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第八話 共鳴

消毒液の匂いで、結衣は目を覚ました。

天井の白い光が滲んでいる。

腕には点滴、耳元では規則的な電子音。

それだけの静けさが、かえって不自然だった。


「……ここ、は……」

掠れた声が漏れる。


「警視庁医療棟だ。」


神谷の声だった。

窓際に立ち、白シャツの袖をまくり、煙草を指先で弄んでいる。

どこか、彼自身の“音”が少ない。

呼吸も、瞬きも、妙に整いすぎている。


「君、三日間眠ってた。」

「三日……? そんな……」

「巡回の警備員が、研究所跡で君を見つけた。」


結衣は上体を起こした。

記憶は曖昧だ。

ただ、あの“声”の響きだけが脳に残っている。

霧崎蓮の声——いや、神谷と同じ声。


「私、録音を聞いたんです。霧崎の研究ログ。

 ……あなたの声で、“世界を観測する”って。」


神谷は短く笑った。

「また幻覚か。夢でも見たんだろう。」


「夢じゃありません。あのファイルには、今の私たちの会話まで……」


言葉が途中で途切れた。

神谷の目が、わずかに光を帯びていたからだ。

その瞬間、部屋の時計が静かに“止まって”見えた。

秒針の音が消える。

代わりに、どこからか低いノイズが流れ込んできた。


結衣は眉をひそめた。

「……今、音が止まりましたよね?」

「止まってない。」神谷は穏やかに言う。

だが、彼の声にも“わずかな遅れ”があった。


窓の外、通りを歩く人々の動きがわずかに“引き伸ばされて”いる。

まるで時間の粘度が変わったような、ゆるい歪み。

結衣が瞬きをすると、全てが元に戻った。


「……今、何時ですか。」

「さぁな。時間の話をする意味があるのか?」


神谷はそう言って腕時計を外した。

秒針は止まっていない。

けれど、その動きが世界と同期していない。


「ねぇ、神谷さん。」

結衣はかすかに声を震わせた。

「あなたの“時間”と、私の“時間”……どちらが本物なんでしょうか。」


神谷は答えない。

代わりに、窓のガラスに手をついた。

その反射の中で、もうひとりの彼がこちらを見ていた。

微笑みながら、何かを囁くように唇を動かす。


『合わせてはいけない。ずれのまま、在れ。』


次の瞬間、照明がふっと明滅した。

病室の光が一瞬だけ反転する。

白が黒に、黒が白に。

その刹那、結衣は自分の影が“半拍遅れて動く”のを見た。


——ずれている。

世界が、呼吸のリズムで少しずつ。


神谷がゆっくりと彼女の肩に手を置いた。

「落ち着け。君はまだ、こちら側にいる。」


「……こちら?」

「もう一方では、君はまだ目を覚ましていない。」


結衣は息を呑んだ。

窓の向こうにもう一つの病室が見える。

同じベッド、同じ白いシーツ。

そこには、眠ったままの自分がいた。


そして、その枕元に立っているのは、神谷——いや、霧崎蓮。


笑いながら、こちらの窓越しに目を合わせた。

その笑みだけが、完全に時間と一致していた。

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