七章 第15話 歪められる意思 ★
レモンパイ講座を無事に乗り切った翌日、放課後のお茶会は俺とマリアの作ったお菓子で賑わった。アティネとティゼルも交えて大いに楽しみ、作りすぎて余った分をそれぞれ持ち帰りにして。あまりに長時間お茶会を続け過ぎて夕飯とくっついたのはミスだったが。
「ん、今日はこれくらい」
夜闇の中で刀を収める。過ぎてみればあっというまの楽しいパーティーが終わってからは、約束通りネンスを鍛える時間だった。それもたっぷり扱いて今時間がきたところ。時間が過ぎるのは早い物だ。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」
ネンスは返事をする余裕もなく、地面に刺した白陽剣のレプリカを支えにようやく立っている状態だ。先週より徹底して負荷をかけたから当たり前だが。彼が個人的に行っている鍛錬の成果も併せて具合を知りたかったのだ。俺の思っていたよりいい仕上がりなので、近いうちにレイルも呼び出して混ぜたい。もちろんネンスがそれでよければ、そうして先生やクラスメイトの手前さすがにできないでいる技術の英才教育を施すのだ。
マレシスは……少し休ませないと無理だな。
昨日の戦闘学ではシーアの占いの件がなくても心配になるほど体調が悪そうだった。クマがくっきりと刻まれた目は重度の寝不足で充血し、肌も潤いに欠けて青白かった。そんな状態でも真面目に授業をこなそうとするものだから、メルケ先生が直々に止めに入って見学を命じた。
「もう大丈夫?」
「あ、ああ。そろそろ、な」
まだ息は乱れているものの自力で立てるくらいには回復したようだ。
「きょ、今日の私はどうだった?」
「想像以上に魔力強化の習得が早い」
「ほんとうか」
嬉しさ3割に疲労7割でネンスは力なく笑う。王家の宝剣から魔力を供給して無理やり魔力強化の回数と密度を上げ、それを逐一俺が修正しながら模擬戦をさせた。想定よりペースがいいとはいえ、たった2回でそれなり以上に上達するスパルタコースはそれだけ体に負担も大きい。
「来週で一旦区切り。夏休みが明けたら別メニューにする。いい?」
「もちろんだ。具体的にはどうするつもりなのか、聞いても構わないか?」
「レイルも呼んで模擬戦。戦闘学よりはっきり、私対2人で何戦も」
戦闘学で今している1対3と何が違うのかピンと着ていなさそうな顔をするネンス。そこは実際に経験してもらわないとなんとも言えない。あとは来週が過ぎれば夏休みに突入するので、その間の訓練メニューを考えて押し付けないと。
「目標はマレシスと3人でダンジョン攻略」
「ダンジョン攻略か……骨が折れそうだな」
言葉の割に彼の口は笑みの形になる。ダンジョン攻略というワードが人並みに王子殿下を掻き立てているようだ。
「卒業までにBランクあたり目指してみるのも一興だな」
「いいと思う」
冗談めかして言うネンスに俺は真面目な顔で頷く。まさか肯定されると思っていなかったようで、言った本人はキョトンとした顔でこちらを見返してきた。Bランクといえばベテラン中のベテラン、兼業で冒険者をしながら目指すには厳しい階級だ。
「狙うならそれくらいじゃないと」
「あ、ああ、そういう意気込みで……」
「ちゃんと取ってもらうよ?有言実行」
「……まあ、がんばるさ」
Cまでは普通にいけると思う。しっかり教育を受けた人間は頭の回転が無教養な者とは雲泥の差だ。経験さえ積めば戦士系でも下手な探索役より小器用になんでもこなせるようになる。加えて魔法が使える剣士だ。よっぽど侮りがひどいとかでなければCランクは難しくない。人格と実績が必要になってくるBランクにも時間をかければいけるはず。
「いい経験にはなりそうだしな」
「ん。王位を継ぐ前に市井をたっぷりみるといい」
「ははは、お前はなんだか王になったことがあるような物言いをするな」
さすがに王はない。神になったくらいだ。
「まあ、問題はマレシスを説き伏せられるかだな」
散々彼の体調に関する心配事は話し合ったので今さら話題としては出てこない。ただ表情を曇らせて心中に浮かべるだけだ。
「たぶん大丈夫。彼は変わりつつある」
長い付き合いでない俺でも最初の態度からの差を考えれば変化が起きていることは察しが付く。俺に全力を出して負けた日からだ。自覚のない傲慢さが目減りして、その分心にできた余裕を他のことにあてている。殿下の護衛として一杯一杯だった頭に生まれた余裕は、まさに彼が成長の為に必要としていたものだったのだろう。
まったく近衛騎士団には感謝状を贈ってもらいたいよ。
そんな馬鹿なことを言ってネンスとひとしきり笑い、鍛錬はお開きとなった。
~★~
夜道を一人、すぐ傍の寮へ向かって歩く。限界ギリギリまで体力と魔力を振り絞った鍛錬は、凄まじい疲労感と確実に今朝の自分より強くなったという達成感をもたらしてくれる。
「Bランクか……」
ここしばらく続いた雨で洗われたように星の瞬く空を見上げ、我知らずその言葉を口に出す。冒険者としての地位も名声も、国内外で通じる大国の第一王子という立場を持つ私には必要ない。ただの王子でもそうだというのに、自分は成人をもって立太子する身なのだ。
「なんだがなあ」
凄腕冒険者という言葉が秘めた魔力には第一王子であっても心動かされないわけにはいかない。この世で物語の主役になるのは勇者、王、騎士、そして冒険者だ。勇者に憧れるほど私は子供ではない。王にはいずれなるわけだが、この平和な時代に王が自ら伝説になれることはまずないし民の為にもあってほしくない。騎士にはそもそもなれない。冒険者なら、なれる。
それに箔を付けるため、実力を付けるために貴族が冒険者を経験することは珍しくないのだ。騎士として立身出世が望めない家柄の者が武功を誇るため、とか。それを王子がして悪いことはないだろう。尊敬する父王も冒険者活動の経験を持っていることだし、覚悟を伝えれば許可くらいはしてくれるはずだ。
「箔付けの意味でも、それ以外でも」
王に武勇は必要ないが、あって見下されることはない。ひ弱であるよりよっぽど安心感があると思われる。それにアクセラの言う通り、まだ身軽な内に市井についてよく知っておくのも大切なことだ。陛下のように貴族出身者の仲間と上ギルドで登録するのもいいが、アクセラに頼んで下ギルドから本物の冒険者らしい泥臭い仕事をさせてもらうのもよさそうだ。
金持ちの道楽と思われそうではあるがな。
いや、金持ちの道楽には違いないのかもしれない。ただその道楽から得るモノだってあるはずだ。それを統治に活かせるならむしろ道楽で何が悪い。冒険者としての仕事には真摯に取り組み、経験を王になるための勉強にする。それでいいではないか。
「帰ったらマレシスに言ってみようか」
青く塗られた石と木の正面玄関から鳥の名を冠する寮に戻る。この時間のホールには誰もおらず、ただ豪華な調度だけが迎えてくれた。私はそのことを気にもせず、最上階の自分の部屋に向かった。奇しくもアクセラの使っているのと同じ位置の部屋だ。
マレシスは寝ているだろうか。
ここ数日あまりにも体調のよくない近衛騎士を思い浮かべる。先週の初め頃だったか、夢見が悪いと零していたのは。それ以来寝不足と悪夢は悪化している。特にこの三日ほどは坂を転がり落ちるように衰弱している。ただ医務室で診察してもらっても特に悪い所はないようで、神経が高ぶっているのではと言われたそうだ。ならばと婚約者のカゼン嬢と会う時間を増やさせたり、アクセラに勧められた安眠のハーブティーを飲ませたりと色々対策を講じてみても今のところ成果はゼロ。昨日はついにメルケ先生から戦闘学の見学を命じられてしまうに至った。
私の護衛はそこまでストレスが溜まるのか……?
学院内で危機らしい危機もないのに。となると私との共同生活だろうか。たしかに近衛騎士であっても四六時中、寝食まで王族と共にするのは心休まらないかもしれない。それでも体調をここまで崩すのは大事だ。諸悪の根源は王族であること以上に私という個人なのではと嫌な想像が膨らむ。といってもそこは私の一存でどうにかできる部分ではなく。
こんなときはマレシスの紅茶でも……いや、だからマレシスに負担を掛けないためにはという話でだな。
何気ない思考ですらマレシスに頼っていると再確認させられて辟易とする。それだけ信頼しているとも言えるが、一方で過ぎた信頼は負担になる。やはり早急にもう1人文官を付けてもらう話、父上にしなければならない。多少の雑用を頼める文官を付けてもらえばマレシスは騎士の本分だけを考えていられるのだから。
「はぁ」
鍵を外して扉を開く。玄関は何かあったときのためにいつだって明かりが灯っている。穏やかな蝋燭風の照明器具に照らされたそこで上着を脱ぎ、靴ともども所定の位置に仕舞う。室内用の靴に履き替えて、腰の剣も剣帯ごとベルトから外しながらリビングへの扉を潜った。
「暗いな」
照明の落とされたそこは明るい玄関から入ると余計に暗く感じられた。部屋の調度すらまともに見えない闇の中、壁際のスイッチを細めた目で確認し点灯させる。
「お帰りなさいませ」
「!?」
突然かけられた声に驚いてそちらを見る。落差で目を焼く光に照らされて、中央のソファに制服のままのマレシスが座っていた。大きな体を小さく丸めて、下から見上げるように私を見ている。その目は昼間より心なしか落ちくぼんだように感じられ、なにか背筋をぞっとさせた。
「お、起きていたのか……あまり驚かせてくれるな」
「……すみません」
聞きなれた友の声だと信じられないくらい疲れ切っている。まともに眠れないほど酷い夢を見続けるというのがどんなものか、私には分からない。けれど彼の様子を見るかぎり本当に辛そうだ。
「いや、もしかして眠っていたのか。だとしたら起こしてしまってすまない」
「……いえ、起きていました」
「そうか。やはり夢見が悪いのだな……なんとかしてやれればいいのだが」
昔から私を全力で守ってくれようとする彼のことだ。できれば力になってやりたい。
「殿下、今日はどちらに……?」
「ん、あ、ああ。軽い散歩とトレーニングだ。安心しろ、寮の周りで済ませている」
軽いという部分以外嘘はついていない、よな?
「……そうですか」
心ここにあらずといった受け答えはその目つきと相まって私の心をざわつかせる。
「そ、そうだ。ちょうどそろそろ父上に手紙を出さなければと思っていたのだ。誰か腕のいい医者を送ってもらえるよう添えておこう。明日の朝に出せば明後日には宮廷医師が来るぞ」
たかが寝不足だと本人が言っていたので躊躇っていたのだが、こうも酷い有様なら主命と称してでも一番いい医者に見させるしかない。そう思って切り出した私に、マレシスは覇気のない声で感謝を述べた。
意地を張るだけの気概もないのか、無残な。
普段の性格を知っていて、なおかつ困り者だと思いながらもそれを好ましく感じている私としては見ていられない。大昔に酷い風邪を引いて高熱に倒れたときですらここまで憔悴はしていなかった。
「調子が戻ったらまたアクセラやフォートリンとダンジョンにでも行こう。夏の終わりごろから冬にかけて、たくさん冒険をするんだ。実戦経験と鍛錬を山と積んで、それこそ卒業までにBランクへ至りたいものだな。それだけランクを上げれば大概の貴族には見くびられまい。近衛騎士長の座もすぐそこだぞ!」
先に見せた学院に詰めている医者がさじを投げたからこそ、身分を使って宮廷医師を呼びつけるという手段が学院から許されたわけだ。しかし当然王立学院の医者がヤブなわけはない。はたして宮廷医師を呼んで劇的に改善されるのか。もしこの夏の間にトライラント領やその横の天領での療養を言い渡されでもしたら……。そんな不安を心の隅においやるように一気にまくし立てた。彼がなによりも真剣に取り組んでいる鍛錬と絡めて、少しでも気を奮い立たせてくれると信じて。多少は微笑みでも交えながら「冒険者のBごときで騎士長の座はさすがに無理でしょう」などと、また偏見の混じったことを言ってくれると信じて。
「っ!!」
ちらりと彼の顔を窺った私はあやうく悲鳴を漏らすところだった。それまでぼんやりとしていた瞳にギラギラとした光が宿っている。見た瞬間に首と言わず背と言わず、肌を濡れた氷で撫でられるような不快感が迸る。私は自分の大切な近衛に、申し訳ないが、悍ましさにも似た恐怖を感じた。
きっと、クマのせいだ。げっそりした顔に陰影がついて少し不気味に見えたんだ。そうに決まっている。
己の心に浮かんだ常軌を逸した感覚と礼儀を欠く感情。その全てをなかったことにする。
「い、愛しの君から昼間に、パイを貰ったと聞いた。少しそれでも食べて休んだらどうだ。悪夢を見ると言っても、寝ないわけにもいかないだろう。医者が来るまでに倒れてしまうぞ」
「…………はい」
「では、私は疲れたからもう眠るよ。お休み、マレシス」
「…………お休みなさいませ、殿下」
そそくさと逃げるように寝室へ向かう。私の心は己への恥と怒りで真っ赤に塗りつぶされそうだったが、それ以上に背中に刺さる強い視線に心臓を掴まれたような感触がそうさせた。
~★~
グチャグチャになりそうだ。ほんの一週間前までは冗談を言う元気くらいあったというのに、今や目を閉じたとたんに迫りくる悪夢のせいで何もかもがあやふやだ。割れそうに痛む頭を押さえてソファにもたれかかる。眠気が酷すぎて跳びそうになる意識を無理やり動かし、なんとか現状を思い出そうとする。
レモンパイをくれたのはシーアだったか。たしか昨日のことだ。
兄上があの女と出ていったと聞かされた後。たしか、その後だ。
殿下が医者をどうこうと言っていたのは一昨日のはずで。
明日はフォートリンとダンジョンに……おかしい、行った記憶がある。
とうとう時間の感覚まで歪み始めたようで、心が絶望に染められていく。殿下が言っていたように医者が来れば、きっと俺は頭がおかしくなったと言われて役職を解任されるのだろう。本当に俺が何をしたのか。
「マレシスは偉いな」
兄上が褒めてくれる声が聞こえる。出ていったはずなのに。もう兄上はいないのに。それでも兄上の声が褒めてくれるのは嬉しい。頬が緩んでしまう。すると兄上はもっと褒めてくれる。
「お前の淹れる紅茶は美味しいな。だからといって近衛のお前に淹れさせるのはよくないことだが」
そう、俺は近衛だ。近衛だが殿下に紅茶を淹れる。殿下も喜んで褒めてくれる。兄上が、兄上……?殿下とは兄上が出ていった直後に出会ったはずだ。どうして殿下にお茶を淹れて兄上が褒めてくれる。筋が通らない。
気持ちが悪くなってきて頭を振る。しかしそれは頭痛を悪化させるだけだった。古い思い出と今の記憶が混ざる体験はまるで脳を掻きまわされているようで、極めて不快だ。
「よう、坊ちゃん」
挑戦的な女の声。あれはあの女だ。兄上を連れて行ったあの女。あの女がどんな顔で今更会いに来たのかと目を向ければ、殿下が愛用しているカップが硬いフローリングにぶつかって砕けるところだった。
「マレシス、お前を信じていた」
失望したような声は姿の見えない殿下のもの。なぜそんな悲しそうに言うのだ。俺は何も失敗していないじゃないか。失敗していないはずなのに。そう、そのはずなのに。
「弱いから」
アクセラの声がした。間違いなくアクセラの声だった。続けてまた殿下の声。
「信じて、いた、のに」
息も絶え絶えの殿下の声。そうだ、これは聞いた覚えがある。殿下が俺の目の前で腹を切られてそう呟いた。忘れもしない、あの日のこと。あの日?そう、あの日だ。今はもう思い出せないあの日のことだ。
「夢見が悪いのか」
「マレシス君、体が辛かったら先生に言って?」
「体調、悪そう」
「今日は休んでいろシーメンス」
殿下が、ヴィヴィアン先生が、アクセラが、メルケ先生が、口々にそう言う。俺を気遣う言葉だ。そう、俺は体調が悪い。さっきから頭が痛くて吐き気がする。全部眠れていないせいだ。変な夢を見る。最初は別々だった夢がごちゃ混ぜになって、何が何だかわからない。このままではアクセラとの決闘に負けてしまう。
それは嫌だ!
叫ぼうとしてベッドの縁から勢いよく立ち上がった。
「卒業までにBランクへ」
そう、殿下とともにBランクになって、決闘に勝たなくては。Bランクに。
「アタシかい?Bランクだよ」
「Bランクへ至る」
「喜べ息子たち、Bランクの冒険者を雇った。存分に学ぶのだぞ」
「弱いから」
うるさい。同時に喋るな。一人ずつ喋ってくれ、頭が痛い。大体Bランクとはなんの話だ。
「冒険者など絶対にならん!って言ってたのにな」
フォートリンか?冒険者になりたいのはお前だぞ。
「冒険者などならん!」
変な声真似をするな。何を言っているんだ、からかうのは止せ。俺は冒険者になるつもりなんてない。
「B」
「冒険者など!って」
「B」
「ならん!って」
しつこいぞフォートリン。何故そんな話をする、何の嫌がらせだ。そもそもお前は、お前は家を出ていったはずだ。あの女と一緒に。
「B」
「信じていたのに」
「B」
「紅茶は美味しいな」
「B」
うるさいうるさいうるさい!さっきからBがなんなんだ、意味が分からない!紅茶の話なんてしていないだろうが!そんなことより剣が、俺の剣がどこにもないんだ!今はその方が問題だろう、馬鹿にしているのか!?
ぐ、うぅ……!!痛みを堪え切れず泥水の中に膝をつく。俺の目の前に誰かが現れる。
「マレシス君」
「シ……ア……」
自分の髪を鷲掴みにしていた左手を差し出す。その肩に触れた俺は縋るように抱きつこうとした。もう恥も何もない。この苦痛から解放されたくて。なのに……。
え?間抜けな声が聞こえた。俺は彼女を押し倒していた。おかしい。驚いたような顔で見上げる婚約者。その無垢な姿に胃が燃え上がる。
「信じていたのに」
な、なにを……!?
「弱いから」
シーアの口で違う人の声が、言葉が紡がれる。右手がシーアの胸倉を掴む。純白のブレザーの内側、薄手のブラウスを無造作に。
「手紙を出さないと」
うるさい!力任せに腕を振るう。ブラウスは紙のように簡単に破けた。
「お前のせいだ」
栗色の瞳が恐怖に歪み、涙がこぼれ、それでも脈絡のない言葉が溢れる。
「B」
「オルクスって呼ぶの」
「B」
白い下着も破り捨てて、薄い胸を隠そうと暴れるシーアを押さえつける。
「お前はボクの自慢だよ」
「B」
「坊ちゃんは将来何になるのさ」
「B」
「兄は死んだと思え」
悲鳴の代わりに雑音を垂れ流す愛おしい恋人。うるさい、うるさい、うるさいんだよ。
「B」
黙れって!ずっと!言ってるのが!分からないのか!
「お前に任せるぞ」
「B」
諦めたように横たわる裸のシーア。俺の腹も胸も、全てが焼ける。
「信じていたのに」
うるさい!振り上げた右手にはいつのまにか剣が。愛用のショートソードではなく、紫と白の短剣だ。以前拾った短剣だ。
「B」
「オレは言っていない」
「B」
「B」
「ネンスのことは」
「B」
短剣を振り上げたその姿に、止めようと手を伸ばす。誰だ!?俺のシーアを傷つけるな!お前は、何をしようとしているんだ!
「私も、好きです」
それだけがシーアの甘い声で聞こえた。
「ヤメロォ!!」
叫んだときには剣が振り下ろされていた。敬愛する殿下の首に、胸に、腹に。骨が砕けて血が飛び散る。内蔵の嫌な臭いが立ち込める。
「B」
「信じていたのに」
「B」
「信じていたのに」
「オルクス」
「信じていたのに」
「なんだろ?」
「信じていたのに」
二重になって声が聞こえる。だらりと開いた殿下の口から。殿下を押し倒すアクセラから。なんでこんなことに……!俺は信じたのに!お前の言葉を信じたのに!!
「お前……お前ェ!!」
短剣を振り上げて斬りかかる。当たらない。畜生!あの女が手に殿下とシーアの首を持って「しんじていたのに」と何人もの声で呟く。満面の笑みを浮かべて。名誉も誓いも愛も信頼も全てを血に染めて壊した女が去っていく。
許せない。
許せない。
許せない。
「許せない」
俺がお前を……
俺がお前を……
俺がお前を……
「俺がお前を……」
そうだ……
俺に遺された道。
失った全てを弔うしかない。
俺に遺された道は。
「決闘だ」
驚いた顔のオルクスを睨み付けて俺は叫んだ。




