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六章 第9話 かしましき茶会

 女は男よりよくしゃべる。一般的にそう言われることは多い。だが俺の経験から言わせてもらうと、それは間違いだ。男でもしゃべる奴は本当によくしゃべる。確かに女で寡黙な者は少ないが。


「それで実はね……」


「え、ほ、ほんとに?」


「そうなの!?」


「あ、その話はあたしも聞いたわ」


 さて、これが少女になるとどうなるか。女三人寄れば姦しいとはこのことかと思う程によくしゃべる。今俺はマリア主催のお茶会に参加している。場所はブルーアイリス寮の談話室の一つで、参加者はマリアのルームメイトであるシーア、アティネ、エレナと俺、そしてなぜかレイルだ。外部の人間が入っていい談話室とはいえ、女の園で女子会じみた茶会に参加させられたレイルの心境はどのようなものだろうか。落ち着かなさげに周りをちらちら見ているあたり、とりあえず居心地よくはなさそうだ。

 お茶請けはしっかり食べてるけどね。


「うふふ、シーアって本当にいろんな噂知ってるのね」


「えー、そうかな?」


 屈託なく笑う少女、シーアは最初ガチガチに緊張していた。というのも彼女はカゼン家という男爵家の娘だ。それに対してこちらは子爵令嬢2人に伯爵令息、伯爵令嬢という取り合わせ。エレナにしても今は平民だが伯爵家に連なる子爵家の血筋だ。王都住まいですらなかったいわゆる下級田舎貴族の娘には少々圧が強すぎる。


「シ、シーアちゃん、すごい」


「えへへ。ありがとう、マリアちゃん」


 緊張がほぐれてすっかり話題の中心になっているのは彼女の噂好きな性格と、マリアが以外にも人のフォローを得意としていたことにある。


「他にも噂ってあるの?」


「エレナちゃんが聞きたい噂にもよるけど、いくつかわかるよ」


「むぅ、聞きたい噂……魔法に関係したこととか?」


「ま、魔法がらみの噂かぁ」


 さすがに噂好きといっても限界はあるようで、エレナの偏ったリクエストに首を傾げる。

 俺も魔法に絡んだ噂話なんて具体例が思いつかないというのに、うちの妹ときたら。


「ごめんね、思いつかないや。また今度調べてくるから、楽しみにしてて!」


「うん、楽しみにしてるね」


 生来明るい性格なのか、ぺろっと小さく舌を出しておどけて見せるシーア。初手であがってしまうところさえ治せば、情報収集力と合わせて王都の社交界でもうまく生きていけそうだ。


「アクセラさんはリクエストある?」


 何故か俺だけさん付けなのは置いておいて、噂話のリクエストと言われても特に……あ、一つ聞いてみたいことがあった。


「夜に人が来ない場所、知らない?」


「え、そ、それって!」


 何の気なしに聞いたはずが、彼女は顔を赤く染めて目を見開く。


「あらあら。アクセラ、あんたいつの間に……」


「ア、アクセラちゃん、そ、そういうお相手、いるんだ……?」


「え!?」


「……」


 たしかに誤解を生みそうな質問だったかもしれない。が、エレナは事情を知っていてどうして一緒に驚くのか。


「違う。鍛錬の場所を探してる」


 前から使っていた開けた場所は最近、毎晩のように使用中なのだ。抑えつつも漏れ出る悩まし気な息遣いが2人分、夜に行くと大体聞こえてくる。入学して落ち着いたからなのか、ハメを外す生徒がじわじわ増えているのかもしれない。

 ハメをはずすというかハメて……いや、止めておこう。脳内とはいえあんまりこんなことばっかり言っていると、そのうちうっかり口から飛び出しそうだ。


「夜に鍛錬してんのか?」


「ん、刀の」


 ようやく混ざれる話題になったことでレイルが食い気味に乗っかってきた。マリアはシーアを馴染ませた手腕があるのに、自分の婚約者が所在なさげに縮こまっているのを助けはしないのだ。おそらく気づていないだけだが。


「夕飯の後しばらくを人気のない場所で」


「いいなぁ」


「レイルは自分でトレーニングしない?」


「いや、宿題と予復習で……」


「レイルくん、勉強苦手だもんね」


 エレナの指摘の通り、レイルは勉強が不得意だ。だがちゃんと取り組まないと来年のクラス分けでAから外されてしまう。多くの貴族は自分が入学したクラスより下がることを極端に嫌う。彼がそんな性格でないことも、周りが彼にそっち方面での優秀さを期待していないことも自明の理だが、レイルは友達や恋人と一緒のクラスを何が何でも抜けたくないらしい。


「もっと密度の高い練習がしたいんだけどな」


 最後にそうぼやいた彼は心から剣を振りたそうな顔をしていた。戦士はしばらく体を動かさないと、己の腕が鈍ることを恐れて極端に戦いを求めるときがある。学院という環境で彼はだんだんそうなってきているのかもしれない。

 マレシスとの手合わせじゃ時間が足りないんだろうな。親父さんからそうとう扱かれていたみたいだし。


「アクセラさんが行けて人の来ない場所……やっぱり人工森林の中かな?」


「この寮から近いところはダメ。3か所とも逢引宿になってる」


「そ、そうなんだ……」


 マリアの顔が赤くなる。俺が修練場所を変えるほど頻繁に、それも3か所でそう言う行為が行われていると想像してしまったようだ。その横でマリアの赤い頬を見てさらに赤くなった少年については、まあ男の情けで見なかったことにしよう。好きな異性の赤面はそれだけで破壊力がある。


「それならブルーバード寮に近い所は?」


「どうして?」


 林の裾だったらどこの寮の近くでも等しく青春の目撃者になってしまいそうだ。


「実はね」


 俺の想像をある意味で肯定するようなことを、シーアは少し乗り出して話し出した。飛び切りのネタなのか、貸し切りの談話室にあって声を潜めている。


「ブルーバード寮のすぐそばの林って、王家の生徒専用なんだって」


「へ、へぇ」


「いまの陛下も王妃様とそこで結ばれたんだって!」


「「きゃー!」」


 楽しそうでいいね。

 黄色い声に鼓膜を攻撃されながらもらった情報を考える。王家御用達の連れ込み場所は果たして鍛錬場所足り得るか、それが一番大切なところだ。

 行ってみないと分からないけど……。

 ただ王族が連れ込むための林とされているなら、誰も態々そこに来るようなことはないだろう。特に今年はネンスがいる。本当に彼が連れ込んでいるところに遭遇したり、あるいはそのつもりで来た彼に発見されたりはしたくないと誰でも思う。ただ、あのネンスが女を茂みに連れ込むとはどうにも考えられないのだ。

 まあ、もし遭遇しそうになっても俺なら気づける。なんとなかなるな。


「そうえいば、先生たちも春ってかんじだよね!」


「シーアは恋愛関係の噂が本当に好きよね」


「やっぱり恋の噂は女の子の花だもの」


 そんなものなんだろうか。


「そ、それで、先生たちも、て?」


「あ、そうそう」


 マリアに促されて彼女が語り始めた噂話は以外にも俺の知った相手の話題だった。


「最近、戦闘のメルケ先生と水魔法のヴィア先生が接近中らしいよ!」


 想像のつく組み合わせといえばそうだが、早くも生徒の噂になっているのは意外だ。以前一緒にお茶を飲んだとき、メルケ先生から確かにそんな気配は感じた。ヴィア先生がどう思っているのかはよく知らない。


「ヴィア先生ねぇ……メルケって先生は知らないけど、あのヴィア先生を好きになるって大人としてどうなのかしら?」


「ア、アティネちゃん、さすがにそれは……」


 ヴィア先生の体形を思い出したのか、いっそ「メルケ先生はロリコン」と言われた方が彼女の名誉に傷がつかないような暴言をかますアティネ。周りも苦笑ぎみだ。


「メルケ先生とヴィア先生の組み合わせって親子か犯罪にしか見えないけど、そこまで言うのは……」


「シーアちゃんも結構酷いこと言うよね?」


 いやまあ、確かに。

 メルケは身長が高くて筋肉質だ。並んで歩けば親子に見えそうなほど体格は違う。なんなら顔もあの諦めたような目のせいで老けて見えるので、かなり危うげな組み合わせではある。


「で、でも、メルケ先生、かっこいい、よね」


「!」


 突如として投げ入れられる爆弾。犯人の隣に座るレイルはあからさまに動揺を見せた。隣の少女を穴が開くほど凝視し、持ち上げたティーカップを降ろすか降ろさないかで手が迷ったように上下している。自分の婚約者が自分以外の人間をかっこいいと言えば、彼のように真っ直ぐな男はひっくり返って当然だ。


「マ、マリアちゃんもしかして……」


「あらら?これはレイルにピンチ到来かしら?」


 ここぞとばかりにアティネが弄りにかかり、シーアはやや本気トーンで顔を赤らめる。いつもは友達の中で一番聡いマリアだが、なぜかここに至ってなにを騒がれているのかわからなそうな顔だ。レイルは時間経過に比例して顔色が悪くなり挙動が怪しくなっていく。視線は目がつりそうなほどお茶会の参加者全員を行き来していた。

 これはちょっとかわいそうだな。


「マリア、レイルの前で別の男を褒めるのは止めてあげて」


「え、ど、どうして?」


 どうしてと来たか……。

 いよいよレイルがきょどっている。だがそれを見たマリアは不思議そうに首を傾げて見せた。


「レ、レイルくん、どうしたの?め、目が痛い、の?」


 違うよマリア、そうじゃないんだ。


「あのね、マリア。恋人の前で別の男性を褒めると不安や不信を相手に抱かせるのよ」


 いくらなんでもなマリアの様子にそれまで煽り倒す構えを見せていたアティネが方針転換する。豊満に育った友人は意地悪さも成長させているが、それでも友達を本当に傷つける気は毛頭ない優しい娘である。


「そ、それは大丈夫、だよ」


「大丈夫ではないと思うけど……」


「わたしもそう思うよ?」


「うん、大丈夫じゃないよ……」


 心配しすぎだよと朗らかに笑う少女に呆れや心配を含んだ声が3つ。マリアはその話し方とは真逆に、基本は鋭い娘だ。そんな彼女が妙な鈍感さを発揮している現状、周りは困惑と心配を抱くしかない。レイルに至ってはもはや涙目。

 ところがだ。マリアが次に放った言葉で空気は一変する。


「だ、だって、レイルくんが一番、か、かっこいいのは、あたりまえ、だから」


 薄っすらと頬を染めてそう言った彼女はまさに恋する乙女。淡い色彩を持つ儚げな美少女がそんな表情をするものだから、一瞬で周りは胸が高鳴るような不思議な感覚に陥る。そして言葉の意味を脳が理解し、一斉に砂糖でも吐きそうな顔になった。

 つまり彼女の中ではレイルが一番かっこいい前提であり、その愛情を疑うことは想定外なのだ。だからこそ他の男を褒めても本人は一切気にしない。必ず言葉の頭には声に出さない「レイルくんが一番としてだけど」という一節がついているのだ。


「レイル、爆発して」


「……おう」


 言われたレイルも脳みそが砂糖漬けになったような顔をしていた。俺の棘ある言葉も聞いてない。

 ほんとに、勝手にやっとれとしか言えない……。


「ああ、はいはい。ごちそうさまでした!別の話題にしましょ、口の中がじゃりじゃりするわ」


 憎まれ口を叩きつつもアティネの頬は赤い。友達のラブラブぶりを見せられて少しアテられたようだ。


「シ、シーアちゃんも婚約者、いるよね」


「え、こっちにくるの!?」


「あ、わたしもそれ聞きたかった」


 たまにシーアは婚約者と食事にいったりしているらしい。相手は王都の貴族令息だということ以外は何の情報もない、謎の恋人だ。


「いや、もう恋愛話はいいわよ……そろそろ別の話題にしない?」


 アテられたままなのか、頬が赤いアティネはそう提案する。確かにかなり長いこと噂話を中心に恋バナを続けていた。そういう話題に興味の薄い俺はもとより、旺盛な好奇心を持つ女性陣でも飽きが来るようだ。


「なにかあるかなぁ……」


 噂好きでも自分の恋を話題にするのは苦手のようで、シーアは真剣に別の話題を探し始めた。ただ無理に考えると意外と出てこないものなのだ。うんうん唸っているものの、恋愛の絡まない噂話が一向に出てこない。

 ちょうどいいや。

 話題がなくなった今なら、お茶会に関係ない話をしてもいいだろう。俺は紅茶で唇を湿らせてから口を開く。


「レイル、ダンジョンに興味ある?」


「ある!」


 食いつきがいい。


「ん。ならトレーニング代わりにダンジョンに行こ」


「お、おう?」


 彼は話の流れ自体が分からないようで首を傾げる。


「練習を7日やるより1日ダンジョンに潜る方が効果がある」


 理由はいくつかある。自分で状況を選べないこと、実際に敵がいること、人間相手じゃないこと、危険に陥っても助かる保証がないこと。挙げればきりがないが、主にはこれらだ。


「つまりは実戦」


「お、おお!実戦、いいな!」


 これまで実戦を経験していないレイルは喜び勇んで飛びつく。実力的には近い位置にいるレイルとマレシスを隔てているのは戦闘経験の多さだ。そのことは彼自身理解しているはずで、差を埋めることができるチャンスを逃す手はない。


「で、でも、危なく、ない?」


 今度はマリアが心配顔をする番だ。戦いに馴染のない彼女からすれば、ダンジョンは死に直結する恐ろしい場所。レイルを信頼していたとしてもその腕前は彼女には分からないし、なにより恋人の調子に乗りやすい性格が不安を増長させる。


「大丈夫」


 安心させるように、精一杯いつもの無表情と無感動を抑え込んで説得しよう。心に決めて俺はマリアと目を合わせる。彼女のアイスブルーの瞳に色の薄い顔が映り込んだ。


「私とエレナがついて入る。行先と階層は安全マージンを多くとって選ぶ。もしレイルの手に負えなくても、私ならなんとかなるから」


 レイルは冒険者登録をまだしていないのでFからのスタートだ。実際の能力で言えばDくらいはあるが、判断力や知識の面で不安が残るのでよくて実質E。つまり行先はかつて俺とエレナが散々冒険した「災いの果樹園」と同程度の場所になる。


「教導、だね!」


「ん」


 目を輝かせるエレナに頷く。「夜明けの風」に教導をお願いしたのが9歳の頃。あれから6年の時を経て、今度は自分が教導する立場になったのだ。エレナにとってはとても感慨深いことだろう。俺はと言うと、なんだかんだ妹に教えてきたので感慨は特にない。生徒が増えることへの期待感はあるが。


「冒険者登録して鍛えない?」


「したい!冒険者登録も、冒険も、鍛えるのもしたい!」


 興奮のあまり退行している……。


「マリアも、いい?」


「う、うん……」


 完全には納得できていないような口ぶりだが、一応は頷いてくれた。彼女にはレイルの実力と同じくらい俺の実力も実感のない話だ。しかし魔獣の討伐という実績がわずかな違いを生んだのか、あるいは結局誤差程度しか和らがなかったこの無表情が泰然として見えたのか、なんにせよ頷いてはくれた。


「大丈夫、なんとかなる」


 言い含めるようにマリアに声をかけながら、レイルには課題を出す。


「レイルは学内の試験を受けて。それに通らないと登録できない」


「おう!」


 学院生が新たに登録するには戦闘力を保証する試験に通らなくてはいけない。ただその点は彼なら問題ないはずだ。仮にも近衛騎士を名乗るクラスメイトに伯仲する能力はあるのだから。


「が、がんばって、ね?」


「まかせとけ、すぐにアクセラたちに追いついてやるぜ!」


 息まくのはいいが、試験に通ったら最初の冒険で一度圧し折れてもらうぞ。

 上せやすいレイルのような奴は真っ先に自分の位置を知らせるのが一番いい。その後の成長が確かなものになる。

 俺が手ずから折るのが楽かもしれない。

 そんな不穏なことを思われているとも知らず、彼は目を輝かせてマリアに抱負を宣言している。志が高いのはいいことだな。


「それで、なにか噂話を思い出したかしら?」


 こちらの話題が終わるのを待っていたのだろうか。アティネはいいタイミングで話題をシーアに振りなおす。彼女自身も武門の出で武闘派だが、今のところは冒険者として活動するつもりはないようだ。少なくともレイルに便乗することはなかった。


「1つ思い出したよ、学院の外の噂だけど」


 噂好きとして思いつくものがあまりなかったことが悔しいようで、シーアは眉をひそめていた。彼女の名誉のため、と言っていいのかわからないが一応言っておくと、お茶会が始まって数時間のうちにいくつか恋愛に関係ない噂は出ている。主に学内の怪談や隠し部屋なんかの不思議ネタだ。比率としては恋愛5に怪談3で不思議な話2といった感じである。


「じつは王都のすぐそばで出たんだって……」


「出た?何がだ?」


「……幽霊」


 声を落として語る少女に周りは黙りこくる。その幽霊なるワードが2つある可能性のどちらを示しているのか分かりかねたからだ。


「ゴーストとかってことかしら?」


 ゴーストやレイスと呼ばれる死霊系魔物は平たく幽霊と呼ばれることがある。これらは特殊な成り立ちを持つ魔物で、討伐には聖魔法や高位の魔法などが必要になる場合が多いため厄介な存在だ。いつぞや上ギルドで絡んできた貴族冒険者の装備品、鏡面加工が必須となる。


「ちがうちがう、そっちじゃなくて……いわゆるオバケ、ホンモノの幽霊!」


 つまりは死者の怨霊や妄念、怪談の定番中の定番である方の幽霊だ。


「ゴーストも本物だけどね……」


「エレナ、細かいことはいいのよ」


 アティネにはどうでもいい様子の幽霊とゴーストの共通点。それは本質的に同じものであるということ。ゴースト系は幽霊がとある悪神の加護によって魔物化した存在なのだ。このため魔物に分類されながら、魔獣や悪魔と同じ邪悪な存在とされる。


「そ、それで?」


 マリアに促されてシーアは続きを話し始めた。

 事の起こりは入学前に俺とエレナが遭遇した下ギルドのボイコット騒ぎまで遡る。俺が怒った理由の一つでもある依頼処理の完全停止事件だ。あれのせいで一時的とはいえ非戦闘員であるGランクの仕事も立ち行かなくなってしまった。日雇いの売り子や薬草の採取といった仕事を請け負っていた子供たちは、しかたなく全て自分でこなすことになった。


「ちょっとそこらへんは詳しくないんだけど……あ、エレナちゃん分かる?」


「うん。ギルドはGランク依頼として薬草採取を仲介してるんだけど、最新の情報から危険の少ない場所を割り出して推奨地を教えてるの」


 戦闘もする冒険者の報告をもとにギルドは魔物や動物の分布を大雑把に把握している。その情報をGランクに教えることで達成率と生存率を高めているのだ。

 厄介だな。

 普通、ギルドを通して仕入れをする薬師は直接持ち込まれてもほとんど買い取ってくれない。特別な素材ならいざしらず、Gランクにとってこれる普通の薬草はまず買わないのだ。しかし仲介をしているギルドが停止してしまえば買わざるを得ない。Gランクの子供たちが自分で売り込まなくてはいけなくなったのと同じ理由によって、薬屋は直接の買い付けを積極的に受け付けた。需要と供給はかわらず釣り合ってしまう。おかげで子供たちは飢えずに済むわけだが、そうなってくると大きな問題がついてくるのだ。


「ギルドが元に戻っても直接取引をする子供が多かったんだって」


「悪徳商売……反吐が出る」


 つい悪態をついてしまい、注目が集まった。どういうことかを問う視線に俺は説明を付け加えた。


「ギルドが仲介すると手数料が取られる。そのかわり安全な場所を知れて、悪徳業者は弾かれる」


 きっと中途半端に頭の回る子供がいたのだ。ギルドを挟まなければもっと儲かる、と。その結果、安全性を無視した依頼をする悪徳商売人につけいれられる。


「そ、それで?」


「うん、最初は普段立ち入らないところに入った子供たちが変な物を見たんだって。でも普段から誰も入らないところだから、薬草はいっぱいあってね」


 定期的に人が入る場所は安全な反面、植物の量はまあまあ止まり。それが大量の薬草の生えている穴場を見つけたら、金に目がくらむのもしかたない。


「ある日、男の子が2人で林に入って……見ちゃったんだ」


 声のトーンに気を付けて喋るシーアの様子に誰かが唾をのむ。


「苔だらけの岩に寄りかかって立つ、女の人の幽霊を!」


「……寄りかかって立つ?」


「うん、らしいよ」


 幽霊なのに、何かに寄りかかって立つ。疲れもしなければ半分物理法則から外れているのに。なんとなく、一同はそこに違和感を覚えた。


「えっと、それから?」


「それだけだよ?」


「遭遇してどうしたとか、その幽霊はどんなだったとかも?」


「聞いてないかなぁ」


「「「……」」」


 どうやら頑張ってひねり出した最後の噂は中途半端、あるいはオチのないものだったようだ。もう少しだけ粘って聞きだしたところ、アンデッドでないというのも襲ってこなかったからというなんとも大雑把な憶測による物だった。

 でもカレムからは何も聞いてないし……噂はあくまで噂、かな。

 結局その話題がそれ以上膨らむことはなく、お茶もなくなったことでほどなくお茶会はお開きとなった。レイルとは試験に合格し次第、教導を行うという約束になった。


とうとう令和ですね。

よい時代にする責任を我々一人一人が背負っているのだと胸に刻まなければいけません。

昭和や平成を作った人のよき所を倣い、あしき所を排していかなければ。

それができるのは先人に感謝と不満を抱いて育ってきた我々だけなのですから。


~予告~

少年は考える。例の女のことを。

恋人のことを。殿下のことを。

次回、マレシスの迷い

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