第1話「……鮪じゃねえか」
寿司。それは、日本が世界に誇る食文化の花形。
寿司。それは、生魚を食す日本独特の文化。
寿司。それは、魚と米の織りなすハーモニー。
そんな寿司と一口に言っても、そのバリエーションは様々だ。それこそ名人が握る寿司はまるで宝石のように扱われ、一貫うん千円という値段でも日本中から人が集まる。
俺はまさに、そんな寿司職人になりたかった。手から宝石を生み出す魔術師になりたかった。
そんな俺が今何をしているかというと。
「三十六卓、ハンバーグ寿司!」
「はいよ!」
某回転寿司チェーンで平社員Aをやっていた。
―――――
調理場に入り、手を洗い、透明手袋をはめる。
「機械の調子は……良さそうだな」
炊飯ロボ、シャリロボ、ロボ、ロボ、ロボ。
金属のテカリが目を疲れさせる空間の中で、俺は各種点検を済ませる。
回転寿司チェーンの調理場というのは、どこも同じようなものらしい。雪崩のように訪れるお客さんを捌くために、酢飯の調理やシャリを握るといった寿司に欠かせない工程は、全て機械任せだ。
「じゃあ、鮪さん。あとはお願いします」
「分かりました、お疲れ様でした」
ネット状の帽子を頭に被り、ペコリと腰を軽く曲げる。本間鮪という俺のネームプレートが腐って見えるのも、いつものことだ。
さて、今は日曜日の夕方。ファミリー層で溢れかえる、まさしくゴールデンタイムだ。調理場も当然の如く修羅場と化す。
「ちょっと!イカオクラまだ!?」
「はい、もうすぐできます!」
「四番卓からジュースの苦情来てるよ!」
「すみません!確認します!」
怒号、ベル音、タッチパネルの電子音、どこからともなく聞こえる油の音。
それらが一斉に耳に流れ込んできて、脳がぐちゃぐちゃにかき混ぜられていく。忙しさはもはや暴力に近い。
だが、身体は勝手に動く。染み付いた動きというやつだ。
レーンに並べられた均一的なシャリの塊に、あらかじめ用意されたネタを乗せる。
どれもこれもが全て一緒で、形が整っていて、そして。
「味気ない……」
自分で包丁を握ることも、シャリを握ることすらしない。
退屈。
そんな言葉が頭を駆け巡る。
「これのどこが寿司職人だよ……」
子供の頃、俺は寿司職人に憧れた。
親が贅沢をさせたいとの一心で連れてくれた銀座の名店。そこの寿司はいつも食べていた回転寿司とはまさに別格だった。
白い調理着を身にまとい、鋭い包丁さばきでネタを仕上げ、酢飯の形を整えていく。
その仕上がった姿は何一つとして同じものはない。なのに、その全てが芸術品で、宝石だった。
それに比べ……。
自分は手元に並んだハンバーグ寿司を見つめた。
寿司に……ハンバーグ!?
ハンバーグ!!??
ありえない。あってはならない。ふざけている。
それでも、その気持ちを吐露できない自分が一番ふざけているように感じた。
―――――
夜の二十三時。客もいなくなり、もぬけの殻になった店内で、俺はテーブル席を見下ろした。
「俺も昔は回転寿司好きだったんだけどなあ……」
回転寿司。確かに、その功績は大きい。江戸時代から続く屋台寿司の形を最も受け継いでいるとも言える。
しかし。
――機械が握った寿司は、寿司なのだろうか……?
「……切ないな」
俺はそう呟きを残し、静けさが漂うエントランスを抜け、店を後にした。
スロープを下り、歩道に立つ。俺は振り向き、店の看板を睨んだ。
――いつか、自分の店を持ってやる。
そう、いつか。俺は手をギュッと握りしめ、覚悟を新たにした。
その時だった。歩道を、強い風が吹き抜けた。
「うおっ!?」
台風並みの強風が身体を大きく揺らす。細身寄りの俺は思わず吹き飛ばされそうになった。
風は、ただの突風ではなかった。
生暖かく、妙に生臭い。
まるで巨大な海のうねりが、そのまま街路に押し寄せてきたような――そんな異様な感覚があった。
「ここは海なし県なのに……!」
俺は思わず空を見上げた。暗い雲が渦巻いている。
その中に、光る何かがあった。落ちてくる何か。
その正体が分かった時、俺はふっと笑みを浮かべた。
「……鮪じゃねえか」
やがて、その光る物体、鮪は、俺の脳天に直撃した。




