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セーブゾーンが手遅れゾーン



「なるほどね……」

 僕の説明を受け、落ち着いた様子で凛五はそう答えた。

「つまりりょうくんは、強盗みたいなのが侵入してきてるのをウチに伝えようとしていた、という体のいい言い訳を手土産に、無防備な女子の寝ているであろう部屋まで外壁をよじ登ってきたと……そう言いたいんだね」

 まったく伝わっていないご様子だ。

「おい待て。誰が女子だって? お前いったい何歳なんだ?」

「同い年じゃん! りょうくんと同い年じゃん! なになにもしかして君の中でウチは女子高生を卒業したら女子ですらなくなっちゃったの!?」

「自分より強いやつを女子とは認めない」

「なにその設定っ!? ウチ、りょうくんと闘ったことないんだけど」

「やるまでもないさ」

「かっこつけたっ!? 負けを認めてるのにかっこつけたのかい? りょうくん」

「いやいや、僕は知ってるよ? 凛五がコンビニ強盗を空気投げして縛り上げたという逸話を」

「なんで知ってるのっ!?」

 え? ホントにしたことあるの? 冗談のつもりだったんだけど。

「え…………まぁほら、僕はいつだって凛五のことを見ているからね」

「りょうくんやっぱり変態さんだな! ウチがこらしめてやる!」

「落ち着け凛五、あれだよ、愛ゆえだよ」

「おまえが落ち着け! ストーカーは皆そう言うんだよ!」

 そうなの? ストーカーさん。僕はストーカーなんてしたこと無いから知らないや。

「分かった。冷静になろう。おふざけはここまでだ。ひとまず、僕が変態じゃないことを前提として聴いてくれ」

「ここまでの会話でその前提が成り立つと?」

 思えなかった。

「じゃあ仮定でいいよ。今から証明するから、君はそこでQ.E.D.を待っていろ」

「あれ? もしかしてまたかっこつけた?」

 僕の言ったことが理解できないのか、凛五は文系だったか?

「凛五って文系だったっけ?」

「ううん、体育会系だよ」

 そんな回答は求めていない。出題者の意図を汲めていないので零点です。

「分かった。お前が馬鹿なことはよく分かったよ」

「なっ、バカにしてんのかっ!」

 そう言ったじゃん。

「いいから聴けって、今の状況は凛五が思ってるほど日常じゃあないんだよ」

「だろうね。日常的に壁から変態さんが登ってきても困るよ」

 もう、どうやったらこの日常会話から抜け出せるんだ。お前は僕のラスボスか? 弱点を見つけて倒さない限り、僕はセーブゾーンから無限ループしなきゃならないのか? 何回この会話は『変態さん』からやり直さないといけないんだ?

「ああ、もう、そうだよ、僕は変態だよ。僕が怪しい侵入者の正体だよ。だからさっさと病院の外まで逃げろよ」

「開き直った……でもりょうくんなんか怖くないよ」

「はぁぁぁ」

 どうすれば僕と凛五はシリアスパートに突入できるんだ? 頭でも下げればいいのか?

 気付けば、さっき降りだしたばかりの雨は、びたびたと重たい粒を鉄筋コンクリートの外壁に撫で付けていた。環境の変化は時間の経過を感じさせる。

「ねえ、お願いだよ凛五、なんでもするから僕の話信じてくれよ……」

「なんでもしてくれるならいいよっ!」

 ……なんて現金な奴なんだ……僕の心も一歩引かざるを得ないよ。

「あ……ああ、ありがとう。一個だけだぞ」

「絶対ねっ!」

 そんなに嬉しそうに言われても、僕にとっては恐ろしいだけなのだけど……それもやぶさかではないな。僕の身を案じている場合ではない、今危ないのは、麻木先生と凛五なのだから。

「絶対だ。だからちゃんと僕の言うことを聴けよ」

「了解だよっ」

 路面で砕ける大粒の雨とは裏腹に、軽々しく了承してくれるものだ。

「あれ? 雪降ってる?」

「雪はあんな速度で落ちてこないよ。雨だろ」

 僕もさっき、打たれたばかりだ。



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