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第11話「料理とは、食材との対話だ」

 次の日からは、実際に見習い料理人としてキッチンに立つことになった。


「レシピならそこの本に書いてある。一応、補助魔法の力でズブの素人でもある程度は作れるようになってるが、客に出すには鍛錬を積む必要がある」


 そうケリーは言っていたが、いざまな板を前に包丁を握ると緊張感が否応なく高まる。


 確かに、元の世界でも包丁はよく握っていた。魚なら普通の人よりも遥かに詳しい。


 だけど、ここは異世界だ。触れる食材から空気感まで、ありとあらゆるものが違う。


「まずは切ることからだ。トマーテとルグナを切ってみろ」


 ケリーが腕組みをしながら指示を出す横で、ドッジは既にトマーテを握っていた。いかにも漢らしい、豪快な握り方だ。


「任せろ!」


 ドッジはトマーテをまな板に勢いよく置き、そのまま包丁で二分した。赤い果肉がプシュと飛び散る。


「おい、ドッジ、潰れてる……」

「細かいことは気にしない!」

「気にしろバカ!!」


 あまりにも鋭いツッコミが飛来した。


「食材が潰れると、食べた時の舌触りから味まで何から何まで変わる。真の料理人は細かい点まで配慮するもんだ」


 ケリーは「はあ……」とため息をついた。呆れ顔が手に取るように伝わる。


「マグロ、お前はどうだ?こういうのはやったことあるか?」

「まあ、そこそこ……」

「ほう?自信はあるみたいだな。じゃあやってみろ」


 ケリーが顎をくいっとする。俺は包丁を握り直した。


 トマーテに左手でそっと触れ、まな板に固定する。右手の包丁をなめらかに滑らせる。感覚としては、トマトとさして変わらない。


 ヘタを取り除き、果肉が潰れないように丁寧に切り分ける。そうすると、綺麗にくし形切りが出来上がった。


「ほう……なかなかやるな。上出来とまでは行かないが、形は綺麗だ」

「ありがとうございます!」


 俺は深く腰を曲げた。少しではあるが、認めてもらえたような気がした。


「料理はやったことあるのか?」

「まあ、そこそこですが」

「切り方が結構いい筋してる、少なくとも初心者ではないな」


 ケリーがうんうんと頷く。


「じゃあ次はルグナだ。知っての通り、野菜は我が王国の主食。ルグナはその王様だ。千切りにしてみろ」

「やってみます」


 ルグナはキャベツとレタスの中間みたいな野菜だ。色はちょっとだけ濃い緑色をしている。


 言われた通りに芯を除き、繊維を崩さないように千切りにする。これも慣れた手つきだ。


「見込みはあるな」


 ケリーがトマーテとルグナをつまんで口に運ぶ。ゆっくりと味わうように咀嚼している。


「……悪くはないが、惜しいな」

「惜しい……ですか?」


 俺は思わず身を乗り出した。


「そう。見てくれはかなりいい。基礎もできてる。だが、切り方が画一的すぎる。それぞれの持つ個性が見れてない」

「個性……」

「そうだ。ありとあらゆる食材は生きている。あたしたちと同じでな。なら、それぞれには当然個性がある」


 ケリーはトマーテの一切れを再びつまみ上げた。


「例えば、今日のトマーテは少し水分が多い。だから果汁がこぼれやすい。そんな感じだ」


 確かに、トマーテからは果汁がこぼれ落ちそうになっていた。再びトマーテを頬張りながら、彼女は言葉を続けた。


「料理とは、食材との対話だ」

「対話……?」

「食材と対話し、連想し、命をいただく。それこそが、儀式だ。儀式は、そうでなければならない」

「それは、どのようにすれば……?」

「それこそ、数を重ねるしかない」


 言っている意味が分かるようで分からなかった。頭の中が霧がかかったようにモヤモヤする。


「まあ、最初から出来たらあたしがいる意味がないしな。あと二週間あるから学んでいけ」

「はい……」


 ぐうの音も出ない正論だった。問題は、タイムリミットまであと三週間しかないことだ。

 

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