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六章 第18話 即死魔法

『ウぉアああアああアア!!』


「っ」


 背筋が寒くなるような、胸が締め付けられるような叫び声。直後に真っ黒な矢がわたしの腕をかすめた。シャツがわずかに解れ、あと少しで腕に命中するコース。ネクロリッチの狙いは正確だ。


「氷よ!」


 ネクロリッチの眼前が歪んで黒い矢が3本生成され撃ちだされる。軌道から逃れるように走りながら、わたしは氷の弾丸を何発も撃ち返した。アクセラちゃん直伝の回転を加えた氷弾、アイスバレット。透明度の高い砲弾が全属性中最高の威力を誇る闇属性攻撃魔法、ダークアローと激突して細かい破片をまき散らす。

 迎撃はできた。ここでねじ込もう。


「氷よ!」


 もう一度同じ短縮詠唱をしながら杖を横薙ぎに振るう。数を段違いに増やして、それでいて照準をばらけさせて。つまりは弾幕状に。


『アア、あォア!』


 それまでの少し気取ったようなしゃべり方とはかけ離れた、うわ言のような叫びだ。それでも詠唱の意味を成してるのか、彼の全身を覆うようにいくつもの黒い円盤が現れる。防御系の闇魔法ダークシールドだ。わたしの放ったアイスバレットは全てそれに弾かれて、聞いたことのない音を響かせ砕ける。

 それでいい。視界が塞がるならなんだって。

 鞄から取り出したダンジョンクリスタルを地面に置く。土魔法で石畳を少し崩して簡単には動かないように。ファティエナ先輩との決闘で有効なことが確認できた大規模魔法の仕込みだ。


「氷よ!氷よ!氷よ!」


 何度も何度も唱えて氷弾の弾幕を打ち続ける。杖は真っ直ぐネクロリッチに固定したまま。しかし足だけは次の設置ポイントへ真っ直ぐに走らせながら。合間に身体強化のヒートブラッドと矢避けの防御魔法ウィンドシールドもかけておく。


『アァ!』


 一瞬氷弾が止んだ隙をついて黒い矢が4、5本飛来する。あわてて回避。ウィンドシールドがなければ危うかった。

 反応がさっきよりよくなってる……。

 すでに設置したクリスタルは4つ。これまで弾幕で圧倒するか迎撃しておけば問題なかったのに、ここにきて的確に魔法をねじ込んできた。しかも同時に扱う魔法の数も増えてる。『マルチキャスト』じゃない。あれは同じ魔法を同じ軌道で撃つスキルで、ダークアローとダークシールドを混ぜつつ目標点をずらしながら撃てるわけじゃない。

 道具?それともわたしの知らないスキル?

 こんなときにも首をもたげる自分の好奇心。それを自覚したとたん、まるで状況を理解していないかのような己の心に吐き気がこみ上げてきた。今わたしは戦ってるのに。それどころか、殺し合いをしてるのに。目の前の魔物と命のやり取りをしてるのに。


 魔物、ね。


 聞きなれた自分の声が耳元でそう囁くような気がした。


「っ」


 集中を途切れさせた代償はすぐに来る。8つの頂点で構成する魔法陣の予定地を少しだけ通り過ぎてしまった。ふりそそぐダークアローの雨の中で足を止めるのは自殺行為だ。そうと分かっていても勝つためにはしかたがない。


「氷壁!」


 靴底を意識して自分の体に急ブレーキ。そのまま杖を横薙ぎに振るう。地面から白く濁った氷の壁がせり上がって黒い矢をほぼ全て遮断した。取りのがしたダークアローはウィンドシールド任せにして、もと来た道を5歩だけ取って返す。注ぐ魔力を増やして広くした氷の壁は厚さもかなりのもので、5つ目のクリスタルを仕込む間は凄まじい破砕音をさせながらも立ち続けてくれた。


「あと3つ……あ!?」


 目算であと10秒は耐えると思っていた氷壁が、立ち上がろうとしたわたしの真横で爆散する。1つあたり拳ほどの大きさの欠片がガラガラと降り注ぐ。咄嗟に屈んで頭を庇ったわたしは背中に何度も殴りつけられるような痛みを感じた。

 立ち止まったら死ぬ……!

 直観に従って体を起こさずに進行方向へ飛び出す。経年劣化で荒くなったタイルが着いた手に噛みついて、焼けるような痛みが手首を襲った。


『ガッアァアアアア!!!!』


 威嚇するような叫びに振り返って見ると、さっきまでわたしがいた場所には黒々とした槍が刺さっていた。貫通力に優れるダークジャベリン、アロー系より上の魔法だ。闇魔法のジャベリン系は当たれば特有の引力に肉をもぎ取られて、下手をすれば即死する。明確に提示された命の危機がわたしの背筋を冷たくした。

 けど、死線ならいままでもくぐってきた。大丈夫。大丈夫。


『オォあァアアア!』


 再度の叫び。ダークジャベリンをこの距離で見てから避けるだけの反射神経はわたしにない。アタリをつけてもう一度飛び出し、ネクロリッチに向けてアイスバレットを連射する。わたしに当たる軌道はつまりわたしと相手を結ぶ一直線なので、そのルート上にひたすら魔法を叩きこめば直撃は避けられる。

 ダークジャベリンの威力が上回ってれば……死ぬかも。

 アイスバレットの連射を抜いてなおわたしに届く威力ならどうしようもない。そう頭のどこかで諦めをつけてただ走る。幸いにもそんなでたらめな威力はなかったみたいで、氷が叩き割られる音がうるさいくらい部屋にこだました意外に変化はなかった。


「6つ!!」


 撃ちだす反動に腕のだるさを覚えながら仕込みを続ける。直接押し切るには闇魔法が強力過ぎる。攻撃力だけでなく防御力も高いのが闇属性の特色だ。とにかく魔法の物理的側面が強い。加えてネクロリッチの魔力量はわたしでも想像ができないほど。正面切っての撃ち合いはできない。


『ゴズァクァジィ!!』


「!?」


 ネクロリッチの声に心臓が跳ね上がる。小賢しい、そうはっきり聞こえたから。理性を失って暴走してるとは思えない、明確な意味を持つ言葉だ。

 判断力の向上といい……段々自我を取り戻しつつある!?

 一度暴走したアンデッドが元に戻れるものなのか。わたしもそこはよく分からない。でも()()()()()()()()。ずきりと痛んだ胸を手で押さえながら、恐る恐る死霊魔法使いを盗み見る。お互いの魔法がぶつかり合う余波で視界は悪いが、その隙間から垣間見えた姿。暴走を始めたとき以来見た目の変化はない。だがその手だけは全く違って見えた。

 なに、あれ……。

 シンプルな影の杖だったそれが今は悍ましい魔力に彩られていた。まるで大輪の花が咲いたようだ。丁寧に育てられた、邪悪な死の花が。それは理性を失ったバケモノの扱える魔力の質じゃない。そうわたしの魔法使いとしての直観が告げる。


「まさか……」


 いつしか魔法の打ち合いは止まっていた。わたしは7つめのクリスタルを設置することも忘れてネクロリッチの顔を見ていた。


『……』


 ミイラのような顔がどこか申し訳なさそうな笑みを浮かべた気がした。とても人間臭い、魔物とは思えない表情を。会話が始まって以降ずっとわたしの胸を締め付ける風変わりなネクロリッチの、いや、義憤に駆られるネクロマンサーの顔だった。


 お前に我は殺せない。


 そう言われた気がした。反論のような感情が浮かんで咄嗟に魔法を使おうとし、そこでようやく気づく。手が震えていることに。自然と自分の杖に目がいった。先端に填め込まれた大振りのクリスタル、その複雑な表面にいくつものわたしが映り込む。青ざめた顔で見返す何人ものわたしが。


 お前にヒトは殺せない。


 脳裏にそんな言葉が聞こえた。合唱のように、独り言のように、わたしの声で。


『死ヲ』


 暴走の影響が見て取れる荒々しい声でその一言だけがはっきりと唱えられた。魔眼に映っていた死の華が解れて溶ける。同時にどこまでも深い穴のような色の雷が迸る。真っ直ぐにわたしの胸へと。それがどんな魔法かはおおよそ見当が、いやもっと原始的な直観で理解ができた。今になってアクセラちゃんが事前にかけた魔法を思い出した。

 ああ、わたしは、また失敗したんだ。

 目から溢れる涙が、あるいは闇に染まった眼窩から離せない視線が全てだった。


「あぐぅ!?」


 全身を襲った激痛に意識が引き戻される。末端から神経に針金を無理やり通していくような、不快な何かが体内に流れ込む痛みだ。息ができない。手足の震えがそれまでの静かなものから激しいものに変わる。胃と言わず腸と言わず、体の中を全てかき回されるような気持ちの悪い激痛。思わず体がくの字に折れる。


「ぐっ……ぅぅぁあああああああああ!!!!」


 今まで開けたことがないくらい口が開かれ、出したことのない声が喉から奏でられる。肺にある空気を全て叫び声にするような感触がした。目の裏が灼けつくように、喉が裂けてしまうように、体中の骨が引きつる筋肉で圧し折れてしまうように、とにかく痛い。


「あぁ!うぁあ!?あぐぁあああああああああああ!?!?」


 涙が溢れて止まらない。口の端から血か涎か分からない液体がこぼれて顎を伝う。抑え込もうと腕に回した自分の手が体を握りつぶしてしまいそうだ。そんな細かいことまで激痛の中でもはっきりわかるほど感覚が拡張される。そんな壮絶な苦痛の先に真っ暗な何かが見え始めたころだ。胸の奥そこで薄紫の光が爆発したのは。


『グォォオオオオオオオ!?』


 ネクロリッチの叫び声が遠くで聞こえる。体を襲っていた耐え難い苦痛は消え去っていた。涙でぼやける視界はなぜか横倒しで、とても低い場所からのものだ。そこに見慣れた靴が踏み込んでくる。小さな靴が左右揃って見えたとき、わたしは救われた気がした。そこからは真っ暗で、ちょっと覚えてない。


 ~★~


 エレナに背負向けて走りだした私の見据える先で、部屋の入り口から侵入しようとしていたソレ。一言で表すなら悪霊だろうか。ヘドロのようにぬめりを持つ黒い塊だ。本体は俺の身長より低いくらいで横幅は3倍ほど、ぶよぶよと膨れ上がった体の下に不似合いな細長い足を生やしていた。人間の下半身に不定形な邪悪をのっけたような姿。それだけでも相当キツいのに、黒い不定形部分には無数の顔が浮かんでいた。

 顔、でいいのか?

 我ながら自信がない。パーツだけを言うならそれは口しか持っていないのだ。ただ小さい口が横並びに2つ、その下に大きい口が1つという配置は顔を想像させる。そんな口だけでできた顔が大小何十個も浮かんでいた。


『ふすゾてゅ、メぅがクしをすす……』


 囁くような小さい声で全て口が何かを言っている。それらの声はほとんどが若い女のものだった。混じり合って意味は聞き取れないし、聞き取ってはいけない類の怨嗟だということも察しがつく。赤子の手のようなものが生えては虚空を彷徨い、また消えていく。


「これが、墓所の悪霊」


 あのネクロリッチが己と区別して語っていた存在。退廃した貴族によって弄ばれ殺された女たちの怨念が固まった物。あくまで祝福を与えた不死神の望むソレとは違う、本当の意味で呪われたアンデッドの形。さすがの俺も胸が悪くなる。


「冥界神ヴォルネゲアルト、昇天神アルキアルト、輪廻神ヴォーレン、並び立つ冥界の諸神……どうか深い慈悲を以てこの魂を迎え入れて」


 はやく終わらせよう。

 祈りの言葉を口にしながら紅兎を引き抜く。技術神の祈りなら多忙を極める冥界の神々も聞いてくれるかもしれない。それが俺から贈れる唯一の手向けだ。


『タっなョチかろレイの?』


 妙に敵意の薄い問いかけのような言葉を発する悪霊。おそらくその怒りや恨みは全て元凶たる辺境伯一族にのみ向いているのだろう。

 でも、関係ない……。

 無数の意思が溶けて混ざり合い化け物になってしまったモノ。呪いの集積であり、救いのない吹き溜まり。それがコレだ。その言葉は、姿は、気配や存在全ては周囲に新たな呪いと歪みを生み出す。使徒としてコレを放置はできないし、するべきではない。

 決断すればあとは刀を振るうだけ。それが俺だ。


「やっ」


 気合いを入れる。紅兎を構え、聖魔力を大量に注ぎ込む。体まで魔力を伸ばして薄く覆う。


 仰紫流刀技術・聖巫装


『シさな!ダ、しィカクっ・!ィ?』


 にわかに囁き声が慌ただしくなる悪霊。聖なる魔力に恐れをなしたように1歩また1歩と後ずさる。その姿を哀れに思わないではない。だとして、それで刀を引くことはできないのだ。


「はっ」


 踏み込むと同時に切っ先を落として突きを繰り出す。紅兎は薄紅と鈍銀の光を宿して悪霊の腹に食らいついた。ぞぶりと嫌な音がする。幼子の肌のように柔らかく、それでいて妙にざらざらとした手ごたえを感じる。不定形ではありえない歯切れの良い感触だ。一泊遅れて傷口が紫の炎を吹き上げた。


「!」


 俺は刃筋を横に向けて一気に振り抜く。


『イゃたてモクィ!!ニちをなロ!!!!すのネ!!!!!』


 腹を掻き斬られた悪霊が叫ぶように囁く。傷口からはどろりと中身がこぼれ出た。黒い不定形の核は複雑に絡まり合った女の髪の毛だった。それこそ奇妙な手ごたえの正体だ。

 体はスケルトンに、魂は髪を依代に悪霊に……嫌な話だ。

 しかしそれが分かったおかげで突きが有効でないことは分かった。こういう手合いは一気に始末するに限る。それがどれだけ気が進まないことでも。俺も苦戦しているであろうエレナの対処にそろそろ向かわないといけない。


「澱みを焼き払え」


 聖魔法中級・ホーリートーチ

 右手に邪悪を焼き払う神炎を召喚する。ちろちろと燃え上がるそれで紅兎の刀身を拭えば、切っ先から(はばき)まで若紫色に煌々と燃え広がる。悪霊にとっては一撃必殺の刀だ。


 仰紫流刀技術・神炎装


「ごめんね」


 一言だけ謝って、俺は刀を振るった。逃げる暇どころか身じろぎする時間も与えず・上段から袈裟斬り、取って返して逆袈裟、最後に真っ直ぐ斬り降ろし。技と言う程のことはなにもない、ただ神炎を刻み付けるだけの連撃だ。


『!!、!!!、!・・!!!』


 無数の口がそれぞれに何かを言っている。だがもはやそれが意味を成すことはない。傷口に神炎を灯して、悪霊は粛々と灰になっていく。不定形の腕も、そこだけが白い歯も、異様に細い足も、一切魔力を持たないただの灰になっていくのだ。


「……」


 俺が残心を解いて納刀する頃には、もう灰の山以外に悪霊の存在を思い出させる物は残っていなかった。

 ある意味、俺とコレは似ているのかもな。

 どちらも長い時を超えて目的のため、自然に逆らって地上にいる。コレは残った意味を果たせずにただ不幸だけをばらまいて消えた。俺はどれくらいのことを消えるまでに残せるのだろうか。

 言ったところで詮無い事、か。


「あああああああああ!!!!」


 柄にもない感慨は、幸か不幸か背後で上がった悲鳴にかき消される。死者に祈る時間すら与えてくれないそれがなにか、俺はもう理解している。戦いとも呼べないやりとりの間、部屋の反対側でおこなわれていた魔力の応酬に気を配るくらいの余力はあった。目を向けると案の定エレナが体を曲げて苦痛に叫んでいる姿。肺の奥から絞り出すような、喉を振るわせて破壊しそうな、そんな絶叫に胸が痛む。


「即死魔法……」


 ネクロマンサーの最もやっかいなところは軍勢を操るところだが、だからといって直接戦闘力が低い訳じゃない。特に即死魔法と呼ばれる、相手の命を奪うことに特化した魔法は凶悪無比だ。あれは相手の魂を直接死に至らしめる禁呪中の禁呪。エレナは魂の防壁を突破される恐怖、肉体と精神が切り離されそうになる痛み、そして死そのものを直視するという悍ましい経験をしていることだろう。


「ちっ……!」


 今すぐにでも駆け寄って聖魔法を使いたい衝動に駆られる。だが無用だ。


「エレナ……君は今日ここで、骨を折る経験をしないといけない」


 冷たいかもしれないが、そういうことだ。

 エレナの様子がおかしかった理由に、心当たりならもうついている。少し考えれば当然のことだったのだ。そして、その「理由」と向き合わせるためには手痛い教訓を得てもらわなくてはならない。もしそれが教訓ではなく、挫折になるのだとしても。


「不知」


 エレナは乱読家で知識が豊富だ。ネクロマンサーの得意とする魔法くらい網羅している。そこに即死魔法が含まれることも当然知っている。しかしネクロマンサーの特異性をまだ知らない。


「不慣れ」


 エレナは頭の回転が速い。ほんの少しの違和感から自分の知らないことを察し、仮定を組んで対処を見つけ出してしまう。しかし心が圧倒されたとき、その聡明さを失わない度胸がまだ足りない。


「不覚悟」


 エレナはとても強い心を持っている。ほんの9歳で魔獣に襲われて、いまだに冒険者をしている。俺の真実を知ってなお付いて来ると言ってくれた。しかし誰かを、人を殺す覚悟がまだない。


「代償を払う感覚を、覚えて」


 どれもタイミングが悪ければ死に繋がることだ。今は俺がカバーできるが、ずっとそれではこの先必ずどうにもならない日が来てしまう。


「そろそろ、かな」


 そう思った丁度そのとき、悶え苦しむエレナの体から清浄な魔力が爆発のように溢れだす。プロテクトライフが即死魔法を撃ち砕いたのだ。余波でネクロリッチが叫び数歩下がる。

 今だ。

 膝から崩れ落ちる姿を視界に収めつつ、俺は再び抜刀してネクロリッチに襲い掛かる。ブーツがタイルを噛んで瞬発力に変え、あっという間に俺を一刀足の間合いに連れて行ってくれる。


『闇ヲ、死ヲ……』


 視線が俺に合わさり、魔力が杖に集まるのを感じる。濃密な闇魔法の気配。俺の操る一般的なそれとは違い、特殊な変質を遂げた死の属性の香り。鼻が利くだけの俺でもわかるんだ、魔眼で見えるエレナがこれを感知できないはずがない。


「策士」


 暴走はしている。でもしきってはいない。あるいはしていたが制御を取り戻しつつある。俺の見込んだ通りこのネクロリッチは凄まじい腕の魔法使いだった。エレナと互角かと思ったが、魔力量と狡猾さでは圧倒的に上だ。


「そうまでして復讐したいか」


 一歩踏み込む。一刀足の間合いから一歩。続く動作は決まっている。斜め上へ切っ先を走らせる。鋼の刃を持つ兎は見事杖を半ばで切断。魔力の流れが乱れた即死魔法を意識の外へ追いだし、手首を返して胸元へ斬りつける。


『グゥ!?』


 なんとか身を反らして犠牲をローブだけに留めたつもりか、ネクロリッチは吼える。


『ソレ以外……!』


 甘い。刀を体に引きつけながらさらに一歩前へ。息がかかるほどの距離まで肉薄して体当たりをかます。ギリギリ杖の下半分を持った手で受け止めるあたり、意外と肉弾戦の心得もあったのか。

 でも、足りない。

 頭の隅でエレナならどう対処するかを考える。体は純粋に目の前の敵に対して攻撃を。俺の馬鹿力に押されて体勢を崩したところへ上向きの力を加えれば杖を持つ腕が跳ね上がる。そのままがら空きになった胴へ横薙ぎの一撃を。神炎装をかけたまま。


 仰紫流刀技術・聖月


 エクセルを示す紫の残光を引きながら、紅兎はネクロリッチを腰上で両断する。開け放たれた骸骨面の口がまるで驚いているようだった。空っぽの目と俺の目がしっかり互いを捉えた。それも瞬きの間のこと、地面を打つまでのわずかな時間でネクロリッチは燃え上がり灰になる。交錯した視線に意味があったのかすら分からず仕舞いだ。


「……」


 残った灰を見る。どこにでもある、ただ生き物を燃やしただけの灰だ。悪霊のそれ同様、魔力の類はもう見えない。あっけない幕切れだ。『ソレ以外』の先に続く言葉は、きっと聞かない方がよかったのだろう。聞いてもやるせなくなるだけだ。

 残されたのはおそらくダンジョン化している地下墳墓と後味の悪すぎる結果だけ。依頼にあった少年はもう亡く、過去を知るアンデッドは暴走の末に討伐。わずかでも得るものがあったのは即死魔法を体験することになったエレナだけか。


「それも、どうなるか」


 難しい問題だ。師匠としてはどうしてやることもできない。エレナのような立場ならなおのこと、これからどうするかを含めて自ら考えなくてはいけないのだ。


「……」


 とりあえず戻らなくては。2つに分かれたネクロリッチの杖とキュリオシティを束ねて腰に固定し、エレナを背負ってさらに固定する。これで片手は空くので脱出だけならなんとかなるだろう。


エレナとアクセラの思惑に違いが生まれるのはこれが初めてではありませんが、毎度作者もハラハラします。

それぞれの真意が明かされるのは来週、六章最終話にて!!

あとなぜかルビが落ちる問題が発生しています。対処はおいおいで……忙しすぎて、ごめんなさい><


~予告~

再び強敵に負けたエレナ。

アクセラが語る、足りないモノとは。

次回、殺すというコト

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