七章 第20話 悪神の契約者
「反応はあそこから」
「山小屋か……」
茂みの中から目の前の建物を窺う。学院の奥側を大胆に使って造成された実習用の人工山、その中腹にある小さな小さな小屋だ。
「どうする?」
ネンスの問いかけに俺は肩をすくめる。
広範囲を漠然と探すワイドサーチ、狭範囲を精密に探すナロウサーチ、単一方向を長距離探すダイレクトサーチという3種類の系統外魔法を使って俺たちはここまで痕跡を追いかけてきた。最初は道に捨て置かれたエレナの鞄、次に彼女が採取したと思しきマレシスの血液入り試験管、そして愛用のハンカチと来て小屋の中から杖の気配が見つかっている。
「突入するしかない」
「しかし、少し簡単すぎないか?」
直線状に配置されたエレナに繋がる落し物は、まるで子供向けの童話のような安易さを感じさせる。偶然にしては出来過ぎている。しかも彼女が自分で残したとは思えないほど稚拙。味方に分かりやすい目印は当然敵にも分かりやすいものだ。
「罠かもしれないぞ」
「誘われてる」
「なに?」
稚拙すぎるというのは、罠をしかけるにしてもだ。発見してほしい、追いかけて来てほしい。そんな思いがここまで透けて見える罠があるだろうか?
「犯人がただの阿呆と言う可能性もあるが……」
「悪魔はもっと狡猾。今回も上手にマレシスの精神防御を崩している」
結界に感知されない短剣という器に入って忍び込み、悪夢を見せるだけの弱い干渉で体力と精神力を削った。そしてうまく悪夢を利用して格上の相手と戦わせ、魂の防壁を消耗させるほどに魔力を使用させた。おそらく魂が弱ったところをついて今晩、マレシスを取り込んで見せたのだろう
「……本当に悪魔の仕業なのか?」
「違えば万々歳。犯人以外誰も傷つかずに済むかもしれない」
「違わなければ」
「死者が出る可能性もある。どちらにせよ時間は私たちの敵」
「……わかった、お前の規格外な戦闘力は見ている。責任は俺がとるから、行こう」
血の気の引いた顔だが力強くネンスは頷いた。腰に帯びた白陽剣を指が白くなるほど握りしめて、これからの戦いに意識を集中しようと努力している。それでもやはりマレシスや攫われたと思しきエレナのことが気になるのかソワソワとした気配はそのままだ。
「3、2、1……!」
俺は茂みから飛び出し、走った勢いのまま山小屋の扉を蹴り開ける。蝶番が歪な音をたてて弾け、扉はそのまま後ろに吹き飛ぶ。紅兎の代わりに抜いた室内杖を構えて室内を睨み付ける。
「どうだ!?」
「杖だけ」
踏み込みの勢いで負けたネンスが俺の後から飛び込んでくる。残念ながらお互いの探し人はここにはいないようだ。机の上に杖だけがぽつんと置いてある。
もう一度ここからサーチを使えということか?それとも本当に相手が杜撰なミスリードを仕掛けて深読みした俺がひっかかった?
自分の勘に疑念が生じそうになったとき、さっと室内を見渡したネンスが口を開く。
「隠し扉を探せ。貴族の山小屋には必ず抜け道がある」
「なるほど」
荷物にはならない代わりに役にも立たないと思っていた殿下がここにきて助言をくれる。この歳にもなって俺は己の力を過信していたようだ。
「ネンス、私の後ろに」
「あ、ああ……?」
死角に彼が移動したことを確認してから、俺は自分の右足に魔力を流し込む。前世の俺から引き継いだ魔術回路を起動し、大地へ干渉する、
「!」
鋼鉄魔術・地剣
高らかに足を踏み鳴らせば、溜めの大きな魔術の力が小屋の床を貫き地中へと到達する。瞬間、土中の鉱物を固めて作った不細工な剣が床板を惨たらしく破壊して姿を現した。
「うぉあ!?」
ネンスの悲鳴と建物の悲鳴が夜の人工山に響き渡る。多めの魔力を込めた一撃は山小屋の狭い床を徹底的に突き崩して見せた。
「な、な、なん……!」
絶句して尻もちをついたネンスに手を貸して立たせる。彼に説明をすることもなく、俺は地剣を解除した。古くも頑丈そうだった床は木っ端みじんになり、そこには地面だけが見えている。
「あった」
その上がなんであったのかすら分からないほど瓦礫しか残っていない床の一角を指さす。ぽっかりと石で補強された竪穴が口を開けていた。
「まさか今の大技、隠し通路を探すために使ったのか」
「ん」
「……私なら隠し通路の場所くらいすぐに分かったぞ。次は壊す前に言ってくれ」
「今度があれば」
咎めるような視線を無視して竪穴に飛び込む。熊一頭でも通れそうな大穴だが、足場になるのは素人感あふれる作りの梯子だけ。それを壊さないように、しかしできるだけ早く下っていく。頭上には同じく最速かつ慎重について来るネンスの姿がある。
「ふ、深いな」
「ん」
ただの地下室ではありえない深さだ。それこそ遺跡調査のために掘った穴のような。
「まさかまた遺跡?」
「何か言ったか?」
「なにも」
数回梯子が途切れて休憩所と思しき小部屋に当たるが、それでも道は一路下へと続く。
「坑道用の魔道具……新しい」
「ああ、そうだな」
深い坑道や遺跡探索で酸欠にならないよう、環境を整えてくれる高価な魔道具がいくつめかの小部屋に設置されていた。それだけ深い場所ということで、そろそろ人工山の盛り土より下に行っているのではないかと思われる。
「大丈夫、ネンス?」
「大丈夫だ」
時々確認しながらひたすら梯子を降り続ける。訪れた休憩所の数が四捨五入すれば10に到達する頃、ようやく俺たちは終点の部屋に到着できた。
「なんという深さだ。確実に山がなくとも地下だぞ」
人工山だけあってそこまで高さがないことを考えれば、間違いなくここは本来の地表よりさらに下だ。ただ縦移動はここで打ち止めでもまだ横移動がある。砂岩じみた風合いの小部屋は向かって右と左に通路が伸びていた。取りあえずサーチ系を一通り試してみるも、反応は見当たらない。この魔法が簡単な隠蔽でも弾かれてしまうからか、探索範囲内にエレナがいないのかは分からない。ただそれとは別の手掛かりが見つかった。
「……私は左、ネンスは右を調べて」
「分担か、少し危険な気もするが……仕方ないな。何か見つけたり敵と遭遇したら合流を最優先してくれ」
「そっちも」
ふと今まで下ってきた穴を見上げる。山小屋の残骸に灯してきた明かりは見えなかった。降りるだけでこれだけ時間のかかった梯子を上るのはとてつもない重労働だ。こんなに脱出が困難な状況になると分かっていたらネンスは置いてきたのに。そんなことも思うが今さらどうしようもない。
「武運をな」
「ん」
頷きあって俺たちは分かれる。ネンスは特に何も感じられない右の道へ、俺はかすかな瘴気を感じる左の道へ。
先に目標を見つけて対策を立てる。
それが俺のプランだ。ネンスにはマレシスの状態に左右されず、確かな協力をしてもらいたい。具体的には白陽剣の清廉なる気で悪魔を弱体化させる役割をしてもらう。それにあたって、悪魔に取り込まれたマレシスを救い出すには出力の加減が難しくなると予想される。強すぎれば悪魔ごと魂が傷つき、弱すぎれば切り離せない。なので俺の見立てを元に出力調整の打ち合わせがしたい。
「また分岐……」
過去、この場所がどういった目的で作られたのかは分からない。しかし道幅のある地下道は行く先々で分岐を繰り返していた。ネンスが言うように避難経路だとすれば、作らせた人間はどれほど危険な立場に置かれていたのか。一つ確実なのは、学院には不必要なモノだということくらいだ。なにせこの深さでは学生の脱出には使えない。
遺跡というほど古くはないのがなあ。
砂岩状の壁は魔法で強化されており、わずかに劣化の兆候が見られる程度。今までの経験からして「ハリスクの地下墓所」よりは若い建造物のはずだ。ユーレントハイム王国の初期に作られたものか。
「あれは」
瘴気の強い方へ進んでいると、目の前の通路の先に光が見えた。なにか呻くような声も聞こえる。
アタリか。
それもそのはず、そちらからは濃い瘴気が溢れていた。俺は『完全隠蔽』をかけて角から顔を出す。そこは大広間のような場所だった。通路の三倍ほど高さがあり、広さもクラス3つ分くらいはある。全て砂岩風の石材で構成されたその場所は、天井を支える柱の1つもない不思議な様式だ。天上や壁に最近付けた物と分かる照明が設置され、部屋を煌々と照らし出していた。
「?」
部屋のど真ん中、床から砂岩の柱が2メートルほど突き出している。そこにはなぜか苺色と金色の髪を持つ少女、アレニカが括りつけられていた。震えている様子から意識はあるようだ。ただエレナはどこにもいない。一瞬、最悪の想像が脳裏を過る。
『遅刻、遅刻、遅刻……マダ、来訪、ナイ』
「!」
遠い昔に何度か聞いたことのある嫌な声がどこからか聞こえた。同時にアレニカの体が小さく跳ね、肌にピリリと電気のような刺激が走る。俺には通用しないが、その声には一種の呪いが込められているようだ。
『同胞、約束、間違イ、カ、』
排水管に汚水を流し込んだようなエコー。ぶつ切りの単語を並べるような話し方。声一つで強烈な拒否感と嫌悪感を抱かせる気配。人間と決して相容れない悪神の系譜に属する存在。
悪魔だ。
その半分わかっていた結論よりも、俺は悪魔の口走った言葉に意識が向く。同胞だの約束だのと、まるで単独犯じゃないような口調だ。
『キサマ、ドウ、思考、ダ』
「……」
アレニカは何か言ったようだ。しかし俺にも悪魔にも聞こえない。姿の見えない化け物は再度声をかける。呪いの声を。
『オレサマ、キサマ、質問、返答、シロ』
それは己の苛立ちを消化するため、彼女を弱めた呪いで甚振っているように見えた。
「……とか……る」
『可聴、不可、無理、音量、ヲ、上昇、シロ』
悪魔は単語を並べつつ、何かを唱えるアレニカを威圧する。依然として姿はないが、その雰囲気からはあれだけ露骨なヒントを配置して俺を招いたスキモノの顔は見えてこない。この化け物は生来の特質のためか狡猾だが、同時に人格的には短気で残虐。エレナの持ち物を置いて行った人物は駆け引きに不慣れだが、戦いに特化したユーモアと渇望を感じさせる。
同胞とやらが真の黒幕か?
悪魔をマレシスの元に送り込み、エレナとアレニカを攫って俺をおびき出した存在。ここに来てまた疑問点が増えてしまった。俺に心当たりはないし、アレニカを攫った意味も分からない。なによりエレナとその黒幕がここにいない理由も見当がつかない。
『復唱、再度、要求、スル』
「なん……る、……とか、なる」
『聞ク、不可、再度、返答、シロ』
「なんとか、なる……なんとか、なる……なんとか、なる」
アレニカが呪文のように唱えている言葉を聞き取った俺は、心に火が付いたような気持ちになった。エレナがアレニカに俺の口癖を教えたのだとすぐに悟った。
『ナントカ、ナル』
ようやく聞き取れたのか、濁音の集合体のような声が復唱する。そこには苛立ちのような気配が漂っていた。
『ナントカ、ナル、ナイ』
ぞぶり。耳障りな音と共に黒い粘液が少女の近くに溢れだす。ぞわぞわと蠢くソレは次第に異形へと変形してみせる。のっぺらぼうなオーガの上半身を成人男性が胸元まで被ったような醜悪すぎる姿へ。
「チッ」
舌打ちが漏れる。
なんであそこまで進行している、今晩融合したばっかりだろうに!
ついに俺の目の前へ現れた悪魔。それはこちらの想像をはるかに超えてよくないモノだった。呪いの声で嬲られているアレニカの魂もかなり心配だ。ネンスと合流して準備をするというプランを俺は放棄する。
一か八か。
歯を食いしばって俺は角から大部屋へと一歩踏み出した。
~★~
「なんであなたなんですか、メルケ先生!!」
わたしの叫びに彼は表情一つ変えずに答える。
「さあな」
「はぐらかさないで!」
胸の奥深くからどうしようもない怒りが沸いて、自分たちの立場すら吹き飛んだ頭で吼える。覚悟を決めた直後にもかかわらずまざまざ攫われた苛立ちなんて、この熱の前にはマッチの火だ。彼のことを気に入って、数少ない対等の戦士と認めて、心を許していたアクセラちゃんの笑顔をわたしは知ってる。それは彼女が強者だと認めた相手にしか、わたしや仲のいいお友達やお屋敷の皆にすら見せない種類の笑顔だ。
「それなのに……それなのに!」
「はぐらかしているわけではない」
「じゃあなんで悪魔と手を結んだりしてるんですか!?」
あまりの激情に視界が赤く染まる。血流が加速し、周囲の魔力が高まるのを感じる。わたしの心に引きずられて魔力が活性化し始めたのだ。
「やめておけ、マクミレッツ。お前では勝てない」
悔しいけど、アクセラちゃんが実力を認めた人とこの距離で戦えるなんて思えるほどわたしは馬鹿じゃない。心持一つで強くなんてなれない。
「……分かってます」
押し殺した声で応えれば、彼は片方の眉を上げて驚きを示した。
「感情だけでこれほどの魔力を操っているのか。本当に天才というやつは……まあいいだろう」
青味がかったフルプレートを纏う巨漢は肩をすくめる。そして扉を大きく開き、外へ出てわたしたちを手招きした。
「……」
「何もすぐに危害を加えるわけではない。それにあの化け物には姿を隠させている」
妙な配慮を感じさせるその言葉に怒り狂った頭は、ほんのちょっとの疑問を感じる。彼はと言うと、そんなこちらの様子は知ったことかとばかりに扉の前から移動し始めた。
「エ、エレナさん……」
「今は言う通りにしよう。大丈夫、絶対に」
生まれたての小鹿のように震えるニカちゃんの背中をできるだけ優しく撫でる。引っ張り起こしてからも肩を貸し、ゆっくりとだが扉を潜って外へ出た。そこは砂岩のようなざらざらした質感の部屋で、とにかく大きかった。
「な、なにも見えないわ……エレナさん、手を離さないで」
「そうだった、このままでは暗すぎて見えないな」
彼女の小声を聞きつけてメルケ先生が指を二度ならした。すると魔道具の照明がついて、部屋中が明るく照らし出される。一瞬光量調整が追い付かずにホワイトアウトする視界。『暗視眼』をオフにすれば問題なく周囲が見渡せた。本当に化け物らしき姿は見当たらなかった。
先生は見えてた。『暗視眼』持ちか。
「ここにちょっとした柱を立ててくれないか」
「なんでですか」
「質問の多い娘だ。それは生徒としては美点だが、戦場ではときに酷い汚点にもなる」
窘めるような口調で彼は言う。
「だが今回は好意的に評価しよう。お前の質問にいくつか答えてやるから、ここに柱を立ててくれ。人間が括りつけられる大きさで頼むぞ」
わたしに自分たちが固定される場所を作れと。随分な趣味だこと。
そう嫌味たっぷりに言ってやろうかとも思うけど、何も意味がないので諦める。代わりに質問を考えながら魔法を行使した。
「土よ」
黄土色の床から同色の柱がゆっくりとせり上がる。それが2mほどになったところで魔法を止め、縛られたときに痛くないよう角を取った。
「先生は悪魔崇拝者ですか」
「違う。ついでに答えておくと魔獣も悪神も頭のおかしな新興宗教も信奉してはいない」
「じゃあなんで悪魔なんかと手を組んでるんです」
「それについては成り行きだ。あの悪魔はオレと別口でこの学院に侵入したらしい。向こうから接触してきたので利用したまでのこと」
淡々と答えながら先生は部屋の隅に置いてある雑嚢へ歩み寄る。
「突然悪魔がやってきて、それと仲良く共同作業をしてると?」
「お前は思いのほか辛口だな。だが実際にはその通りだ。契約者という言葉を知っているか?」
契約者という言葉自体の意味は複数ある。解釈もまた同じくだ。しかしこの状況での意味は一つ。悪神と何かしらの契約を結んでしまった人類の異端者のことだ。
「オレはその契約者でな。ちょうど契約履行の督促が来ていたんだ。だが悪魔を遣わすとは聞いていない」
まるで郵便物の料金の話でもするかのように言うメルケ先生。彼は雑嚢から太めのロープを一束取り出した。
「契約内容は」
「俺の要求は様々な力を与えてもらうことだ。スキルや術、それに呪いの類だな」
強さのために。その一点がアクセラちゃんの語る先生との共通性を感じさせる。
「対価は」
「尋問めいてきたな」
彼はロープを数度引っ張って強度を確認し、腰から抜いた黒い杖で強化の魔法を施した。付与魔法程長続きはしないが、半日程度なら縄の頑丈さが倍になる魔法だ。
「契約時には時が来たら伝えるとだけ言われていた。督促が来たのが今朝のこと。期限は明日の朝日が昇るまで。せっかちだろう?」
「内容は」
「若い娘の生贄だ。まるでデキの悪いおとぎ話の魔王のようだな」
彼は馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべて見せた。
「それでわたしたちが?」
「いいや。生贄はお前だけだ」
わたしを目で示してから先生はニカちゃんの腕を掴む。
「い、いや!」
「止めてください!」
暴れようとするニカちゃんと止めようとするわたし。2人の動きを止めたのはここにいないハズの存在だった。
『マ、回リ、諄イ、ナ』
初めて聞く不快な声に全身の肌が粟立つのを感じる。
これが悪魔の声?
「あ、い、いや……いや……」
襲われたときのことを思い出してか、ニカちゃんが震えあがる。それを見た先生は煩わしそうに虚空を睨み付けた。
「餌が来るまで出てくるなと言ったはずだ。お前の声は有害に過ぎる」
『遅刻!遅刻!遅刻!』
「契約は成った。今さら反故にはできない」
『オレサマ、キサマ、マ、契約、シタ、失敗、カ』
「さあな」
どうやら本当に悪魔との関係は良好じゃないようだ。それでも大人しく悪魔が姿を隠したままいるのは、彼らが一度交わした約束を破るのに多大な犠牲を必要とするから。本で読んだだけだが、そういった特殊な性質が悪魔にはあるらしい。
「……マクミレッツはこの声に影響されないのか」
「なんのことですか?気持ちの悪い声だとは思いますけど」
「それで済むなら」
彼は肩をすくめてニカちゃんを指さす。彼女は息を荒くしてわたしに縋っていた。悪魔に攫われたときのショックがフラッシュバックしているのかと思って、背中をさする以上のことはしていなかったのだが……。
「個体にもよるが悪魔は特異な能力を持つ。この化け物は声で人の魂を削るようだな」
「な!?」
「瘴気に耐性があるか、魔法抵抗が高いと効かない程度のモノだ」
『程度、トハ、無礼、ダ、ナァ』
「ぐぅ……!」
メルケ先生の言葉を裏付けるように、嫌悪感を煮詰めたようなその声がしたとたんニカちゃんが頭を押さえて呻いた。
「止せ。魂を破壊する行為も契約違反だぞ」
咎められるとしぶしぶといった気配をさせながら悪魔は沈黙した。本当に契約の力というのは強い影響を持つようだ。
「ここにはじき、アクセラが来るだろう」
「そうですね」
即答するわたし。
「ふん、信じているのだな。オレもだよ」
微笑む先生の目は親愛のような感情を含んでいた。
「あの化け物はアクセラに勝てない限りルロワを傷つけられない。そういう契約を交わしてある」
「なんで……」
「それを言う気はない」
彼は再度ニカちゃんの腕を掴んで引っ張る。わたしはそれを邪魔しなかった。耐性も抵抗も高くないであろう彼女は既にぐったりとしてる。そんな彼女を先生は今さっきわたしが作った柱にロープで縛りつけた。あまり強く縛っているように見えないのは、彼女がひ弱だからだろうか。
「何がしたいんですか」
どうにもちぐはぐな言動。その真意を測りかねて直球を投げる。すると彼は片頬だけで笑って答えた。
「もちろんお前を生贄にするんだ。俺はまだ死にたくないからな」
そしてこう続ける。
「アクセラが俺を倒してくれることを祈っておくんだな」
「あなたは……」
この人はアクセラちゃんが悪魔に負けるとは微塵も思ってない。そんな状況でニカちゃんを悪魔に渡すということはつまり……。
『小屋、侵入、ヲ、確認』
沈黙を命じられていた声が突然そう言った。
「わかった。お前は手筈通りここで迎え撃て」
『許可、同胞、楽シ、メ、ヒヒ』
「……ふん」
先生は一つ鼻を鳴らしてからわたしを担ぎ上げる。
「ちょ、何を……!」
「移動だ」
端的な返答のあと彼は歩きだす。わたしの視線の先ではニカちゃんが力なく柱に固定され、ぼんやりと床を見つめる。魂の痛みに耐えるため、心が半ば肉体から離れてしまってるのだ。
「ニカちゃん、なんとなかる!なんとかなるから!」
「なん、とか……なる」
お構いなしに遠ざかっていく大部屋の一角、かすかに復唱する声が聞こえた。
活動報告でもお伝えしていますが、
この章が終わったところで一旦お休みをいただきます。
コミティア関連で続きを書く余裕があまりなかったためです。
一月ほど頂いてからエクセララの物語を数話連投し
次の章を開始したいと思います。
詳しくは決り次第^^
~予告~
生贄の少女と嗤う悪魔。
交わるは想いと現実。
次回、歪みえぬ誇り




