七章 第6話 密会と女子会
エレナと仲直りした、というとやや語弊があるが、次の週の戦闘学。すっかり魔力強化を修めたレイルとマレシス、まだ不完全なネンスを交えた俺たち4人は乱戦仕様の稽古をしてみた。メルケ先生からは面白い試みだと認めてもらえたので、存分に3人を扱き倒した。
乱戦だと言ったのに、実質俺対3人になったのはもうちょっとやり方を考えないとな。
その結果を見て先生からは今後、上級組はツーマンセルから拡張した練習に切り替えるのもアリだと言ってもらった。たしかに武芸の素地が出来上がっている連中の中にはネンスのように不完全な魔力強化を獲得しつつある者もいる。完全に会得したのはセンスと下地の違いか、レイルとマレシスだけだが。
「アクセラ、ちょっとあとでいいか?」
ネンスからそう言われたのは、その2人がお互いにアドバイスを送り合っている間の事。なにやら近衛に知られたくない話があるらしい。今日の授業の感触からおおよその用件は察せる、頷いて見せた。マレシスに知られればまた煩いかもしれないが、まあそこはなんとかなるだろう。というか主人であるネンスがどうにかするべき部分でもある。
放課後、俺はカフェによるレイルたちの誘いを断って教室に残った。アレニカを中心に固まっている令嬢グループも去り、残ったのはどの集団にも属さない生徒2、3人と俺たちだけになる。
「アクセラ」
「ん」
俺の席までやってきたネンス。その背後にいつもの近衛騎士はいない。
当然と言えば当然だけど。
「用事を頼んで先に帰ってもらった」
「よく帰った」
「お前に負けてからすっかり変わってな。俺から離れることを以前ほど拒否しなくなった」
マレシスはマレシスなりに気負っていたのだろう。学院にいる人間で100%殿下の側にいると確信できるのは自分だけ。その上、最年少の近衛騎士としての誇りと責任を背負って。それでカミツキガメのように振る舞うのはどうかとも思うけど、ことさらに攻め立てるべきことでもないと思う。特に今となっては終わったことだ。
「それで?」
「ああ、本題だな。実は頼みがあるんだ」
「ん」
神妙な口調でネンスは口を開く。
「私を個人的に鍛えてはくれないか?」
「わかった」
「事情なら説明を……ん?今わかったと言ったか?」
あまりにあっさり引き受けてしまったからか、彼はむしろ怪訝そうな顔で聞き返してくる。
「言った」
「いや、いいのか?」
「ん」
大方自分だけ3人の中で魔力強化を習得できていないのが悔しいのだろう。それも先週は同じくらい手古摺っていたマレシスに今週は置いて行かれた形だ。他の剣術経験者でも彼のように不完全な発動を成功させている者が何人かいる程度なので、別にネンスの習得が遅いというわけじゃないのだが。
いや、遅いか。
彼は他の生徒と比べて圧倒的な魔力量に物を言わせ練習回数を上げている。それを加味すれば、回数当りの上達度合はあまり高くない。それが戦士の才能において凡人である彼の壁なのだ。
王子であって戦士じゃないんだから、いいと思うけど。
それでも戦いにおいて弱いというのが己そのものの汚点に思えてしまうのが男の子。個人レッスンくらい、付き合ってあげてもいい。
「そ、そうか、助かる。実はマレシスがな、ここ数日少し……その」
言い澱むネンス。陰口のようになってしまわないか配慮しているのか。こぼれ出てくる言葉の断片を繋ぎ合わせると、どうもマレシスが鬱陶しいということらしい。強さに素直で貪欲になった彼は一層愛する殿下の役に立とうといきり立っているようで、ことあるごとに「殿下に剣を抜かせることなどないくらい強くなって見せる」と言ってくる。そのことが並び立てるように必死に腕を磨いているネンスとしては面白くないのだそうな。
「いつ頃?」
「できれば夜がいい。夕飯後だ。曜日はそちらの要望に合わせるが、戦闘学の日はちょっとな」
再び言い澱むネンス。魔力も体力も尽きるまで濃密な時間を戦闘学では味わっていただいている。
「それなら……明後日?」
「ああ、構わないぞ」
「場所はブルーバード寮の裏でいい?」
「それはいいが、何故だ?」
「私の練習場所にしてる」
言ってからそういえばあそこは王族専用の連れ込み場所だったことに気づく。俺の方からそんな場所を指定すると誤解のもとになりそうだ。
「そういう意味はないから」
「そういう意味?」
なんだ、知らないのか。それならいいか。
「なんでもない」
しかし考えてみると俺の時間がどんどん拘束されて行くな。レイルの教導は月に2回ほどでいいが、連休を使った遠征や一日仕事の依頼などがメインになる。ガレンを借りてのトレーニングが週に1回、ヴィア先生との魔法技術講義も週に1回、装備品の手入れが2週に1回。そこにネンスの訓練が週1で入って、今は延期になっているエレナの魔法訓練もいつかは始まる。
い、忙しい……。
「大丈夫か?」
「……ん、なんとかなる」
忙しいは忙しいが、まあ好きでやっていることだしな。
~★~
夕日が沈んで少しあと、晩御飯を食べ終えてからいつもの練習場所に俺は移動する。そこには既に王子殿下の姿があった。約束よりも早く来たつもりなのに。
「アクセラか」
「お待たせ」
「いや、私も今来たところだ」
ネンスは白基調の制服姿にいつもは装備していない剣を下げていた。真っ白な革張りに金の精緻な装飾が施された鞘のショートソード、というには少し長い十字剣だ。ガードの中心にオレンジの石がはめ込まれている。
「……その剣、まさか白陽剣?」
「なに、分かるのか!?」
「本物!?」
あまりのことについ大声が出てしまう。
「あ、ああ。お前がそんな声を出すなんて、驚いたぞ」
そっちかよ!いや、驚くに決まっているだろう!?
そう怒鳴り飛ばしてやりたい衝動に駆られる。
白陽剣ミスラ・マリナ。創世神にして太陽神であるロゴミアスの神器の一つ。太陽の光を集めて鍛え上げた輝く刃、天上界の霊木から削り出した柄と鞘、神獣の革と聖別した純金で作られた装具、そしてなによりもロゴミアスの神格を分けられたサンストーン。
ネンスの腰にあるそれはミスラ・マリナのレプリカとでもいうべき太古の魔剣、その現存する数少ない一振りなのだ。
「だって、国宝……」
「これがそうだと分かる者はなかなかいないぞ」
確かに彼の言う通り、その美しいながらもシンプルな剣が白陽剣のレプリカだと気づく者は多くないはずだ。本来、それは国宝の中でも重要性で言えば5本の指に入る代物。大国が国と王家の象徴として所持する神器のレプリカはいくつか現存しているが、その一つとして各国の記録にもしっかり残されている。しかし国民がその姿を拝めるのは年に一度、新年を迎える国王の演説のときだけ。あげくそこで見られるレプリカは見せる用の偽物だ。
しかたないとはいえ……。
本物よりかなり装飾的で荘厳、遠目にも偉大さが感じられるデザインの大振りな魔剣。それが一部を除く国民の、いやそれどころか世界の認識する白陽剣レプリカなのだ。ちなみに俺がすぐに気づけたのは転生前にミアが原本を見せてくれたから。
にしても第一王子とは聞いていたけど、王太子に決定しているのか?
国の象徴を帯剣できるのは国王か王太子だけ。つまり正式な立太子はまだでも実質は王太子であるという、王家から分かる人間に向けた無言のメッセージなわけだ。
厄介ごとの匂いがぷんぷんする。
「ま、いっか」
「軽いな。だがアクセラらしい」
王家の主張がなんだろうと俺には関係ない。敵意も害意も利用する予定もない完全中立、あえていうならただの学友という繋がりしかないのが俺とネンスだ。加えて王族さえも手だしを躊躇う使徒の肩書がある。
「早速はじめよ」
「この剣を抜くのは初めてでな。無様をさらさないように心がけるとしよう」
「ん、意気込んだところ申し訳ないけど、その剣は抜かないでいい」
「なに!?」
口では冷静を装いつつも少し興奮した様子で柄に手を掛けたネンスだったが、俺の言葉に素っ頓狂な声をあげる。
いや、国宝と打ち合いたくないよ。流石に。
国が所有する宝剣と打ち合って万が一傷でもつけようものなら何を言われるか。使徒だから大丈夫と言った矢先でアレだが、そんなしょうもない理由でこの札を切りたくはない。
それに今日は剣じゃないしね。
「まずは魔力強化の訓練」
「ああ、なるほど」
そもそも俺に稽古を頼んだ理由がそれだろうに。
「魔法強化の工程は3つ。覚えてる?」
「もちろんだ。まず強化する場所をできるだけ厳密に、正確にイメージする」
足を強化するなら足1本丸ごとではなく、ふくらはぎや足首といった具体的なパーツを思い描く。可能なら筋繊維の1本ずつまで想像してほしい。
「次に魔力を流し込む。強化したい出力と魔力残量に気を配って調整する」
理想は思い浮かべた筋繊維に魔力を通していくような繊細なイメージだ。そこまででなくとも、重要なのは流れを意識していくこと。魔力を溜め込むような想像をすると失敗する。
「最後に流した魔力を回収する。体外にはできるだけ漏らさない」
魔法化させていない、体外にも出していない魔力だ。多少強化に消費されてもほとんどが回収できる。流し込む魔力を10、強化に消費されるのが2とすれば8の魔力が実質未使用なのだ。なお、これをいくら回収して再利用できるか、また強化に当てられる魔力を3、4と増やしていけるかが魔力強化の上達ポイントになる。
「ネンスは第一段階が上手。教育の賜物」
「あ、ありがとう」
王族として多方面に高度な教育を受けてきた彼は人体に最低限の理解があった。だからこそ手足の構造を捉える点では悪くない様子を見せている。
「第二段階はやや乱暴。魔力量に任せて流し込んでる」
「う、たしかにそうかもしれない」
貴族は婚約を通じて代々強力な形質を選りすぐって次代へ残している。魔力は特に顕著な結果を示し、王族ともなるとその総量は凄まじいの一言に尽きる。女性の方が魔力量は秀でるはずなのに、ネンスは同年代の貴族令嬢を圧倒しているのだ。
まあ、一番はアレニカだろうけど。
魔力過多症は伊達じゃない。
「でも最初はそんなもの。段々コントロールできるようになればいい」
そこは今後の努力次第だ。
「問題は第三段階。回収ができてない」
ネンスは大量の魔力を流し込んでおいてそのほとんどを回収せずに垂れ流している。王族がただならぬ魔力を放ちながら剣を振るう姿は、戦闘学の授業でもなければ大事に勘違いされそうだ。
「魔法は得意?」
「まあまあだな」
「魔力操作は?」
「一応できる」
ふむ、スキルとしては所持していないと。
「魔力操作の初歩からしよう。手を」
ネンスは大人しく右手を差し出す。俺が両手を出してみせると左手も出した。それを握って輪を作り、魔力を励起させて右腕に通すよう言う。
「こうか?」
「ん」
右手から流れ出る魔力を魔力糸で捕まえて強引に俺の左腕へと引きこむ。高貴な気配とでもいうのか、周りに溢れるそれとは少し毛色の違う魔力が流れ込んできた。それをもう一度、右腕からネンスの左腕へとねじ込んでいく。
「!」
慣れない感覚に思わず手を放そうとするネンス。逃げられないよう手を強く握り、魔力の循環は強制させる。
「この感覚を覚えて」
「あ、ああ……」
結局この日はひたすら魔力を2人の間で循環させて終わった。
~★~
「第1回お泊り女子会、開催よ!」
「お、「「おー!」」」
高らかに宣言するアティネちゃんと声を揃えて拳を突き上げるわたしたち。マリアちゃんだけが恥ずかしそうで、イマイチ乗り切れていない様子だ。
「さあ、今晩は夜通し遊ぶわよ!」
「よ、夜通しはちょっと……」
そう言いながらも、テーブルに用意されたお菓子や飲み物の量はたしかに夜通し遊べるだけある。今回は第2回以降の参考にするためとりあえず沢山持ち寄ったからだ。このお泊り会、マリアちゃんとシーアちゃんの部屋で今後も定期的に開く予定らしい。
「でも今週は体力も余ってるもんね。夜通しもいけるかもしれないよ?」
意外とアティネちゃんと同じくらい乗り気なのがシーアちゃん。平日の最初と最後の日がお休みの今週は彼女の言う通り体力も余り気味だ。
「そういえば明日ってなんでお休みなの?アタシよく知らないのだけど」
「が、学院の創立記念日、だよ」
「ああ、そっか」
話題に出した本人もあんまり興味がないのか、適当な返事をしながらテーブルのお菓子に手を出してる。
「晩御飯食べたばっかりだから、私はしばらくいいや」
「エレナはそれ以上栄養いらなそうだものね」
わたしの胸元に視線を合わせてアティネちゃんが言う。
「アティネちゃんが言うことじゃないよね?」
胸で言えば彼女が一番大きい。
「胸の話は止めよう!?」
「う、うん」
凹んでみせる2人はなんというか、スレンダーだ。マリアちゃんはアクセラちゃんと同じくらいで、シーアちゃんはそれより小さい。その代わりマリアちゃんはお尻が大きくて腰の曲線が綺麗。シーアちゃんは華奢で手足も細く、守りたくなるような儚さがある。
「しかし、意外とアンタは筋肉ついてるわよね」
「ほ、ほんとだ」
「ちょ、マリアちゃん、くすぐったいから!」
寝間着の肩口から露出する二の腕をマリアちゃんが触ってくる。今日はお泊りということで、夕飯を食べたあとお風呂に入ってからの集合。だから全員もう寝間着なのだ。わたしは夏用の黄色い半袖パジャマタイプ。マリアちゃんはお姫様感溢れる白のワンピース。シーアちゃんはなぜか青と黒の縞々パジャマ。アティネちゃんはデザイン重視の赤いネグリジェで、その豊かな胸元が強調されまくりだ。
「マリアちゃん、アティネちゃんも結構しっかりしてるよ!」
「そ、そうなの?」
「ちょっと、止まりなさいマリア!」
好奇心むき出しにわたしの腕やお腹を触っていたマリアちゃんをアティネちゃんに送りつける。気のいい友達を突きとばすわけにもいかず、自分の体と交互に触って感触を比べるマリアちゃんになすがままだ。
「くすぐったいのよ、もう!」
ようやく引っぺがしたマリアちゃんを今度はシーアちゃんに押し付けながら、アティネちゃんは全員分飲み物を注いでくれる。その間触られているシーアちゃんは真っ赤だ。その様子を見ていると昔の自分を思い出す。わたしも小さい頃はアクセラちゃんを触りまくった時期があった。
「ふう……み、皆違って面白い、ね?」
「それはよかったわね……」
「マリアちゃんも結構ある……裏切者ぉ」
ひとしきりマリアちゃんの巡礼が終わったところで乾杯。中身はお昼に商店街で買ってきた葡萄水を冷蔵庫で冷やしたもの。香りづけの葡萄とお砂糖の甘味が美味しい、ちょっと高めの果実水だ。
「あら、香りいいわね」
「ほんとだね!実家の近くは葡萄が取れないから初めて飲んだけど、おいしい!」
葡萄が栽培されているのは南東地帯からアベルくんのトライラント領がある南まで。シーアちゃんの実家、カゼン男爵の仕えるパーセルス子爵領はトライラント領からさらに南西に下った辺りだ。
「は、初めて飲んだとき、色が、もっとついてるのかなって、思ってた」
「わたしもそうだったなあ」
お屋敷の料理長イオさんが飲ませてくれたとき、葡萄の色が全然しないのに香りはとってもして凄く不思議に思った。
「そういえばアクセラは遅れて来るのよね?」
「あ、うん。そうだよ」
アクセラちゃんも呼ばれてるけど、今日は遅れてやってくる。先約があるからって。
「男?」
「きゃー!」
「そ、そうなの?」
一気に色めき立つ皆。なんだかんだ大事にされてるお嬢様だから、ロマンスには強い憧れがあるみたいだ。
そこらへんはまあ、わたしもだけど。
「違う違う、いつもの鍛錬だって」
「た、鍛錬?」
「刀の。いっつもこの日の夜に一人で鍛錬してるの」
そこまで言うとアティネちゃんたちも思い当たる話が出てくるみたいで、ぱんと一つ手を打った。
「ああ、この前場所を探していた?」
「そうそう」
嘘は言ってない。本当はネンスくんと一緒にいるはずなのだけど、そのことは言わない方が絶対にいいから伏せておく。場所もその、王族が女性を連れ込む場所だし。うっかり漏らそうものならアクセラちゃんに滅茶苦茶怒られる。
よし、ばれないように頑張ろう!
「そ、そういえばエレナ、ちゃん」
「あ、うん、どうしたの?」
わたしが決意を新たにしてると、マリアちゃんが頬っぺたを指先でぷにぷにしながら声をかけてきた。どうも彼女は人に触れるのが好きみたい。外だと自重してるのか、今までそんな素振りはなかったけど。そう考えるとシーアちゃんが赤くなってもあんまり慌ててなかったのは納得がいく。
でだ、話題はいつのまにかアクセラちゃんから遠く離れていた。
「お悩み、解決した、み、みたいだね?」
「え?」
わたしの顔を覗き込んで尋ねるマリアちゃんの表情は心配と喜びが1対3くらい。
「そ、その、最近ずっと悩んでた、でしょ?」
「そうなの?大丈夫?」
「あら、聞いてないわよ。また無茶なことしてるのかしら?」
「レ、レイルくんや、ア、アベルくんとも、お話してたの」
あ……。
口々にそう言う彼女たち。わたしが見てなかっただけで、ちゃんと周りは見てくれてたんだ。マリアちゃんもレイルくんもアベルくんも。そして今知った2人も真っ先に心配してくれてる。
「ア、アクセラちゃんに聞いても、教えて、くれなくて……」
わたしとアクセラちゃんの、冒険者としての先生と生徒の問題だから。でもそんな事情はきっと彼女には、友達には関係なくて。
「レイルくんは、な、なんだか分かった、みたいだったけど」
戦いとか冒険とかから遠い所に生きるマリアちゃんには本当に別次元のことなんだと思う。リニアさんやファティエナ先輩にしたみたいに質問しなかったのは、彼女たちにはわからないことだって最初から線を引いてたから。
「や、やっぱり、お友達が悩んでたら、その、ち、力になって、あげたいなって」
アクセラちゃんがいなくて、色んな思いを胸に押し込めて、辛く寂しくなって弱っていた。
「なによ、悩みごとで参ってたの?」
「えっと、抱え込みすぎはだめだよ?」
そんなことしなくてもよかったんだ。ここに父さまや母さまはいないけど、お屋敷の皆は遠く離れていないけど……代わりに相談に乗ってくれる友達がいたんだ。
「え、えへへ……そうだね。話せばよかったんだ……話してよかったんだね」
その気持ちが暖かくて少しこそばくて、わたしはついつい笑ってしまう。
「頭いい癖に肝心なところで馬鹿ね、エレナって」
「ア、アティネちゃん!」
「いいえ、馬鹿よ。抱えきれないならちゃんと相談しなさい。そうじゃないと友達甲斐がないでしょ?」
分かったような顔でそう言って見せるアティネちゃんは体つきと相まってとても大人に見えた。
「アティネちゃんは大人だなあ……」
「お姉さん歴14年ですもの!」
そういえばそうだった。最近はあんまり顔を合わせないけど、ティゼルくんの方が弟になるんだ。とはいえ双子の弟なので、そこまで違いがあるようには思えないけど。意外とあるのかも。
「でもまあ、マリアの口ぶりなら何とかなったんでしょ?」
「むぅ、なかなか微妙なところかも」
「あ、あれ?お、おかしいな、解決したのかなって、お、思ったのに」
マリアちゃんの勘は鋭い。一部はわたしでもびっくりするくらい物事を見てて、的確に本質を捉えてしまうところがある。彼女自身、自分のそう言った嗅覚には自信があったようだ。自覚してるかどうかはおいておいて。
「ううん、アクセラちゃんと気まずかったのはなんとかなったよ」
「そ、そうなの?」
「うん。でも悩んでたことはまだ悩み中」
簡単に答えが出せるはずない。簡単であってはいけないとも思う。だから時間を貰ってじっくり考えることにしたんだ。そう伝えるとマリアちゃんは心配そうに、アティネちゃんは不敵な笑みで、シーアちゃんはよく分からないなりにわたしの選択を支持してくれた。
「やりたいようにできるなら、そうするのがいいに決まってるのよ」
「そ、そうだね」
「自由にできることは少ないもんね、私たち。楽しめるところは楽しまないと!」
彼女たちは全員貴族家の娘で、わたしもそれに準じる家柄の子供。姓のない人より恵まれてる部分もあれば、不自由で生き辛い部分もある。
「よし、やっぱり今日は徹夜よ!!」
アティネちゃんが高々とグラスを掲げた。
「お、「「おー!」」」
2度目の唱和を境にわたしたちは楽しいお喋りに戻った。
随分お菓子も飲み物も減ってきて、それでもまだまだ積まれてる。そんな頃に呼び鈴がなる。周囲の部屋に配慮したような控えめな慣らし方だ。
「アクセラさんかな?」
「た、たぶん、そうだよね」
「私が行ってくるよ」
シーアちゃんがぱたぱたと玄関に走ってく。扉が開く音と挨拶が聞こえてきて、ちょっとすると戻ってきた。案の定、後ろにアクセラちゃんを連れて。
「お待たせ」
「いや……それはいいけど、なんていうか、意外とアンタそういうの似合うのね」
驚いたように目を見開くアティネちゃん。その視線の先のアクセラちゃんは薄赤いワンピースの寝間着姿。襟ぐりが大きく開いて肩の上まで見え、胸元には大きな赤いリボン、スカート部分には薄いレースのフリルがあしらわれてる。普段の彼女からかけ離れたメルヘンチックで愛らしい衣装だ。加えて一回部屋に戻ってお風呂に入ってきたのか、髪の毛はしっとりと濡れたまま。頬も少し上気して色っぽい。真っ白の少女が赤とピンクに彩られて、まるでカーネーションの妖精のよう。
「わ、わあ……ア、アクセラちゃん、お姫様、みたい」
「意外な色香というか、ええ、予想外ね」
「私もびっくりしちゃった。アクセラさんて、ほら、かっこいいイメージだったから」
皆が口を揃えて言うくらい、今のアクセラちゃんはかわいい。眠そうに細められた目も、余り気味で指にかかる袖も、普段の凛々しい印象を180度ひっくり返して見せる。
「予想外なんだけど……やっぱりアクセラよね」
「そ、そうだ、ね」
「まあ、うん」
「あ、あはは……」
物語のお姫様や神話の巫女様のような不思議で可憐なパジャマ姿。その左手には黒々とした鞘の刀、紅兎が握られていた。
「何で刀持ってるのよ」
「寝間着にベルトは変でしょ?」
それを言うならお泊り会に刀も変だよ……。
~予告~
久方ぶりの休みを楽しむマレシス。
甘酸っぱい夏の風が学院に吹く。
次回、学びと成長




