表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/10

第1話「……鮪じゃねえか」

 寿司。それは、日本が世界に誇る食文化の花形。


 寿司。それは、生魚を食す日本独特の文化。


 寿司。それは、魚と米の織りなすハーモニー。


 そんな寿司と一口に言っても、そのバリエーションは様々だ。それこそ名人が握る寿司はまるで宝石のように扱われ、一貫うん千円という値段でも日本中から人が集まる。


 俺はまさに、そんな寿司職人になりたかった。手から宝石を生み出す魔術師になりたかった。


 そんな俺が今何をしているかというと。


「三十六卓、ハンバーグ寿司!」

「はいよ!」

 

 某回転寿司チェーンで平社員Aをやっていた。


 

―――――



 調理場に入り、手を洗い、透明手袋をはめる。


「機械の調子は……良さそうだな」


 炊飯ロボ、シャリロボ、ロボ、ロボ、ロボ。


 金属のテカリが目を疲れさせる空間の中で、俺は各種点検を済ませる。


 回転寿司チェーンの調理場というのは、どこも同じようなものらしい。雪崩のように訪れるお客さんを捌くために、酢飯の調理やシャリを握るといった寿司に欠かせない工程は、全て機械任せだ。


「じゃあ、鮪さん。あとはお願いします」

「分かりました、お疲れ様でした」


 ネット状の帽子を頭に被り、ペコリと腰を軽く曲げる。本間鮪(ほんままぐろ)という俺のネームプレートが腐って見えるのも、いつものことだ。


 さて、今は日曜日の夕方。ファミリー層で溢れかえる、まさしくゴールデンタイムだ。調理場も当然の如く修羅場と化す。


「ちょっと!イカオクラまだ!?」

「はい、もうすぐできます!」

「四番卓からジュースの苦情来てるよ!」

「すみません!確認します!」


 怒号、ベル音、タッチパネルの電子音、どこからともなく聞こえる油の音。


 それらが一斉に耳に流れ込んできて、脳がぐちゃぐちゃにかき混ぜられていく。忙しさはもはや暴力に近い。


 だが、身体は勝手に動く。染み付いた動きというやつだ。


 レーンに並べられた均一的なシャリの塊に、あらかじめ用意されたネタを乗せる。


 どれもこれもが全て一緒で、形が整っていて、そして。


「味気ない……」


 自分で包丁を握ることも、シャリを握ることすらしない。


 退屈。


 そんな言葉が頭を駆け巡る。


「これのどこが寿司職人だよ……」


 子供の頃、俺は寿司職人に憧れた。


 親が贅沢をさせたいとの一心で連れてくれた銀座の名店。そこの寿司はいつも食べていた回転寿司とはまさに別格だった。


 白い調理着を身にまとい、鋭い包丁さばきでネタを仕上げ、酢飯の形を整えていく。


 その仕上がった姿は何一つとして同じものはない。なのに、その全てが芸術品で、宝石だった。


 それに比べ……。


 自分は手元に並んだハンバーグ寿司を見つめた。


 寿司に……ハンバーグ!?


 ハンバーグ!!??


 ありえない。あってはならない。ふざけている。


 それでも、その気持ちを吐露できない自分が一番ふざけているように感じた。



―――――



 夜の二十三時。客もいなくなり、もぬけの殻になった店内で、俺はテーブル席を見下ろした。


「俺も昔は回転寿司好きだったんだけどなあ……」


 回転寿司。確かに、その功績は大きい。江戸時代から続く屋台寿司の形を最も受け継いでいるとも言える。


 しかし。


 ――機械が握った寿司は、寿司なのだろうか……?


「……切ないな」


 俺はそう呟きを残し、静けさが漂うエントランスを抜け、店を後にした。


 スロープを下り、歩道に立つ。俺は振り向き、店の看板を睨んだ。


 ――いつか、自分の店を持ってやる。


 そう、いつか。俺は手をギュッと握りしめ、覚悟を新たにした。


 その時だった。歩道を、強い風が吹き抜けた。


「うおっ!?」


 台風並みの強風が身体を大きく揺らす。細身寄りの俺は思わず吹き飛ばされそうになった。


 風は、ただの突風ではなかった。


 生暖かく、妙に生臭い。


 まるで巨大な海のうねりが、そのまま街路に押し寄せてきたような――そんな異様な感覚があった。


「ここは海なし県なのに……!」


 俺は思わず空を見上げた。暗い雲が渦巻いている。


 その中に、光る何かがあった。落ちてくる何か。


 その正体が分かった時、俺はふっと笑みを浮かべた。


「……鮪じゃねえか」


 やがて、その光る物体、鮪は、俺の脳天に直撃した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ