもしれない。それでも生き残ってケアを必要としているアレニカさんより、死んでしまってこれ以上悲しむ外にできることがないマレシスくんより、私はメルケ先生のことばかり考えてしまう。
戦闘学の造詣が深く、指導が上手で、真っ直ぐかつ熱心。優しい人だと思っていた。今でも違うとは思えない。そんな彼が悪神と契約して悪魔を引き入れたなんて私には信じられなかった。その上弁解の余地さえ与えられずに討伐されたなんて。教師としては駄目なのかもしれないけど、私はなによりもそのことがショックだった。
「……」
あまりしつこくメルケ先生のことを問いただしたせいで、私は警備部に呼び出されて取り調べじみた事情聴取をされてしまった。恋人だったのか。肉体関係はあったのか。信奉する神は。思想的な話をしたことがあるか。薬物や呪物を渡されたことはないか。最近異変があったりしなかったか。他にもプライベートもデリカシーも皆無な質問攻めだった。まるでメルケ先生の肩を持とうとすれば同じ罪で首を刎ねるぞとでも言わんばかりの剣幕で。異端認定されるということはそういうことなのだと、初めて実感を伴って知った気分だ。
「もう、なにがなんだか分からないわ……」
いい加減なぞり飽きた明日からすべきことと結論の出ない想いの思考セット。それすら放棄してしまうと、もうなにをどう考えればいいか分からない。何をすべきかも分からない。ショックのあまり思考が白く塗りつぶされて、天井の木目に沿って視線を行き来させるだけの無意味な生物と化してしまった私。
コンコン
気力というものを全て削り取られた私はノックの音にも反応しなかった。
コンコン
来訪者は諦めず何度もノックを続ける。
コンコン
そうするうちに、音のくる方向が扉ではないことに私は気付いた。窓からしているのだ。
「……?」
鳥にしては規則的で気長だ。そう思って気怠い体を窓まで引っ張っていき、外を見る。なにもいない。窓の鍵を外して外開きのそれを押し開く。
「お邪魔します」
「え……え!?」
涼やかな声がしたかと思ったら何かが部屋に入ってきた。私の横を通り抜けた透明なそれはすぐに色を得て、2秒後にはアクセラさんになっていた。
「ア、アクセラさん!?え、あの、ここ3階なんですけど……」
驚きすぎてそんなどうでもいい言葉が口をついて出た。
「じゃなくて、今姿が消えてて、いやそれより今寮から出ちゃ……え、なんでここに!?」
「落ち着いて、時間がない」
「えっと、はい」
普段から散々驚かされているからか、それとも問い返す気力まで失われたからなのか、私はただ急いでいる様子の彼女に言葉を譲った。
「メルケ先生の手紙を持ってきた。先生が望むなら全て教えます」
「え!?」
混乱しているところに更なる混乱を投下するアクセラさん。そもそも発表前なのになんで知っているのかとか、手紙をなんで持っているのかとか、それをなんで私に見せてくれようとしているのかとか疑問が噴出する。でも、何も分からない現状で一番欲しいのは真相だ。
「も、もちろん知りたいです!」
それがどんなモノかも想像できないまま、私は提示された情報に飛びついた。
「ん、だと思った。先生には知っておいてほしいし」
彼女はあえかな笑みを浮かべると語り始めた。
「まず事の発端は……」
それは可能な限り描写を削った事件のあらまし。マレシスくんの体調不良という、私も一枚噛んでいるところから既に状況が始まっていたことには驚かされた。同時に見過ごしていたことで教師としての自責に駆られる。そして悪魔事件の顛末まで聞き、国が今の形に発表を変えた理由が分かった。
「それで先生は……」
メルケ先生の真意には、正直ちょっと呆れた。騎士として強さの先を知りたいという考え方は力を求める魔法使いとしての私にも分かる部分だ。けどそのために道を外れることも厭わないのは、いくらなんでもやりすぎだと思う。そうまでして得た力で何を成すでもなく、ただアクセラさんと戦って満足して逝ったというのも納得いかない。
でも、最後まで生徒想いの先生でいてくれたんですね。
それだけが救いのように感じられた。彼は悪神の契約者として人類の敵対者になってしまったかもしれないが、教師であることと根の優しい人であることは止めないでいてくれた。
「先生は私を恨む?」
語り終わって黙していたアクセラさんがふとそんなことを訊ねた。いつもは無表情に近い淡い感情表現しか浮かべない彼女が、この時ばかりはどこか不安そうに見えた。
「恨み、ですか」
「……」
いつもは泰然自若とした少女の不安そうな表情。それが私の胸を締め付ける。こんな業を生徒に背負わせるなんて、やはり私もメルケ先生も教師失格かもしれない。
「大丈夫ですよ、アクセラさん」
できるだけ優しい声でそう言った。
「私の父も騎士で、そういう価値観には慣れているんです。メルケ先生が納得して逝かれたのなら、きっと間違いではなかったんだと思います」
少しだけ嘘を吐いた。人並みに力に対する執着はあれど、父は騎士でも力に拘るタイプではなかったし、なにより少しだけ恨みがましい気持ちもあった。でもそれは逆恨みに近いもので、私もアクセラさんにそんな気持ちを抱いていたくはなかった。だから心中のソレを揉み消して微笑む。
「教えてくれてありがとう」
「……先生、負けないでね」
神妙な口調で言われた言葉には何か深い意味が込められているようで、誤魔化したように頷くわけにいかなかった。
「はい。アクセラさんみたいな生徒がいてくれるから、頑張れます」
「……ん」
私は先生だ。先生になりたくて頑張って、先生になってからも頑張っているつもりだ。だから生徒が私を必要としてくれる限り頑張れる。
「もう行く。また来るから」
まるでお見舞いに来た人のような言葉だ。
「ふふ、ありがとう」
「迷ったらしたいようにすればいい。分からなければ分からないなりに、心の声に従って」
「?」
不思議な助言とメルケ先生の手紙を残して、アクセラさんは来たのと同じ窓から出て行った。見送る私の目の前で、地面に着地するより早くその姿が消える。やはり彼女は凄腕の魔法使いだ。
「……」
手元の手紙を見る。学院で販売している事務的な封筒だ。そこにイニシャルだけ書かれた差出人を見て、急に涙がこみ上げる。深呼吸を繰り返して、溢れてくる雫が収まるまで待った。
「うん、もう大丈夫」
丁寧に開けて手紙を取り出す。そこには達筆だが武骨な文字で短い言葉が書かれていた。あの人からの最初で最後の手紙は、正直酷い内容だった。
―シャローネ先生。私は貴女に恋をしていました。申し訳ない―
なんで謝るんですか。逆に失礼じゃないですか。
―もし貴女もそうだったとしたら……本当に申し訳ない―
そこは、謝ってもらうのが正解ですね。こんな風に置いて行くんですもの。
―貴女と教え合った時間は教員生活で最も楽しい時間でした。ありがとう―
……ええ、私もそうなりそうです。
―これを読んでいるなら、もうお会いすることもないでしょう―
そんなの、あんまりじゃないですか。
―貴女は若い。私のことはどうか忘れてください。そして幸せになってください―
「なんですか、これ」
口に出して言った私は、その涙声でまた自分が泣いているのだと理解した。あまりにも一方的で、身勝手で、女心が分かっていない酷い手紙。それなのに、女性慣れしていないところが可愛いと思ってしまう。武骨な言葉に込めてくれた想いが、今更ながら通じていたと知れた心が、嬉しくて嬉しくて仕方ない。
「言って、くださいよ……言葉で言ってくださいよ!」
これだけ想ってくれるなら、手紙なんて遺さずに伝えてほしかった。
「好きなら、唇くらい奪ってみせてくださいよ!」
まるで太陽を見過ぎて白く焼けてしまった視界のような心は、いつのまにか色をとりもどしている。そこには鮮烈な色合いの悲しさと口惜しさと、それからどうしようもない愛おしさが描かれていた。
「私だって好きだったんです!」
胸の奥から叫びが溢れてくる。
「好きだったんですよ!」
言わなかった馬鹿は彼だけではない。
「好きだったから、メルケ先生さえ良ければいつだって……いつだって!」
私だって同じだったんだ。変に恥ずかしがってないで言えばよかった。遠回りなんてせずに真正面から好きだと。唇を奪って、愛してると。
「ばか、ばか、ばか!私のばかぁ……!」
ベッドの上で泣き崩れる。手に握った手紙がぐしゃぐしゃになる。雫を吸って文字が滲んでいく。きっと隣の部屋にも聞こえている。でもそのどれもどうでもよくて、私はただひたすら泣き続けた。
またも投稿遅れまして申し訳ありませぬ。
新しくデスクトップ、というかタワー型PCを買ったのですが
そのセットアップに手こずりました。
しかも初期不良と店の商品間違えといダブルパンチ!
まあ、我が家ご贔屓の店はアフターサービスばっちりなので
一個グレードが上の(注文の)商品に追加料金なしで交換してくれました。
でもちょっと申し訳ない気分になるんですよね……。
それはそうと、もうあと2話で一か月のお休みには入ります。
がんばって書き溜めるので期待しててください!
その後はエクセララでのお話を連日投稿し、土曜日を更新日に変更してお送りします。
これは翌日が仕事の火曜更新がキツくなってきたためです。
よろしくお願いいたしますm(__)m
~予告~
使徒として国王の前に立つアクセラ。
もたらされるは対立か、融和か。
次回、会談




