第五話 十五分の規則
会議室の時計の針が、十五分を指した瞬間に“カチリ”と音を立てた。
その小さな音でさえ、神谷の神経は過敏に反応した。
針の動きに合わせて、脳の奥に一瞬だけ“ノイズ”が走る。
耳鳴りではない。——世界の端が擦れる音。
「全国で三十二件。全部、十五分単位です。」
早乙女結衣が指し棒でスクリーンを示す。
そこには地図上に散らばる赤い点。
北は札幌、南は鹿児島。時間はすべて“:15”で揃っていた。
「……偶然では説明できませんね。」
誰かが呟いた。
警視庁の本部会議室は沈黙に包まれている。
ホワイトボードには大きく“17:15/2:15/5:15”と赤字が並ぶ。
神谷は資料をめくりながら低く言った。
「犯人は、時間を“合わせてる”だけじゃない。
むしろ、世界の方が“犯人に合わせてる”。」
一瞬、室内の空気が凍った。
神谷は続ける。
「時報や電波時計のズレを調べたが、全地域で正確に一致している。
どこかで、同期の信号が流れてるんだ。
——十五分ごとに。」
結衣が静かに頷く。
「それが“観測信号”だと思います。
霧崎蓮の研究データの中に、“位相同期による集団視覚反応”という記述があります。
全員が同時に同じ映像を“見させられた”ら——。」
「同じタイミングで、死ぬ。」
神谷が言葉を継いだ。
「ええ。物理的な殺害じゃない。
脳を直接“止める”。
そして……これは仮説ですが、“見る資格”のない者が排除される。」
「資格?」
室内の刑事たちがざわめく。
「霧崎の理論では、“観測”は双方向なんです。
見られる側が観測に耐えられなければ、存在が崩れる。
——つまり、“存在の脆弱性”が死因になる。」
神谷は椅子から立ち上がった。
「存在の、脆弱性?」
「はい。霧崎は言いました。
“この世界は、見ている限り存在する。
しかし、見られた瞬間に壊れる世界もある”——と。」
神谷は頭を押さえた。
会議室の蛍光灯が少し滲む。
文字がぶれて二重に見える。
まるで光そのものが“呼吸”しているようだった。
(……まただ。)
脳の奥を、あの“擦れる音”が這う。
昨日から続いているノイズ。
目を閉じても消えない。
むしろ、瞼の裏で形を持ちはじめていた。
円形。
黒。
光を反射しない穴。
(見た覚えがある。)
心の中で呟いた瞬間、視界の端がわずかに沈んだ。
机の木目が波打つ。
瞬きをすると、全てが元に戻る。
「神谷さん?」
結衣がこちらを見ていた。
その表情が少し強張っている。
「今……あなたも見えましたか?」
「何をだ。」
「——目、です。」
神谷は答えなかった。
自分の反射を見た。
ガラスに映る顔の輪郭が、ほんの一瞬だけ“他人の顔”に変わる。
霧崎蓮。資料の写真で何度も見た、あの冷たい目。
「体調を確認します。」
結衣が近づく。
彼女の指が神谷の手首に触れる。脈は速い。
「やっぱり……。視覚ノイズ、感染してます。」
「感染?」
「観測は伝染します。見た者が、新たな“観測者”になる。」
神谷は深く息を吸い、結衣の手を振り払った。
「馬鹿げてる。俺は人間だ。感染もウイルスも関係ない。」
「でも——」
結衣の声が震えた。
「十五分ごとに、世界は“書き換え”られてます。
あなたももう、どちらの側にいるのか分からない。」
時計が鳴る。
17:15。
蛍光灯の光が一瞬だけ強くなり、室内が白く塗り潰された。
全員が顔を上げたとき、
スクリーンに映し出されていた地図の赤点が、同時に点滅した。
神谷はその光景を見ながら、
自分の心臓がほんの少し遅れて鼓動したのを感じた。
十五分の規則。
それは、時間ではなく——観測の呼吸だった。




