六章 第16話 骨塚の戸口
「これは……どうしようね?」
困惑気味のエレナの声に俺も肩をすくめる。目の前の大穴が何であるのか、見当もつかないからだ。
捜索依頼を受けた俺たちは寮で装備を整えたあと一旦王都へ向かった。下ギルドと少年が寝泊まりしていたという教会から話を聞くためだ。そこで判明したのが、王都のGランクの間には大まかに縄張りがあるということ。薬草採取をしている他の子供に小銭を与えて聞きだしたところ、行方不明の少年は王都の北側にある林が縄張りであると判明。さすがに王都を横切って反対側まで徒歩で行くとタイムロスが酷いことになるから馬車で向かった。
ここまではよかったのに……。
林というか森一歩手前のそれを隅々まで探索した俺たちは、開始から3時間ほどで少年の手掛かりを見つけ始めた。
まずは半分だけ摘み取られた薬草類。これは薬草取りをするGランクが行う典型的な取り方だ。半分をさっさとお金にする。もしなにかあって金が必要になったりすれば戻ってきて残りの更に半分を取って換金する。4分の1だけは何があっても取らずに次の収穫の元にするのだ。
次に見つけたのが血の跡。といっても大した量じゃない。付着していた岩がかなり鋭かったことから、こけた拍子にぶつけて切ったのだろう。ただそのすぐそばに黄班蝮という毒蛇の巣があったことは気にかかる。黄班蝮は普通の動物だが強毒性で攻撃的な性質を持っている。見つけた1匹は魔法で焼き殺した。ただエレナ曰く黄班蝮が巣を掘るのは番になるときだけで、ここには1匹しかいなかったのだ。
そして最後に紐の切れた慈母神エカテアンサの聖印。小さな木彫りのそれは慈母教会が無償で配っているお守りの類だ。さすがに聖魔法が込められていたり聖別が施されたりはしない。どこにいても神に祈りをささげ心を強く持って希望を探せるようにという、本当の意味でただのお守りだ。
かなり嫌な予感がしつつ痕跡の示す道をたどっていった結果がこれである。俺とエレナが覗き込む大穴。地面に口を開けて待ち構えていたその穴は大体直径が2mほどもあり、周囲の土と岩の風合いからしてそう簡単に崩れそうにはない。とりあえずエレナの土魔法で補強だけして中を覗き込んでいる次第である。
「奥見えないね」
「ん」
底は差し込む光で見える。だが壁が全く見えないので、広さはかなりあると思った方がいい。
さて、これまでの状況を整理しようか。
今までの足取りを見るに少年は薬草を集めている最中蝮に襲われ、岩にぶつかりながらも逃げていった可能性が高い。その時点で噛まれたかどうかは分からない。ただ慌ててこの穴に落下して戻れなくなっているというのは、そう外れた予想でもない気がする。だったら何故入って探さないのかと言うと、地下に空いた穴と言えばあまり嬉しくない思い出が俺たちにはあるからだ。
「どう思う?」
「どうって言われてもなあ……とにかく見た限り変なモノはないけど。でも見える範囲少ないし、ダンジョンかもしれないし」
「災いの果樹園」の奥にあったような古代の封印は見える限り存在しない。それでも彼女の言う通り見える範囲はとても狭く、ダンジョンでないと断言もできない。もともと王都ユーレンの周りにはダンジョンが少ないので、溜まった魔力がどこかで蓄積したまま口を開けていないということもありうるのだ。
どうするかな……。
もしここに少年が落ちたのだとすれば生きているかもしれない。死んでいるかもしれないし、あるいはそもそも落ちてすらいないかもしれない。3日はとても微妙なラインだ。
「……」
「……」
沈黙が続く。このパーティは俺がリーダーということになっているので、エレナは判断を任せてくれている。俺も彼女を危険には曝せないし。ただこれで報告に戻って少年が死んでしまったら、かなりあと味が悪い。
「少し行ってみよう」
「うん!」
最終決定に元気良く頷くエレナ。彼女も内心では潜ってみたかったようだ。それがどういう理由かまでは分からないが。
「エレナ、尊重してくれるのは嬉しい。でも意見言っていいから」
「あ、うん。今度からそうするね」
エレナが大振りな杖を穴の中に向ける。それは彼女の肩まである漆黒の杖で、木肌には銀の金属線が幾何学模様を描いていた。先端に填め込まれた大型クリスタルのせいで儀式用の矛か槍にも見えるが、れっきとした魔法杖だ。クリスタルは持ち主の魔力で満たされ、英雄譚に出てくる賢者のそれのような迫力を放っている。古代の香りを放つ外見に最新の技術をつぎ込んだエレナの新しい相棒、キュリオシティ。こうしてみると素材の半分を持ちこんでなお先輩の魔斧と同じくらい財布を軽くしてくれただけはある。そう思える銘品だ。
「立ち上がれ」
呪文と言うよりもはや命令のようなその言葉をうけて、杖のクリスタルから魔法糸が紡がれ伸びていく。そして小さな地響きと共に底から螺旋階段が伸びてきた。それこそいつぞや魔獣と殺し合いになったときに使ったような土魔法建築だ。
「今回は氷抜きだけどね」
あの時は即席でも強度を持たすために氷と土を混ぜた。今回は帰りもあるので溶けたりしない土オンリー仕様。昔に比べると魔法のイメージも行使も抜群に速くなっているエレナである。
「入る前に確認。優先順位と撤退の基準を決める」
見知らぬ状況へ足を踏み入れるなら事前にそういった話し合いは必須だ。今回で言えば目的は少年の安否確認が最優先、次に穴の正体確認となる。少年を発見し回収が可能なら生死にかかわらず回収。見つけるまでに危険と判断した場合や日没までに見つからないときには捜索を切り上げて撤退し、ギルドの明日以降の探索を任せる。
「見つけたけど危険な場合は?」
そう、それが問題だ。
少年を生きたまま発見しても、救出が困難な状態だったらどうするか。見捨てて逃げるという選択をエレナは取れるだろうか。冷静なようで意外と感情的、しかも育ちがいいのもあって優しすぎる。
「……やっぱり、見捨てていくの?」
それが最善、というよりも実質唯一の選択肢であると理解はしているはずだ。だが納得のできていない決意というのは、土壇場で脆く崩れ去る。だから俺はあえてこう答えるのだ。
「なんとかする」
使徒の力は規格外。大抵のことはどうにでもなる。多少の不利や無理はゴリ押しでまかり通るようにするのが、ある意味で使徒の使徒たる由縁ですらある。
「ただし、私が無理と判断したらそこで諦めて。諦めないなら気絶させて連れ帰る」
「わたしだって冒険者だよ。ちゃんとリーダーの言うことは聞くから」
強い意志を感じさせる瞳で彼女は言った。俺が撤退を命じる状況で気絶した自分を運ばせることがどれほどの重荷か、きちんと理解しているのだ。
「ん、そうだった」
「きゃっ」
ハニーブロンドをぐしゃぐしゃとかき混ぜてから立ち上がる。
「さ、行こう」
「むぅ」
拳を軽く打ち合わせてから俺たちは階段を下りる。俺が先頭でエレナが少し離れた後方、それぞれが小さな光のクリスタルを光源にして周囲を照らす。洞窟の中は真っ暗で明かりを持ちこんでいないと何も見えないほどだ。念のために『暗視眼』を発動させて視界の拡大には務める。
「広い」
床から天井まではおおよそ4mほど。大きな楕円形の空間で狭い部分でも30m、広い部分だと50mくらいあるだろうか。今のところはおかしな気配もなく、逆に少年のものと思しき痕跡も見つからない。
「探索する?」
「簡単にしよう」
「え?」
暗視のスキルと小さな光源に頼っていては時間がかかりすぎる。俺はベルトに差した新しい杖を引き抜いて構えた。その動作で何をするか察してエレナは目を閉じる。
「光よ」
短く唱えてぎゅっと固めた光の魔力を杖から放つ。球形に整えたそれを洞窟内にいくつか配置し、杖を小さく振った。魔力糸を通じて魔力の塊に命令が伝達され、一斉にまばゆい光を放ち始める。
「……もういいよ」
「はーい……え?」
光の中に全てをさらけ出した洞窟。その姿を見てエレナが小さな声を上げる。というのも、そこは思った以上に綺麗な場所だったのだ。
「これ、人が加工したのかな?」
洞窟の形はおおよそ均等な楕円形で、壁面も天然にできた穴としては不自然なほど滑らか。美しいという意味ではなく、整ったという意味で綺麗な洞窟。それは人の手が入っているのではと邪推せずにはいられない光景だった。
「ん。ユーレントハイムはとても遺跡が多い、だよね」
「うん。ディストハイム帝国の末期は大魔法で構造物を地下に埋めることができたから、色々な施設が地下に作られたんだって。で、地殻変動とかが一番少ないのがこのユーレントハイム。だからすっごい遺跡だらけらしいよ」
すらすらと歴史の授業と書庫で得た知識を披露するエレナ。彼女の言う通り、この国にはかつての巨大国家が残した遺跡がごろごろと残っている。建物を傷つけずに地下へ埋める魔法なんて俺どころかエレナですら使えない大魔法だ。それを連発して地下に埋められた施設の多くは宗教施設やシェルターなど、魔物などから守らなければいけない最後の砦的な物だったらしい。あとは俺たちがかつて落下した場所のように、土地ごと何かを封印した場合だ。
「封印じゃないといいけど」
「ヤなこと言わないでよ」
軽口を叩きながら周囲を見て回る。といっても変に滑らかなこと以外は目を引くもののない洞窟だ。2人で反対方向に歩いてみて見つかったのは床に空いた大穴だけだ。だけ、といいつつ一番めんどくさい代物でもある。
「下に続いてるんだね……いよいよ人工物っぽいけど、行く?」
「ん」
階段のようなものはさすがにないので土魔法で作ってもらい、降りた先に続く横穴へ足を進める。ここも妙に歩きやすい整った床を持ち、蜘蛛や虫の影すら見えない不気味な静寂に包まれていた。
「空気は大丈夫そう」
洞窟を探検する際に大切なことはいくつかあるが、もっとも重要なのは空気に問題がないか確認することだ。別のガスが溜まっていればすぐに窒息あるいは中毒になる。その次が崩落、道を見失うこと、水がつきること、食料がつきることときて最後に敵。あくまで俺の中ではだ。
「最後に敵はおかしいと思う」
「なんとかなるから……ん」
何か物音がした。そう思って手を上げエレナを止める。息を殺して周りの音と気配を探り、同時に杖を引き抜いて魔力糸を練る。横幅があるとはいえ相手の数と種類によっては刀より魔法の方がいい。
「……」
「……」
「……来ないね」
進行方向からカタカタと音はするが、特に何が向かってくるわけでもない。ただかすかな音がし続けるだけだ。
「進もう」
慎重な足取りで道を進む。俺もエレナも光源は一旦消して『暗視眼』のみを頼りにする。相手が感知を目に頼っているかはわからないが、態々位置を教えてやる必要もない。
「……」
50mほど歩いたところで通路のような横穴は終わった。大きめの洞窟につながったのだ。音はその中から聞こえる。エレナに待機するようハンドサインで示し、俺はこっそりと中を除く。そして音の正体を理解した。スケルトンが8体、当てもなく洞窟の中を徘徊している。
「どうする?」
スケルトンは聴覚も視覚もあまりよくないので小声でやりとりをすることに。相手は見える限り8体のノーマルなスケルトン、倒せるかと聞かれれば楽にと答えられる。
「ただ、もっといるかも」
こんなところに8人も迷い込んでスケルトンになったと考えるのはいささか不自然だ。探索に来た冒険者にしては多い。その場合は2パーティ以上いることになり、3パーティ目の犠牲者がいないと断言はできなくなる。もしここが遺跡の類で大昔に住んでいた人間の死体だったとしても、やはりもっと大勢が死んでいる可能性の方が大きい。
「この部屋だけ探索してみない?」
「……」
「この部屋で手掛かりがなかったら撤退しようよ」
「もしあったら?」
「……敵が多かったら撤退する」
「ん、よろしい」
判断は間違えなかった。エレナの頭を再度撫でてやってから、俺たちは光のクリスタルを灯した。魔力の気配に気づいたスケルトンが一斉にこちらを向く。灰白色の乾いた体に劣化した布を纏い、虚ろな眼窩で確かに俺たちを睨んでいる。1体だけ剣を持っているが他は無手。
「エレナは索敵と牽制」
「うん!」
抜刀して斬り込む。スケルトン、というよりもアンデッドは死ににくい敵だ。なにせ既に死んでいる。窒息もしなければ失血もしない。一番簡単なのは聖魔法による浄化だが、回復系以外の聖魔法はいまだに得意じゃない。それよりは近づいて斬った方が手っ取り早い。
「や」
棒立ちしたままの相手に刀を突き入れる。首の骨の隙間を穿つように刃を滑り込ませ、そのまま横へ振り抜いた。脆い接続部を断ち切られた頭は勢いよくどこかへ飛んでいき、落下した先で乾いた音を立てて砕けた。残された胴体も糸の切れた操り人形のように倒れ、残りの敵は7体に減る。
「ん」
転生して以来スケルトンを倒したのは初めてだったけど、呪いが進化してなくてよかった。
安堵の息を漏らして1歩下がり、次の骨に目を向ける。ようやく戦闘が始まったことに気づいたのか、顎をカチカチと鳴らしながら7体の骸骨は俺めがけて走り始めた。体が軽いからかかなり早い。
「と」
掴もうと突き出された腕を避け、横合いから首を斬り払う。アンデッドの多くは不死神のバラまく加護を得て動きだした死体だ。その加護、というか呪いの核である頭を壊すとそのまま死体に戻る。2体目も1体目と同じくただの骨に戻って頽れた。
「よいしょ」
すぐそばに来ていた3体目には刀を引き戻す時間が惜しい。飛び上がって頭を蹴り外してやった。派手な音を立てて吹き飛ぶ首から上と足元をすり抜けて崩れ去る体。元が人間だと思うとやや申し訳ないが、そこは死体から解放されて輪廻に戻れると思って許してほしい。
「アクセラちゃん!」
エレナが緊張した様子で俺の名を呼んだのは、4体目の首を刎ねようとして失敗した直後だった。相手が躓いて失速したせいで頸骨を半分しか切断できなかったのだ。
「なに?」
問い返しながら掌底をアゴに入れる。ほとんど外れていた首の骨が負荷に耐えきれず頭蓋骨は天上めがけて飛んでいく。それはやはり妙に滑らかな岩肌に当たって白い破片の雨を降らせた。
「何かおかしい!魔力の流れがこっちに……これ、たぶん誰かが魔法を使ってる!」
彼女の魔眼には恣意的な魔力の流れが見えているのか。
「具体的に」
5体目と6体目の頭を纏めて斬り落としながら言うと、彼女は少し考えてから見えたことと推測を述べる。その目はじっと奥側を見つめていた。
「奥からこっちに魔力が流れ始めたの。闇属性でかなり強い。それと気色の悪い魔力の点が一杯……スケルトンだと思う」
闇属性の魔力とスケルトンの群れ……ネクロマンサーか。
「分かった。撤退しよ」
正体のわからない、人工物と思われる洞窟。明らかに遭難者というには多いスケルトンの群れ。ネクロマンサーらしき存在。これだけ不安要素が重なると撤退しかない。
その決断するわずかな間にもエレナの見ていた奥の横穴から灰白色の不死者が1体、また1体と姿を現す。しかも今度のそれは武装していた。灰白色の剣を持つ個体と鎗を持つ個体が見える。アンデッドは強力になるほど同種のアンデッドを吸収して上位種になっていくのだ。別のスケルトンを取り込んでスケルトンはまず武器を得て、スケルトンソルジャーに進化する。
「逃げるよ!」
エレナを促して振り向いた俺を残りの2体が足止めする。それだけなら紅兎の一振りで済むのに、そいつらは変異していた。一体は手に歪な骨の剣を、もう一体はもとから持っていた鉄の剣に加えて軽鎧を。
「早すぎる……ネクロ確定」
アンデッドはそう簡単に進化しない。殺した数、取り込んだ数に応じて体内の呪いが強まっていくのだから、転がっているただの白骨を3つほど吸収しても意味はないはずだ。それが変異しているということは、誰かが意図的に魔力と呪いを注ぎ足したということである。遠隔で呪いを足せるほどのネクロマンサーはほとんどいない。俺が死んでからの60年ちょっとでネクロマンサー界に革命でも起きていなければ。
「邪魔」
退路を塞ぐ剣士型ソルジャーの首を刎ねる。いくら剣を持っていても緩慢で弱点がまる出しのスケルトンに手間はかからない。
「次」
鎧を着た方は小癪にも首元を骨片のようなもので覆っている。直接首の継ぎ目に刃が入らなければ落とせないとでも思ったのか。駆け寄る勢いをそのままにしゃがみ込み、鎧のない腹部分に紅兎を差し入れた。回転の動きで相手の脇をすり抜けながら背骨を断ち切る。そして立ち上がりざまに眼窩へ指を入れてしっかり頭蓋をホールド、遠くへ投げ捨てる。邪魔にならなければそれでいいのだ。
「氷よ……て、アクセラちゃん!変なの来る!」
あふれ出る敵を始末しようとしていたエレナが悲鳴を上げる。見れば異形のスケルトンが4体群れを追い抜いて迫っていた。獣を模した趾行性の両足で恐ろしい速さを発揮しているそれらはおそらくスケルトンアサシン。ソルジャーよりも上位の魔物だ。
「エレナ!」
紅兎を大きく振りかぶって全力で投擲する。一条の槍の如く飛んだ愛刀はエレナに最も近かったアサシンの胴体を横から貫いて壁に抜射止めた。残り3体。
「防壁を!」
「氷よ!」
言うまでもなく彼女は氷の壁を作って自分を守る。接近戦をある程度できると言っても魔法使いにとって最良の選択は防御だ。幸いアサシンは異常な速度以外に特色を持たない種類、氷壁を張りさえすれば突破の方法はない。
「巡れ、熱き血潮よ」
火魔法中級・ヒートブラッド
俺かエレナか、どちらに向かうかアサシンが逡巡した隙を突いて脚力を強化。連中に負けず劣らずの加速で近づいて腰のナイフを抜き放つ。解体と護身のための中型ナイフだが、聖属性の魔力を纏わせる仰紫流・聖巫装で払いの力を持たせてある。それを眼窩に突き立て、呪いの核を浄化する。ピュリフィケーションやサンクチュアリを唱えるよりずっと早い。
「凍れ!」
見れば氷壁に取り付いたアサシンが関節を凍らされて倒れる所だ。しかし最後1体を倒す前に困った状態になってしまう。つまり、アサシンに足止めされたせいで大量のスケルトンが到着してしまったのだ。
「エレナ、来て」
出口までは今や50を超える骨の群れ、洞窟全体ならすでに100に届いているか。これだけのスケルトン、よほど大量の死体がなければネクロマンサーにも用意できないはずだ。
奥は骨塚か……?
とりあえず氷の防壁を解いたエレナの手を引いて紅兎が刺さる壁際まで逃げる。壁を背にすれば前の相手だけをすればいい。こうなってしまえば脱出プランはとても簡単なことだ。エレナが後衛、俺が前衛としてこの場の敵を全て倒す。
「できる?」
「魔力は満タンだし杖も調子いいよ。たぶんいける」
「ん、ならいい」
洞窟内である以上火魔法は使えないが、氷魔法で砕くなり土魔法で埋めるなり手段はある。骨自体もそこまで硬くないので関節狙いじゃなくても斬れるし、行動不能にする程度なら手段は余りあるくらいだ。
「全部叩き潰す」
初撃で範囲技を使うべく紅兎を納刀し腰を落とす。これで5は削れるはず。そこからは1ずつ、エレナの魔法で8か10ずつ。ペースも鑑みて4:6で分担すれば100体くらいすぐ終わる。
『威勢のいい小娘たちダ』
「「!」」
突然のことだった。洞窟全体が鳴動するように重苦しい声が聞こえはじめた。
『高い魔力、聖なる気、そして若い肉体。こうも必要な物が揃うとは、全て我が神の思し召しであるカ!』
どこか陶然とした様子で声が嗤う。聞いているだけで気持ちが悪くなるような、邪悪さに満ちた声だ。
ネクロマンサー本人か。
スケルトンたちを通して言葉を送っているその存在は、状況からして黒幕のネクロマンサーと思われる。どうやらただ侵入者を殺そうとしているわけじゃなく、俺とエレナを何かしらの目的で利用したい様子だ。
「エレナ、1分稼いで」
「あ、う、うん」
不穏な空気に圧倒されていたエレナが慌てて前に出る。俺は交代で下がり聖魔法の準備をする。自室で『神託』を使う際に準備として利用するサンクチュアリだが、外で実際に行使するのは初めてのこと。準備にどれくらいかかるかわからない。
「天にまします我らが主」
『奥の手カ……返すわけにハいかなイ』
「我らの願いを聞き届け」
『我が前へ、地の奥底へ、来たレ、来たレ』
細かい振動が地面を伝い、骸骨たちが崩れ始める。足が沈み込む感覚に下を見ると、漆黒に染まった床に引き込まれていた。
「きゃ!?」
「エレナ、つかまって!」
詠唱を破棄してエレナに手を伸ばす。何をする気かは知らないが、もうサンクチュアリが間に合う段階じゃない。そう判断して、とりあえず離れ離れになることだけでも防ごうとする。
「アクセラちゃん!」
手を伸ばす彼女。俺たちの視界が黒に染まった瞬間、たしかに指先は触れ合った。
さあ、この章のクライマックスが始まりました。
~予告~
死者を統べる神の僕。
彼の望みは救い……?
次回、意外な黒幕




