表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/367

一章 第5話 奉納品

 ひたすら長い廊下と何度目かの馬鹿みたいに長大な階段を飛ばし飛ばしに移動したあと、ようやく俺は自分に宛がわれている区画に到着した。それまで深紅の絨毯と飾りつけがところどころにされていたのが、そこでは若紫色に変わっている。ミアのシンボルカラーから俺のものに変わったのだ。

 ここまで来ればもう後は分るので案内してくれたシェリエルを返し、淡い赤紫の絨毯に面した4つ目の扉の前で足を止める。扉の横にはパリエルの名を記した金色のプレートが付けられていた。数少ない配下の筆頭格が執務室である。

 そう、会って早々に俺が改造手術してしまった例の彼だ。

 コンコンと軽くノックしてみる。怒ってはいないと願いたい。


「はい」


 中から良く通る男性の声が返ってきた。


「入るぞ」


 ノブを回すと扉は何の抵抗もなく内側へと開いた。するとそこには角度45度の礼を維持する偉丈夫の姿が。


「お待ちしておりました」


「あ、ああ……」


 毛虫を見る貴人のような目で見られるかと思ったが、そんなことは全くなかった。それどころか頭を上げた彼は尊敬と敬愛すら感じられる眼差しで俺を見ている。

 まさかそういう変態だったのか……。


「何か失礼なことを考えていませんか?」


「……怒ってはいないのだな」


 鋭い。

 俺はあまり嘘が得意ではないので、微妙に違う着地点の返答をした。すると彼は不思議そうな顔で首をかしげる。


「一体何に怒ると?」


「いや、勝手に魂を改造したことだが……シェリエルにあれはとてつもなく、その、アレな行為だと言われたものでな」


 スカートの中にいきなり手を入れるくらいのセクハラ、だったか。こいつがスカートを履いてるのも想像したくないが、そんな中に手を突っ込むのは数倍想像したくないな。


「あぁ……それでしたら大丈夫ですよ」


「というと?」


 苦笑気味に答える彼に今度は俺が首をかしげる。


「まあ、座ってください。主に立ち話をさせるわけにもいきませんから」


 俺は勧められるままに彼の執務机の前に置かれた1人用のソファーに身を沈める。勧めた本人は部屋の隅の棚からカップを取り出し、背の高い陶器のポットから香ばしい茶褐色の液体を注ぎ入れた。転生してからはあまり見ないコーヒーだ。エクセララではむしろ紅茶よりこちらの方が主流だったので懐かしい。


「シェリエル様は規律と礼節に厳しいヴァルキリーですから。それに戦乙女という種族は自己を進化させることができるのです」


 カップと砂糖の入った壺を机の上に配置しながら彼は説明してくれた。


「それに対して我々天使は少しずつ主から与えられる神力をその身に溜めていくことで進化します。魂に対する考え方もわずかに違うのですよ」


「そうなのか?」


「まあ、魂に直接手を入れるのは褒められた行為ではありませんし、そもそも主以外がすれば確実に失敗して天使は弾け飛ぶでしょうが……それでも中級や下級の天使からすれば上級天使に昇格できることの方が重要なのです」


 そこまで言って「ただし」と注釈をつける。


「天使の中でも魂に関する考え方はバラつきがあります。間違っても女性の天使にはなさらないようにお願いします。あ、僕に関していえば男同士ですから、別にそういう趣味がなければセクハラではないと思っています。ちなみに僕にはありません」


「俺もない」


「ならいいのではありませんか?」


「そういうものか……」


 変態上司の汚名を背負う危機は無事去ったらしい。今後は何かしらの干渉をするにしても彼に確認を取ってからしたほうがいいだろう。


「しかし普通はどうやって天使をカスタマイズするんだ?」


 天使は人間以上に自由なカスタマイズができるはずだ。それが倫理的に良いかどうかは置いておいて。あの時俺はパリエルを見た時に魂に干渉できる部分をみつけ、そこから神力を注ぎ入れた。それでわかったのだが、天使の魂は明らかに性質を特化させられるような仕様になっていた。神々の事情や天使の職務に合わせて進化の方向を決定できるのではないか。


「いくつか方法はありますが、短時間で無難な方法となると1つですね」


 俺の予想はあたりだったようで、パリエルは当然と言う顔で応えた。

 しかし時間をかけるなら方法はいくつもあるのか。とはいえ天界感覚で長期的というと、それはもう壮大な時間がかかるのだろう。


「御力に何かしらの形を与えて、それを天使にお授けになればいいのです。そうすれば天使はその力を次第に吸収し、比較的短時間で上級天使に変わることができます。その時にお渡しになる物の形や性質がそのまま上級天使としての性質に反映されます」


 なるほど。文官系の天使が欲しければ神力にペンの形を与えて渡せばいいわけだ。仕事道具なら触れる機会も多く、影響も強く早く出る。


「お前は何か欲しい物があるか?」


「いえ、僕はもう上級天使にしていただいていますから結構です」


 上級天使の上にはなるつもりがないのか、それともその方法ではなれないのか、あるいは上級天使の上などないのかもしれない。なにはともあれ、パリエルの強化は現状考えないでいいらしい。


「なら後で他の天使の名前と希望する品をリストにしてくれ」


「かしこまりました」


 恭しく腰を折って見せる彼の顔を見てふと思った。その頬にあるペンのタトゥーから察するに彼は統合的な文官職の上級天使になったのだろうが、それは本意だったのだろうか、と。


「パリエル、お前には意思の確認をしていなかったがそれでよかったのか?」


「ええ、補佐を務めさせていただくには処理能力が高い方がいいですから」


 カラッとした態度で肩をすくめて見せるパリエル。


「それならいいんだ」


 本人に否がないならそれでいい。俺としても神力が最も馴染むように、どこかを突出させることなくパリエル自身の適性に合わせて進化させた。能力的にはかなりの良成長が見込めるはずだ。なにより補佐官としては天界に来にくい俺の代わりに事務仕事をサクサク処理してくれる方がありがたい。

 ほっと一息ついてカップに口をつける。強めの苦みと香ばしさが口の中に広がった。


「いい豆だな」


「私が手に入れられる物とはいえ、天上の物ですからね」


 謙遜のような自慢のような、どちらともつかない調子で微笑むパリエル。


「さて、そろそろ仕事にかかりましょう。主は帰りの時間があるのですよね?」


 空気を変えるように彼は少し大きめの声でそう言った。確かに今日来たのは謝罪が目的ではない。


「ああ、そうだな」


 俺も姿勢を正して彼の報告を待つ。


「まずエクセララについてですね」


「頼む」


「はい。武術都市エクセララは50年前、主が昇神した際に大きくその在り方を変えました」


「ごっ!?ちょ、ちょっとまて、50年前とはどういうことだ!?」


 パリエルの第一声に俺は驚いて咽る。

 50年前に昇進した時?俺が昇神したのが50年も前!?


「え……待ってください、主。もしかしてご存じなかったのですか?」


「ご存じも何も……俺が昇神してからまだ3年と少しだろう!?」


「それは主が目覚められてからです。お亡くなりになった直後、昇神されてから天界で目をお覚ましになるまでに50年経過しているのですよ?」


「な……どういうことだ!?」


~★~


 10分後、パリエルから懇切丁寧な説明を受けて俺はようやく落ち着きを取り戻した。

 彼の話を要約するとこうだ。死んだときの俺の魂は寿命の限り戦い抜き、最後に次元すら斬る大技を放ったことでいよいよ消滅寸前まで消耗していた。それを補い、20後半の精神年齢まで復活させ、神の魂へと昇華させるのに50年の時を要した。本来昇神させたロゴミアスが俺に伝えるはずの事実であり、彼も俺がそれを知っていると思っていたらしい。

 あのウッカリ駄目神……はぁ、もういい。

 怒りも呆れも通り越して諦めが湧いてくる。


「あの、お気を確かに……」


「大丈夫だ……驚きはしたが、いまさら何が変わるわけでもない」


 幸いカリヤもナズナも寿命の長い獣人族だ。50年たって今でもきっと青年の姿で剣の稽古をしているはずである。これで俺が知らない間に彼等が死んでいたりしたらさすがに激怒するところだが、今までのミアの様子からさすがにそれはなさそうだ。


「説明を続けてくれ」


「では。主が昇神されたときにエクセララは大きく在り方を変えました」


 元々エクセララはどこの国にも属さない、一種の都市国家であった。行政は議会制で貴族はおらず、一般市民の権利と責任が重く考えられている。共和国が一番近いかもしれないが、師匠の言う民主主義と獣人特有の氏族社会・群れ社会が融合しているというのが正しい捉え方だ。

 政治以外にも俺の師匠から伝わった異世界の技術や考え方が取り入れられているため周囲の国とはかなり違った面を持つ場所であり、武術以外に学問でも独自の発展を遂げている。

 そしてパリエル曰く、今はそこに宗教と言う大きな柱が加わったのだそうな。


「ロゴミアス様のガイラテインや三戦神様のイシュタニアのようにエクセララもいまや大神信仰の総本山ですから」


 俺はまだどこを総本山にするとか明言した覚えはないだがな……まあ、そうなるのは仕方ないか。

 なにせエクセララは世にも珍しい、神が昇神前に自ら建てた街。神の多いこの世界でも前例はそう多くないはずだ。


「具体的にはどうなっている?」


 本音を言うなら政治形態そのものは変わっていてほしくない。あれは多種族が共に暮らす上での一種の理想形だ。


「まず街に現在旧市街と新市街ができています。主の記憶にあるのはおそらく旧市街でしょう」


「新市街建設計画は俺が生きていたころからあったから知っている。予定通り旧市街をぐるっと囲むように出来上がったのか?」


「いえ、有用な鉱石の埋蔵が発見された場所があったので、真円には一か所欠けた形になっていますね」


 有用な鉱石……なんだろう。あらゆる学問が研究されているエクセララなら何が出てきても役には立つだろうが、都市計画を弄ってまで採掘しているということは本当に有用な物のはず。しかし砂漠で採掘されるとは不可思議な鉱石だ。

 砂漠に鉱脈があってエクセララで有用な鉱石、そんなものがあるか?

 俺のそんな表情を読み取ったのか、彼は情報をつけ足してくれた。


「鉱石と言いましたが厳密には鉱物ですね。相当な量が埋蔵されていたらしいですが、これを鉱脈というのはいささか不自然かもしれません」


 クイズか何かのようにヒントだけを出すパリエル。これくらい親しみやすい態度をとってくれるのは、俺が流し込んだ神力から俺の性格も多少伝わっているからかもしれない。


「鉱石ではない鉱物で埋蔵量が多い?」


 岩塩は鉱石扱いだったろうか。違うなら岩塩、というか塩の可能性がある。あとは水銀も鉱石ではないな。液状の水銀が大量に地下にあったら何かしらの悪影響が今までに確認されていてもおかしくないとは思うが。完全な無機水銀ならそうでもないのか。


「わからん」


「砂鉄です」


「!!」


 俺が降参するとあっさり答えを教えてくれたパリエルだったが、その答えはとてもあっさり流せるものではない。砂鉄は刀の材料になるタマハガネの原料、つまりエクセララにとって必要不可欠な物といえる。


「地下に砂鉄が大量にある場所がみつかったと、そういうことか!?」


「ええ、報告書によれば開発の基礎として地下の固定を行っていた最中に発掘したそうです。まとまった純度の砂鉄が鉱脈と言って差し支えない規模で見つかったのだと」


 興奮を抑えられずに尋ねる俺とは対照的に落ち着いた様子で彼は説明をつづける。


「エクセララでも名のある刀匠たちが検証として刀を幾本か打ったところ、今まで輸入していた物よりも質がいいとのことですよ」


「ほうほう」


 砂鉄は浜辺や河原、鉄山などでよくとれる。もちろん砂漠のど真ん中にあるエクセララは輸入に頼っているのだが、ギルド経由で持ち込まれるそれは産地もまちまちで品質にもムラがあった。それが地産して、しかも品質がいい。最高の報せだ。


「等級についての報告はあるか?」


「たしか……ああ、これですね」


 パリエルは机の横に作りつけられた書類棚から数枚の報告書を取り出す。


「上の中から奉納打ちまでが算出しているようですね」


「低くて上の中か、凄まじいな……ん?奉納打ちとはなんだ?」


 砂鉄の等級をエクセララでは上と中をさらに上中下にわけた6段階で決める。上の中といえば最高品質一歩手前、イオ海に面したトルオム王国産クラスのものだ。だが奉納打ちなる等級は初めて聞く。


「奉納打ちはその名の通り、神へと捧げる刀を打つのに使う最高級の品という意味です」


「神に……」


「主ですよ」


「だろうな」


 しかし奉納打ちが俺に奉納される刀の材料だというのなら、それはつまりエクセララ産の砂鉄で作られた刀がすでに捧げられているわけだよな。


「奉納は今まで何度?」


「9度です。5年ごとにその年最も評価された刀匠が同じくその年最も評価された鉄を使って打つことになっています」


「それで、その奉納された刀は?」


 あふれ出る期待を抑えもせずに俺が訊ねると彼はそっと扉を指した。


「向かいの扉が仮の倉庫になっています」


「見ていいか?」


「主の物ですから」


 一応の管理者から許可が下りたと同時に俺は椅子を蹴立てるように立ち上がって扉をくぐる。紫の廊下を挟んだ反対側にはパリエルの部屋のそれと寸分たがわぬ扉が取り付けられ、これまたそっくりのプレートがかけられていた。ただしそこに彼の名は当然なく、かわりに奉納品という文字が刻まれている。


「ここか」


「ええ」


 返答を聞くが早いか扉を開く。中は……なんでこんなに広いんだ。

 パリエルの執務室なんて目じゃないくらい広い空間がそこには広がっていた。そこに収められた品はどれをとっても家宝として貴族家に1つあればいい方という職人のマスターピース。そんな品が100点以上あることに驚けばいいのか、それらが収められてもまだまだ閑散とした広さに驚けばいいのか。とにかくこれが全部奉納品らしい。


「お、多いな」


「50年分ですから」


「神々の倉庫が呆れるほどの金銀財宝で埋め尽くされているという神話、納得がいったぞ」


 神話ではときに神々が英雄へとその宝物を下賜することがある。そういった描写の際に必ず出てくるのは「この世の物とは思えないほどの金銀財宝」というフレーズ。たった50年、しかも俺のようなマイナーな神でさえこれなのだ。始まりの時からいる大神の倉庫は一体どれだけの品が収められているのだろうか。


「奉納された刀はそちらに」


 見れば壁には立派な刀掛けが設置され、九振りの刀がそこに掛けられていた。全て実用性と華美さのバランスを限界まで追求した拵えがなされている。


「下が古く上に行くほど新しい物となります」


「なるほどなるほど」


 まずは一番下の物を手に取る。拵えは金の竜をイメージした力強く美しい品だ。


「この竜の瞳……この拵えはサイモンの手に依る物だな」


「少々お待ちを」


 俺のつぶやきにパリエルは執務室から持ってきていた書類を数枚めくる。


「ええ、確かにその刀の装飾は全てサイモン=デロイト氏によるものです。しかしよくお気づきになりましたね」


「これでも刀鍛冶のはしくれだったからな。ほら、ここ見てみろ」


 彼にも見えるように柄尻の竜の頭を示す。厳密にはその目をだ。


「なんだかどの角度から見ても目を合わせられているような気になりますね。金の目のなかになにか仕込まれている……?」


「そうだ。サイモンの特徴はこの竜の目の細工にある。透明度の高い水晶玉を中に入れた密度の違う水晶製多面体の目玉が核にあって、奥側に円錐にカットした月光オニキスを複数配置している。それを上から金で覆っているんだよ」


 二重になった密度の違う水晶が本物の目玉のような虹彩を生み、何処から覗き込んでも虹彩を挟んで対角にくるよう配置された月光オニキスの円錐が引き込むような深みを演出する。結果、何処から見ても見つめ返されているような不思議な目玉に仕上がるのだ。


「そ、それほど複雑な作業をこの大きさで……しかしそこまで気づきにくいところにこだわる必要があるのでしょうか?」


 執念すら感じる緻密な設計にパリエルは息を呑んで尋ねる。それは大概の者が思う所だろう。スキルという画一的な能力に慣れ親しんだこの世界の者ならなおさら。

 だが「そこ」なのだ、技術が行きつくのは。

 俺は薄く笑って答えた。


「作り手が拘りたいだけ拘る。それが技術さ」


「……なるほど。まだまだ私も勉強が足りないということですね、技術神の天使として精進します」


「良い返事だ」


 さてさて、そんな説教染みたことはおいておいて刀そのものを見ようじゃないか。

 掌に竜の腹のうねりを感じながら柄を握り、ゆっくりとその身に込められた鉄の刃を引き抜く。(はばき)が鯉口を撫でる感触も滑らかに、僅かな音を立てて鋼の刀身が露わになる。


「ああ、良い刀だな」


「作は……」


「ロブ=アペルト」


「……正解です」


「エクセララは鍔の意匠を鍛冶屋が1つだけ決めて届け出ることになっているからな、鍔を見ればどの鍛冶屋に所属しているかはすぐわかる」


 師匠の世界の刀のように(なかご)に作者を書き込んでいたのではまがい物とすぐに見分けがつかないとしてこういう制度にしたのだ。拵えが無くなった時のためにもちろん茎にも刻んである。


「個人までわかるものですか?」


「ともにエクセララで最初期の刀開発をやっていたからな」


 ロブを始めとする腕利きの鍛冶と刀に慣れた剣士が数名、それに魔法付与や木工などの職人が集まって連日研究に没頭したものだ。あの頃は楽しかった。

 手の中にあるこの刀の銘がなんというのかは知らないが、あの頃はおろか俺の今際の際よりもさらに腕を上げたことが窺える出来だ。刃紋をみても吸い込まれそうな、そしてそのまま取り込まれそうな危うい美しさがある。


「その、遺作だそうです」


「……そうか」


 刀匠になったのはそう若くない時分だったというのに、最後にここまでたどり着いたか。

 やるじゃないか。

 我知らず満足げな顔で見ていたのか、俺をしばらくみていたパリエルがこんなことを言い出した。


「奉納品を準神器にすることもできますよ」


「神器というとあれか、神々が持ってるトレードマーク的な」


「まあ、間違ってはいませんね」


 神々は自らの権能を示す道具を必ず1つ以上は所有している。太陽神にして創造神であるロゴミアスなら白陽剣ミスラ・マリナや光陰槍プタ・ラァ・グーニあたりが神話によく出てくる神器だ。しかし俺の知識が間違っていなければ、神器とはその神の本質を映す物のはず。名前も形状も基となる神が(おの)ずから悟ることでしか決まりえない……つまり俺の神器は名前も形も俺にしか分らず、俺自身にもこうしようと思って決められるものではないとのことだが。


「準神器というのは神器とどう違うんだ?」


「準神器は既存の品物を神が選び、自らの神格に取り込むことで生み出されます。簡単に言うなら気に入った奉納品を愛用品として登録できる、ということでしょうか?」


 神器ではないが神器のように扱えるということか。


「準神器にできる数に限りはあるのか?」


「いえ、ありません。権威を維持するためにもあまり片端からというのはお勧めできかねますが」


 それもそうだな。とはいえ折角の奉納品だしな。


「先に全部見させてもらう」


「はい、ご随意に」


 後ろに彼を待機させたまま残りの刀も1つ1つ手に取って見てみる。


「これはモトロフの作によく似ているな、倅だろうか」


「ええと……そうですね、モトロフ=ロッソ氏の息子イワン=ロッソ氏の作です」


「こっちは知らない鍔だな。だが鎺の模様はオオミゾ一門のそれに似ている」


「第3回奉納祭の刀なので、ミチヒロ=オオミゾ氏の作ですね。彼は……ああ、なるほど。一門の次男でお家騒動の末出奔し、独力で奉納を勝ち取ったようです」


「壮絶なドラマがありそうだな……。こっちのはリーリア嬢だな?俺が最後に教えた剣士でな、刀開発の初期メンバーの孫娘だ。祖父のために鍔のデザインを一緒に考えてやった」


「それは感慨深いでしょうね」


「ああ、そうだな」


 こうやってみると5年おきに奉納される刀からもエクセララの変遷が窺える。鍛冶は親から子へ継がれ、閉鎖的な男社会だった部分も独学や女鍛冶師が奉納できるほど変わってきたのだろう。

 俺が死んでもエクセララには子供たちがいる。

 俺が死んでも子供たちにはエクセララがある。

 それが分かっていたから安らかに死ねた部分は大いにあった。


「こうして人は生きていくのだな」


 しみじみとつぶやきつつ5振り目の刀を手に取ったとき、なにか違和感を感じた。


「これは……魔鉄か?」


「本当に、よくお持ちになっただけでお分かりになりますね」


「武器も素材も色々見てきたからな」


 魔鉄は魔力の影響を強く受けた鉄のことで、素材の価値としてはかなり高い部類にあたる。しかも刀にすると刃の金属結晶がとても綺麗に揃うので切れ味も抜群になるのだ。


「まさか鉱脈の見つかった砂鉄……」


「はい、世にも珍しい天然魔鉄の砂鉄です」


 ドッキリが成功したとでも言うような表情で副官の天使は頷いた。

 魔鉄の砂鉄……そんなものがあるのか。


「ということは第4回と第5回の間の時期に見つかったんだな、鉱脈は」


「そうですね」


 第5回の刀を引き抜くとそれはもう綺麗な刀身だった。黒味が強く深さのある鉄色に白灰の刃紋が滑らかな波を描き、刃はまるで結晶1つ1つが見えそうなくらいに澄みきっている。

 まさしく人の心を惑わす妖刀の域だ。眺めているだけで何時間も過ごせそうなくらい美しい。


「……」


「……」


「…………」


「…………」


「………………」


「………………あの、主」


「なんだ」


 切っ先から鍔元までつぶさに観察していると少し困ったような声が俺を引き止めた。


「主は本日時間に限りがあると聞き及んでいるのですが……」


「ああ、そうだった」


 ついついじっくりと観賞してしまった。今日は祝福式で時間に限りがあるのだった。いくら時間の流れが違うと言っても、放置しすぎてアクセラの体が儀式中にぶっ倒れたら困る。


「まだいくつかお話しなければならないこともありますので、申し訳ないのですが」


「ん、そうだな。奉納品は逃げるわけで無し、残りは次来たときにでも見せてもらう」


「申し訳ありません」


「気にするな。あ、でも準神器は決めておくか」


 準神器にしておけば後で使徒として活用もできるだろう。


「そうだな、どれもいい作だったし……とりあえずエクセララの奉納祭で収められた刀は全て準神器としてくれ。その方が奉納する側も身が入るだろう」


「承知しました」


 頷く彼にもう1つ追加で頼む。


「それからこの机、もしよかったら俺の執務室に運び入れておいてくれ」


 俺が示したのは大きくて頑丈そうな執務机。横幅にして2mほどあるのだが、その広い幅を十全に使って前板部分に景色の彫刻がしてある品だ。


「湖のほとり、ですか?」


 屈みこんで彫刻を見たパリエルが尋ねる。


「ああ、綺麗だろう?」


 そこに施された湖畔の彫刻は精緻だがその細かい工夫が一目では分からない、言ってしまえば地味な作品だ。だがなぜかずっと見ていたくなるような、落ち着ける雰囲気を纏っている。


「フェルマー工房の机だ」


 さほど有名なわけではないが、一部に熱狂的なファンのいる木工工房である。かく言う俺も生前はフェルマーの机と椅子を好んで使っていた。


「フェルマー工房が愛好家から何と呼ばれているか知っているか?」


「いえ……」


「木彫りの吟遊詩人だ」


 彫刻部分は一切のスキルを使わず、ただひたすら職人の技巧のみで作る。そしてその高い技術力は全て、持ち主を安らがせるというたった1つの目的のために振るわれる。だからこれだけ緻密で精細な彫刻であるにもかかわらず、一見豪華さとは縁遠い地味な雰囲気になるのだ。しかしその分フェルマー工房が作る木工製品は見ているだけで心安らぐ。上級冒険者や高位の騎士に愛好家が多い所以でもある。


「頼むぞ」


「はい、必ず」


 なんなら準神器にしたいくらいだが、さすがに自重する。机が準とはいえ神器の神はあまり締まらない。それに執務室自体俺が使うかどうかわからないのだ。


「ああ、でもセットで椅子も奉納してくれないかな……」


「そ、それは無理があるかと」


 苦笑する副官の声に「やはりか」とだけ呟いて、俺は後ろ髪を引かれつつも奉納品倉庫を後にした。


毛布を洗濯に出してしまい凍え死にそうです(ガクブル

春、しまう前に毛布を洗濯に出し損ねてしまいまして><

でもさすがにそろそろ洗わないとなんだか気分がよくないよなーと思って出しました!

今一番の不思議は、なぜ2枚とも同時に出したんだろうという点・・・ゲセヌorz


~予告~

フェルマー工房の熱狂的ファンであったエクセル。

彼は自分の領地でフェルマー製家財道具一式が競りにかけられることを知る・・・。

次回、領地売りの少女


エクセル「さすがにそこまでするか!」

ナズナ「でも昔は椅子欲しさに闇闘技場で・・・」

エクセル「あ、こら!?言うんじゃない!」


※※※変更履歴※※※

2018/5/7 コーヒーの描写を「茶褐色」から「黒褐色」へ変更

2019/5/4 「・・・」を「……」に変更

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ