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六章 第13話 新人冒険者レイル

「レイルくん、冒険者としての活動全般を体験するってことでいいんだよね?」


「そうだなあ……基本は戦いたいけど、色々経験するのもいいと思うから、それで頼むぜ」


「それがいい。全ての経験が戦いに影響するから」


「アクセラが言うとなんだか説得力あるよな」


 がやがやとした喧騒の中、俺とエレナとレイルは人の列に並んで打ち合わせをする。ただ俺だけ隣の列だ。レイルの登録の為に来たわけだが、折角なのでこっちはこっちで情報収集をしたい。そんなわけでエレナに登録の補助は頼んである。


「本当に下ギルドでよかった?」


「おう!親父からもちゃんと鍛えたいなら下ギルドへ行けって言われてたしな」


「珍しいよね、レイルくんのお父さん」


 彼の父は鬼首のフォートリンと呼ばれる現役の英雄の1人だ。俺たちが生まれるより前、王都へ迫った巨大オーガ系変異種を単独で打ち取ったらしい。超越者とは言わないまでも、冒険者で言えばA以上……実際どこまでランクを上げていたかは分からないが実力だけならSランクに至っているかもしれない。

 一度会ってみたいな。

 会いたいといえば、最近まったく顔を合わせていないレグムント侯爵にも少し用事がある。今の俺がどのくらい通用するのか目算でいいから試したい。それに「夜明けの風」の面々ともちゃんとした試合をしたいな。


「次の方どうぞ」


「あ、はい!」


 レイルたちの方が先に順番になってしまった。いそいそと窓口に近づいて登録の手続きを始める友人の背を見ながら、俺も自分の番まで待つ。これからどういう手順でレイルに冒険者としての教導をするかも考えながら。

 やっぱり「夜明けの風」と同じようにするべきかな。


「どうぞ」


「ん」


 呼ばれたので一歩前に出る。今日相手してくれるのは男性の事務官だ。そういえば前回問題を起こした女性事務官がいない。再教育プログラムに突っ込まれて帰って来ていないのだろう。


「今日はどうされました?」


「情報を買いたい。銀貨5枚分で王都の情報から同心円状。重要なこと以外にも気になったことを教えて」


「ぎ、銀貨5枚分ですか……承知しました」


 情報料としては結構弾んだ方だ。その甲斐あって事務官の男は後ろから分厚い書類入れを2つも持って来て、そこから抜きだしたいくつもの話を教えてくれた。しかもちゃんと自分の所感や付随する噂を事実とは区別して両方教えてくれるのである。

 こいつパリエルみたいだな……。

 天界で俺の代わりに猛然と働いている眷属を思い出させる。


「ここらへんの情報ですとそのくらいですね。あとは隣国についてですが」


 3つ目の書類ケースを取り出して他国についてまで教えてくれる。そうして得られた情報から俺に関係ありそうなものをピックアップすると以下の4つだ。

 1つ、今年は貴族界隈がとても騒がしい。派閥争いに大きな動きがあったのか、護衛依頼がかなり増えた。同時にギルドを通さず妖しい依頼を持ちかける貴族関係者らしき人物も増えてきており、それで怪我をする冒険者も出始めている。くれぐれもギルドを通さない依頼には警戒するようにお達しが出ているらしい。

 1つ、幽霊の目撃情報が激増している。これは以前マリアのお茶会でシーアが言っていたことだが、Gランクの子供たちが王都近郊で幽霊を見たという噂が爆発的に広がっているというのだ。しかもその頻度はただの噂として処理できないレベルに到達しつつあり、もしかすると教会に大規模除霊を依頼するための下調べが依頼されるかもしれないらしい。

 1つ、世界的に悪魔の活動が盛んになり始めている……のではないかという噂がある。世界中に支部を持ち生の情報をどこよりも多くし入れるギルドだからこその憶測で、ここ2年ほど悪魔の目撃件数や討伐件数がじわじわと増加している。偶然かもしれない。偶然でないかもしれない。確定情報とは言えないし諸教会も表立って動いていないレベル。それでも可能性がある以上警戒するのが上位の冒険者だ。ただ見逃せない情報として挙げられたのが、ロンドハイム帝国のギルドから街中に悪魔が現れたという報告があったこと。神々のもたらした神塞結界をすり抜けて悪魔が出現するというのは、国民を震撼させるに余りあるニュースだ。そのためBランク以上や信用のおける冒険者にしかもたらされていない情報とのこと。マザーの裏書様々だな。

 1つ、近々ガイラテインからお偉いさんがこの国に来る。創世教会ではなく聖王国のお偉いさんらしく、国の上層部がごたついているのもそれが原因ではないかと言われている。冒険者に直接影響はしないと思われているが、引き連れてくる騎士団があまり評判の良くない第三光騎団になりそうだという話もあって随時警戒を呼びかける予定とのこと。


「ありがと」


 魔物の最新生育地なんかの情報と合わせて確かに銀貨5枚分はもらった。それで俺の用事はすんだので窓口を離れようとした。すると今度は彼の方から引き止められる。なんでも連絡事項が1つあるのだと。


「アクセラさんはパーティを組んでいらっしゃいますが、徽章を決めていませんよね」


「あ」


 そういえばCランク以上がパーティを立ち上げたら早めに徽章を登録しないといけないの、忘れていた。

 徽章というのは身分や役職を示す紋章のことで、冒険者で言えば所属するパーティを明示するのに使われる。一応エレナと草案を話し合うまではしたのに、うっかり忘れたままにしていた。


「ん、これでいい?」


 肩掛け鞄から紙を取り出してペンですらすらと図案を描く。絵心のない俺でもこれくらいは描ける、そういう図案だ。


「パーティの名前通りですね。一応照合してみます」


 事務官の彼は奥の棚まで俺の図案を持って行き、2冊ほどの分厚い書類をパラパラめくって戻ってきた。


「動物系図案の一覧と照らし合わせましたが問題なさそうです。さすがに全てを網羅してはいないので、後日被った場合は折衝ということになりますがご了承ください」


「ん、問題ない」


「お引き留めしてすみませんでした。それと、できるだけ早く徽章を身に着けられるものにされることをお勧めしますよ」


 俺たちはあまりパーティを売り込む気がない。と言っても必要になったときに改めて作るのも面倒だ。よって今日中に発注してしまうことにする。


「じゃ、また」


 短い挨拶だけを残して、俺はレイルとエレナの待つ依頼掲示場所の方へ向かった。


 ~★~


「どっちがいいんだろうなあ……」


 壁一面に貼りつけられた依頼の張り紙を前にレイルくんが悩んでる。それを見てわたしは少し微笑ましい気分になった。「夜明けの風」の皆に見守られて同じように依頼を選んだのが大昔のことのようだ。あの時はとっても大変な事件を引いてしまったけど、そんなことはそう何度もないはず。


「よし、コレに決めたぜ!」


 そう言ってレイルくんが選んだのは落とし物探しの依頼。具体的には恋人の形見のブローチを落としてしまったから探してくれというもので、紙の質感から2週間は貼りっぱなしだったのが分かる。ちなみに最後まで残っていたもう1つは王都近郊の害獣退治。彼なら絶対後者を取ると思ってた。


「理由は?」


「害獣退治もすっげえしたかったんだけどさ、やっぱ困ってる人を助ける方が先かなって」


「うーん、40点かな」


「ひっくいな!?」


 レイルくんの真っ直ぐな性格は嫌いじゃないし、きっとアクセラちゃんなら50点くらいにはしてると思う。彼女は優しさをとても評価するから。わたしは駆け出し冒険者にとって優しさよりも正確さの方が大事だと思うので、残念だけど40点止まり。


「で、なんで40点なんだよ」


 ちょっと不満そうに言うレイルくん。彼の本質は騎士だから、きっと誰かを守ることや助けることが最優先になってるんだ。でも冒険者はそうじゃない。守ることも助けることも美徳だし、人として大事なことではある。それでも冒険者にとって大事なのは自分が生き残ること。そして依頼をきちんとこなすこと。保身や儲けを度外視できるのはアクセラちゃんみたいに強い人の特権だ。


「まずその依頼だけど……」


「おまたせ」


 説明をしようとしたところでアクセラちゃんが合流した。ギルドや世の中の情報を買ってきたはずなので、それについては後でしっかり教えてもらおう。


「お、アクセラ。見ろよ、俺のギルドカードだぜ!」


 発行したてのギルドカードはEランクを示す青色だ。本来冒険者はFランクからスタートのところEからになったのは、学院からEランクへの推薦状が出ていたおかげらしい。一昨日の実力試験で優秀な成績を収めたことと、これまでの授業態度が真面目だったことでメルケ先生が一筆書いてくれたんだとか。Fランクからだと1つ階級をあげるまで外での依頼が受けられないので、この処置は私達としても非常に助かる。それと本来は出張所で行われる登録を態々下ギルドでしたのは、そうしないと自動的に上ギルドの所属になってしまうから。


「ん、おめでと。帰ったら正式に教導依頼を受けるね」


「ああ、頼むぜ」


「それで?」


 今は何を教えているところなのか、と省いた言葉で訪ねるアクセラちゃん。その表情はどこか楽しそうだ。


「今から選んだ依頼の話をするところだったんだ」


「どれどれ」


 レイルくんが選んだ依頼を指さす。それを見てアクセラちゃんも困り顔になった。


「50点」


「だから低いって!」


 やっぱり50点だった。


「あのね、レイルくん。こういう依頼は……」


「待って、エレナ」


 わたしが説明を再開しようとするとまた遮られる。ただ今度は何か意図があるみたいだ。こういうとき、わたしはアクセラちゃんのすることに従う。わたしにとってとても大事な姉妹だけど、彼女は同時に先生もであるから。

 あれ、そうなるとレイルくんはわたしの弟弟子になるのかな?


「レイル、なんで50点か実際に受けてごらん」


「あれ、いいのか?」


「ん」


 ああ、そうするのか。

 探し物の依頼が敬遠される理由を体験してもらうことで理解させるつもりなんだ。たしかにレイルくんにはその方がいいかもしれない。真っ直ぐなのはいいけど、実感のあることしか身につかないタイプだと思う。


「じゃあ受けてくるぜ!」


「諸々の処理が終わったらここにきて」


 アクセラちゃんがリオリー魔法店の場所を書いた紙を手渡す。わたしたちは先にお店に行くようで、そのままアクセラちゃんは外に向かう。レイルくんの装備をどこで整えるつもりか知らないけど、とりあえずお店の売り上げには貢献してもらうつもりみたい。


「レイルくん、魔法使うっけ?」


「純戦士型」


 あっさり答える彼女に思わずジト目にならざるを得ない。純粋な戦士タイプの人が買う物なんて魔法店にはない。


「なんでうちのお店?」


「こっちの都合」


 アクセラちゃんがお店に用事あるのか。だからってレイルくんを呼びつけるのもどうかと思うけど。普通ならレイルくんが付き合ってもらってるわけで、こっちの都合に合わせてもらうのは当然に思える。

 でもわたし、知ってるんだよね。アクセラちゃん、レイルくんのことを鍛えたいって思ってること。

 アクセラちゃんは強い人が好きだ。年齢も性別も関係なしにどこか強いところのある人が好きで、その中でも優しい人を高く評価する。たとえば「夜明けの風」のみんなは特にお気に入り。個人としてもパーティとしても強くて、とっても真っ直ぐな人たちだ。それからエベレア司教さまも、意思が強くて優しい人だからアクセラちゃんの好みだと思う。


「アクセラちゃん、レイルくんは好き?」


「ん」


 即答で頷いた。今のレイルくんはわたしよりずっと弱いけど心は強い。真っ直ぐで歪みなく、胸の内の優しさを理由に動ける人。そんな人こそ本当に強い人なんだと、前に父さまが言っていた。

 ちょっとだけ、胸がざわざわする。

 最初にそう感じたのはいつだったか、もう覚えてない。でも一年経つごとにそう感じることは増えてる気がする。すぐに洗ってしまいたくなるような気持ちの悪い、ざらざらした感触が胸の奥に生まれるんだ。そんな気持ち、友達に抱きたくないのに。


「エレナ?」


「え、な、なに?」


「着いたけど」


 不愉快な感情に思考を奪われてる間にもうお店の前だ。ラベンダー色の瞳がわたしを心配そうに見てる。真っ直ぐにわたしの目を貫いて、その奥にあるこの心まで見るような眼差しで。思わず手が胸を抑える。柔らかい感触の奥に気持ち悪さが残っている。


「傷痕、痛い?」


「う、ううん。全然」


 慌てて微笑んでからお店の扉を開く。普段と同じ笑顔になったか、少しだけ自信がなかった。


 ~★~


 エレナの調子が少し悪そうだ。そう思った俺は手短にリオリー魔法店の店長テレージアとの商談を切り上げた。いくつか欲しい魔道具と部品を手配してもらって、ついでにマイルズに宛てた手紙を託す。ギルドを使ってもよかったが、リオリー魔法店の集配に混ぜてもらった方が早く安く届きそうだった。ちなみに副店長のイレージアは休みでいなかった。


「彫金もやっている鍛冶屋、心当たりある?そこそこ安めの武具も売っている方がいい」


「安めの武具を売っていて彫金にも通じる鍛冶屋?もうちょっと具体的にならないかしら、それだけだと結構あるわよ」


「防具はDランクくらいが使う物。彫金はできるだけ上手い方がいい。その中で一番近い所」


 今日の用事とエレナにかかる負担を加味して条件を訂正する。するとテレージアはしばらく顎に指を当てて考えてから、それならと口を開いた。イレージアも優秀だが姉の方もしっかり有能のようだ。


「それならグスタフ親方の黒釜工房ね。グスタフさんは腕のいい鍛冶師で透かし彫りも上手いから。それにお弟子さんたちが作った鎧を売ってるわ」


「ありがと」


「いえいえ。場所を説明するわね」


 テレージアの説明を聞きながら脳内に地図を描く。そしてそれが思ったよりも近い場所であることに安堵する。体調の悪い人間をこの広い王都で連れまわす気はない。あと透かし彫りならペンダントにちょうどいいのも嬉しいところだ。


「エレナ、ちょっと歩くよ」


「はーい」


 俺たちがテーブルを立ったのとカランカランという音がして扉が開いたのはほぼ同時だった。入ってきたのは案の定レイル。


「いらっしゃいませ!」


「ん、ごめん。私の連れ」


「なんだあ」


 がっかりした様子のテレージアに一言詫びて、まだ口を開く前のレイルを回収。そのまま3人で外に出る。


「な、なんなんだよ。来いって言ったから来たのに……」


「ここはただの待ち合わせ。目的地は別だから、来て」


「お、おう?」


 よく分かっていない様子でも付いて来るので彼に関しては放置とし、エレナの歩調に合わせてグスタフ氏の工房を目指す。賑わいのある通りから路地裏に入って3本道を越える。そのまま少し南に下ったところで見えてきた煙突のある建物が目的地だった。


「工房かなにかか?」


「金属加工。君の防具を買う」


「いや、鎧とか持ってるぞ?」


 それは騎士としての鎧だろうに。


「冒険者の鎧は損耗品。Cに上がるまでは安めの物を使い潰す」


 俺とエレナも今使っているディムライトに至るまで、結構な数の鎧を潰している。そのほとんどが訓練によるものだが、いくつかはダンジョンでの戦闘で破損した物だ。1つくらいはサイズが合わなくなって替えたのがあったかもしれない。


「へえ、そんなもんか」


「ん」


 とりあえずいよいよ目の前になった工房の扉を叩いて中へ入る。外観は飾り気のない建物だったけど、中はこれでなかなかすごい。磨き上げられた金属の武具、包丁などの家事用金属品、素材としてのインゴット、そしてアクセサリがきっちり分けられて展示されているのだ。


「らっしゃい。こりゃまた可愛いお客さんだ。何にしやしょう?」


 少しなまりのある中年男性がカウンターの向こうから声をかけてきた。黄色に近い金髪をオールバックにした男性で、綺麗に整えられた髭とあいまってあまり鍛冶師には見えない。ただシャツ越しに分かるほど盛り上がった腕の筋肉は別だ。


「彼に鎧を。冒険者用は初めてだから、見立てもお願い」


「なるほど。ダンカン!」


 男が怒鳴るとすぐに後ろから別の中年男性が現れる。幾分最初の彼より若いが同じ髪型で金髪を纏めている。顔が似ていないこと以外は兄弟かと思う程そっくりだ。パンパンに膨らんだ腕も含めて。


「へい。なんでやしょう、親方」


「そっちの坊ちゃんに鎧を仕立てて差し上げるんだ。冒険者用ってこと以外は直接窺いな」


「へい」


 腰をかがめたまま頷く独特の仕草で了解を示し、ダンカンという男はレイルの下へ来て彼を鎧のコーナーに連れて行った。残されたのは俺たち2人と親方と呼ばれる男、つまり工房主のグスタフ氏だけだ。


「で、お嬢さん方はいかがしやしょう?」


 腰が低く丁寧な言葉遣いだがその中には毅然とした姿勢が見える。貴族だからといって媚びないタイプの職人だ。王都住まいで腕がいいなら生きづらいことだろうに。


「私たちはパーティの徽章を作りに来た。ペンダントがいい」


「ペンダントでやすね。材料や仕様に希望はありやすかい?」


 俺とエレナが冒険者と聞いても眉一つ動かさない。ストイックに自分を職人と決めているのか、ただひたすら見識が広いのか。なんにせよ腕がいいのは周りの作品を見ればわかる。とことん俺好みの男だ。

 そう考えると学院に入ってから好みの人材が多いかも……恵まれてる。


「材質は黒ミスリル。透かし彫りでコレを」


 ポケットから俺の手書きの徽章を出す。事前にエレナと考えておいたそれは雪の結晶を背負った兎の姿だ。「雪花兎」というパーティ名を端的に表したもので結構気に入っている。


「ほほう……「聖なる咢」に住む雪花兎とは」


 徽章は一発で名前が推察できる方がやっぱりいい。この点に関しては打ち合わせ段階でエレナと大いにもめた。ペンダントに掘れる限界を考慮して俺の勝ちになったが、彼女は意外と装飾的なデザインが好きだと知れて面白かった。


「わかりやした。大きさもこれくらいでいいんでやしょう?」


「ん」


「お代はどうしやしょう。小切手もカードも使えやすが」


「ギルドの口座から引いてほしい。完成したらでいい?」


「へい、承知しやした」


 徽章のメモはそのままグスタフ親方に渡す。どうせもう登録は行ったし、なにより覚えてしまえばすぐに描けるようなデザインだ。


「あともう1つ、作ってほしい物がある」


「なんですかい?」


 わずかに身を乗り出す親方に俺も一歩近寄る。どういう用途の物かまで彼に伝えるつもりはないが、形状からしてあまり人の耳入れたくないのだ。エクセララの秘中の秘でもあるので。


「こういう形状で……詳しくはまた打ち合わせがしたい」


 がしゃがしゃという足音が聞こえたため、大まかな形状の話しかできずに俺は親方から離れる。そして音の方へ視線を向ければ、そこには重武装のレイルが立っていた。騎士甲冑に近いプレートアーマーだが、より軽く動きやすいデザイン。冒険者における重装戦士のスタイルだ。ただ、この姿を見て騎士を連想する者はいないと思う。


「カブトムシ……」


「に見えるよな!」


 全体的に赤茶けた黒で光沢のある素材。曲線の中に角を持つ独特のフォルム。長い角付きの兜がない代わりに同色のショートソードと盾を持っている。

 なぜ嬉しそうなんだ、レイルよ。

 いやまあわからなくはない。カブトムシ、カッコいいから。これは男のロマンだ。ただ、それを着たいかと言われれば俺は否と答える。


「卑金虫の鎧ですか?」


「へい、そうでやすよ。全身鎧をご所望でらしたんで、ダンジョンでも使える軽い物にさしていただきやした」


 エレナの質問にダンカンさんがそう答える。卑金虫の素材は加工が楽なわりに頑丈で軽い、鎧素材としてはよく見る物だ。魔物としての名前はパイライトビートル。大陸中に生息する黄金色の角張った甲虫型魔物である。黄金であるかのように美しいが、加工すると今レイルが纏っているように黒茶色になるので卑金などと呼ばれている。それでも硬さは並の鉄以上。


「Eランクには少し良すぎる気もするけど……むぅ、コストパフォーマンスと要素的にはいいよね」


 装備で楽をさせたくない気持ちがエレナにはあるらしい。その根本的な部分は俺も同意だ。とはいえレイルならいいかと言う気もする。最終的には最高の装備に身を包んで戦う国の騎士になるわけだし、冒険者として慢心したら、死なない程度の苦境に投げ込めばいい。そういう無茶も俺がいればできる。


「ん、それでいこう」


「いいの?」


「ん」


「やったぜ!」


 教官役2人から許可が出たことでレイルはめでたく鎧を購入した。一応調整などがあるとのことで丁寧に採寸され、引き渡しは今週末ということになる。


「こいつもお支払いはカードでいいんですかい、坊ちゃん」


「おう、このカードでな!」


 発行してもらったばかりのそれを見せたいのか、レイルはことさら胸を反らして青いカードを取り出した。初心者冒険者に多いタイプなので慣れているらしく、グスタフ親方もダンカンも微笑ましそうにカードを受け取った。


「親方、この鎧の交換パーツ作っておいて」


 会計処理をしているダンカンを横目に、俺はレイルを指しながら頼む。それを聞いたグスタフ親方は少し考える仕草をしてから頷いた。さすがは職人の親方、どういうニーズがあるかは理解している。


「なんでだ?」


 理解していないのはおそらくこの本人だけ。

 にしても頭だけ真っ赤だから、新種の甲虫系魔物みたい……。


「初めてのダンジョンだから、たぶんすぐ壊す」


 昆虫系魔物の防具は軽い、硬い、安いと三拍子そろっているが、修理できないのが大きなデメリットだ。破損したパーツをそのまま交換しないといけない。そのための交換パーツである。すぐに使わなくても長期的にはどうせ必要になる。


「そ、そうか……実戦だもんな」


 改めて確かめるように彼はその言葉を呟く。興奮と期待にわずかな恐怖を混ぜた声音。これから冒険を始める子供らしい、昔のエレナを彷彿とさせる声だった。


本日トレイスのイラスト公開予定でしたが、スケジュールの都合で来週になってしまいました><

申し訳ありませんが、乞うご期待です!!


~予告~

ついに本気の決闘を申し込むマレシス。

迎え撃つアクセラの頬には小さな笑みが。

次回、敗北という財宝

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