第5話「ここがマハー……!」
砂利道や泥道、森林や草原を抜けること、約三日。同じ牛車に乗り合わせた人の顔は総じて疲労に満ちていた。
かくいう自分も例外ではなく、ダイレクトに伝わる振動で夜もまともに寝ることができず、目にはすっかりクマができていた。
屋根付きとはいえ、隙間だらけの牛車だ。雨が降れば当然雨漏れするし、日差しだって容赦なく差し込む。
「文明の力って凄かったんだなあ……」
ぼそりと呟く。この世界には自動車や電車なんて便利なものは存在しない。
向かいの老婆がそんな俺の様子を見て笑みを浮かべる。
「おや、牛車旅は初めてかい?」
「ええ、まあ……」
「そうかい、みんな初めては苦労するもんだ。あたしだって若い時は苦労したさ」
そう言って長話が始まろうとした時、牛の引き手が大声で叫んだ。
「マハーが見えてきたぞ!」
俺は壁に空いた最も大きい穴から、外の様子を覗いた。確かに、道を往来する人の数が格段に増えている。
「やっとかあ」
「疲れたな」
皆が口々に歓喜の言葉を吐いた。
―――――
やがて、街を取り囲む城壁の前で俺たちは降ろされた。どうやら牛車旅はここまでらしい。
「荷物確認を行う!全員一列に並べ!」
右手に槍を持ったいかにも騎士然とした人物が声を荒げる。俺はその言葉に従うように列に並んだ。
「はい次!行ってよし!次!」
荷物確認とやらは思ったより簡単に進んだ。ただし。
「おいお前!ちょっと待て」
俺を除いて。
「その服装はなんだ?」
「あ……これ、ですか?」
「それ以外何があるんだ」
騎士の男の声に怒気が混じる。
「これは……私が元いた世界の服です」
「元いた世界?」
「はい……信じてもらえないでしょうけど」
――もはやこれまでか?
そう思った矢先、騎士の仲間と思しき人物が近寄ってきた。
「その服……見たことあるな。そいつも別の世界から来たとか言ってた。通してやれ」
「し……しかし」
「これは命令だ、上官の指示に従えないのか?」
上官、と名乗った人物が立ち去ると、騎士はやや不機嫌そうに城門横の小さな戸を開いた。
「ここから先がマハーの街だ、さっさと行け」
促されるままに俺は戸をくぐり、分厚い城壁を通り抜けた。
瞬間、音が鳴った。
石畳に響く無数の足音。荷車の軋み。鍛冶場から聞こえる金属を打つ甲高い音。露店の呼び声。家畜の鳴き声。笑い声、怒号、歌声。
すべてが一体となって耳に押し寄せてくる。
そして、その音を裏付けるようにして、通りの両脇には二階建ての家や商店が立ち並んでいた。
「ここがマハー……!」
一種の感動すら覚えた。こんな活気に溢れた街がこの世界にもあるなんて。こんなにも色豊かだなんて。
俺はバスケットに入っていた最後のリンゴをかじりながら、人の流れを観察した。傭兵らしき姿の人物が何人もある方向へ向かっていた。
「あの先にあるのが……!」
予感は的中した。人の波に従って石畳の通りを抜けると、一際大きな建物があった。木製の看板には交差する剣と盾の紋章が描かれている。
冒険者ギルドだ。
建物の中に入ると、料理と酒の匂いが嗅覚を刺激した。どうやらここはギルドと酒場を兼ねているらしい。
「ええと、職業登録は……?」
俺は周囲をキョロキョロ見回し、カウンターらしきものを探した。
すると、すぐにそれらしきものが見つかった。立てられた分厚い板とそこに貼られている多数の依頼書、書類が丸めて入っている棚、長机の受付。
「あそこか!」
俺は偶然空いていた受付の前に立った。机を挟んで立っているのは、二十代ぐらいの薄い青色の髪を生やした、女性だった。
「あの……なにか用ですか?」
「は、はい!」
いきなり話しかけられたことに俺は明らかに動揺した。
「あの、し……仕事を探しているんですが」
「あ、新規登録の方ですか?」
「そ、そうです!」
「でしたら、あちらの掲示板の中からひとつ職を選んで、紙に出身地や氏名などを……」
「あ、あの!」
「なんでしょうか?」
俺は少し違和感を覚えた。何かが足りない、正確に言えば……。
「ステータスとか、適正とか、そういうのは……?」
「は、はい?なんですか、それは?」
「え?」
首を傾げる受付嬢を目の前にして、俺は不審者同然の姿を晒した。
「ス……ステータスっていうのは体力とか魔法とかそういう数字がいっぱい並んだボードみたいなもので……」
「すみませんが、当ギルドにはそのようなものはございません」
――ないの!?
俺は目を丸くした。明らかに困惑顔をしていたのか、受付嬢が笑みを浮かべる。
「ここ、マハーのギルドはまず自分の好きな職を選んでいただき、師匠のもとで試験や鍛錬を積んでもらいます。そして、師匠に認めてもらうことで初めてその職に就くことができます」
「は……はぁ……」
俺は少し肩透かしを食らった。
――そんな複雑な流れがあるのか……。
「おい、早くどけよ」
気づくと、後ろには戦士や傭兵のような姿をした厳つい男たちが何人も並んでいた。
俺は「す……すみません」と平謝りし、列から離脱した。
「はぁ……魔王討伐への道のりはそう簡単じゃないよなあ」
魔王を倒してなおかつ魚文化を世に広めるためには、料理人と戦士の両方になる必要がある。極めるには何十年もかかるだろう。
――そんなこと、俺にできるだろうか……?
そう思った時だった。ギルドの扉を勢いよく開ける音がした。
その音の方を見ると、明らかにこの場所に不釣り合いな、レモンイエローの髪をした少女が立っていた。




