第4話「とりあえずソイツぶっ倒せばいいんだな?」
夕食も終わり、手を合わせ神への祈りを捧げる。二人は手慣れたものだが、見よう見まねな俺はどこかぎこちなかった。
中世ヨーロッパ風の世界なだけあって、電気や水道などという文明の利器は当然存在しない。夜はランプ頼りだ。
「ありがとうございました」
俺は席を立とうとするユーリに深々と頭を下げた。
「当然のことをしたまでさ、この村は来るもの拒まずってね」
「それにしても、ここまでさせてもらって……。なにかお礼でもできれば」
「うーん……」
ユーリは顎に手を添えながら、深く考えるポーズを取った。
「じゃあ、皿の水洗いをしてくれるか?水場は外にある」
―――――
裏手の水場は、石で組まれた簡素な流しだった。井戸から汲み上げた冷たい水が、細く絶え間なく流れている。
俺は袖をまくり、皿を一枚ずつ洗い始めた。洗剤なんてものはなく、冷水が指をじんと痺れさせる。
「冷たっ」
その刺激が肌を突き刺す度に、俺はこの世界のことについて考えを巡らせた。
――魚、メーアトキシン、魔族、魔王……。
俺は元々運のない人生を送ってきたと思っていた。修学旅行は感染症で吹き飛んだし、就職にもだいぶ苦労した。
「まさか、ここまでとは……」
それでも、まさか寿司のない世界に飛ばされるとは夢にも思っていなかった。
――寿司のない世界なんていっそのこと……。
そう思った時、裏口からバナーが顔を見せた。
「食器洗い、進んだか?」
「まあ、これぐらいは」
「おっ、なかなか上手いじゃん。雑用係の仕事でもやってたのか?」
「ま……まあ……」
回転寿司の調理場は、ある意味雑用係と言えるかもしれない。少なくとも、職人と言えないのは確かだ。
「……バナーは、魚食べたいと思わないのか?」
「うん?なんだ、藪から棒に」
「魚。焼きでも生でも、食べたいと思わないのか?」
「全然。あれは家畜の餌だ」
バナーは腕を左右に広げ、当たり前のように言った。
「まあ、昔は食べてたらしいけどな」
「そうか……」
俺はしゃがみながら夜空を見上げた。満天の星空は、都会寄りだった現実世界の街では見れないものだ。
「……なあ」
「ん?」
「そのメーアトキシンっていうのは、魔王が撒いたものなんだろ?」
「ん、ああ、そうだけど」
「じゃあ……」
俺は立ち上がった。瞳には確かな炎が宿っている。
「とりあえずソイツぶっ倒せばいいんだな?」
「は?」
バナーは驚いた顔でこちらを見た。
「な、何言ってんだ。数百年もの間、数多の勇者すら倒せなかった強敵だぞ?今日知ったばかりの奴が倒せるわけ……」
「いいや、倒す。倒して俺はこの世界に寿司を広める」
俺は拳をグッと握りしめた。強い覚悟をきめながら。
「ま……まあ覚悟は伝わったよ。でもどうする?金もないんだろ?」
「それは……とりあえず店を開いて稼ぐ」
「何の店なんだ?」
「もちろん、寿司の店だ」
バナーの呆れ顔が次第に深まっていくのが分かる。
「じゃあ……まずはギルドに行かないとな。この島の真ん中、一番大きい街にある」
「島?」
「そこからか……」
バナーが額に手を当てる。明らかな面倒臭さが滲み出ている。
「この島、マハー島の中央にマハーという街がある。この村の何十倍もでかい。そこまでの牛車が明日出る予定だ。それに乗るといい」
「街か……そこまで行けば。ありがとう!」
「ふっ、どういたしまして。今日は早く寝ろよ」
―――――
翌日。広場の中央に牛二頭に引かれた屋根付きの牛車が止まっていた。
俺はすっかり乾いたコートを身にまとい、周囲の目を気にすることなく牛車に乗り込もうとした。
「昨日はありがとう、色々教えてくれて」
「いえいえ。まさか魔王を倒すなんて言うとは思わなかったよ」
「それが俺の使命な気がして……」
俺は開いた手のひらを見つめた。どう倒すのか、これからどうするのか。全く見当がつかなかったが、それが唯一の道であるような気がした。
「これ、持っていきな」
バナーがバスケットを差し出す。
「中に果物がいくつか入ってる。三日ぐらいの旅だ、腹減ったら食べな」
「……ありがとう」
俺は言われるままにバスケットを手に取った。結構ずっしりとした重さがある。
「じゃ、達者でな!」
バナーが右腕を突き出し、親指を立てる。
――ここでも合図は同じか。
俺も倣って親指を立ててみせた。
それは、途方もない旅へ出る、決意の合図だった。




