表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/25

18. 山の向こうの軍旗 (4)

翌朝、共同統合データ運用センターに、前線から搬入された破片が届いた。


 黒灰会が撒いた黒い粉、爆裂罠の残渣、セルディン隊の杖先から剥離した微細片、そして戦場の地面ごと回収した土壌サンプル。西條沙月は眠気で鈍る目をこすりながら、輸送ケースの封印を確認した。


「全部、同時刻同期ログあります」


 装備庁の技官が言う。


「前線電子戦車両の出力ログ、ドローン映像、隊員バイタル、気象、磁気、音響」


「ありがとう。戦場が研究室に優しいの、嫌ですね」


「同感です」


 分析を始めて一時間で、いくつかの事実が見えてきた。


 黒い粉は、単独ではただの炭化物と微量鉱物の混合物に近い。だが特定の鉱石粉と血液、そして衝撃を伴うと、一時的に周囲の電磁ノイズを跳ね上げる。


 爆裂罠の残渣には、火薬に相当する成分は少ない。代わりに、樹脂状の有機物と微細結晶が格子状に残る。圧力・熱・生体接近のいずれかをトリガに、周囲の“場”を局所的に崩すような挙動をしているらしい。


 杖の破片は、木材と見られる外殻の内部に、天然ではありえない規則性で結晶片が埋め込まれていた。半導体基板ではない。だが情報処理の部品に似た匂いがある。


「結局、魔法って工学なんじゃないですか」


 秋庭が言う。


 沙月は即答しなかった。画面のスペクトルを見つめながら考える。


「工学、というと向こうに悪い気もするけど」


「でも、術式って設計されてますよね」


「うん。儀式じゃなくて、規格のある何かに見える」


 彼女はそう言ってから、はっとした。


 規格。


 もし魔法に規格があるなら、逆もできる。妨害、模倣、誤作動誘発、最適化。つまり、戦場で起きている現象は“理解不能な奇跡”から、“解析対象の敵技術”へと変わる。


 その瞬間、部屋の空気がまた一段冷えた。未知は未知のままのほうが、時に安全だ。解析対象になった途端、人はそれを使おうとする。


「この分析、共有レベル上げますか」


 技官が尋ねる。


「上げるしかない」


 沙月は答えた。


「でも民間側への出し方は選びましょう。変に拡散すると、DIY魔法工作みたいなの始める人が出る」


「いそうですね……」


「日本人の工作魂を舐めないでください」


 誰かが吹き出した。笑いは短かったが、助かった。


     ◆


 カルド帝国東征軍前進司令地では、セルディンが帰還報告を行っていた。


 ソフィア・レンヴァルトはその話を最後まで遮らずに聞いた。谷口での接触、黒灰会の介入、日本軍の火力、煙幕、後退時の挙動。セルディンは誇張せず、必要なところだけ相手の脅威を認める報告をする。そこが使える男だった。


「日本は」


 ソフィアが問う。


「どう見えた」


 セルディンはわずかに考え、答えた。


「若い帝国のようです」


 同席した武官が顔をしかめる。


「帝国?」


「ええ。強い工学と、秩序への信仰を持つ。だがまだ、この地で何をどこまで奪うべきか決めていない」


 ソフィアは面白そうに眉を上げた。


「奪う前提か」


「国家は皆そうです」


 セルディンは平然と言う。


「違うのは速度と自覚だけでしょう」


 ソフィアは笑わなかったが、その冷たい眼差しの奥にわずかな満足が浮かんだ。使える。しかもこちらの見たいものだけを見る男ではない。


「黒灰会が勝手に動いた?」


「少なくとも名目上は」


「本音は」


「誰かが、会談を潰したがっていた」


 セルディンはそう言って、一瞬だけ視線を横へ流した。帝国内部に、交渉より早い戦争を好む者は多い。竜騎兵、辺境貴族、徴税請負人、宗務院の過激派。ソフィアもそれは知っている。


「日本は相手使者を守ったそうだな」


「はい」


「なぜだと思う」


「敵を減らしたいから」


「単純で良い答えだ」


 ソフィアは地図の関東外縁を指先でなぞった。


「ならば、こちらも単純にいきましょう。日本が誰を守るかを増やすのです」


 セルディンが目を細める。


「保護対象を増やせば、補給も責任も膨らむ」


「そう。巨大な国ほど、人道を武器にされる」


 その言葉は冷酷だったが、帝国の理屈としては一貫していた。日本が保護と秩序を掲げるなら、そこへ難民と噂と小競り合いを流し込めばいい。剣で勝てなくても、責任で押し潰す道はある。


     ◆


 東京湾岸では、夜景の向こうにまだ見慣れない陸影が横たわっていた。西條沙月は短い休憩の間だけ屋上へ出て、風の強さと、自分の指先に残る端末の熱を確かめた。関東の戦闘ログ、異世界物質分析の中間報告、辞書基盤更新、母親からの「ちゃんと寝てる?」という短い文。国全体が寝不足のまま動いている。


 黒田が谷で見た軍旗、セルディンが持ち帰った疑心、沙月の画面に増える未知の規格。それらはもう別々の問題ではなかった。どの旗を敵と呼び、どの旗を守り、どの旗とまだ話すのか。その選択が前線だけでなく国家の輪郭に触れ始めている。夜空は曇り、見上げても知らない闇しかない。その下で日本は、山の向こうの軍旗と本格的に向き合い始めていた。


毎日21:00更新です。合いそうでしたらブックマークで追ってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ