七章 第17話 破局
決闘のあと、俺は学院の安全責任者だという中年男性に色々と質問された。ジュールスと名乗ったその男は貴族出身者のようで、俺がオルクスと聞いた瞬間に事情聴取から取り調べに切り替えるような輩だった。ルール上の被害者は俺なのだが、実際に大怪我を負ったのが優良な貴族として名高い家のマレシスだったことが余計に話をややこしくしてくれた。
「はぁ」
ネンスやエレナ、ヴィア先生、フローネ先生の調書と照らし合わせたうえで俺があったことをそのまま語って、ようやく解放されたときにはもう完全に日が沈んでいた。ジュールスが特別偏見に凝り固まっているとか、あるいは権力を嵩に生徒を恫喝しているとかいうことはない。最近のクラスの雰囲気で忘れそうになるが、オルクスを名乗るということはこの王都ではそういう扱いを受けるということなのだ。それだけ貴族にとって派閥の乗り換えは重たい意味を持つ。特にレグムント侯爵が大きな失策も犯していない以上は。
「どうでもいいけど」
そう、俺は大して気にしない。たしかに嫌な意味を込めてオルクスの名を呼ばれるのは好きじゃないが、それも屋敷の皆を含む大勢の領地の人々を含めて蔑まれているような気がするからだ。
「それに今は……」
名前の持つ負の価値を考えている時間じゃない。目下最大の問題は今日の決闘で戦ったマレシスだ。彼の様子は誰が見ても正常じゃなかった。血走り憎悪と怒りに染まった目、単調で攻撃的に過ぎる物言い、才能と直観では説明のできない攻撃の多彩さ、どこからか湧き出すように振るわれる魔力……どれか1つでも違和感を抱かせるに十分な要素が4つもある。このところの不調を加味するならあれだけ動けることもおかしい。
仲は、悪くなかったし。
最初こそ険悪だったものの、最近の俺たちはむしろ仲がいいと言ってもいいくらいだった。彼は俺の教える技を素直かつ真面目に体得しようとしていたし、ダンジョンに行った夜に交わした言葉は互いを仲間と認めるものだった。あの時俺は確かにマレシスとの友情を感じた。
「それにあの短剣、気になる」
マレシスは騎士らしさに強いこだわりを持つ男だ。それは彼を縛りもするが支えもする、本当の意味で根幹に当たる思想なのだろう。だから俺は技術を教えるにあたって、騎士道からあまりに外れるものは教えなかったのだ。
そんな彼が決闘の際に短剣を抜いたことがどうにも引っかかる。抜いた短剣自体も暗い紫と骨のような白の禍々しい物で、激痛の付与魔法まで施されていた。痛みで相手を弱らせて倒すなんて、彼の騎士道が許すとは思えない。
あの色も……。
短剣の配色に俺は見覚えがあった。おそらく前世の、それも晩年ではないどこかで。世界中を旅して色々な物を見たのだから、似たような物くらいどこかで見たことがあってもおかしくはないのだ。それでも嫌な予感がするのはなぜなのか。
「……ん。とりあえずエレナに聞いてみよう」
悶々と考えているうちに俺の足はいつしかブルーアイリス寮へと到着していた。エレナの知識にはあの短剣のことがあるかもしれないし、なによりあの試合の間彼女は魔眼でもってずっと観察してくれていた。マレシスの異常な魔力運用がどういう仕組みなのかわかれば、他の問題にも光明が見えてくるかもしれない。
「ただいま」
「おかえり。頬っぺた大丈夫?」
エレナが心配そうに俺の頬を触る。浅く短剣で切られたそこには大きく白いバンデージが貼られている。事情聴取前に医務室で処置してもらったのだ。
「ん。お腹空いた」
「じゃあ先にご飯にしよっか」
彼女が用意してくれたのは鋏鳥の香草蒸しとコンソメスープの比較的あっさりしたメニュー。ただし戦闘後で腹の減っている俺が満足できるような量だ。
「ん」
頷いてテーブルにつき、とりあえず食事に取り掛かる。そこそこ動いたので汗もかいたし、風呂やら武具の手入れやらもしたかったがなにより腹ごしらえだ。折角エレナが用意してくれたものが冷めてしまうのも勿体ない。
「今日の戦い、大変だったね」
「ん。思いのほか苦戦した」
魔法も魔術もなしで相手に範囲攻撃をされると、俺は武器の性質上立ち回りが酷く制限される。それが俺の新しい課題だ。仰紫流の中には遠距離攻撃に分類される技もあるので無理じゃないのだが、そうなると相手を殺す危険性が出てくる。なにせ俺の体から離れた技は威力や位置をあとから加減できない。
「これ、おいしい」
「よかった。疲労回復の効果がある香草なんだって」
「そんなの買ったっけ?」
「帰りにね。アクセラちゃんの事情聴取だけ長くなりそうだったから、商店街で買い足したんだ」
彼女の優しさを噛み締めながら夕食は静かに終わった。
「エレナ、決闘で見えたコトを教えて」
食後のお茶を飲みながら俺は尋ねる。風呂はその後だ。
「えっと……一つ前置きして置かないといけないんだけど、マレシスくんの体は決闘が始まってからほとんどずっと魔力が覆ってたんだ。だから魔眼でもそんなに正確には分からなかったんだよ、ごめんね」
「それはしかたない。で、見えたのは?」
「まず属性だけど、無属性と火属性の魔力しか使ってなかった」
マレシスの魔力適性が何なのかは知らないが、少なくとも火属性は元から保有していた属性だ。授業中に魔力強化を失敗したときも火属性の魔力が漏れていた。魔法は得意じゃないと言っていたけど、騎士として肉体強化系は多少使えたんだろう。それを魔力強化の足掛かりに使っていたはずだ。
「それから流れ自体がかなり荒かった。無理やり全身に回してるみたいで、無駄もかなり出てたよ」
「全身っていうのは、強化のため?」
「そこまでは分からないけど。でも強化にしては大きく体からはみ出してた気がするかな?」
はみ出した魔力……マナアーマーを形成していた?
系統外魔法は費用対効果や習得難易度の問題で一般的な魔法使いから爪弾きにされた魔法だ。一般人にいたっては知らない者も多い。俺やエレナは当然習得しているが、まだ学院では誰にも教えていない。マナエッジしかり、マナアーマーしかり。
「魔力はどこから来てた?」
「うーん……それがよくわからなくて困ってるんだよね。腰のあたりから流れてた気もするけど、もっと深くから汲み上げられてるような気もして」
「マレシス自身の魔力?」
「だと思う。でもおかしいよね?マレシスくん、あんなに魔力量ないはずだし」
そう、マレシスの魔力量が絶対的に足りていない。しかし使われたのはマレシスの魔力。そんな力がどこかから汲み上げられて、あれだけ豪快な使い方をされていた。
「……汲み上げられて?」
「あ、それはなんとなくそう思っただけで」
「それだ!」
「え!?」
エレナが感覚的に使った「汲み上げる」という言葉。もしそれがそのままの意味だったとしたら?
「エレナ、覚えてる?魂の構成物質は魔力と神力」
「ちょっとまってよ、それって魂を取り崩して魔力にしたってこと!?」
さすがのエレナも顔から血の気が引く。自分の意思で魂を力に充てたなど、少なくとも学生の決闘で取る手段じゃない。
「そもそも、そんなことできるの?」
「方法はある。教会が秘匿した禁呪で、聖騎士でもほとんどが知らない」
前世で関わったとある事件で少しだけ触れる機会があった。禁呪の内容ですらなく、ただそういう技があると知っただけの関係だった。それでさえ時の聖王本人に他言せず利用もしないと誓約をさせられたのだ。教会がどれだけその魔法を葬りたがっているかは分かるだろう。
「マレシスくんが知ってるはずは……」
「皆無」
もしかしたらカルナール財団ですら知らない魔法だ。子爵家出身の一近衛騎士が知っているわけもない。
「……」
普段は低回転な俺の脳が高速で思考を進める。今までの要素を列挙して整理するために。
一つ。マレシスは最近酷い悪夢に悩まされていた。胆力も精神力もあるはずの近衛騎士が数日で疲弊し、加速度的に体も心もボロボロにしてしまうような悪夢だ。およそ尋常な現象とは思えず、心を休める方法が何一つ効果をもたらさなかった。
一つ。シーアの占いによってマレシスには凶兆が示されていた。濃霧、四つの黄色い月、土を掘る音については不明のままだが、鱗は蛇の鱗に近かったとシーアは証言した。また図書館での調査から緑の光には平和や自然という意味から嫉妬や毒という意味まで広く解釈があることがわかった。
一つ。和解したはずのマレシスは突如として俺に強烈な憎悪と怒りを抱くようになった。ネンスのことやオルクスの名について対立の多かった関係は、俺がとんでもないバカで勘違いをしまくってでもいない限り、仲間と言っていい間柄へと変化していた。それが本気で殺そうと剣を振るうほどの憎悪になった理由はまったく不明だ。
一つ。マレシスの魔力量を考えると異常な運用を決闘中にしていた。効率が俺くらい良ければ可能かもしれないが、彼の技量であの強化やマナエッジなどを維持し続けるのは絶対に不可能。その魔力の出どころは魂である可能性があることも見えてきている。
一つ。マレシスは騎士道にもとる攻撃をしてきた。背後から勝敗のついた相手を切り付けるなんて、騎士道を信奉する彼には許容できない卑劣な行為だ。そんなことができる男なら、頭が固すぎて俺とぶつかることも端からなかったはず。あのときの彼の目は正常じゃなかった。
「エレナ」
俺はふと嫌な感覚を思い出して魔眼の少女を呼ぶ。
「?」
「私、短剣について聞いたっけ?」
「短剣?」
顎に指を当てて首を傾げたエレナはしばらく考えるように視線を彷徨わせ、そういえばと手を合わせた。
「まだ聞いてないよ。わたしも忘れてた……あれ、どんなだっけ?」
「まずい」
「え?」
観察眼に優れるエレナが、それも俺からの頼みで真剣に観察していたのに、すぐに詳細を思い出せない。俺自身も聞こうと思っていたのに忘れかけていた。
「短剣から意識が逸らされてる」
「逸らされるって、そんな付与魔法あった?」
「ない。でも認識されにくい素材がある」
人間からも神からも認識されにくい素材がこの世界にはいくつかある。その一つが爬虫類型魔獣の骨。まず出回る量が少ない魔獣素材の中でも希少価値が高いそれは、同時に国から流通を禁止された物品でもある。
「あの短剣の白は、たぶんそれ」
「マレシスくんが御禁制素材の短剣?まずないと思うけど……」
「何かが根本的なところで狂い始めてる」
そこまで考えたところでふとあるニュースを思い出した。ギルドで集めた情報だ。
―ロンドハイム帝国のギルドから街中に悪魔が現れたという報告があった―
街中に悪魔が現れることはほぼありえない。いくら隠蔽系の魔道具や協力者がいても、悪魔がそのまま結界をすり抜けられるほど神々の術は甘くない。だが実際にギルドの情報として上がってきているのだ。その不可解さは今回の件とどこか似た臭いを放っているように俺には感じられた。
「思い出した!あの短剣、妙に魔力の気配がなくて変だと思ったんだ」
エレナの大声で意識は現実へと戻される。
「魔力の気配がなくて?」
「うん。だってあれに当たったとき、アクセラちゃん一瞬固まったでしょう?普通の短剣じゃないよね」
「激痛の付与がしてあった。たぶん」
「うぇ」
俺たちの体に消えない傷痕を残した魔獣の爪と同じその効果に、エレナが心底嫌そうな顔をした。
「付与魔法の魔力すらなくて、おかしいなって思ったんだ」
「付与魔法の分も?」
認識をあやふやにして忘れやすくする効果が爬虫類型魔物の素材にはある。しかしそれは完全隠蔽のように目の前にあっても認識できなくしてしまうようなモノじゃない。つまりエレナが思い出した以上、彼女が観測した事象は真実そこにあった事象ということだ。
「おかしい」
おかしいことが多すぎて何から考えればいいかも分からなくなる。
「ん、決めた」
「?」
「マレシスに会ってくる」
結局、直接確認するのが一番早い。
一番を、早期の解決を本当に目指すなら、俺はこんな悠長なことをしているべきではなかった。エレナへの確認も、夕食も、事情聴取も、あるいは決闘さえも。そんな余裕はなかったのだ。
最初の違和感があった瞬間に行動するべきだった。
使徒の権力を振るって傲慢にでも介入するべきだった。
結局いくつになっても、二度目の人生を歩んでも、後悔というものは先になど立ってくれない。その分俺自身が気を付けなければいけないのだと、何度犠牲を払って学んでも活かせていない。どこまでも、己がつくづく馬鹿な猪武者なのだと思い知らされる。
全てが遅きに失したと気づくのは、ほんの数十分後の出来事だった。
~★~
焼けるような痛みに目が覚める。薄暗いそこは一見すると寮の部屋を縮小したような場所だった。今俺のいる一人用のベッドが端にあり、イスとテーブルが1セットとクローゼットが1つ。床は毛足の短いカーペットで壁は落ち着いた色調の壁紙、天上には簡易な魔道具の照明。明確に寝室と違うのはベッドから一番遠い壁の扉が武骨な金属製で、外からしか開かない窓がついていることだ。
「……反省房か」
何故自分がそんなところにいるのかも分からないまま、ただそこが学院にある懲罰用の監禁部屋だということだけを理解する。両手足は自由だが試しに触ってみた家具は全て床に固定されていた。
「俺は……」
ぼんやりする頭で痛む腕を見る。そこは包帯で固定されていた。その時になって俺は自分が制服ではなく騎士服を着ていることに気づく。鎧も剣も盾もないが確かに俺の騎士服だ。そして腕の周りが酷く血だらけになっていることも。
「!」
驚いて包帯を解いてみる。金属製の留め金で固定されていたが、なんとか外して素肌をさらす。そこには深々とした傷痕が刻まれていた。出血はないがそれが魔法を含めた治療の結果であることは明白だ。動かすだけでわずかな痛みが生じる。
「俺は……そうだ、俺は……俺は!」
傷痕を指でなぞると、まるで痛みが俺を叱りつけるように記憶の封をこじ開けてくれる。夢と現実の区別がつかなくなり、勝手に信頼を裏切られたと思い込み、殿下に危機が訪れているという強迫観念に囚われ……いつのまにかアクセラに決闘を申し込んでいた。
「な、なんで!?う、うぇ……うぉぇ!」
込み上げる吐き気に俺はその場で膝をついてえづく。しかし何も口にしていない胃は空っぽで、ただ嫌な酸味と空えづきの痛みだけが何度も込み上げた。
「げほっげほっ」
一旦止まった吐き気に口元を拭う。そして何が起きたのかを完全に思い出した俺は、心を潰してしまいそうな自己嫌悪に襲われる。殿下の信頼や心配を無碍にして、折角アクセラとも築けることができた友情を踏みつぶして、生涯支えにしてきた騎士道にすら泥を塗って。
「なんで、なんでこんな……俺は、俺はどうなってしまったんだ!?」
フラッシュバックするイメージ、悪夢の断片、心を支配した妄想の数々。
兄のことは今でも思い出したくない。だがもし再会できたらと思うことだってある。
あの冒険者の女についても同じだ。一言も言ってくれなかった理由を聞いてみたい。
アクセラに至っては尊敬の念すら抱き始めている。友人として、戦士として。
それにシーアをあんな風に乱暴に……。
「おぇ……!!」
最愛の人に馬乗りになってその服を破く夢。そこにわずかながら生まれる薄暗い劣情。それらを思い出すとまた吐き気がこみ上げてきた。
「なんなんだよ!俺が何をしたって言うんだ……俺はただ、殿下やシーアの側で立派な騎士になりたかっただけなのに!なんでこんな目に合うんだ!?」
目からは気が付けば涙がこぼれていた。
「なんでだ!なんでだよ!なんでなんだよぉ……!」
嗚咽を抑えもせずに床を叩く。妙に硬い感触にカーペットの下が石だと理解する。ここは見た目こそ貴族の部屋のようだが、実際は頑丈な石と鉄でできた箱なのだ。閉じ込められるのは注意で済まないような逸脱行為をした人間。往々にして腕に覚えがあるそういった生徒が脱走しないように堅牢な作りとなっている。そんな場所に俺は入れられているのだ。
誇りを重んじるシーメンス家の男が、ユーレントハイムの騎士が、殿下の近衛が、こんな場所に捕まるほど落ちぶれたか。
そう思うと余計に泣けてくる。俺の頭がおかしくなったのか、それとも誰かが俺をおかしくしたのか。何もわからない。何もわからないが、もし治る見込みがないなら一思いに死なせてほしい。生き恥を晒せば晒すほど敬愛する殿下や大切なシーアにも恥をかかせるのだ。
心も体もぐっと冷たくなった気がして、俺は自分の肩を抱いた。額をカーペットに押し当てたまま嗚咽と苦悶を口の端から漏らし続ける。
「誰か、助けて」
兄が去ったあの日から一度もこぼしたことのない弱音が、いつのまにか口をついて出ていた。誰にも届かず、ただ惨めさだけを強調するはずだったその言葉。それに応える者がいるなどと俺は思っていなかった。
だが、いたのだ。
『ス、スグ、グ、グフ、オ、マエ、カ、解放、カ、カン、歓キ、キ、喜』
「だ、誰だ!?」
まるで鼓膜に毒を垂らされたような痛みの伴う声だった。常識では考えられないその感覚に俺は周囲を見渡す。しかし誰もいない。密室にも関わらず生ぬるい風が首筋を撫でた。
『カ、ガ、カカ、解放、ホ、カ、歓喜、キヒ、オ、オマ、マエ、楽、タ、タノシ、ミ』
全体に濁音が混じったような、背筋に針金を通されるような悪寒のする言葉。それが幾重にも重なって、痙攣を起こすようにブレて聞こえる。そこには気が触れたような喜びが込められていた。
「誰だと聞いている!」
得体の知れない恐怖が全身にのしかかる。逆にそれが俺の壊れかけだった騎士道を復活させる。剣は手元にないながら戦う構えをとる。多少の体術はあれから学んだのだ。心なしか陰影が深まった部屋の隅を、家具の影を油断なく睨み付ける。
『返、答、オ、オレ、オレサ、ママ、ガ、眼ザ、ァ?ガ、ガン前』
水の中から喋ってでもいるような歪んだ声がそう言った直後、俺の目の前に短剣が現れた。いつぞや拾った紫と白の短剣だ。学院に渡しに行こうと思っていたのに、いつの間にか意識からこぼれ落ちていた。思えば俺が変な夢を見だしたのはあの日からだ。その不気味な短剣が宙に浮いている。
「な、何が……」
『カ、覚醒、ゼ、セィ、タ、イ、待キ、オム、オマ、エ、ベン、べべ、ベンリ、リィ』
「俺を、利用したのか……?ぐぅ!!」
切れ切れの言葉からそんな結論が浮かび上がった。同時に頭の奥が強烈な痛みに襲われる。不安が体の底から噴き出すような、深い部分で俺の何かが攻撃されているような、ただの痛覚刺激とは思えない痛みだ。
『ハ、ハハハ、ハ、カ、破壊、カい、容ィ、易、オマエ、ジャク、ゼ、脆弱、クヒ』
「あ、がぁ!?」
こんな訳の分からないモノにいいようにされて、俺は殿下やシーアやアクセラからの信頼を裏切ってしまったのか。そう思うとはらわたが煮えくり返り、恐怖よりも怒りが思考を支配する。痛みがどこか遠くへと退いて行く。
『タ、マシ、マシ、イ、摩耗、モ、怒、イ、カリ、リリ、加速、ソク、リ、リョ、慮グァ、外、オマエ、強ゥ、ジ、靭ン』
「たましい、だと?」
『オマエ、チ、ヒ、チシ、知悉、ツ、ツム、ム、無駄、ァ』
嘲るような雰囲気だけが伝わってくる。その間に俺は魔力強化をしようとして、魔力がほとんど残っていないことに気が付いた。
『グヒ、ム、ドァ、無駄、ダ、ダダ、ダ、無駄、ァ』
嘲笑がどこまでも纏わりつく。
『オマ、マエ、ス、サ、皿?ヨ、ょ、ヨキ、容器、キキ、コ、コ、餌、エ、エサ、場』
「え、餌場……ぐっ!?お前は、お前は本当になんなんだ!!」
悍ましい言葉が聞こえたことで俺は再び誰何の叫びをあげる。すると短剣から黒い何かが滲みだして宙に形を生み出す。人間の頭よりやや大きいくらいの黒い塊だ。その表面に左右2筋ずつの横線が引かれた灰色の楕円形が滲むように現れた。
「ひっ」
自分の喉から枯れた悲鳴が聞こえた。体の震えが止まらない。怒りに任せて奮い立っていた心もあっさりと挫ける。頭痛が加速度的に深刻化していく。ソレが何か、本能が悟っていた。
『ヘ、ヘ、ヘン、返、ト、ヘ、返答、ウ、ゥヒ、ヒヒ』
愉しむかのようにねっとりと声がささやく。楕円に刻まれた線がゆっくりと開いて、その内側にあった黄色い四つの瞳を見せつけた。
『ア、アグ、マァ』
その瞬間、溢れだした黒い何かに俺は飲み込まれた。
「うぁああああ!あぁ!?うぅぁあああああああああ!!!!」
~予告~
心根の優しき少女。
捻じれた運命が彼女を待つ。
次回、陽だまりの終わり




