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ある騎士の憤慨

以前投稿した短編『ある魔術師の後悔』の続編にあたります。

これ一本でも読めるかとは思いますが、前作を読んでいただいた方が、より伝わりやすいかもしれません。






俺には猛烈に毛嫌いする人間が一人だけいる。


それが、エドガー・ラドクリフ。人の神経を逆なでする事に掛けては天賦の才を発揮する、嫌味な魔術師である。俺は未だに、あの男より腹立たしい人間には会った事がない。

元は平民の出のくせに、宮廷魔術師団を纏めるダグラス・ラドクリフの養子となり後継者として認められ、その魔力は世界一とまで謳われている上、最年少で宮廷魔術師という身の丈に合わない称号を得た。

あんな男に、なんて不相応な評価だろうか!


そもそも、俺はあの男が我が物顔で王城内を闊歩し始めた頃から気に入らなかった。滅多な事では眉一つ動かなさないその表情が、見下しているようにしか見えなかった。その才能に胡坐をかいて他人を小馬鹿にしているような様子が、どうしても許せなかった。


だから俺は、数人の仲間を引き連れて、少しばかりあのくそ生意気な男を締め上げてやる事にしたのだ。その才能によって守られ、努力という苦しみを知らぬ男に、現実の厳しさというものを教えてやりたかったのだ。


あちらは貧弱な新人魔術師であり、こちらは騎士見習いが三人。高位魔術師ならともかくとして、あんなひよっこ魔術師に相対するには、十分だった。あいつが魔術を練るなり、詠唱を完成させる前に、力づくで黙らせれば良い。そう考えていた。

結論から言おう。


『ふむ。これは何の遊戯だろうか?』


悠然と立ち、年より臭い口調で疑問を呈したあの男に対し、俺達三人はあっさりと地に伏せていた。







その日から、俺とエドガー・ラドクリフとの死闘の日々が始まった。

俺はどうしても、あの男に吠え面を掻かせてやりたかった。その為には手段など選ばない。闇討ちに次ぐ闇討ちである。あの魔術師は生意気にも、魔術を練るのも早ければ、高位魔術師にしか叶わない、詠唱破棄という荒技をやってのけていた。そんな奴に対して、どうして俺が正攻法で仕掛けてやる必要がある?勝てば良い。この世は所詮、勝った奴が全て正しいのだ。


これは最早意地だ。初めの仲間二人はすっかり怖気づき、呆れていたが、俺はとにかくあの男の悔しがる顔を見るまでは止めるつもりは無かった。いつか泣かす。それが俺の中の合言葉である。

そんな俺に対し、エドガー・ラドクリフは非常に気持ちの悪い反応を寄越して見せた。


『オズワルドは私の友ではないか』


俺が実力も無い癖に家名をかさに着て威張り散らすクズ共に生意気だ、という理由で集団に囲まれたときの事である。もちろん、ただではやられなかったが、流石に相手の人数が多過ぎた事もあり、一方的な暴力を受けていた。そこに、虫唾が走るくらい颯爽と現われたのが奴である。


あの男は睨みと、右手を振りかぶるだけであっさりとクズ共を追い払い、制裁まで加えたのだ。何故助ける、という俺の言葉に応えたのが上記の言葉である。俺はそれに対し、衝撃のあまり本音が漏れた。


『きめぇ』


しかし、そんな事では、あの男は全くへこたれた様子を見せなかった。他人に避けられ過ぎて、まともな友人判定も出来ないその姿には、流石の俺も同情したものだ。







以来、徐々にだが、エドガー・ラドクリフの方から顔を合わせれば挨拶をしてくるようになった。俺は変わらず苛立ちを感じているし、闇討ちも止めるつもりなど全くなかったが、あの男が他人を見下している訳ではない事は理解した。それでも、


『ふむ。オズワルドは何故弱いのに私に向かってくるのだ?』


と言われたときには、いつか泣かす、と誓いを新たにしたものだが。

エドガー・ラドクリフは他人を馬鹿にしている訳ではない。しかし、ただ、頭のネジが大分緩すぎたのである。少なくとも、表情に関して言えば、奴は魔術師だけあって思考の展開が異常に早く、それに表情が追い付かないからこその無表情のようだった。


人を馬鹿にしている発言に関しては、悪意は全くなく、事実だから疑問に思わずに口にしているだけ。それが余計に腹立たしいのだと、身体に叩きこんでやりたくて仕方がない。


俺としては大変遺憾だが、あの男に勝手に友人認定された俺は、王城内ですれ違えば共に移動くらいならするようになった。

だから、俺は知っている。あの頭のネジが緩すぎる為に無表情―――今では単にぼうとしているだけだと分かるあの顔が、少しばかり笑みをかたどる瞬間。


城の外周を歩いているときの事だった。ふと、視線を感じて二人して振り返ると、見上げた先のバルコニーの柱に隠れる人影が見えた。人影は何度か躊躇った後、おずおずと真っ赤な顔を覗かせる。それは、クローディア王女殿下だった。


恥ずかしげに微笑み、手を振る彼女に慌てて膝を付いた俺に対し、あの能面顔が微かに笑みを浮かべていたのだ。







誰が見ても一目瞭然だった。

エドガー・ラドクリフは恐れ多くもクローディア王女殿下に懸想しているのだ。あの、頭ばかり働かせる男が、ほとんど唯一思考と表情を一致させられるほど他の事を考えなくなる。それを懸想と言わず何と言うのか。


更に決定的だったのは、日に日に美しくなってゆく殿下が舞踏会に出席されたときの事である。その美貌に『王女』という圧倒的な身分。この機会に、と彼女に取り入ろうとする男は少なくない。その中でも、女性との噂が絶えない若き美貌の伯爵が殿下にダンスを申し込み、その手の甲にキスをした。殿下はそのお立場上慣れておいでのはずだが、相手が悪い。巧みなエスコートに女性なら誰もが喜ぶような恥ずかしい台詞を嫌みなく口にする伯爵に、流石の殿下も顔を真っ赤にさせた様子だった。


そのとき、何が起こったのか。――――――嵐である。


暴風は吹き荒れ、大雨が王都へ襲いかかり、天からは雷鳴が轟いた。先程まで満点の星空が望めたにもかかわらず、である。原因は、エドガー・ラドクリフだった。


先に軽く述べたが、あの男は生意気にも世界一の魔力量を誇っている。総合的な力量では、まだまだダグラス・ラドクリフなど何名か上がいるが、いずれはそれも超えるだろう、と言われるほどだった。

それほど、膨大な魔力である。本来エドガー・ラドクリフという器から溢れだしそうなほどの魔力である。魔力は精神の影響を強く受ける。収まっているのは、あの鈍い性格との奇跡的な相性の良さだった。

しかし、普段安定しているそれが感情の揺らぎによって溢れればどうなるか。

その結果が、今回の天災である。


あの男は、どうやら誰にとっても迷惑な事に、嵐を呼ぶほど王女殿下に入れ上げているらしい。







俺は国王陛下から呼び出しを受けた。普段ならばその名誉に打ち震える事だが、その理由がエドガー・ラドクリフの友人だと勘違いされた為、と知ると今度は怒りに打ち震えそうになった。

陛下はこう仰った。


『エドガー・ラドクリフにクローディアを娶らせようと思う』


俺は神妙に膝をつきながら、心の中では諸手を上げて歓迎したね。たぶん、俺だけじゃない。先の天災では、大した被害こそ出なかったものの、それこそ殿下が誰か他の男と結婚してしまったときの恐怖を想像させるには、十分だったからだ。


おそらく、陛下としてはそうした国内の安全と共に、他国への牽制としてエドガー・ラドクリフという世紀の魔術師を何としても手離さない、という思惑もあったに違いない。あの男は、クローディア王女殿下が関わればどうなるか分からないが、基本的には心の底から陛下を尊崇している。更に殿下まで手に入るとなれば、その忠誠心はますます強くなる事だろう。


俺はその為の手回しを陛下直々に命じられた。流石に何もなく、いくらダグラス・ラドクリフの養子とはいえ、平民出身の一介の魔術師に王女殿下を降嫁させる事は出来ない。

その為に陛下は、あの男を国境付近での小競り合いなどの最前線に叩き出すようになった。あの男は陛下の命とあらば喜んで馳せ参じ、その忠誠心と魔術によって必ずや戦火を上げる。そうする事で国を救った英雄に仕立て上げ、殿下を嫁がせる算段なのだ。







そ・れ・な・の・に!

俺は怒りに打ち震えていた。陛下は厳めしい顔を盛大に顰めている。ダグラス・ラドクリフは疲れ切った顔をしていた。


先程、とんでもない知らせが来たのだ。それはもう、我々の努力を根こそぎ台無しにしてくれる、とんでもない事が起こったのだ。

あの、馬鹿のせいで!


なんと、エドガー・ラドクリフはよりにもよって、クローディア王女殿下を連れて失踪したらしい。誘拐、ではないだろう。あの男と同じように、殿下の御心もあからさまなものであった。そこから考えられるこの現状とは――――――駆け落ちである。


せっかく人が円満に、祝福される結婚式を演出してやろうと、いくら陛下の命とはいえ、真剣にあの男の幸福の為に尽力してやっていたのに!

だから俺は、あの男が大嫌いだ!!


俺は、今度こそあの男を泣かす、と改めて固く心に誓った。







読んでいただきありがとうございます。


以前投稿した『ある魔術師の後悔』の続編です。

エドガーの友人(笑)視点です。

どうせここまで書いたのなら、最後はお姫様視点で締めるのも良いな、と思いつつ、こちらは形になるまで時間がかかるかもしれません。


オズワルド:エドガーの唯一の友人。本人は断固として認めていない。というか、割と真剣に嫌っている。騎士で貴族なのにどこか泥臭い。卑怯な事は全然平気。性格の悪さを隠そうともしない。一部にはいっそあっぱれと思われている。




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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱりこうだったのかwww 知らぬは本人たちばかりで養父や同僚たちも今頃頭を抱えているのか‥‥ これは帰ったらきちんとOHANASHIしないといけませんね。
[良い点] 衝動って恐ろしい。若さって偉大。 腐れ縁の友人(笑)は貴重だね。 [一言] 敵なればこそやつの心情を知ることができたわけか。 なんか将来は手段にこだわらない将軍になりそうな予感。 次回…
[一言] やっぱりそんなオチだった(笑) 婚約が決まりましたって時に相手は?って聞かなかったのが全ての原因ですよね。 そしてエドガー想像以上のコミュ障。 これは友人出来ない。 騎士さんが嫌々ながらも…
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