第7話「舐めてんじゃねえ!!!!」
ギルドの掲示板から『料理人』の応募用紙を一枚抜き取り、扉をくぐり、街道を往く。本来ならば寿司職人への第一歩なのに、その足取りは異様なまでに重かった。
理由は一つしかない。
「俺、なんであんなこと言ったんだろう……」
俺は盛大に項垂れた。周りを歩く人の冷めた目線が背中に鋭く突き刺さる。
元々、俺は自分の信念を曲げられないタイプだった。真正面に壁があって手前で左右に道が分かれていたら、迷わず真ん中を突き進んで壁に穴を開ける。そんなことを面接で書いたことすらある。
だからまあ、トラブルも人一倍経験してきた側ではあるのだが……。
「はあ、終身刑か……」
――この国には保釈制度とかあるんだろうか?
そんなことを考えながらトボトボ歩いていると、コートの袖をぐいっと掴まれた。振り向くと、その手の主はさっきの顎ひげの男だった。
「お前、大丈夫か?」
「へ?ああ……まあなんとか……」
俺はすっかり覇気の抜けた声で言った。顎ひげの男の目は意外にも輝いていた。
「それにしても、さっきのすげえな!あの王女に対してあそこまで出れるとは。尊敬すらするぜ」
「ははは……そりゃどうも」
「皮肉じゃないぜ?一応、心からの言葉だ」
男は俺とは正反対に元気よくハキハキ話している。
「そういやお前、料理人の用紙を取ってたよな?俺もなんだよ、王家御用達のこの島随一の料理人を目指しててな」
「そうなんだ……」
「コムスの店まで行くんだろ?俺、ここらへんの地理は詳しいんだ」
男はそう言うと、袖をさらに力強く引っ張った。まるで駄々っ子だ。
「俺、ドッジ・ランドクってんだ。よろしくな」
ドッジというらしい男は俺の前に回ると、右腕をまっすぐ伸ばし握手を求めた。
――どうするか……?
正直、俺は迷った。おそらくドッジは寿司に興味がないことを考えると、巻き込むのは少々失礼な気もした。しかし、ドッジの協力もないと一ヶ月後には冷たい檻の中にいる気もした。
俺は数秒考えた末に、
「んまあ、いっか」
渋々承諾した。
「俺は、本間鮪。マグロでいいぞ」
「珍しい名前だな、よろしくな!」
俺はドッジの手を緩く握った。やけに毛深いその手は、料理人というよりはハンターのそれだった。
―――――
「ここだな!コムスの店は」
ドッジの指示に従うまま街道を進むと、平屋のホールのような建物が見えた。看板には大きく『Coms's kitchen』と書いてある。
「ここで修行を受けて、認められると晴れて料理人になれるってわけだ」
ドッジはギルドで聞いた通りの説明をした。
簡単に流れをまとめるとこうだ。まず、俺たちは二週間かけて料理人のイロハというものを師匠、今回はコムスという人から教えてもらう。
その後、一週間かけて接客や調理を実際の現場で行い、認めてもらえれば晴れて一人前の料理人になれる、といった具合だ。
なお、その段階を経ずに勝手に料理人を名乗った場合、最悪牢屋行きもあり得るとのことらしい。
「どのみち、牢屋行きか……」
憂鬱な顔を浮かべる俺の背中を、ドッジが勢いよく叩く。
「気にしてもしょうがないだろ?ほら、行こうぜ」
ドッジが店の扉を開けると、意外にもガラッとした客席が出迎えた。奥にはキッチンへの入口らしきものがある。
「挨拶、任せたぜ」
「え?俺が?」
ドッジが一歩足を引いてこちらを見つめている。ここにきて挨拶は俺任せらしい。
「はあっ……」
俺はため息をついて入り口の方へと足を運んだ。
――コムスって言うのは、どんな人なんだろう……?
その答えは、すぐに判明した。
「おいゴルルァ!!舐めてんじゃねえ!!!!」
キッチンに足を踏み入れようとするなり、女性の怒号が鼓膜を揺らした。
「ひぃぃいいい!す、すみません!」
「すみませんで済んだらなあ!警備兵なんていらねえんだよ!!!」
壁際からそっと覗き込む。そこに広がっていたのは、長身の赤髪女性に叱られる、二人の若い男子という光景だった。




