表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/10

第10話「面白そうだしな」

 朝四時、まだ街の人々が眠りについている頃。俺たちはケリーの先導のもと街を覆う城壁をくぐり、だだっ広い草原を歩いていた。手にフルーツバスケット、腰に水の入った革袋をぶら下げながら。


「その、見せたい物ってなんですか?」


 七時頃。既に足が棒になりつつある俺の問いに、ケリーは「へへっ」と笑みを浮かべながら言う。


「この近くの森の中にな、ちょっとした洞窟があるんだよ」

「洞窟?」

「ああ、魔族の侵略でも見つからなかった洞窟がな」

「それって、あとどれくらいのところに……?」

「まあ……あと三時間ってとこだな」


 ――三時間!?


 既に足がクタクタなのに、ここからさらに三時間!?


 俺はその数字に絶望にも近い感情を抱いた。見せたい物の前に、俺自身が屍と化してしまいそうだ。


 そんな様子を見たのか、隣にいるドッジが豪快に笑った。


「ハハハ、これぐらいは体力ないとこの世界では生きていけないぞ?」

「よ……余裕そうだな」


 確かに、いかにもな風貌のドッジはともかく、女性のケリーすら体力はあり余っているように見えた。


 ――インドアが祟ったか……。


 元の世界では、俺はインドアのゲームオタクだった。RPGではあんなに簡単に草原や山岳地帯を越えていたのに。現実?は非情だ。


 さらに歩いていくと、草の丈が高くなり木が増えてきた。次第に草原は森林へと移行し、数多の木々が視界を遮る。


「……あの」

「なんだ?」

「ここって、魔物とか出ないですよね……?」


 ケリーは振り返り若干呆れた様子で、


「あんた、本当に男か?」


 と疑いの目を向けた。


「こんぐらいの森で魔物に怯える男とか見たことないぞ」

「でも私、ここらへんは初めてで……」

「魔物が出る森は、もっと邪気みたいなのが漂ってる。ここは普通の森だ」

「それならよかった……」


 ――いや、本当にいいのか?


 元の世界みたいにいきなり熊とかが出てきたら?俺たちは料理人どころか格好の餌じゃないか?


 そう思った時だった。


「お!あったあった」


 ケリーがとある物を指さした。そこにあった物は。


「目的地の洞窟だ」


 灰色の岩壁と漆黒の洞穴だった。



―――――



「イルミナ!」


 ケリーが落ちていた木の枝を拾い上げ、呪文を唱える。すると、枝の先端がロウソクの火のように光り輝き、暗い洞窟を微かに照らした。


「す、すげぇ……」

「あんた、こんな魔法も知らないのか……。料理人の前に目指す物があったんじゃないのか?」


 ケリーは再び呆れながら、洞窟の中を警戒しながら進んだ。あちらこちらに巣のようなものがある。


「動物には気をつけなよ、噛まれたりしたら大変だからね」


 ケリーはそう言いつつも、足を止めようとしない。着実にある場所に向かって突き進んでいる。


 洞窟の奥へ進むにつれ、空気がひんやりとしてきた。外の草原とは打って変わって、湿った岩の匂いが鼻を刺す。もうかれこれ三十分は洞窟の中にいるだろうか。


「あの……そろそろ教えてくれませんか?私たちに何を見せたいんですか?」

「そんな焦るなよ、そろそろ……あった」


 ケリーの歩が止まる。


「壁を見てみろ、驚くぞ」


 ――壁?


 疑問に思いつつ、俺は壁に視線を送った。


「これは……!」


 俺は言葉を失った。洞窟の壁には、いくつもの料理のレシピが掘り込まれていたのだ。


 岩肌に刻まれているそれは、落書きというにはあまりにも精巧だった。


 食材の絵、調理の順序、火の入れ方、盛り付け方に至るまで。まるで図鑑のように細かく彫り込まれている。


「す、すげぇ……」


 思わず声が漏れた。指でなぞると、彫り跡がざらりとした感触を返してくる。長い年月をかけて刻まれたものだと、一目で分かった。


「これ、全部……」

「ああ、魔族の侵攻に備えて食文化を後世に残そうとした、先人たちの知恵の結晶だ」

「先人たちの……知恵……」

「紙だと燃えてなくなるだろ?でも、岩に刻めばそう簡単にはなくならない。しかも、ここなら魔族にも見つからない。昔の人の知恵にはいつも驚かされるね」


 ドッジが腕を組んで感心したように言う。


「へぇ……料理人の遺跡みたいなもんか」

「遺跡、か……まあそんなところだな」


 ケリーは少しだけ寂しそうに笑った。


 俺は刻まれたレシピの一つひとつに目を通した。野菜料理、肉料理、小麦料理……。コムスの店でも出されている料理が事細かに描かれている。


 その中に、明らかに異質な絵があった。水、巨大な瞳、各所に散りばめられたエラのような物……。


「これは……魚?」

「そう、魚だ。これこそがあんたらに見せたかった物だ」


 魚。その言葉に、俺の心臓が跳ねた。


 この世界にも確かに魚料理が存在した痕跡が、今まさに目の前にある。


 俺はその魚料理の絵に興味をひたすらに注いだ。


「これはソテー……。あっちは照り焼き……。味噌煮みたいな物もある!」

「おっ、詳しいな」

「元の世界では魚料理が好きだったので」


 照れ臭く答える俺を、ケリーは微笑ましそうに見つめた。我が子を見るような目だ。


 ――こんなケリーさんは初めて見た……。


「でも、これを見たらもっと驚くよ」


 ケリーは壁のある部分を指さした。俺の目がその指先を捉えた時、俺は息が止まりそうになった。


「さ……刺身!!」


 包丁で生魚を切り分ける絵が、確かにそこにはあった。それはまるで、いや、間違いなく刺身の絵だった。


 しかし、その絵は途中で終わっていた。完成までが描かれていない。


「その絵は何故か途中で終わってる。しかも、その絵だけやたら新しいんだ。理由は誰にも分かってない」


 ケリーは絵をそっと手で撫でた。


「あんたが来るまでは、手の込んだ悪戯だと思ってたんだ。でも、あんたの話を聞いて考えが変わった。これは、確かに存在した料理だったんだってね」

「ケリーさん……」

「まあ要するにだ。あたしはあんたに賭けてみたくなった。魚の生食。面白そうだしな」


 ケリーは吐き出すように言った。その顔には、満面の笑みが浮かんでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ