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貴女ノ僕虜  作者: L→R
2/2

「御目覚めの時刻に御座います、透子様。」

 執事が主を起こす。

 朝、七時。空は晴れ渡り、木木聳え立つ高台で、木の葉に埋まるように建つ屋敷に、朝陽が真っ直ぐ差し込む。数えるのも億劫な程の部屋の中で、最も日当たりの良いこの部屋の…、否、今やこの屋敷そのものの主である透子は、執事の声に瞼を上げた。

 そしてそのまま、天蓋付きの寝台から、部屋のカーテンを開けて回る執事を眺める。

「御加減は如何ですか、透子様。」

「悪くない。」

 無愛想ではないが、感情の起伏の殆どない透子は、抑揚のない、それでいて透明感高く、歳の割に低めの声で答えた。

皇前(かんざき)。」

 透子が執事を呼ぶ。

「はい。」

 執事が振り返ると、透子は「『南』が動いている」と言って天井を見上げた。

「それでは、急いで御仕度をしませんと。」

「うん。」

 皇前は透子に歩み寄り、上半身を起こしてやると、衣裳部屋からワンピースを取り、手早く透子を着換えさせた。イヴニングドレスを捲り上げて脱がせ、ワンピースを頭から被せる。背中の釦を留め、抱き上げてスカートを直してやり、そのまま抱え上げて窓辺の椅子に連れて行く。総て、執事が行う。透子はされるがまま、殆ど身動きしない。

 透子が何もしないのは、二年前に事故に遭い、下半身不随になったからだ。唯一動く上半身も、儚いほど華奢で、物を持つ事は出来ても、自分の体を支える事は出来ない。何をするにも、ほぼ人の助けなしには出来ない躰。

 不自由な躰と、事故に因り両親も死に精神的な闇を抱えた透子は、現在執事と数名の侍女と共に、この巨大な屋敷で暮らしている。

 代々受け継ぐ広大な土地と屋敷と、辺り一帯の土地を保有するという権力、両親、その両親たちが築き上げ、貯えて来た巨額の遺産を、必要なだけ使い、生きる。だが、一六歳という若さで、しかも女というそれだけの理由で、独りその財を受け継ぐ事を阻まれた。欲に溺れた親族が強引に代理人を申し出たのだ。世間もが透子を妬む様に親族に同調し、喧騒を好まぬ透子は、呆れ気味に親族を代理人、及び自身の身元引受人、財産管理人に宛がい、親族から生活費や必要費を受給する事で生きる道を選んだ。

 それでも額面では何不自由ない暮らしが出来、屋敷の中の事、行動までは監視が来なかった事もあり、代理人が秘密裏に財産を食い散らかしている事に目を瞑れば、わりかしと気儘に、平穏に暮らせてはいるのだった。

 窓辺の椅子は、透子が佐久間家の血に脈々と受け継がれるその力を、惜しみなく発揮出来る特別な椅子だ。

 椅子自体には何の仕掛けもないが、大きな窓から見える外界と空の景色が、透子の心を外に連れ出してくれるのだ。

 それが、透子の調子を上げる。

 椅子に下ろされた透子は、鼻で大きな深呼吸をした。まるで、窓から差し込む朝陽を匂いでも嗅ぐように。そして静かに目を閉じると、体を弛緩させる。皇前はその体が椅子から転げ落ちないよう、見守るだけである。

 透子の力。

 それは、人の夢を視る事が出来る不思議なものだ。人が見ている夢の中に入り込み、その夢を通じて人に影響を与える事が出来る。

 佐久間ではこれを、『夢見』の力と言う。

 佐久間家に受け継がれるそれは、言葉で語るには聊か奇妙で信じ難い。

 詐欺師などと言う言葉で蔑まれぬ様、佐久間家はこの力を滅多な事では口外しなかった。故に知る者は、国内の政治家の一部と、財閥、企業のトップクラスの人物、それらに影響力のある民間人数名だけである。

 日本では確認される限り弥生時代には既に類似する(まじな)いが確認されており、古来、政に多大な影響を及ぼしていた。故に、『夢見』の存在は易々と口にして好いものではなく、記録としても残存するものは限られている。

 懐疑的な能力でこそあれ、ひとたびその能力に頼った者は、直ちにそれを信じる事になる。

 "夢の中に、夢見の姿を確認する"からだ―。

 そして、この力を受け継いでいる血筋がもうひとつ存在する。

 それが通称『南』と呼ばれる一族、南正覚(みなみしょうがく)家である。

 佐久間と南正覚は敵対関係にある。

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