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七章 第7話 学びと成長

 ある日の放課後、私とアクセラさんは図書館で勉強会をしていた。といっても私が教わる側で彼女が先生なのだが。個室で向かい合ってわたしに魔法の理論を説く白い少女は、驚くほど人に物を教えるのが上手かった。それこそ新人とはいえ教師である私より随分と。


「属性適性がなくても使える魔法?」


「全くないと無理。でも組み合わせて持ってない属性を再現できます」


 また魔法学会の重鎮たちが泡を吹いて倒れそうなことを言ってくれる。今までも大概だったが、今回のは1、2を争う程にとんでもない。


「触媒を使って、ということじゃないのよね?」


「もちろん」


 魔法を使うにはその属性の魔力がないといけない。人には魔力変換の適正というものがあり、自分が持つ属性の魔法しか使うことはできないのだ。別属性の魔力を秘めた触媒で強制的に属性を変化させることも可能だが、効率が悪くメリットも少ない。暴発の危険だってある。

 それを属性の組み合わせで再現できるなんて、想像すらできない世界……。


「たとえば氷属性。氷はなんでできるか、ヴィア先生分かりますか?」


「水が冷えて氷になる。それくらい分かりますよ」


 あまりに丁寧な説明に拗ねたような言い方になった。一回りちょっと年上のすることではないと、その子供っぽい反応に遅れて頬が熱くなる。周りから子供扱いされることが多いからか、ついついそういうことをしてしまうのだ。


「モノを冷やすには?」


「冷やすには……氷を置くとか、水をかけるとかですね」


「ん。あとは風を当てる」


「風ですか?あ、たしかに風に吹かれ続けると寒くなります」


「水を冷たい風で冷やし続けると氷になる」


「そ、そうなんですか?」


 冬場に外で風を浴びすぎると耳や指先が氷そうに冷たくなる。夏場に涼むためには風を浴び続ければいい。熱すぎる料理を冷ますのに私たちは息を吹きかける。風はたしかに熱を奪っていくのだ。

 それと同じこと?


「風魔法で冷風を、水魔法で水を生み出して上手く混ぜ続ければ氷が作れます」


「それは手動、ですよね」


「ん」


 魔法をスキルからでなく手動で発動させる方法。それは既に教えてもらった。得意でよく使う水魔法の一部なら既に可能にもなった。けどそんな複雑な使い方はまだまだできない。


「でも技術ってすごいですね。風と水の魔法で氷が作れるとは思いませんでした」


「考え方次第、です」


 とってつけたような敬語に続いてアクセラさんはもっと簡単なケースを教えてくれる。まず魔法で氷を出す。それを火魔法で炙る。すると水が手に入る。そういうことの組み合わせを変え続けて蓄積していったものが技術らしい。


「あ、そろそろお夕飯の時間ですね。アクセラさんも帰らないと」


 ふと壁にかかった時計が目に入り、既に放課後の図書館利用が終わりそうな時間帯であることに気づく。


「今週の課題はなんですか?」


「ん……スキルの意外な使い方を10個考えてきてください」


「意外な使い方ですか?」


「自分のじゃなくても大丈夫、です」


「わかりました、先生できるだけ面白いのを考えてきますよ!」


 ノートに課題を書き込んでから胸を張って見せる。アクセラさんはあるかないかの笑みを浮かべて頷いた。これではいよいよどちらが先生なのか。

 あ、そうだ。


「そういえば、エレナさんとは仲直りできました?」


「……ん」


 驚いたようにわずかに目を見開くアクセラさん。

 私だって教師の端くれ、ちゃんと生徒の様子は見ているのです。


「さすがヴィア先生」


「え、えへへ、それほどでもありませんよ」


「凄いと思う。先生はちゃんと「先生」をしてる」


 それを言うなら彼女の方が圧倒的に先生をしている感がある。生徒にその部分で負けているのは正直あまりに情けない。そう素直に言うと彼女は困ったように眉を寄せた。これだけはっきりとした表情をこの少女が見せるのはめずらしい。


「私は「師匠」にはなれる。でも「先生」は、色々な道を示してあげる人にはなれない、です」


 師匠と先生の違い。それがわからなくて首を傾げそうになるが、その直前でなんとなく理解する。最初に魔法を教えてくれたのは学院の先生たちだった。彼ら彼女らは揃って魔法を教えながらも、魔法使いになれとは言わなかった。相談すれば魔法を使う将来を片っ端から挙げて見せてくれた。

 でも卒業後に弟子入りした魔法使いの老師は同じ魔法を教えるのでも、そこから先どうするかを教えることはなかった。私が学院の教師になると聞くと怒って破門されたことからもその違いは明白。老師は私を自分と同じ研究者になると決めつけていたのだ。


「アクセラさんはエレナさんにどうしてほしいんですか?」


 できるだけ優しいトーンで訪ねる。いくら大人びていても彼女はまだ14歳。同い年の子供の将来を断言していい立場だと、私には思えなかった。しかしそんな一抹の危惧を含んだ質問の返事は、想像よりずっと落ち着いたものだった。


「生きたいように生きてほしいです」


「生きたいように?」


「それが合わない道でも、エレナが望む道を歩ませたい。でも、合わずに傷つく道なら……」


 傷つき倒れ、道半ばで諦めてしまうような道に入るなら止めさせたい。そういう思いが最後まで紡がれなかった言葉からは感じられた。応援してあげたいが、致命的な間違えへ背中を押してしまわないかも不安。それはまさしく親が子を思う心情だ。


「なんだかお父さんみたいですね」


「……」


「あ、ごめんなさい」


 花も恥じらう……ようには見えない子だけれど、年頃の少女にお父さんみたいはない。私が14歳の頃にこんなことを言われたらまずショックを受ける。次に自分のシャツの匂いを嗅ぐ。

 今思うとお父さんに失礼だね、あれは。


「ん、大丈夫です」


「ほんと、落ち着いていますよね」


「そうですか?」


 ともすれば私より年上に見えるときがある、とはさすがに言わない。教師として二度も失言をするわけにはいかないのだ。学習能力がないと思われたらもう生きていけない。


「父……自己満足かな」


「え、アクセラさんなにか言いましたか?」


「ん、なんでもないです」


 最後に彼女が言った何かを私は聞き取れなかった。困った顔とは少し違う、不思議な表情をアクセラさんは浮かべていた。


 ~★~


「……」


「……」


「……」


 ひたすら続く沈黙に俺の胃はギリギリと締め付けられる。近衛騎士の末席を汚す者としてこれしきの状況、と思う心がある反面でなんだっていいから空気を打開したいと叫び出しそうな己もいる。

 場所は商店街の一角を占める肉料理のレストラン。平場が満席だったので個室だ。テーブルの上には食べ終えて空になった食器が2人分あり、向こう側には一人の少女が俯いて座っている。シーア=ミナ=カゼン男爵令嬢、俺の婚約者であり同じ学院の1年生だ。

 今日、殿下から臨時の休みを言い渡された俺は我ながら珍しくシーアを夕食に誘った。クラスが違うからこその何気ない日常の差異や、交友関係、近況などを話しながら商店街を見て周り、彼女が友人から評判を聞いたこの店で悪くないディナーを摂った。言葉にはしないがそこには確かに穏やかな、楽しいと言える空気があったのだ。

 それがなぜこんな凍った雰囲気に……いや、さすがに分かっている。アクセラ=ラナ=オルクス、あの女のせいだ。

 というのはいくら何でも八つ当たりが過ぎる。ただ責任の所在ではなく、単純な要因としてはそうとも言える状況。つづめて言うならば俺がとんだ朴念仁であったということなのだが。


「シーア」


 いつも明るい笑顔で返事をしてくれる少女は頬を膨らせて俯いたままだ。それでも上目遣いに視線だけ寄越してくれる。あたかもその先を期待するかのように。そして続く言葉がないのを見てまた視線をテーブルクロスに落とした。かける言葉が見つからないまま名前など呼ぶべきではない。口にしてからそのことを痛感させられる。

 事の発端はシーアの話にあの女が登場したことだった。先日仲のいい女子生徒同士で彼女の部屋に泊まったという話題でだ。

 最後の決闘で勢いを失ってしまった俺は、以来ことあるごとにあの女のことを考えていた。変な意味ではない。忌むべき裏切りの汚名を纏うオルクス家、卑しい冒険者、平気で尊敬すべきシネンシス王子殿下を打擲する不敬者。そんな面ばかりがあの女の全てではないことを知り、俺は己の物の見方を見直すべきだと痛感したのだ。

 殿下に招かれたお茶の席で見せた姉として、娘として弟や家族を思う優し気な顔。戦闘学で語る筋の通った戦いの手練手管。この美しい世界を汚す邪悪な悪神の先兵、魔獣を討伐した戦士としての力量。そういったプラスの面もまたあの女だ。そう思うように、いや、思えるようになった。だからといって殿下に害がないかなど簡単には判断できず、俺のうだうだとした態度に繋がっているわけだが。

 そんなわけで、俺はシーアにあの女のことを尋ねた。どんな性格なのか、どういう振る舞いを普段はしているのか、何を好み何を嫌い、シーアは彼女をどう思っているのか。デザートを食べる間中聞いていた気がする。その結果がこの空気だ。

 浅はかだった……。

 いくら親しい友人のこととはいえ、延々と別の女の話を聞かれれば気立てのいいシーアといっても気分を害するのは当然だ。色恋にそこまで敏感ではない俺でも、もし彼女が延々フォートリンの話をすればもやもやとした気分になるだろう。


「……」


「……」


 沈黙がまさしく真綿で首を締めるように呼吸を圧迫していく。シーアといる間は俺にとって数少ない気の休まる時間なのだ。それがこうも苦痛な空気になってしまうと、どうしていいかわからない。


「そ、そろそろ、出るか」


 なんでそれを言った、俺よ。よりによってもそれを!

 沈黙をなんとかしたくて口をついて出た言葉は最悪の選択肢だった。ここは広くないが個室であり、周りの目を気にせず誤解を解くならこれ以上望むべくもない場所であるのに。


「……うん」


 消沈した様子で頷くシーア。その姿に胸が締め付けられる。首に巻きついた真綿はいやまや絹のスカーフのようにしっとりと、同時にしっかりと締め付けてきた。

 言った言葉は戻せない。

 そんなありきたりな教訓がいやに脳裏にちらついた。自分の心の弱さを呪いつつ会計を済ませて商店街を後にする。


「……」


「……」


「……」


「……」


 お互いに沈黙を引きずったまま、人ごみをかき分けてブルーアイリス寮へ向かう。少し早めの夕飯にしたせいか、人の流れは商店街へ向かう方が多い。道をゆく影がどんどんと減っていくなかで、俺の焦りは反比例するように膨らんでいった。

 まずい。このまま寮に送り届けてしまっては、本当にまずい。

 誤解は解きたいがどう言っていいかもわからず、ただ足が着々と執行猶予を歩きつぶしていく。隣を歩くシーアの視線は足元に固定されており、背が違いすぎる俺からはその表情が窺えない。こんなことなら多少なりとも剣以外のことを勉強しておくのだった。そう後悔しても後の祭りとはこのことだ。

 何かないか。何か、女心や男女の関係について聞きかじったことは。

 ない記憶をかき集めて頭を回転させていると、ふと殿下の言葉を思い出した。連れ込むのがどうとか。そういう話を。


「……シーア」


「……?」


 名前を呼ぶとまた上目遣いが飛んでくる。この距離になってようやく、その瞳がうっすらと月明りに光っていることに気づいた。無言の帰り道が俺の胸を締め付けていた以上に、彼女の心を傷つけてしまっていたのかもしれない。


「こっちに、来てくれ」


 ぎこちなくならないよう細心の注意を払いながら彼女の手を掴み、人通りの少ない方へ向かう。少女は何も言わずにただついて来てくれた。何の建物かは知らないが、窓に明かりの灯っていない建物の間まで来てから手を離す。


「マ、マレシス君?」


 困惑した様子のシーアに相対して俺は、これ以外に思いつかないので素直に事情を話した。


「先ほどはすまなかった。その、変な意味で質問攻めにしたわけではない」


 戦闘学でよくアクセラとぶつかるっていたことから始まり、順序立てて説明する。慌てていたからか、本来は言うつもりのなかった情けない部分まで口走ってしまった気もするが。とにかく全部言葉にして、彼女の誤解を解かなくてはと必死だった。俺自身そこまで必死になって弁明をするとは思っていなかった。それだけシーアのことを大切に思っているということなのか。捲し立て終えて思ったのは、やはり俺は剣以外にももっと学ぶべきとこが山のようにあるということだった。


「つまり、そういうわけでだな……俺はあの女に変な意味で興味があるわけではない」


「……」


「その、折角の夕食を、配慮が足りなかった。すまない」


 そう締めくくって頭を下げる。しばらく今までと同じ沈黙が返って来て、許してもらえないのかと諦めそうになったころだった。小さく白い手がそっと俺の頬に当てられた。


「事情は、わかりました」


 彼女の声はまだ硬い。


「私も拗ねてごめんなさい」


 顔を上げると彼女の顔がはっきりと見えた。頬を赤らめて困ったような微笑みを浮かべていた。


「でも、ちゃんと言葉で……言ってくれませんか?」


 何かを期待するような視線と一層赤くなる頬。栗色の瞳には俺と月が映っている。


「シ、シーア」


「はい」


 真剣な眼差しに俺の顔も熱くなるのが分かった。


「あ、あ……あい……す、好きだ!」


 まだ「愛している」は言えない。そんな逃げの入った言葉に、それでもシーアは笑ってくれた。


「私も、好きです」


 その言葉だけで全身に力が湧いて来る。先ほどとは全く違った胸の苦しさに突き動かされて、俺は気がついたら彼女を抱きしめていた。


「きゃ」


 小さな悲鳴が聞こえたが今は無視する。小さく華奢なその肩に腕を回してしっかりと。彼女もおずおずと腕を回して抱き返してくれた。


「マレシス君」


 胸元でかけられる声に下を見る。目があったと同時に彼女はそっとそれを閉じた。白々とした月の光に照らされて唇がしっとりと輝く。何を求められているかはすぐに分かった。

 まだ、はやい。

 早鐘のように打つ心臓をそんな言葉で誤魔化して、ブラウンの前髪をよけた額に唇を当てた。


「……」


「今はまだ、これで見逃してくれ」


 わずかに不満げな、それでいてどこか嬉しそうな表情で見上げるシーアに三度弁解する。


「お、お待ち、してます」


 つっかえつっかえにそう言うシーア。言葉の意味を脳が理解した瞬間、心臓が一段ペースを上げた。その音が聞こえたのか、彼女もさらに赤らめた顔を俺の胸板に押し付けて隠してしまう。


「……」


「……」


 路地裏に入るまでとはまったく意味の違う沈黙に支配された俺たちが、どちらからともなく離れて視線を彷徨わせたのは5分近くたってからだった。ふわりと何か甘い香りが制服からして変な気分にさせられる。


「そ、そろそろ送っていこう」


「そ、そう、だね。お願いします」


「敬語でなくても、構わない」


 今さらなことをつい口にする。


「あ、いいの。私がそうしたいだけだから」


 説得力を持たせるためか、シーアはあえて敬語を止めて見せる。


「そうか、それならいいんだ」


「その方が」


「?」


「な、なんでもないです!」


 言いかけた言葉を飲み込んで、少女は俺の手を握る。


「行きましょ?」


「あ、ああ」


 そのまま路地裏からでようとする彼女の足元。この場にそぐわない物を見つけて、歩きだした俺は止まる。


「マレシス君?」


「これは……」


 シーアの足元にしゃがんでそれを拾う。濁った紫と骨のような白が不気味な、シンプルな鞘に収まった短剣だった。


「短剣ですか?」


「落とし物か……いやしかし」


 騎士や戦士が自分の武器を落とすだろうか。見た目からして女性の持つものでもない。


「まあいい。あとで学院に届ける」


 心配そうに俺の手元を覗き込む彼女にそう伝える。今はシーアを寮まで送り届けるのが先だ。


~予告~

狂宴の廃城にて腕を磨く少年たち。

少女と近衛は焚火を囲んで何を思う。

次回、騎士の心

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