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釈迦の手のひら戻り方  作者: 黒田挙響


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3/5

覚悟して突入して

途中、本の内容について書かれた文が出てきますが軽く読み飛ばしても大丈夫です。

どこのことか多分分かります。

今まで気づかなかったのか、突然現れたのか分らない。


―――そこには、机の上に"悟り"と書かれた本があった。


ついに探してようやく見つけた本であるのにも関わらず、喜びも興奮も――湧き立つどころか恐怖で脚がすくみ動くことを許さなかった。


「どうしてこれが―――なんで……」


平山は借りたアパートの部屋をたしかに知っている。

けれども鍵は渡してないし、窓だって閉めている、どこかが壊れた痕さえない。


「平山っ……隠れてんのか……おい」


震えた声で俺は部屋に向かって呼びかけた……。

―――が返事は一つもなかった。どうやら平山はここにはいないようだ。


『本を預けた』ってのは俺に託すという意味なのか……?これで俺にどうしろって言うんだよ。


一週間――俺は平山の姿を一度も見ていない。

けれども、俺はこの一日中平山の事を考えて呼びかけて恐怖した。


はたから見れば幽霊やら二重人格やらと勘違いされるだろう。それほどにこの日は激しく謎めいて気味の悪い一日だった。


この本には何がある……平山は俺に何を求めている……いったい何を預けたんだ……。


その謎の答えはもうまじかにあった――。


俺は恐る恐るけれども覚悟して本を手にした。

そして――唾を飲み込んで緊張しながらも本のページを開いた。


――"悟り"作者名不詳――


始めに――この本の行為を決して行うべからず。

これは知らずに行わないための対策の本である。

釈迦でさえ此処へは踏み入れず涅槃で留まったのだから……


改めて言おう――この本の行為を決して行うべからず。


一。


意識の正体は脳に非ず。

感情および意識とは立体世界の内部に属さず、立体の外に在る現象なり。

これ即ち、涅槃寂静に付随して発生する副次的事象と解釈す。


二。


今日コンニチまで常識と称され来たりし概念は、

時代的推移を以て観察するに、恒常性を欠き、虚構に近し。

常識とは固定された理に非ず、文化的要請に依り変化する便宜的認識なり。


三。


涅槃寂静とは、仏陀釈迦牟尼の悟りに於て認識された境地を指す語なり。

其れは此の世に存在する一切の因果関係より離脱した状態に在る。


四。


常識とは、多数の人間ヒトの意識が形成する思考様式の集合なり。

其の流れに背く行為は、人間的思考より逸脱した振舞ひにして、

悟りに接近する過程として位置付け得る。


五。


意識および感情の煩悩が因果を背くが故に苦を生ずる、との説は広く流布す。

然れども此れは真理に非ず。

苦とは、涅槃寂静に由来する自由性が、

此の世の構造に適合せざることより生起する現象なり。


六。


本来形を有せざる意識および感情が、

理に強く干渉するが故に、人は此の世に拘束さる。

脳、脊髄、視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚は、

悟りを直接感知する器官に非ず。

此の不整合が、世界として知覚される諸現象を生成す。


七。


自由は存在す。

然れども、其の領域に於ては此の世の常識は適用されず。

故に釈迦は、涅槃寂静を認識しつつも深く踏み入るを止め、

此の世に於ける生の規範を説き、入滅を選択せり。


八。


悟りは、意識を欺く行為より始まる。

感得したるものを疑ひ、否定すること、

此れ即ち悟りの起点にして、

此の世を否定する入口なり。


初めの数ページから難しくその意味どころか半端にしか読むことはできなかった。

この文章を理解して挙げ句分かりやすく教えていたと考えると平山の異常さがとても恐ろしく感じてしまった。


もう諦めてパラパラと三百を超えるページを捲ってみると数字は優に千を超えていた。


「訳わかんねぇよ、こんなの――」


平山――お前は頭が良い、それ故の欠点がある。それは想像を遥かに超えた馬鹿を知らないことだ。

お前からすればきっと馬鹿でも読めるものなのだろう、けれどこれは十分に難解なのだ。


これで俺はどうしろと言うんだ――……。


俺はとっくに何か真っ黒い大きな穴に捕まっていたと思ってた。

それは離さず平山と同じ、もしくはもっと深い場所にと引きずり込もうとしていたと――。


けれども俺はその深淵を前にして何も理解できず認識さえ出来なかった。

この本にとってそれこそが正解なのかも分らないが、俺はもう――これ以上進めないことだけは理解できた。


『本を預けた』『悟りには……』このどちらも俺をいざなう呪の言葉であったのに……その呪はいまや裳抜けの殻となっていた。


「もう……いいか」


俺の口からため息のような脱力した言葉が不意に漏れてしまっていた。


それはまるで先週の平山の事を全て否定するように――忘れるように―――……。


頭がグラつく……。


もういいや……今日はもう寝よう――……。


飯も風呂もめんどくさい……明日にしよう。


俺はゆっくりと本を閉じて机に置くとベッドに近づいた。


その時だった―――………。


意識が視界が急激に歪みだして、今度はピカピカと虹色に輝き出した。

それは立ち眩みだとか眠気だとかではありえない――摩訶不思議な景色だった。


四畳半ではありえない――虹色が何万里にも広がって小さかった虹色は壁や床、天上までも飲み込んで別の世界を作り出した。

その時点で俺は疲れることを忘れ、驚いて目を見開いてしまうばかりであった――……。


「ようこそ涅槃寂静へ」


眩い光が消え始め、目がまともに開ける頃――上から男の声がした。

それは知ってる声で、それは一週間前に丁度聞かなくなった声であった。


「へいせ!……ん?」


それは――鹿の頭の骨を被った、魔道士のような男?の声だった。


「うん、久しぶり!」

「誰だよテメェは、お前は平山じゃねぇよ」

「何言ってんの?平山なんて名前他に聞いたことあるの……あーこれか」


男?が鹿の頭の骨を触った途端――頭はまるでルービックキューブのようにバラバラになって回転し始めた。それは異様な光景で角は後ろに回転すると途端に消えだして、頭の骨は横や縦にと八等分に分れて別々の向きに回転した。回転して見えた面には左右上下逆さまになった人の顔が出てきた。回転は終わらず次第に速度が上がるにつれてそれは正しく人の顔を為し始めた。


「これで分るかな?」


その顔は、その顔こそ、俺の知っている平山峻であった。

しかし、どう考えてもこんなグロテスクな異様なことをやってる存在が平山な訳がなかった。

こいつがどう平山に関係しているのかは分らないが友だちを侮辱されたように感じてしまい俺は腹がたって仕方がなかった。


「ニセモンだろーが!平山の顔になりすましやがって……テメェは許さねぇ」

「そんなに僕を思ってくれていたとは――すごく嬉しいな。けどね違うのさ――僕は正真正銘の平山峻。証拠に例えばー……うーんそうだな、若干弱いけど君の好きだった本田真央さんにラブレターを渡そうと靴箱に入れたけど実は入れたのは僕の所で――」

「え、ちょっ――」

「あの時、校舎裏で君が――」

「あーー!!分かった分かった!!」

「うん、これで信じてもらえたかな?」

「分った……お前はたしかに平山だよ」

「よかった」


平山は俺の知ってる顔で笑って嬉しそうにしていた。


「では改めて――ようこそ涅槃寂静へ」

「ここが……涅槃寂静――……」

「そうだよ、あの本の通りならここは真の世界――涅槃寂静さ」

「でも俺、別にお前みたいにカレーライス――箸で食ってないし……」

「実はね――そんなことしなくても行けるように僕は君をずっと涅槃寂静ここから呼んでいたのさ」

「呼んでいた――?」

「うん、どうやら涅槃寂静では少なからず僕と君に共通した思い出がある物がある場合それを通して僕が呼べば、入りやすくなるみたいだ。だから君は本に触れただけでこの空間――涅槃寂静に来れたんだ。まあ、それだけじゃなくて君一人であることや意識が少しでも現実を否定したりと手順を踏む必要があるけどね、これは半ば賭けだったよ」

「そうか――あの電話は俺を家に呼ぶためだったのか」

「電話?よく分からないが――運良く君がここに来られて本当によかったよ」


涅槃寂静――俺はてっきりお花畑で天使が住んでいて神様がいる文字通りの天界か本から感じる不気味さから苦痛が渦巻く最悪の地獄だと思っていた。しかしそれはどちらも検討違いであった。

そこは白いまるで雲に包まれたような空間で空は淡いピンク色の景色だった。それと俺や平山が立っている所や見える所になんて言うんだろう――積み木のようなカラフルないろんな形の建物がそこらにあった。見渡す限り今言った通りの景色がずっと広がっている世界だった。

あきらかに変な世界で気味が悪いはずなのに俺は不思議と落ち着くようなそんな気持ちになっていた。


「それで、なんでお前はここに俺を呼んだんだよ」

「なんでって――ここが良いところだからだよ」

「良い所?どこがだよ、たしかにこの景色には驚いたけど別にこれで終わりじゃねーか。ハンバーガー屋も無ければゲームも無い現世以下のつまらんところだぜ」


と――俺はこの世界を馬鹿にして平山に文句を垂れた。


「え?ハンバーガー屋にゲーム……それだけで君は満足するのかい。じゃあ出してあげるよ」

「あ――今なんて」


平山は後ろを振り向いてモクモクとした遠くの空間に向かって手を伸ばした。

すると、地響きを鳴らして突如として下から町が生えたのだ。そこには名のあるハンバーガー屋は勿論のことゲームショップもゲームセンターもなんでも俺が言っていた物が全部出てきた。


「―――なんじゃこれ」

「どう、驚いた?これが良いところって言った意味だよ。この世界は本当の自由――全てが思い通りで全てが叶う場所さ」

「それじゃあ、まさか――さっきの骨の頭は……」

「そう、これも思い通り――自分の身体、自分の声、形全てを変えられるのさ」

「俺もそれやってみたい、一体どうやんだ」

「簡単だよ例えば、その腕に高級時計があるって考えてみて」

「こうきゅう……どけい……」


俺は右手を見て、黄金の――配信者が持っているようなそれはそれは高級な時計を想像した。


「うわっ――」


その途端手首の周りの空間が突如パズルのように外れだし、裏返りだし黄金色を作り出した。


「本当に高級時計だ――」


それはまさしく誰でも知るような高級ブランドの時計であった。冷たくずっしりと重く光沢を放ち正真正銘の黄金で――時計に詳しくないし細かいイメージも浮かんでいないのにも関わらず、メモリの数もしっかりしていて針も正確に時を刻みメーカーの刻印さえちゃんと彫られてあった。


「すげぇー……」

「でしょ、この通りちょっと想像するだけさ。そうだっ――本田さんとか想像すれば出るんじゃないかな」

「うわっ――いや……今は止めとくわ」


ここは確かにすごい、何でも叶うのなら一週間来なくなるのも分るし、独り占めできるよう本であえて注意喚起するのも理解できる。


「お前は俺と違って、自力で行ったんだよな。どうやったんだよ」

「簡単だよ。今までの記憶を一度全て否定するんだ。あのあと考えたんだよ、カレーライスを箸で食べる行為がザビエル然りなぜ何十年も掛かるのか――それで分ったんだ。答えはシンプル――疑いや否定の回数が少ないからだってね。例えばここに来るために少なくとも何百万回は疑いと否定が必要だと考えてみてよ、カレーライスを毎日三食五十年やったとするでしょ、それでは五万四千七百五十回しか溜まらないのさ。それじゃ、いくらやっても行けないに決まっている。逆に言えば同時進行で複数個行ってしまえばその限りではない訳だ、本が大げさに注意したのはそこだろうね。どの道、僕は今からやってじゃ遅いと思って――過去を否定することにした。今まで見たもの聞いたもの触れたもの臭ったもの遊んだもの考えたもの―――なんでもかんでも疑心してみたんだ。脳が見せた幻覚ってね。多分億はいったんじゃないかな。そしたらなんだかどうでもいいって気持ちが湧き出てきたんだ。すると目の前に虹色の景色が見えてきて、そこに飛び込んだらここにこれた」


平山は平然と行き方について話していたが、当然そんなこと簡単にできるとは一切思わなかった。

それはイカレタ覚悟とも言っていい――まるで全てを捨てる行為できっとそれは人間としての本能がどこかでブレーキを止めるものではないかとも思えるものだった。


「そうか……けどよかったよ、お前が楽しそうに生きててくれて。俺はてっきり死んで地獄とかに行ってると思ったよ」

「なんだよそれ、心配してくれてありがと」

「じゃあよ、また遊びに来るよ。そんで……どうやって帰るんだ」

「何言ってんだよ」

「え?」

「もう帰れないよ―――」

ここまでがプロローグ

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