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天に咲く



 第一実験室の扉を開いて姿を現したのは、身長が二メートル近くもありそうな黒人の――おそらく、二階で僕が出くわした男だった。さっきは裸眼だったが、暗い中、威圧効果を狙ってか、なぜか今はサングラスを掛けている。しかしこの巨体だ、そうそう見間違えるはずもない。

 黒人の男は、スーツの裏から何かを取り出し、僕に向け、室内へ声を掛けた。

「There are a boy」

「A boy?」

 室内からの返事。さっきまで麻木先生と話していた声の人物だ。

「Yes」

 おそらく英語だが、普段聞き慣れない言語にとっさに頭が追いつかない。

「麻木先生、あんたんとこのは娘だったよなぁ」

「そ、そうだが……」

 室内の二人が言葉を交わすと、僕の前で構える黒人の大男が何かを言った。

「May I kill him?」

 だけど、日本暮らしの僕にも、そこに不穏な単語を聴き逃しはしなかった。

 とっさに身を伏せる。

 実験室から、

「Yes.Do it」

 と声が掛けられた瞬間、僕の頭がつい一瞬前まであった高さで、拳銃による炸裂音が生まれた。廊下の空気が震撼し、霙の音も掻き消され、

「はっ……ぁあああああああああ……!」

 少女の悲鳴が響いた。

「凛五っ!」

 まさか、今の流れ弾に……?

 後ろを振り向くが、凛五の姿は遠くてよく見えない。

「は、り……凛!」

「女の声!?」

 実験室から麻木先生ともう一人の男がとび出してきた。

「てめぇ! 何してやがる! 男だけじゃなかったのか! 五号機に傷が付いたらどうする気だ!」

 実験室から出て来た男は、豪快な前蹴りで黒人の大男の胸元を蹴り飛ばした。

 倒れた大男の手から、黒い殺人機が、僕の足元に転がり落ちる。

「り……里王君」

「麻木先生……」

 見た目還暦前後の先生。同世代の父親にしては、随分と年老いているとは思っていた。だけど、今合わせた瞳は、普段以上に年齢を感じさせた。

 足元に転がって来た拳銃を拾って、先生を置いたまま走る。

「待て餓鬼!」

 後ろを振り返らず、全力で走り寄る。

「凛五! 大丈夫か」

「りょうくん……」

 見えない、傷が見えない。どこに当たった。

「逃げるぞ。掴まれ」

 言いつつ、右腕で上半身を抱き上げ、左腕のギプスを膝の下に通し、持ち上げる。

 走る。

 走る。

「凛五。どこか隠れられるところは?」

 走る。

 足がもつれても、指が震えても、止まらず走る。

「えっと……階段の裏に、倉庫があ、るの」

「そこなら見つからないか?」

「多分……」

 確かに、普通なら、階段を下りて外へ逃げる場面だ。階段裏の倉庫と言うのは、思考的にも、視覚的にも盲点かもしれない。

「分かった」

 おそらく、文字通りハンデを抱えていても、僕の方が足が速い。追ってきている男たちとの距離は、足音を聞く限り、少しずつ離れている。長年陸上で鍛えた足が、まさかグラウンドを離れてから大活躍とは、皮肉なことだ。

 階段手前には曲がり角がある。何秒か死角ができるはずだ。

 そこで、階段裏の倉庫へ駆け込めば、追っ手の二人は、僕らが下の階に下りたと勘違いしてくれるはずだ。

 走る。

 そして、

 曲がる。

 階段。そこを通り過ぎ、裏側へ回り込むと、影に隠れて扉があった。それを僕に抱かれていた凛五が、両手のふさがった僕の代わりに引き開く。すぐに中へと入り、ゆっくりと戸を立てる。

「ふぅ……暗いな、何か明かりは……」

 この部屋にも窓があるが、相変わらず、そこから得られる光量は頼りがいが無い。これでは、凛五の傷の応急手当てもままならない。

 少し周りを探ると、部屋の角にある机にスタンドライトが置かれていた。試しにスイッチを押すと、ちゃんと明かりが点いた。

 外からは、ヒトが階段を駆け降りる音が聞こえてくる。

「ねえ、りょうくん」

 ばばっ。ばばばっ。

 いつも元気な凛五の声が、霙の音にも負けそうなほど弱っている。

 月光の代わりに降り続ける雪と雨の混ぜ物は、中途半端に窓を這いしたたり。降り咲く姿は目に留まらない。

「凛五、大丈夫か…………」

 床に横たわった凛五は。

「――――――――――――――――――――――!」

「ウチのこと。壊してくれないかな」

 右頭蓋(ずがい)を撃ち削られたその姿を目にして、驚きの声を上げなかっただけ、僕の肝は据わっていると思う。



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