鉱山が閉鎖されました。鉱石は枯渇したのに、鉱山街の人口は増えています。
# 王国最大の鉱山が閉山しました。なのに鉱山都市の人口が増えています
「来月末をもって、王立ベルガ鉱山の操業を終了する」
市長の言葉に、会議室が静まり返った。
王国最大の鉱山都市、ベルガ。
この街を百年以上支えてきた鉱山が、ついに閉鎖される。
理由は単純だった。
鉱石が、もう採れないのだ。
新しい鉱脈を探す調査は何年も続けられた。採掘方法も見直し、費用の削減も進めた。
それでも産出量は減り続け、ついに採算が取れなくなった。
「王都から移住支援の予算が下りた。再就職先の紹介も進めている。希望者には住宅の移転費用も補助する」
市長は淡々と説明した。
閉山に備えた準備は、すでに進んでいる。
鉱夫たちの再就職先、子供たちの転校先、高齢者の移住支援。
市長も職員たちも、何年も前からできる限りのことをしてきた。
誰も悪くない。
けれど、仕事がなくなれば人は街を離れる。
人が減れば店が閉まり、店が閉まれば、さらに人が減る。
私は生まれ育ったベルガの街並みを思い浮かべた。
朝から賑わう市場。
仕事帰りの鉱夫たちでいっぱいになる食堂。
毎年秋に開かれる、鉱山祭り。
あの景色が、少しずつ消えていくのだろうか。
「リーナ。君の部署には、排水設備の停止と坑道の封鎖計画を進めてもらう」
「……はい」
私は市役所の鉱山設備管理課で働いている。
鉱山では大量の地下水が湧き出すため、巨大な排水設備を使って坑道を守ってきた。
閉山後は設備を停止し、安全を確認しながら坑道を封鎖する。
それが、私に与えられた最後の仕事だった。
◇
「いよいよ終わりか」
地下三層の排水設備で、技師長のガルドさんが呟いた。
三十五年、この鉱山で働いてきた人だ。
「ガルドさんは、これからどうするんですか?」
「王都の鉱山管理局から誘いが来ている。まあ、悪くない条件だ」
「そうですか」
「だが、女房は引っ越しを嫌がっていてな。娘夫婦もこの街にいるし、孫もいる」
彼は苦笑した。
「もっとも、娘婿も鉱夫だ。結局、みんなで引っ越すことになるかもしれん」
私は返す言葉が見つからなかった。
そのときだった。
「……あれ?」
地下水を流す水路に、淡い光が見えた。
正確には、水そのものが光っているわけではない。
私にだけ、魔力の流れが光の筋として見えているのだ。
《地脈鑑定》。
地中を流れる魔力の方向と強さがわかる、私の固有スキルだ。
ただし、鉱石の位置はわからない。
魔石の鉱脈も探せない。
鉱山都市では、あまり役に立たない能力だった。
「どうした?」
「ガルドさん。この地下水、ずいぶん魔力が強いですね」
「魔力? 水質検査では何も出ていないぞ」
「少し試してもいいですか?」
私は腰に下げていた魔道灯を取り出した。
魔石を動力とする、鉱山用の照明器具だ。
ちょうど魔力が減っていたため、光は弱々しい。
それを地下水に浸してみる。
すると。
「……えっ?」
魔道灯の光が強くなった。
水から引き上げても、明るさは変わらない。
「ガルドさん!」
「なんだ?」
「これ、見てください!」
彼は魔道灯を見つめ、目を丸くした。
「魔石を交換したのか?」
「いいえ。水に浸しただけです」
「……水?」
「はい」
私たちは顔を見合わせた。
◇
調査の結果、驚くべきことがわかった。
地下三層を流れる水には、大量の魔力が含まれていた。
その魔力を使えば、魔道具を充填できる。
ただし、地下水を地上へ汲み上げると、魔力は急速に失われてしまう。
これまで発見されなかったのも、そのためだった。
地上に排出された水は、ただの水だったのだ。
「つまり、地下で魔道具の魔力を充填すればいいわけか」
市長は報告書を読みながら言った。
「はい。ただし、どれだけ充填できるかは調査が必要です」
「やってみよう。閉山作業に支障が出ない範囲なら、実験を認める」
実験は成功した。
魔道灯だけでなく、大型の保存装置や工場用の動力装置にも魔力を補充できた。
魔道具商会にも協力してもらい、試験的な取引まで成立した。
「素晴らしい! 魔石の交換費用を大幅に削減できます!」
商会の代表は大喜びだった。
私も嬉しかった。
これなら、新しい産業になるかもしれない。
鉱山が閉じても、ベルガには仕事が残るかもしれない。
ところが。
「……このままじゃ、無理だな」
ガルドさんが計算書を見て呟いた。
「え?」
「魔道具の充填で得られる収入より、鉱山の維持費のほうが高い」
私は計算書を覗き込んだ。
排水設備の運転費。
換気設備の維持費。
坑道の補強費用。
安全管理に必要な人員。
鉱山全体を維持するには、莫大な費用がかかる。
鉱石の売上がなくなった今、その費用を充填料金だけで賄うことはできなかった。
さりとて充填料金を高くすれば、これまで通り魔石を交換するだろう。
「……せっかく、見つけたのに」
私は唇を噛んだ。
魔力温水は本物だ。
利用したい商会もある。
それでも、事業として成立しない。
市長も計算書を確認し、静かに首を振った。
「残念だが、赤字を承知で鉱山を維持することはできない」
その判断は正しかった。
街を救うために、街の財政を破綻させるわけにはいかない。
私は何も言い返せなかった。
◇
その夜。
私は鉱山の設備図面を広げていた。
地下三層まで続く、巨大な坑道。
その全体を守るために、排水設備が設計されている。
だから、維持費が高い。
けれど。
「……全部、必要なの?」
鉱石を掘るなら、広い坑道が必要だ。
でも、魔力温水を利用するだけなら?
私は《地脈鑑定》で見た魔力の流れを思い出した。
魔力は、地下全体に均等に広がっているわけではない。
特定の場所を、強く流れている。
もし、その場所だけを残せるなら。
翌朝、私は図面を抱えてガルドさんのところへ走った。
「坑道の一部だけを残したい?」
「はい!」
ガルドさんは図面を見て眉をひそめた。
「簡単に言うな。坑道は全部つながっている。下手に塞げば、水の流れが変わって残した場所まで水没するぞ」
「だから、ガルドさんに相談しているんです」
「……何?」
「私には魔力の流れが見えます。でも、地下水の流れや坑道の構造は、ガルドさんのほうが詳しいです」
私は図面を指さした。
「魔力が強くて、安全に維持できる場所を、一緒に探してもらえませんか?」
ガルドさんはしばらく黙っていた。
やがて、にやりと笑った。
「……面白いことを考えるな」
「できますか?」
「調べてみなきゃわからん。だが、やってみる価値はある」
◇
それから十日間、私たちは坑道を調べ続けた。
私が魔力の流れを追い、ガルドさんが地下水の流れと坑道の構造を確認する。
魔力が強くても、安全に維持できない場所は使えない。
安全でも、魔力が弱すぎれば採算が合わない。
何度も図面を書き直した。
そして、地下二層の一角で、ようやく条件に合う場所が見つかった。
「ここなら、独立した排水設備を設置できる」
ガルドさんが言った。
「魔力も十分あります!」
「小型の設備を新設する必要はあるが、鉱山全体を維持するより、はるかに安い」
私たちは費用を計算した。
設備の設置費。
坑道の封鎖費。
維持管理費。
そして、商会との契約で得られる収入。
計算を終えたガルドさんが、ぽつりと呟いた。
「……黒字だ」
「本当ですか?」
「ああ。大儲けはできん。だが、仕事として続けられる」
私は計算書を見つめた。
そこには、確かに黒字の数字が並んでいた。
「……やった」
私は思わず立ち上がった。
「やりましたね、ガルドさん!」
「ああ!」
ガルドさんも笑った。
「これなら、あいつらに話ができる!」
私は頷いた。
ようやく。
ようやく、街を去ろうとしている人たちに、新しい選択肢を届けられる。
◇
市長は計画を承認してくれた。
商会も、正式な契約を結ぶことに同意した。
新しい施設の建設には、閉山作業で不要になる資材の一部を転用できる。
採用できる人数は、最初は二十人ほど。
それでも、事業が軌道に乗れば、少しずつ増やしていける。
私たちは、鉱夫たちを集めて説明会を開いた。
会場には、百人以上が集まった。
私は壇上に立ち、深く頭を下げた。
「皆さん。今日は、新しい仕事についてお話しします」
会場は静まり返っていた。
「鉱山は、予定どおり閉鎖されます。鉱石の採掘が再開されるわけではありません」
何人かが、残念そうに俯いた。
私は続けた。
「でも、この鉱山には、まだ利用できる資源が残っていました」
私は魔力温水について説明した。
地下水に含まれる魔力。
魔道具の充填事業。
そして、地下二層に建設する新しい施設。
「この施設では、坑道の維持管理を担当する人が必要になります」
一人の鉱夫が手を上げた。
「……俺たちに、魔道具の勉強をしろってことか?」
「いいえ」
私は首を振った。
「魔道具の整備は、専門の職人さんにお願いします。皆さんには、これまでと同じように坑道を守っていただきたいんです」
「坑道を?」
「はい。排水設備の管理、換気、坑道の点検。地下で安全に仕事をするためには、皆さんの技術が必要なんです」
すると、ガルドさんが立ち上がった。
「リーナの言うとおりだ」
彼は会場を見渡した。
「鉱石はもう掘らん。だが、坑道はこれからも使う」
低く、よく通る声だった。
「地下の水がどう流れるか。どこが崩れやすいか。どの設備に無理がかかるか。そんなことは、図面を見ただけじゃわからん」
何人かの鉱夫が頷いた。
「俺たちは、三十年も四十年も、この山の中で働いてきた。その経験が、今度は魔道具の仕事を支えるんだ」
ガルドさんは、少し笑った。
「つまりだ。まだ俺たちの仕事は終わっちゃいない」
会場がざわめいた。
私は用意していた雇用条件を説明した。
「ただし、最初に採用できるのは二十人ほどです。給与も、今までと同じ額を保証できるわけではありません」
期待させるだけではいけない。
できない約束は、したくなかった。
「再就職先が決まっている方も多いと思います。無理に残っていただくつもりはありません」
私は会場を見渡した。
「それでも、この街で働きたいと思ってくださる方がいれば、ぜひ力を貸してください」
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがて、最前列に座っていた年配の鉱夫が、ゆっくりと立ち上がった。
「……俺は残る」
会場の視線が集まった。
白髪交じりの髪。
大きく節くれだった手。
四十年近く、この鉱山で働いてきた人だった。
「王都の工場に仕事が決まっていたんだがな」
彼は頭をかいた。
「女房には、引っ越しの準備を始めさせていた。家の荷物も、だいぶ片づけちまった」
会場から小さな笑いが起こった。
「だが、俺はこの街で生まれて、この街で育った。親父も、この鉱山で働いていた」
彼はガルドさんを見た。
「まだ俺の仕事があるってんなら、残らせてもらいたい」
ガルドさんは、力強く頷いた。
「ああ。頼む」
すると、別の鉱夫が手を上げた。
「俺も残りたい!」
若い男だった。
「来月、家族で引っ越す予定だったんだ。でも、娘が嫌がっていてな」
彼は照れくさそうに笑った。
「友達と離れたくないって、毎晩泣くんだよ。ここで働けるなら、引っ越さずに済む」
隣の男が立ち上がった。
「俺もだ。母親が年寄りで、長旅が難しいんだ。できれば、この街で暮らし続けたい」
「俺も残る!」
「排水設備なら任せろ!」
「換気の管理は俺がやる!」
次々と手が上がった。
私は慌てて声を上げた。
「ま、待ってください! 最初に雇えるのは二十人だけです!」
すると、最初に立ち上がった年配の鉱夫が笑った。
「わかってるよ、お嬢ちゃん」
「でも……!」
「仕事が増えるまで待つさ。別に、明日から全員雇えなんて言ってねえ」
彼は周囲を見渡した。
「なあ、お前ら!」
「おう!」
「しばらくは別の仕事を探してもいい。街の外へ働きに出たっていい。でも、帰ってこられる仕事がここにあるってんなら、話は別だ!」
会場に笑い声が広がった。
「引っ越しの荷造り、やめてくるか!」
「お前、もう荷物送ったんじゃなかったか?」
「送り返してもらう!」
また笑い声が起こった。
私は、何も言えなくなった。
鉱山が閉じる。
その知らせを聞いたとき、誰もが街を去る準備を始めた。
仕事がなくなるから。
家族を養わなければならないから。
ここに残りたくても、残れなかったから。
でも、今。
目の前で、人々が笑っている。
「……ありがとうございます」
私は深く頭を下げた。
「皆さん。本当に、ありがとうございます」
すると、ガルドさんが笑った。
「礼を言うのは、こっちだろう」
「え?」
「俺たちに、まだ仕事があるって教えてくれたんだからな」
私は顔を上げた。
会場には、たくさんの笑顔があった。
その光景を、私はきっと一生忘れない。
◇
一年後。
閉山したベルガ鉱山の地下では、今日も魔力充填施設が稼働している。
最初は二十人だった従業員も、今では百人を超えた。
新しい魔道具工房が進出し、商店街にも店が増えた。
そして今年、ベルガの人口は増加に転じた。
鉱山が閉じたのに、人が増えている。
そんな不思議な街になったのだ。
◇
秋の鉱山祭り。
三年ぶりに開かれた祭りは、大勢の人で賑わっていた。
屋台が並び、子供たちが楽しそうに走り回っている。
すると、小さな女の子が私の袖を引いた。
「お姉ちゃん! 見て!」
女の子が掲げたのは、色とりどりの光を放つ魔道灯だった。
「わあ、きれいだね」
「うん! お父さんが買ってくれたの!」
女の子は嬉しそうに続けた。
「お父さん、また鉱山で働けるようになったんだって!」
「そっか。よかったね」
「うん! だから、来年もお祭りに来られるんだよ!」
その言葉に、胸が温かくなった。
鉱山は閉じた。
けれど、この街は終わらなかった。
来年も、その次の年も。
この街には、きっと祭りの明かりが灯る。




