一章 第8話 ステータス
!!Caution!!
このお話は2話連続投稿の2話目です!
目をあけると早苗色の瞳のクマがこちらを覗き込んでいた。昨日もらったクマエレナだ。
あれ、いつの間に寝たっけ……?
俺にしては珍しいことに寝るまでの記憶がすぐに出てこなかった。昨日は確か誕生日で、祝福を受けに行ってからパーティーになったのだ。エレナとお揃いのぬいぐるみを貰ってから色々な料理を食べ、屋敷の皆と大騒ぎをして……。
ああ、思い出した。宴の途中で眠くなって意識が遠のいたんだった。中身に関係なく、体の年齢は3歳。まだ夜更かしをできる歳ではなかったらしい。
「ん……」
絹のシーツの間でゆっくりのびをする。ラナか誰かが寝かしつける際に寝間着に着替えさせてくれたらしく、手足を包む感触は滑らかなシルクではなくもこもこした毛織物のそれだ。
「んー……ふぅ」
ひとしきり伸びを終えて爽やかな朝の空気を吸い込む。毎晩誰かが香油と水を室温管理の魔道具に足してくれるおかげで、冬であっても喉も目もヒリつかない快適な目覚めを迎えられる。エクセララの強烈な乾燥もものともしなかった生前と違い、今の体は意外と敏感なのだ。
さてと、窓から差し込む光から察するにまだ早朝だな。
普段起きる時間よりやや早いくらいだ。俺よりお寝坊なエレナにいたっては確実にまだ夢の中だろう。ラナやアンナが起こしに来るのもまだまだ先だし、ここは昨日し損ねた大仕事をするのがベストだ。大仕事、すなわちステータスの確認のことである。昨日一応ちらっと見るには見たのだが、あまりにもぶっ飛んだ内容に保留を決め込んでそっと閉じてしまった。
「……ん、しよ」
ステータス欄を呼び出せば、薄紫色の半透明な板が視界に生まれる。厚みのないガラス板のようなそれにはいくつかの項目に分かれて俺のことが箇条書きされている。項目は上から順に「基本情報」「能力」「スキル」「称号」「状態」の5つ。ツッコミどころ満載だったのはこのうち「スキル」と「称号」の部分だ。
まあ、上から見ていくとして、「基本情報」には
名前:アクセラ=ラナ(=オルクス) 性別:女 年齢:3
種族:人間 出身:ユーレントハイム王国オルクス伯爵領
と書かれている。
俺が新しい生を授かった土地、ユーレントハイムではミドルネームに母の名前をつかうのだが、貴族の場合は実母ではなく乳母のものを使うことになっている。ラナの名があるのはそのためだ。
ラストネームが括弧で隔離されているのは、貴族の子供は15歳の誕生日まで正式に家名を与えられないから。15歳になるまで貴族の子供は貴族の権利をほとんど行使できず、かわりに貴族の責任とも無縁でいられる。これは子供が権力にまかせて無軌道をしないようにという側面と、家の問題で子供を罰しないようにという2つの側面を持つルールだ。この規則は大陸のほとんどの国で採用されている。
まあ、実際には半分有名無実化していて貴族のドラ息子がイロイロやらかすことはよくあるがな。
「能力」の項目は筋力値や魔力量、敏捷性、カリスマ、健康度、幸運値などが数字で書かれている。物理的パラメーターのみを見るなら3歳の女児とは思えない高さではあるものの、成人男性と比べればかなり低い。目を引くのは魔力だけが宮廷魔法使い並にあることと知識量、幸運値が空欄になっていることくらいだ。魔力量の多さはそうなるようにしむけていたのである意味予定通りではある。
元々魔力量というものは男性より女性が多く、平民より貴族が圧倒的に多い。また魔法を限界まで使うほど絶対量が増えるという性質を持つため、生まれてすぐにほぼ毎日使っていた俺の魔力量が常人を遥かに上回っていても何も不思議はない。少し計算違いがあるとすれば、予定より訓練量が多かったことくらいだ。理由はいわずもがな、エレナにせがまれたからである。知識と幸運についてはちょっとなにがなんだかわからない。
「スキル」と「称号」。昨日俺がそっと閉じた理由であり、期待も大きいが不安が圧倒的に大きい項目だ。
スキル
・火魔法適性・中
・光魔法適性・大
・闇魔法適性・大
・魔力精密操作Lv8
・忍耐Lv4
・茶道Lv3
・華道Lv5
・完全隠蔽
・仰紫流刀技術・心得
・紫伝一刀流剣術・極
・シュトラウス流格闘術・心得
ジョブ
・使徒
・技術神【封印】
称号
・貴族子女
・心身逆転(非表示)
・転生者(非表示)
・技術者「刀技」
・技術者「刀鍛冶」
・最高神の初友
普通3歳児はスキルを2つも持っていれば恵まれている方だというのに……無難なところから確認していこう、うん。
スキル欄に「スキル」と書かれているのは単一の能力を持つものだ。名前の通りの効果を持つ。代表的なのは上3つである適性系。
『火魔法適性・中』:火属性の魔法に対するやや高い適性。火属性の魔力変換、火魔法の習得を補助する。
『光魔法適性・大』:光属性の魔法に対する高い適性。光属性の魔力変換、光魔法の習得を補助する。
『闇魔法適性・大』:闇属性の魔法に対する高い適性。闇属性の魔力変換、闇魔法の習得を補助する。
その人が持っている魔法的な適性をスキル化したものだ。適性が低くとも持ってさえいれば訓練次第で上級まで使えるようになる。
なおスキルありきではなくもともとある素養をスキルに表したものなので、このスキルがないブランクでも魔法の適性はもっていたりする。
『魔力精密操作』:魔力を精密に操作することができる能力。完全パッシブ。現在レベル8/10
適性系スキルと同じ補助のスキルだ。オフにできないパッシブであることだし、ありがたく使わせてもらおう。レベルが高いのはひたすら魔力糸を使っていたせいだろうな。
『忍耐』:苦痛を耐え忍ぶ強靭な心。パッシブ。現在レベル4/10
1歳のときの赤ん坊生活で手に入れたのだろうか。わずかに我慢強くなるという、やや根性論じみたスキルだ。
『茶道』:美しくお茶を点てる芸術。現在レベル3/10
『華道』:美しく花を生ける芸術。現在レベル5/10
これは生前友人に勧められて少し齧ったせいで獲得したのだろう。これらに要求能力値の条件はないので3歳児でも取得しようと思えばできなくはない。ちなみに俺は抹茶より紅茶派だ。
『仰紫流刀技術』:開祖エクセルが魔法・魔術を取り入れ生み出した剣術。現在習得状況は心得
『紫伝一刀流剣術』:異世界からもたらされた刀を使う剣術。現在習得状況は極
『シュトラウス流格闘術』:開祖シュトラウスが強化魔術を取り入れ生み出した格闘術。現在習得状況は心得
これらはまさに例に挙げた通りのものだ。本来なら極であるはずの『仰紫流』と上に達しているであろう『シュトラウス流』が共に心得なのは条件不足が故だ。前者は前提となる魔法や魔術が未収得、後者は単純な筋力値が足りていないのだろう。『紫伝一刀流』だけ極なのは逆に前提条件があまりないからだ。
「関係ないけど」
と思わずつぶやく。この3つのいずれもスキルとして行使するつもりのないものだ。それより気になるのはもう1つの方。
『完全隠蔽』:あらゆる情報を遮断し隠蔽する能力。
これは生前の記憶を手繰っても覚えがない。説明から察するに自身や物を隠す隠蔽系スキルの上位版と思われるが、具体的になにをどう隠せるのかわからない。
「……試そ」
自分で隠蔽したものを自分で見失うということはないので、他人で検証しないといけない。あとでエレナあたりを驚かせてやろう。
最後の「ジョブ」と書かれた項目だが、これはスキルをより高次に発展させたもの。複数のスキルを統合した物だったり、まったく別のスキルが特殊な組み合わせでまとめられていたりする。俺のステータス欄にあるのは両方とも後者のようだ。
『使徒』:地上における神の代行者の権能。全ステータス上昇パッシブ
『技術神』:技術を司る神エクセルの権能を疑似的にスキル形式で表した能力。特例スキル。現在封印状態
『使徒』というのは神の使徒があまねく所有しているジョブらしい。どの神に仕えているか、何番目の使徒かなどでかなり細かく内包されるスキルが違うようだ。『技術神』の方は説明を見る限り便宜上スキルという形になっているが本物のスキルではないのだろう。
そういえば昔、ナズナがジョブは展開できるって言ってたような……エベレア司教も意識を集中させれば詳しくわかるみたいなことを言っていたし、やってみるか。
「んと……こう?」
『使徒』に意識を集中させて展開するように命じる。するとステータス欄と重なるように別の板が現れた。『使徒』と一番上に書かれたそれには、そのジョブの情報と内包されている機能がこれまた箇条書きで綴られている。
使徒
第一使徒・初級(特例)
・聖魔法・上級
・神託Lv1
・加護代行Lv10(MAX)
・アップデート
少ないなぁ……。いや、なんの修行もしてない俺が神官の十八番である聖魔法を上級まで扱えるだけでも十分ありがたい話なんだが。
『聖魔法』:聖属性の魔法。信仰する神とのつながりによって効力が変わる。現在習得状況は上級
聖魔法は邪悪を祓ったり傷を癒したりする魔法だ。神とのつながりの強さが影響するということで、本人であるところの俺は強力な聖魔法使いということになる。おそらく『使徒』が初級なのに『聖術』が上級なのはそういう理由で、「(特例)」と小さく書いてある所以でもあるのだろう。俺自身はこれまで聖術を使った経験がないのでまったく使いこなせる気がしない。
「ん、いい課題」
とりあえずはそう思うことにする。
『神託』:神からの宣託を賜る能力。現在レベル1/10
『聖魔法』とはうってかわって、神なのになぜか物凄くレベルが低い。おそらく教会に籠って清めの儀式とかを何か月もしたら単語で啓示がもらえる程度だ。
当然神官職にとってはそれでも喉から手が出るほど羨ましいスキルだし、あるのとないのとでは雲泥の差なのだろうが、教会にいけば気軽に天上界とコンタクトをとれる俺には無用の長物。今後もLv1のままだろう。
『加護代行』:自らの仕える神の加護を代行して授ける能力。使徒専用スキル。
神本人である俺は一度天界に戻れば加護なんていくらでも出せるのだが、まあ教会が周りにないときには便利かもしれない。最初からレベルは最大だし応用も効かないので放置だな。
『アップデート』:存在を更新する。特例スキル。
「(特例)」はこれか。
どういうスキルなのかさっぱりわからない。名前は魔導具などの内部機構を刷新する時に使う言葉で、師匠が持っていた電子機器などにもしょっちゅう表示されていたが……説明も短いくせに分りづらく、なおかつ物騒だ。『完全隠蔽』とちがって試してみる気にもならないので、こんど教会に行くときにミアかパリエルに教えてもらうとしよう。
「つぎは……」
『技術神』に意識を向ける。
『技術神』:技術を司る神エクセルの権能を疑似的にスキル形式で表した能力。特例スキル。現在封印状態
あれ、展開されない。封印状態ということは解除しないと閲覧もできないのか?
あるいは本物のスキルではないので、展開したり中身を見たりはできない仕様なのかもしれない。物は試しにスキルの横に書かれた【封印】を展開してみる。
……あ、開いた。
【封印】:神の力による封印。この状態にあるスキルは一部使用できないかわりにいかなる方法でも看破できない。再封印も可能。<解除しますか?> はい/いいえ
どういう理由で封印されているのかはわからないが、別段ミアから注意もなかったことだし解除してもいいだろう。再封印もできるらしいし。
だが「はい」を選ぼうとしたそのとき、俺は変な感覚にみまわれた。まるですっかり何かを失念したまま出かけようとしているときのような、後ろ髪を引かれるとでもいえばいいのか、そんなそわそわとした感覚だ。言葉にするなら、そう、虫の知らせというのがピッタリの。
「…………やめよ」
明確な理由は何もないが、なんとなくそうしたほうがいいような気がした。その感覚がダンジョンにいるときに何度も感じたことのあるものだったからだろうか。
それだけのことだが、虫の知らせや勘と呼ばれるものは案外馬鹿にできない。むしろ高度な理論や理性に支えられた思考よりも動物的な直感の方が信頼性は高かったりする。
「パリエルに聞こう」
ウッカリ大王様はおいておいて、我が優秀なる部下に今度ちゃんと仕様を聞いてから実行することにしよう。それが一番安全だ。
「つぎつぎ」
スキルは最後のジョブ2つで終りだが、残った「称号」も馬鹿にならない実益がある項目だ。そして一番のツッコミどころでもある。
称号とは達成した行いによって付与される名前のようなもので、主にステータス上昇や特別なパッシブを付与してくれる。スキルではないがスキルシステムによって発現しているので、これも生前の俺にはなかった項目だ。
『貴族の血統』:貴族の血筋に生まれた者の証。魔力量、カリスマ上昇パッシブ
おそらくこの世界で最もありふれた称号の1つだろう。貴族の血筋に生まれた者が必ず持つ称号で、将来的に貴族位を得ればその爵位の称号に上書きされるらしい。傍流だったり没落したりしても貴族の血統に生まれたことは間違いないので消えることはないそうだ。
『心身逆転』:心と体の性別が反転している者の証。心身の不一致による自我の崩壊を抑止し、調整を行う。人格の基礎は魂の性別に従う。なお、この称号はいかなる方法でも他者が閲覧することはできない
生前の友人に1人肉体の性別と本人の主張する性別が違う奴がいたが、これはそういうことだろうか?実際にアクセラとしての肉体は女で、エクセルとしての魂は男なわけだから間違ってはいないな。それにしてもこの称号を設定したのが誰かは知らないが、優しさを感じる仕様だ。
『転生者』:輪廻を経ず記憶を維持したまま誕生した者の証。記憶を保持し、段階的に前世のステータスを参考にした補正をパッシブとしてステータスに上乗せする
ああ、いいなこれ。段階的に上乗せということは俺が成長するごとに前世のステータスを基準にした補正がどんどんかかっていくということのはず。つまり前世同様にトレーニングもすれば前人未到の領域までいけるかもしれない。夢が広がる。
元々天界に居た頃から期待していた能力、というか使徒転生の特典だったのだが、専用の肉体でなくなってしまったのでどうなっているのか分からなかったのだ。
『技術者「刀技」』:刀技を修めた者の証。刀剣を使用した技能限定で『目利き』を行える。筋力値、敏捷性上昇パッシブ
『技術者「刀鍛冶」』:刀鍛冶を修めた者の証。金属を主体とする武器限定で『目利き』を行える。筋力値、健康度上昇パッシブ
これらは技術を修めたということで得られる称号のようだ。『目利き』というのは鑑定系の下級スキルで、俺が使えるのは剣を使ったスキルに対してと金属武器に対してのみらしい。前者に関しては素面でわかるのでいいとして、後者は非常にいいスキルだ。これがあれば粗悪品を避けて良品を選ぶことができる。刀以外はそこまで詳しくないので助かる。
「……ふぅ」
1通り見終わり、はしゃいでいた心も落ちつきを取り戻した。俺の意識は最後にして最凶の称号に向けられている。『最高神の初友』なる1割の切なさと喜び、そして9割の圧倒的不安を感じる称号にだ。
『最高神の初友』:最高神ロゴミアスにできた最初の友人である証。幸運値をランダムにする。全ステータス上昇パッシブ
「………………」
うん、まあ、わかっていた。なんとなく、こう、そんなかんじのオチが隠れているんだろうなと、そう思っていた。
幸運値をランダムにするとか、ホントに止めてほしい。絶対コレだ、俺が伯爵令嬢に転生した原因は。転生の直前で彼女の最初の友人となってしまったからだ。そして能力の幸運値が空欄なのもこれのせいだ、きっと。
今後一生、俺は望まぬ博打を打つような人生を歩まされることがわかった瞬間だった。
「はぁ」
だが不思議とミアのことを責める気にはなれなかった。もちろんあとでゲンコツだが、だからといって縁を切ってやろうとかは思わない。
あの日、寂しそうに胸の内を語った彼女を思い出す。そして友達となったときの輝くような笑顔を。
「まったく……」
この生涯、一分一秒が大勝負というのも悪くないかもしれない。そんな風に思う自分がいるのも事実だ。
「はぁ、まったく……」
俺は自分でもいったい誰に向けているのか分からない溜息をただ繰り返した。
今年最後の更新です('◇')ゞ
2年も仕度してきた作品を上げはじめ、もう合計12部・・・
長かったような短かったような(←絶対短い
では、来年もよろしくお願いいたしますm(__)m
~予告~
ミアとの縁でとんでもない爆弾を括りつけられたエクセル。
彼の一分一秒がオッズ非公開、勝敗の結果すら非公開という賭けになる・・・。
次回、逆境来々
エク「こなくていいぞ!」
※※※変更履歴※※※
2019/2/3 スキルとアビリティの違いが曖昧だったためスキルに一本化(大筋に変更はありません)




