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七章 第16話 歪んだ剣

 石のタイルで舗装された小闘技場に俺はいた。観客席にはネンス、レイル、エレナの3人。決闘の監督者はヴィア先生と1年B2組のフローネ先生。メルケ先生はすぐに見つからなかったので戦闘学を担当するフローネ先生を連れてきてもらったのだ。


「両者、このルールで本当にいいわね?」


 躊躇いを薄っすらと感じさせる声で確認する彼女は審判でもある。ルールは魔法以外全てアリの実戦形式。武器も防具も全て本物を使用し、審判が止めるかどちらかが負けを認めるまで続く。ファティエナ先輩との決闘より騎士たちのソレに近い。俺はあの日と同じディムライト一式と紅兎を装備し、マレシスはダンジョンに行った時の騎士甲冑から胸と手甲脚甲だけを持ってきた軽装を纏っている。武装こそ腕に固定した大きめのラウンドシールドとショートソードだが、騎士らしさに拘る彼らしくはない装いだった。


「ん」


 俺が頷くと対するマレシスも頷く。どうしてこんなことになっているのか、その点は俺を含めてこの場にいる誰もが理解できていない。なにせ一日療養を命じられていたマレシスが放課後突然やってきて、鬼のような形相で俺に決闘を申し込んだのだから。来る前に届け出は出していたようで闘技場使用の許可はすぐに下りたが、主であるネンスが尋ねてもきちんとした説明はなしだった。


「そう。それなら5つカウントしたら開始よ。各自そのつもりで」


 肩をすくめたフローネ先生は一呼吸おいてそっと手を頭上に上げる。

 受けない方がよかっただろうか。

 そんな思いが脳裏を過った。


「5」


 マレシスの様子はおかしかった。ここ数日の体調不良が嘘のように、足取りは確かで体幹も安定していた。ただし目の下にはくっきりとクマが浮かび、ぎらぎらと光る瞳に異様なほどの殺気を滾らせて……切れ味は悪いが大勢を殺してきた鈍らの妖刀を思わせる眼光だった。


「4」


 ヴィア先生は俺たちのことをおろおろと交互に見ている。自分の生徒が自分の生徒に殺気を向けている状況は、よき教師であろうとする彼女にとって辛いものだろう。俺たちの関係が改善していたことも戸惑いに拍車をかけている。それはネンスも同じようで、険しい眼差しでマレシスの動きを注視していた。


「3」


 どうにも嫌な感触がぬぐえない。一人真面目な表情で観客席に座るエレナにはこの違和感を伝えてある。本来関係のない彼女がここにいるのはその魔眼と優れた洞察力で俺の違和感の正体を探ってほしいからだ。


「2」


 殺気というよりもはや憎悪に近い目で俺を見る彼は、カウントが0になるが早いか斬りかかってくることを予想させる。まるで酷い裏切りにあったような怒りと憎しみに、俺はただ内心首を傾げるしかできない。わだかまりを乗り越えて確かに俺たちは良好な関係を築けていたはずなのに。


「1」


 ……まあ、全部今は置いておこう。目の前の勝負を片付けてから真意を問えばいい。

 俺も紅兎の柄に右手を乗せる。技術を少しは身につけたマレシスが最初の頃を超える本気で挑んでくるのだ。どのくらいに仕上がっているか知りたいのは、刀に生きることを決めた者として当然だ。


「はじめ!」


 フローネ先生の手が振り下ろされた。


「おぉおおおおお!!」


 真っ先に踏み込んだのはマレシスだった。魔力強化と思しき爆発的な加速。後追いで移動系のスキルが合わさり、勢いは一気に増す。容易には詰められないはずの距離があっというまに消費される。

 速い……でもまだ遅い。


「死ねェ!!」


 明確な殺意の言葉と共に振り上げられる剣。そこに赤の光が灯った。さらに一段加速するマレシス。


「!」


 移動スキルに突撃スキルを重ねたその速度は馬車並。触れれば弾き飛ばされるほどの力を纏って目の前に迫る銀の鎧に、俺は即座に対応を変更する。迎撃から回避へと。


「砕けろォ!!」


 怒声を浴びながら、赤い尾を引き落下してくる剣を横へ潜る。石畳を金属塊が砕く音と飛び散る石片に追い立てられ、マレシスの脇を抜けて背後へ回り込んだ。ブレーキにした足をとっかかりに身をひるがえす。振り向きざまに抜刀しがら空きの背中に刃を向け、鎧の留め具を破壊しようと切っ先を滑らせる。


「効くかァ!!」


 まるで背中に目があるかのように振り向いたマレシスはギリギリのところでラウンドシールドをねじ込んでくる。紅兎の先は盾の縁に切れ込みを入れただけに終わった。相当無理やり体を捻っているはずなのに、俺が刀を引き戻す間にもマレシスは剣を振るう。勢いに下半身の体勢が崩れるのも気にしない様子。ただ剣に込められたスキルの動作アシストだけが馬鹿正直に体を動かす。


「!」


 赤い光にスキルとは別のナニカを感じた俺はもう一度回避する。横薙ぎのショートソードを少し大げさなくらいのバックステップで。しかし俺の勘は正しかったのだと、次の瞬間に理解した。剣が通り過ぎた後、胸を覆うディムプレイトの表面に細い傷がついていた。


「マナエッジ……どうして」


 驚きに動作が鈍ることはない。それでも攻めに転じる気にはなれず、そのまま数回のバックステップを重ねて距離を取った。


「マレシス、今のは」


「問答無用ォ!!」


 喉から迸るような声。再びの踏み込み。もう見切られると分かっているからか、最初からトップスピードだ。スキルのタイプはおそらくもう一度突進からの振り下ろし。

 系統外魔法マナエッジ……教えたはずがないのにどうやって辿り着いたんだ。

 湧き出る疑問に俺もまた再びの回避を選択する。本来俺は受け止めて戦うタイプではないのだ。ここは諸々の質問を飲み込んで、本気で相手をさせてもらう。


「消し飛べェ!!」


 会話が成立しない雄叫びと騎士の剣が頭上から降ってくる。ギリギリまで見極め、マナエッジの大きさと精度を観察する俺。あと腕一つ分の距離まで迫ったところで真横へ跳んで……。


 ドバンッ!!


「!?」


 それまで俺が立っていた石畳がマレシスの剣に打ち据えられたと同時に赤熱し、とろみのある液体のように破裂したのだ。飛び散る溶岩はスカートの裾を焦がすだけだが、その絵面の異様さは数名しかいない観客を大いにどよめかせた。視界の端でヴィア先生が立ち上がりかけ、隣のフローネ先生に抑え込まれている。この決闘がファティエナ先輩とのそれと違う最大の点は、危険すぎる攻撃を禁止するルールがないこと。直撃していれば大怪我は免れない今の攻撃もルール上はセーフだ。


「マレシス、何を考えているのだ!?」


 ネンスから詰問が飛んでくるが、それすら耳に入っていないのかマレシスは忌々しそうに俺を睨む。


「一体何が……」


 魔力強化と動きの基礎、柔軟な思考については確かに教えた。それらをマレシスは極めて素直に受け入れ、順調に己の物としていた。だが、だからといってこの戦闘力の増加はおかしい。

 遅咲きの天才だった……?いや、そうじゃない。

 技術と馴染みやすい素質や才能があって、それが勝手に開花した可能性はゼロではない。ただそれだけで習得難易度もあって無視されがちな系統外魔法や今の、魔力を極端に物に注ぎ込むことで疑似的な魔力の現象化を起こすといった応用は思いつけないはず。そんなことが才能だけでどうにかなるなら、技術神には俺ではなくナズナがなっている。才能という意味では無駄に長い生涯で彼女を超える者を、俺は見たことがないのだから。


「うるさいんだよ……うるさいんだよォ!!」


 どろりとした形のまま固まった石タイルから剣を引き抜いて横に構えるマレシス。幽鬼の如くおどろおどろしい足取りで始まったその歩みは、また例の最高速度まで跳ね上がる。粗く肉厚なマナエッジを纏った剣には過剰な魔力の気配が漂う。

 魔法は苦手とか言ってたくせに、仰紫流の適正は高い奴!

 内心で称賛とも悪態ともつかない言葉を吐きながら俺も刀に魔力を這わせる。マレシスと同じ火属性の魔力だ。加えて『仰紫流刀技術』で刀の補強を行う。刃筋をたてなければ斬れないが、打ち合わせた程度では折れないし歪まない。そういった便利な機能がこのスキルにはある。

 ある意味アディナの理論に近い帰結か。

 師に習った収束進化という概念に似たその要素に皮肉を感じつつ、俺は正眼でマレシスの剣を待ち受ける。魔法禁止といいつつお互いの攻撃に魔力が籠っていることもまた、ある意味では皮肉のようだ。


「消えろォ!!」


 真横に振り抜かれる騎士剣に紅兎を正面から打ち合わせて受け止める。牛に体当たりされたような強烈な重量が腕にかかり、体が横に飛ばされそうになる。それをなんとかスキルによる身体強化とバネの応用で踏みとどまる。マナエッジとマナエッジが接触面で火花にも似た光を散らせた。


「燃えろォ!!」


 魔眼ならざる俺の目には見えないが、鍛え上げた感覚が告げる。膨大な魔力が接触面に収束していると。あの強烈な熱攻撃がくると。


「甘い!」


 仰紫流刀技術・火巫装

 堰を切ったように流れ込む魔力を紅兎の魔力が受け流す。中途半端に現象化させられた魔力の熱風が荒々しく俺の白髪を躍らせ、目や唇の水分を容赦なく奪い取る。ひりつく瞳で間近にあるマレシスを見れば、その目は強烈な悪感情を湛えながらもどこか虚ろだった。


 ミシリ


 悲鳴を上げたのはマレシスの剣だった。目に見えて傷はないものの、たしかに悲鳴そのものは聞こえた。


「チッ!!」


 盛大に舌打ちをして左手を柄から離す近衛騎士。両手で押し込んでいた力が半分になり、瞬間的には俺が優勢となる。しかしそこで彼は驚くべき行動に出た。腰に装着していた短剣を空いた手で引き抜き、俺の顔へと突き入れたのだ。


「きゃあ!」


 観客席から誰かの悲鳴が上がる。きっとヴィア先生だ。そんなことをどこか他人事に感じながら、俺の目はその短剣に釘づけになった。汚れた紫と骨のような白の不気味な短剣。明確な感触とは言えない何か、とてつもなく気持ちの悪い感覚がする。

 やばっ……!

 意識を取られたせいで反応がやや遅れた。寸でのところで首を逸らすも、鋭角的な切っ先は俺の頬を浅く切り裂く。


「痛!」


 実際の傷をはるかに凌駕する激痛が頬から全身に走る。おそらく激痛の付与魔法だろう。どんな達人であれ、全身を貫く痛みによって瞬きにも満たない硬直を余儀なくされる凶悪な付与だ。


「もらったァ!!」


「まだ!」


 どこからそんな魔力が現れるのかと思う程の魔力がマレシスの体に漲る。服の上からでも筋肉が膨張したと分かる魔量強化。そんなものに肉体が耐えられるはずもなく、ぶちぶちと嫌な音をたてて白い騎士服が内側から赤く染まる。それでもぐっと上がった筋力に俺は押し込まれだした。堪らず左手を柄からかみ合っている部分を挟んで反対にあたる峰へ移動させる。二点で支えなければ押し負けそうなのだ。


「死ねェ!!死ねェ!!死ねェエエエ!!!!」


 更なる魔力が剣に注がれる。紅兎が斬り込んでいる部分はそのままに、マナエッジの幅が段々と伸び始めた。しかもそのマナエッジが全体に高温を放っており、過熱攻撃を大規模に起こそうとしているのは明白だ。

 仕方ないか。

 このままでは押し切られるか大爆発を喰らわされるか。どのみち大怪我では済まない。魔法も魔術もなしで大怪我をさせないように相手を倒すのは難しいことだ。特に相手がこちらを殺す気で、さらに中途半端な範囲攻撃を身に付けている場合には。


「マレシス、よく見ておきなさい」


「うるさい!!」


 吼えるマレシスにそれ以上の言葉は不要だった。火巫装の魔力を性質、ベクトル共に反転させる。そのまま噛み合いをずらして彼の剣を撫でるように紅兎で擦り上げれば、マナエッジや過剰な魔力が根こそぎ刀へと吸い込まれて行く。

 仰紫流刀技術・反剋(はんこく)(だっ)()

 火属性の魔力を奪い取る対火巫装の、同門殺しの技だ。


「!?」


 驚くマレシスの横を抜け、誰もいない方向へと紅兎を振り抜いた。


 ズパァン!!


 湿った音を轟かせて、その軌道にある石畳が融解しはじけ飛んだ。刀の届く範囲を大きく超えて広がる被害に、込められていた魔力の量を察して我ながらぞっとする。さすがにあれを正面から喰らえば脳まで焼けかねない。そうなれば俺でも死ぬ。


「はぁ!」


 勢いを奪われて困惑気味にその光景を凝視するマレシス。その胸に俺は廻し蹴りを叩きこんだ。


「ぐぁ!?」


 数歩後退る男に紅の刃を閃めかせる。なんとか己を庇うマレシスだが、ラウンドシールドは張り出した両側を斬りおとされてガントレットのようになってしまった。

 魔力枯渇か。さもありなん。

 それまでの気迫はどこへやら、急にのろのろと精彩を欠きだした彼はもはや俺の敵ではない。なんとか切り込んできた剣を強化したままの紅兎で横殴りに退ける。酷い音がして今度こそ根元に罅が入った。


「チェック」


 彼の左手が腰に回るより早く、俺の紅兎は髪の毛1本の距離で首へと肉迫して停止した。


「そこまで!勝者はアクセラとする!」


 フローネ先生の声が闘技場に響き渡る。紅兎を引いて俺は軽く一礼をした。マレシスから返礼はなかった。それでも唐突に申し込まれた決闘は当初の予想よりはるかに充実した、しかし同時に問題点を多く孕んだ展開を辿って俺の勝ちとなったのだ。


「マレシス、どういうつもりか話してもらうぞ!」


 先生の勝利宣言が終わるが早いか、ネンスが腰丈の壁を乗り越えて闘技場の床へ跳び下りた。俺がそちらに視線を向けつつ紅兎を鞘に納めようと腕を上げたときだった。


「……るか」


「?」


「させるかァ!!」


 なんの気配もなかったのだ。その瞬間、殺気も敵意も魔力もなにも、あらゆる反応が危険を告げていなかった。それなのに、突如としてそれらが爆発した。マレシスが剣を振り上げてスキルも何もなく切りかかったのだと分かったのは、反撃を繰り出した後だった。

 俺の体は半ば無意識に180度反転し、視界に映った(マレシス)へと納刀前だった得物を走らせる。直前で手の勢いを殺せたのは、ひとえに潜ってきた修羅場のおかげだった。それでも正確なカウンターは狙いを過たず、俺の刀は剣を握る手首を半ばまで断ち斬る。薄い刃が皮と肉と骨と筋と血管を喰い千切る。何年振りか、人間の返り血が俺の頬を濡らした。


 ~★~


「いやー、すごい戦いだったね!」


「……」


「アクセラさん、ほんとに強いのねー。あれはアタシでも相手無理かもしれないわ」


「……」


「マレシスくんもさ、アレ近衛のスタイルじゃないけど強かった。ほんと強かったね」


「……」


「えーっと」


「……」


「……ヴィアちゃん、大丈夫?」


 一人で元気よく振る舞ってみたところで何の意味もない。教員用の店の個室で報告書の為の話し合いを開催したまでは良かったが、肝心の担任であるヴィアちゃんは沈みっぱなしだ。そんな人を元気づけるのがこのアタシ、フローネ=フォル=イリンダの得意技だと皆が思っているだろう。でも実際は違う。アタシが能天気に振る舞っているうちに、それに感化されて皆勝手に元気を取り戻してくれるだけ。だからサシで極端なへこみ方をされると対処に困る。

 ヴィアちゃんは学生時代から沈み方が凄くて、アタシがどうにかできたことなんて実のところ一度もない。喋ってるうちに自分で結論を見つけて立ち上がってしまう。そしてそれをアタシのおかげだなんて言わずに「先輩なにもしてないですよね」って言ってくれる。きっとそれが嬉しくて、卒業から何年たっても仲良くしていられるんだ。

 とはいえなぁ……。

 今回ばかりは自力浮上も見込めないかもしれない。ヴィアちゃんの受け持つアクセラさんとマレシスくんの決闘は、一言で言うなら常識外れだった。加えて学生レベルを大きく逸脱してもいる。ただそのことが問題なわけじゃない。ヴィアちゃんだって学生時代には相当逸脱した魔法の才能を発揮していた。問題は最後の最後。決闘が終わってなおマレシスくんが切りかかったことと、反撃したアクセラさんが彼の腕を半ば斬り落としてしまったこと。


「ほらさ、マレシスくんの傷もすぐ治療したし、きっと大丈夫だよ」


 はたして今後も騎士として生きていけるかは疑問だが。とはいえそんなことを馬鹿正直に言うのはよほどの抜け作か悪趣味な輩だけだ。


「アクセラちゃんだって特にショックを受けた様子もなかったし。いや、ほんとに冒険者やってる子は胆力凄いわ」


 斯く言う2人は現在別々に隔離中だ。マレシスくんは医務室に詰めていた医者や薬師に加え、有事の際にと常駐している神官の聖魔法で腕を失うことは免れた。治療が終わった今は重大な問題を起こした生徒用の反省房という牢屋のような場所に入れられている。

 アクセラさんは状況確認と事情聴取を担当者にされて、もう少ししたら寮に戻れるはずだ。今回は明確に加害者と被害者が分かっているぶん簡単に処理は終わる。


「……マレシスくん、どうしてあんなことを」


 そう、事務的な処理は。ヴィアちゃんの心では処理がまだできていないし、担任として今後どうするかという意味での処理も残っているのだ。


「治療中は意識が飛んでたんだっけ?」


「……ええ。なので明日また行こうと思ってます」


「アクセラさんは?」


「肉体的にも精神的にも心配いらないと……」


「直接言われたの!?」


「そうです。それに本当に大丈夫そうでした。一応医務室で検査だけは明日受けてもらうつもりですけど」


 いや、適当に言ったけど本当に冒険者をバリバリこなしてる子は凄いわ。

 あんな壮絶な戦いをして、油断したところを殺されそうになって、しかも反撃で級友の手を斬り飛ばしかけて……普通はストレスで吐くとか震えが止まらなくなるとか、そういった反応が出る。アタシも騎士団にいたからそういうのには詳しい。

 絶対殺()ったことあるね、あの子。

 これもヴィアちゃんには言えない。


「マレシスくんの目、見ましたか?」


「え、ああ……うん。すごいヤバい目してたね。ヴィアちゃんよりは教師歴長いけど、あんな目をクラスメートに向けた子は今まで見たことない」


 まるで大切な誰かを殺された復讐鬼のような目だった。ヴィアちゃんの話を聞く限りアクセラさんがそんな恨みを買うようには思えないけど、人に過去ありだ。それに言っては何だけど、アクセラさんの家はあのオルクス伯爵家。そうなると本人に関係ないところで恨みが量産されているわけで……。


「普段からあの2人っていがみ合ってるの?」


 いがみ合ってるというか、あれだと一方的な因縁になっていそうだ。そんなアタシの予想は大外れだったらしく、ヴィアちゃんの愛らしい顔は左右に力なく降られる。


「最初はたしかに何かとマレシスくんが衝突していました。でもここ一か月ほどは仲良くお話していて、メルケ先生も切磋琢磨できるいい環境になってきたって……」


 メルケ先生。アタシと同じ戦闘学の教師で、アタシより2枚は上手のベテラン騎士でもある。ただ所属していた魔導騎士団での評価は最低。大切な試合で不正を仕込んだのがバレて不名誉除隊になり、騎士の称号も継いだ家の爵位も全て失ったらしい。同じ学科の教師と言っても戦闘学はお互いにコミュニケーションをあまりとらないのでどんな人かは詳しくしらない。ただそんな過去のある人間にヴィアちゃんが惹かれているのは少し心配だ。

 でもなあ……こればっかりは担任同士に投げた方がいいよなあ。

 アタシは決闘こそ見たものの普段は部外者も部外者、当事者の生徒2人からすれば赤の他人と言ってもいいくらいの部外者だ。そんなアタシが横から口を挟んでどうこう言うのも限界があるし、なにより変な誤解が生まれれば生徒にもヴィアちゃんにもよくない。


「メルケ先生にも相談してみなよ。戦闘学で2人が実際に剣を打ち合わせてるの、毎週間近で見てるんだしさ」


「……そう、ですね。ちょっと行ってきます」


 頼んだ料理がくるよりも早く、ヴィアちゃんはふらふらと立ち上がって個室を出ていく。

 恋路は応援してあげれるか分からないけど、教師の道なら応援してあげるよ。ガンバレ、ヴィアちゃん!

 アタシの応援も虚しく彼女が「お出かけされてました……」と帰ってくるのはほんの10分後のことだった。


~予告~

血を見ることとなった決闘。

意識不明のマレシスは……。

次回、破局

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― 新着の感想 ―
[良い点]  新たな百合の萌芽。 [気になる点] 「うるさいんだよ……うるさいんだよォ!!」 「消えろォ!!」 「燃えろォ!!」 「甘い!」  ……韻を踏んでてついつい笑ってしまいました。シリアスな…
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