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七章 第13話 レモンと鹿肉と恋心

 週が明けた雨の放課後、すっかり常連になったカフェの屋内席で俺たちは久しぶりのお茶会をしていた。メンバーは俺、エレナ、シーア、マリアにアベルだ。レイルはヴィア先生に手伝いを頼まれ、アロッサス姉弟も課題で忙しくしている。


「レモンティーお待たせいたしました」


 いつものウェイターが人数分のアイスレモンティーを持って来てくれる。夏休みまで秒読みとなった今、レモンの清涼感が心地よくてこれのヘビーローテーションだ。


「アベルは久しぶり」


「あはは、そうですね。たしかに久しぶりかも」


 朗らかに笑う、マリアと別の意味でレイルの女房役を務めるアベル。彼とお茶を共にするのは意外にもしばらくぶりだった。理由の1つは俺ここ最近戦闘学で付き合いのあるメンバーと一緒にいることが多かったから。そしてもう一つは、彼がクラス長に就任したから。


「仕事、忙しい?」


「結構忙しいですよ。でも先輩たちが色々教えてくれますし、面白いことの方が多いですね」


 各クラスに男女それぞれ1人ずついるクラス長。その仕事は3学年で集まって行事の準備や手配などをすることだ。学院の行事となると貴族も巻き込んでの大規模なものになるので、もちろん教師や事務員たちが行う部分が大半。だがその一部を生徒にも担当させることで、より生徒に寄り添った行事にしたいと学院長が決めたシステムらしい。


「アベルくんは何の仕事をしてるの?」


「僕は夏休み明けの遠征企画の準備です」


 帰省も加味しての長い夏休みが明ければ学院は春の入学式、冬の夜会、年度末の学院祭と並ぶ大イベントを迎える。長期学院外授業という長ったらしい名前の行事は、始まった当初は戦争を想定した行軍の練習だったことから遠征と呼ばれる。現在は学年ごとに王都を離れて様々な活動をする、半ば旅行と化したイベントだ。


「い、行先って、もう、き、決ってるの?」


「一応決ってますよ。3年生がフラメル川を遡ってティート子爵領、2年生が陸路でハルバス伯爵領、そして僕たち1年生がフラメル川を下ってトワリ侯爵領です」


「「うわ……」」


 聞いた瞬間、俺とエレナが揃って顔をしかめた。


「どうかしたんですか?」


 首を傾げるアベルに言っていいものか逡巡する。ただ、学院で知り得た情報は外に漏らさないのが貴族たちの暗黙の了解だ。友人であることを踏まえても、大丈夫だろう。


「ここだけの話にして」


「ええ、それは構いませんよ?」


「わ、わたしも、大丈夫だよ」


 口々に友人たちが誓って見せる。


「トワリ侯爵にいいイメージがない」


「あ、会ったこと、あるの?」


「10歳の夏」


 貴族としてのお披露目パーティーで親父に紹介された貴族の1人だった。変な髭が特徴的な中年男性で、嫌われ者の父にも妙に優しく接していた。当の父は俺に要注意人物として教えていたし、なによりこっちに向けられた目が気持ち悪すぎたので二度と会いたくない人物に分類されている。


「まあ、たしかにあまりいい噂のない人ではありますね」


「ん、そうなの?」


 情報通のトライラント家であるアベルは、この歳でかなり色々なことを知っている。それを冷酷に使い分ける老獪さはまだないが、シーアの噂話とは根本的に毛色の違う情報に耳聡い。


「あの侯爵家はもともとユーレントハイム王国ができる前から今の領地を持っているんです」


「け、建国の王様が、戦った相手……なの?」


「いえ、むしろ敵側を裏切って建国王についた人物ですね」


 マリアの質問にアベルはにこやかな笑みを浮かべて説明を始める。トワリ侯爵家の祖先は建国王が打倒した勢力の下でも大きな領地を持っていた有力者だった。しかし建国王の側に勝機を見出して裏切った。その褒美としてユーレントハイム樹立の際に領土をそのまま侯爵領として手に入れたのだ。


「四大英雄に次ぐ立役者としてその時代から侯爵位を保持していますが、数代前から領地経営の改革を理由に役職は冠していません」


「あんまり王都には来ない人なのかな?」


「現当主も姿を現すのは基本的に夏のお披露目と新年のパーティーくらいです」


 あの変態……夏は合法的に子供を見るためで新年は出席が義務だからじゃないか。


「ただ、ここ数年……それこそ僕たちの代以降はお披露目にも来なくなったそうですよ」


「そ、そうなの?」


 おやおや、とんだロリコン野郎だと思っていたらそうでもないのか。あるいは来なくなるような理由があるのか。新年には顔を見せるので体調が悪いとかじゃないらしい。


「なんでまたそんな場所になったの?」


 首を傾げるエレナの質問は、俺たち全員の心中を代弁したようなものだった。いくら建国以来の家柄とはいえ、社交性のない貴族の膝元にわざわざ国の未来を背負う子供たちを送るというのはしっくりこない。特に俺たちの学年にはネンスがいるのに。


「行き先については王宮から働きかけがあったみたいで、あまり詳しくは分からないんですが」


 そう前置きをしてからレモンティーを含むアベル。のどを潤した彼は再び口を開く。


「侯爵は壮年にさしかかりつつあり、しかし子供がいません。これはレグムント侯爵も同じですが、あちらには帰国と共に養子入りする予定の甥がいます。つまり現状、大貴族で唯一跡取りがいない家なんです」


「なるほど……?」


 そりゃロリコンだからだろう。


「加えてこの5年ほどは新年以外顔を出さず、招かれても夜会や外遊には行かない」


「家を存続させることを諦めている?」


 跡継ぎがおらず、養子縁組をできるような社交性を持たず、政治からも離れて生きている。それはつまり、もう自棄になって家を畳むつもりでいるということではないのか。


「陛下や上層部の方々はアクセラさんと同じ結論に至ったようです」


 それは国としては困るだろう。なにせトワリ侯爵領は大きな領地。いなくなられては後が困る。国としては税収が減るのでさっさと誰かに与えたいが、下手に与えればパワーバランスを大きく崩してしまうのだ。


「殿下がいる1年生を送り込むことで陛下はトワリ家との友好を内外にアピールしたいんですよ。言葉は悪いですが、枯れ井戸だと思われては養子の成り手もいなくなります。おそらく親書を殿下に託して説得も試みるでしょう」


 王室直々のテコ入れをしなければならいレベルでトワリ侯爵は世捨て人化しているのだろうか。もしそれが本当なら、いくらロリコンといえど可哀想な気もする。実被害がないロリコンなら、な。


「それで、いい噂がないっていうのはどうしてなの?」


「ああ、そうでした、その話でしたね。トワリ侯爵はその、小さい子供が好きな人でして……」


「「「あぁ……」」」


 俺、エレナ、マリアの口からため息が漏れる。俺のそれは事実への納得で、他2人は俺が嫌った理由への納得だ。シーアはどこかぼうっとした様子でレモンティーのグラスを見ている。話は聞いていなさそうだ。


「まあ、僕たちの年齢は大丈夫らしいので、たぶん大丈夫だとは思うんですが」


 直接表現を避けたせいか、正確性を尊ぶアベルの好みから随分離れた言葉が紡がれる。

 あと俺たち、つまり成人間近が大丈夫って、それはつまり大丈夫じゃない人だからね。


「まあ、先生方もいますから大丈夫ですよ」


「だといいけど」


「エ、エレナちゃんも、その侯爵さまが……?」


「あ、違うよ。わたしは乗り物酔いしやすいから、船で移動なのが嫌だなって」


 そう、エレナが最初に嫌そうな顔をしたのは船酔いを思い出してのこと。部屋割にもよるが、俺の聖魔法抜きだとかなり大変な思いをすることになる。


「ところで、シーアちゃん」


「え、あ、なに!?」


 遠征の話題が少し進み始めたころから彼女はテーブルの上の飲み物を見つめて心ここにあらずといった様子だった。そのことに気づいたエレナが声を掛けると、彼女は肩を大いに跳ねさせて周囲を見回す。そこで自分がまったく話題について行っていないと気づき、一瞬青ざめた。


「大丈夫ですよ。僕は気分を害してませんし、たぶん彼女たちも細かいことは気にしないですから」


 ある意味大物なマリアやそこら辺の感覚がない俺たちに先んじてアベルが微笑む。どうやらシーアは話を聞いていないという、貴族令嬢としては失格の態度を見せてしまい焦ったらしい。噂話を広く集める彼女にとっては、そうした普通の令嬢方の世界も足繁く寄る社会の一つ。同じ田舎者でも俺やエレナとは違うのだ。


「ご、ごめんね……その、ちょっとレモンティーを見てたら気が散っちゃって」


 彼女はわずかに歪みのある薄めのグラスへと視線を戻す。レモン果汁とシロップが混ざった明るい色の紅茶で満たされたそれは、浮かべられた小さなミントと縁に立てられた薄切りのレモンで彩られている。


「は、話せることなら、その、話して?」


「うん……そうだね」


 マリアに促されて重い口を開いた彼女は、レモンを見て婚約者を思い出したというところから始めた。マレシスはレモンが好きなのだと。


「なんで暗い顔?」


「ラブラブなのにね」


「ラ、ラブ!?」


 一瞬シーアの頬が赤く染まる。しかしそれもすぐに褪せて、それまでの憂いを帯びた表情に戻ってしまった。


「その、占術学の授業をとってるんだけど……」


 占術学は俺とアベルの戦闘学、エレナの天文学の裏にあたる授業だ。仲のいいメンバーではシーアとマリアが取っている。様々な占いに関する魔法とスキルについて学ぶ授業らしい。といっても『占術』スキルは適性が厳しいため、授業を通じて取得できる者は稀なんだとか。


「ちょっとだけ、個人で練習しようと思って部屋でしてみたんだ」


 シーアは身の回りの人のことを魔法で占ってみたという。俺やエレナ、マリア、アベル、レイルといった普段お茶をするメンバーについては失敗で、それは個人情報を知らな過ぎて魔法が発動しなかったのだとあとで先生には言われたそうだ。


「両親や乳兄弟のことは占えたんだけど、あんまり上手くいかなくて」


 神々すら運命は読み解けない。この世に確定した未来などというものは存在しないのだ。それをヒントだけでも見ようとする占いの魔法は、どれだけレベルを上げてスキルから発動しても不確定で不確実な結果しかもたらさない。それを手動で発動となると読み解く難易度は数倍に跳ね上がる。ちなみに俺はそっちの魔法が昔からからっきしで、一度たりとも発動すらしたことがない。


「マレシスも占った?」


「……うん」


 シーア曰くマレシスと彼女が婚約したのはお披露目の直後だったが、7歳くらいの頃から両者と親の間では決まっていた事だった。詳しい理由までは話さなかったが、遠くて会える回数が少なかったとはいえ8年近い付き合い。情報量は実の家族に匹敵する。


「断片のイメージだったけど、よくない結果だと思う」


 彼女の行った占いの魔法は水を垂らした鏡を用いる儀式要素の強い物。見えたのは濃い霧に包まれた4つの黄色い月、明滅する緑の光と鱗のような模様。そして段々と近づいて来る、土を掘る音が聞こえたという。


「こんなに沢山見えたのは初めてで、でもすごく怖い感じがして……マレシス君によくないことが起きるんじゃないかって思ったら、その……」


 占いの魔法は発動させた本人にしか見えない。全失敗の俺はどんな風に見えるのか知らないので、それらのイメージや音というものがどれだけ正確なのかは知り様がなかった。けれど聞いた限り、確かに幸せそうな印象はうけない。特に土を掘る音が近づいて来るというのが嫌だ。


「せ、先生には……?」


「もちろん言ったよ。でも占い系のスキルは出てないし、たぶん失敗して変なイメージばっかり見えたんじゃないかって」


 安直な解釈だ。


「それはちょっと無責任ですね……」


「う、うん。シ、シーアちゃん、こんなに悩んでる、のに」


 俺を含め、同情の視線を送るしかできない。俺たちには手が出せない分野で、先生がそんな態度ではどうにもこうにも。そう思っていると、エレナだけは腕を組んでちょっと黙した後にこう言った。


「図書館で占いの内容について調べてみようよ」


「で、でも……」


 シーアは迷うように口ごもる。その目には本当に恐ろしい啓示だったらという恐怖がありありと浮かんでいた。


「見ちゃったものはしかたないし、それがどういう意味が分かれば何とかできるかもしれないよ?」


「そ、そうかもだけど……」


「た、たしかに、エレナちゃんの言う通り、だよね」


 本人が渋る中、マリアが目を輝かせる。彼女は見かけよりずっと行動力のある少女だ。


「もし分かれば、私がなんとかできるかも」


「アクセラさん……」


 占いの解釈はできないが、その結果を見て対処することならたぶん俺が一番向いている。それにエレナほどじゃないけど、本を読む速度は速い方だ。図書館もたまに利用しているから資料探しも慣れている。

 最悪、俺がマレシスに加護を与えるのも手だしな。

 そうしてこなかったのは加護を連発すると正体の露見に繋がりかねないからだ。マレシスが技術神の加護を望むかもわからない。ただ事態が変な方向に向かうのならリスクを負ってでも彼に加護を与えて守ることもできる。そうしても悪くないと思える程度には、俺はマレシスのこともシーアのことも気に入っているのだ。


「じゃあ明日からさっそく調べ物だね!」


「ん」


「そうしましょう!」


「う、うん!」


「み、皆……ありがとう!」


 全員が快諾するとシーアは涙ぐみ、わずかに言葉を(つか)えさせながら感謝する。

 図書館での資料調査以外にも俺はヴィア先生に、エレナはリニア女史にと広く聞ける伝手がある。それらを駆使すれば多少分かることもあるはずだ。占いが失敗に終わっていたならいいが、成功していたとすれば何時の事を示唆していたのか……そのことだけが気がかりだな。


 ~★~


「それで皆で調べ物ですか?」


 翌日、図書館に集まって占いに関する書籍を端から読んでいるところを見つけて声を掛けてきたのはヴィア先生だった。彼女は俺が先週出した課題をやるために来ていたようだ。


「先生は占い系、詳しい?」


「ごめんなさい、占術の魔法は私もさっぱりで。でもベサニア先生が詳しかったはずですよ。声をかけてみたらどうですか?」


 学院の図書館を統括するベサニア司書長はヴィア先生の担任であり、彼女が卒業する年に教員を引退して司書になった人物だ。初老目前だが背筋の伸びた美しい所作をする。


「司書長先生は一昨日から出張で、ドーニゲットさんがずっと出てましたよ」


「あー、ドーニーじゃ無理ね……じゃあ調べ物を手伝うしかできないけど、先生が参加しましょう!」


「い、いいんですか?せ、先生も調べ物、あるみたい、ですけど」


 おずおずと尋ねるマリアに先生はニッコリ笑って見せる。


「大丈夫です。それにクラスは違えど生徒の悩みを解決するのは先生の仕事ですよ」


 ヴィア先生らしい、生徒のためにという思いが凝縮された笑みだ。ただ彼女は占いの中身に関しては特に思う所がないらしい。占い系の難易度を考えるとそういう反応にもなるか。

 そこからは作業速度が跳ね上がった。なにせヴィア先生は俺やエレナすら凌ぐ読書ペースを誇っていたのだ。眼鏡の奥でラナによく似た青色の瞳が吃驚するほど素早く文字を追いかけていく。


「わ、私の調べ物なのに、私が一番遅い……」


 文官気質のアベルは当然として読書家なマリアもハイペースだ。シーアも決して遅いわけじゃないが、この中ではどうしても劣ってしまう。


「ふぅ、結構調べましたが、なかなかありませんね」


「う、占いは見る人によるから、読み解くのも、ば、バラつきがあるみたい」


 そう、スキルは画一的な力を提供するモノなのに、占い系だけは結果が不安定かつ個人に左右される。なので一概にコレを見たらこんな意味だとは書かれていないのだ。


「鱗が爬虫類、蛇かなにかっぽいというのは分かったんですが……それ以外はさっぱりですね」


「緑の光も意味が多すぎ。平穏や自然から嫉妬や毒物まで」


「あぁ、ちょっと休憩……」


 高速で文字を追いかけまわして疲労した目を押さえる。開始初日に読み解けるとは誰も思っていないので、若干の徒労感と焦りを抱えつつも全員肩から力を抜いた。


「マレシス君、体調悪そうだったなあ……」


 ポツリとシーアがこぼす。その言葉に脱力した俺たちは若干身を固くした。それは担任としてよく見ているヴィア先生も同じで、やはり誰から見ても彼の様子はあまりよくないようだ。最初に睡眠不足を明かした頃から数日しか経っていないのに、マレシスの目の下のクマはかなり濃くなっている。授業中もうつらうつらとしていることが増えた。そして眠いからか機嫌が悪い。


「一度ちゃんと医者に見てもらったほうがいいかもしれませんね。僕から言ってみましょうか」


「アベルの言うこと、聞くかな?」


 俺とレイルは戦闘学を通じて彼とそこそこの信頼関係を築けている。しかしアベルとマレシスは接点があまりなく、クラスでも多少話す程度。よくある友人の友人という距離感だ。


「私からネンスにでも伝えておく」


「私も担任ですし、言ってみますね」


 ヴィア先生はそう言ってシーアを慰めると、手を一つ叩いてこう切り出した。


「マレシスくんも心配されるばっかりじゃ気が詰まりますよね。何かいいことも考えて上げましょう」


 先生の言う通り心配してもらうのは悪い気分じゃないが、そればかりだと気が滅入るし申し訳なくもなる。それなら最初から役割を分担しておくのも、たしかに一つの手だ。俺と先生、勝手に巻き込んだネンスが心配係になればいい。もちろん楽しいパートを担当するのはシーアだ。


「で、でも、楽しいことって何がありますか?」


 当のシーアは心が暗い方向に囚われ過ぎてすぐには思いつかない様子。尋ねられた先生もそこまでは考えていなかったのか「うーん」と言ったきり黙ってしまう。


「お、お菓子でも、作る?」


「お菓子?」


「う、うん。て、手作りのお菓子、喜んでくれる、と思うよ?」


 手作りのお菓子か。自分で裁縫から料理まで趣味でするマリアらしい発想だ。下級とはいえ貴族令嬢のシーアは自分で調理をしないのか、あるいは作ってもマレシスのような身分ある相手への贈り物に適さないと思っていたのか。なんにせよ選択肢になかったようでキョトンとした顔を見せた。


「いいと思う。レモン好きならレモンパイ?」


「レ、レモンパイは作ったこと、ないけど……」


 俺の提案にマリアがたじろぐ。言い出しっぺとして既に手伝う気満々だ。


「アクセラちゃんレモンパイ焼けるよね?」


「ん」


 俺はリハイドレーター開発の件以来、屋敷の料理長イオにお願いしてときどき厨房を貸してもらっては色々作っていた。おかげで料理系のスキルもかなり取れた。ちなみにそうやって作ったモノは大体エレナとトレイスの腹に収まる。


「アクセラさんは料理もするんですね」


 苦みを含んだ笑みを先生が浮かべる。俺の戦闘力と魔法の知識を知っている彼女からすれば、俺が万能の超人にでも見えるのだろう。実際は先生たちより長く生きているだけで、できないことも不得意なこともあるんだけど。


「シーア、明後日でよければ放課後に教える」


「いいんですか!?」


「ダメって言ったらどうする?」


「え、ええ!?」


「ア、アクセラさん、あんまり意地悪はダメですよ……というか、昔から獲物で遊ぶ猫のようなところがありますよね」


 いいに決まっているのに問い返すシーアがしおらしくて、ついつい冗談を言ってしまった。それと確かにアベルの言う通り、俺は人をからかって遊ぶ悪癖がある。

 まあ、面倒くさい年寄りの楽しみだと諦めてほしいところだな。


「シーア?」


「あ、はい!お願いします!」


「マリアも手伝って」


「う、うん。わ、わたしもレモンパイ、作ってみたい」


 これはレイルも巻き込んでお茶会だな、俺とマリアの作ったパイで。同じことを思ったらしいエレナとアベルがその翌日の予定を話し始めた。レイルやアロッサス姉弟も呼んで久しぶりに全員でお茶会をしようと。賑やかなのは俺も好きだ。

 ただレモンパイ、2個で足りるかな。

 他にも何か用意する心積もりをしながら、俺はその光景を優しい眼差しで眺めるヴィア先生の横へ移動する。


「先生」


「どうしたんですか?」


「お礼代わりに教えてあげます」


 首を傾げる先生。俺とほぼ変わらない身長で童顔の彼女がそうすると、いよいよ同級生か下手をすれば年下に見えた。

 でもこれでれっきとした恋する女性……。


「ロシペルの帽子亭、知ってます?」


「貴族街にある料理屋さんですよね。行ったことはないですけど……それが?」


「鹿肉パイが有名」


「そうなんですか……?」


 意図が分からないまま首を傾げ続ける少女のごとき先生。その色白な顔は俺が次の言葉を紡いだ瞬間に赤く染まる。


「メルケ先生の好物。週末にでも買ってあげれば?」


「え、なっ」


「騎士を辞めてから食べてないらしい。きっと喜びますよ」


「いや、な、なんで、そのアクセラさん!?」


 メルケ先生が気がかりな事を言ってもいたし、ここはしっかりアプローチをしてほしいところだ。色々な思いが混じってパニックになるヴィア先生に俺は小さく口元をほころばせる。それを見て半分はアベルの言ったように俺の悪癖が出たのだと気づき、彼女はちょっと拗ねた様に頬を膨らませた。それでも最後に小さく「ありがとうございます」と言う。

 恋する女性は応援したくなる……のはさすがに年寄り根性が抜けなさすぎかな。


~予告~

拳士ガレンと夜の訓練。

明かされる強さの秘密とは。

次回、もう一つの技術

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― 新着の感想 ―
[良い点]  三人寄れば文殊の知恵。でも実際寄ったら姦しいだけ……な気もしますが、それでもやっぱり困った時に相談出来る友達がいるっていうのはいいことですね。 [気になる点]  メルケ先生の好物を知った…
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