エピローグ 観測者のいない世界
——誰も、見ていなかった。
空も、海も、風も、ただそこにあった。
“観測”が消えたあとの世界は、驚くほど静かだった。
時間の流れすら、存在していない。
けれど、草は伸び、雲は流れ、
太陽は昇り、また沈んでいった。
誰かがそれを見ていなくても、
世界は動いていた。
丘の上。
観測草の群れが、風に揺れていた。
もう光らない。
もう誰も、それを“見る”ことができない。
けれど——その揺れには、呼吸があった。
まるで、見えない誰かが「まだここにいる」と囁くように。
遠くの村では、子どもが笑っていた。
家族がパンを焼き、川で洗濯をしていた。
その音も香りも、誰にも記録されない。
だが、確かに存在していた。
「観測がなければ世界は消える」と、
かつて神谷は言った。
けれど、世界は消えなかった。
それはもしかすると、
“見る”という行為が人だけのものではなかったからだ。
風が木々を撫で、
水が空を映し、
火が闇を照らす。
世界は、世界自身を見ていた。
——観測者がいなくても、
観測は、終わらない。
それは記録でもデータでもなく、
ただの“存在の連鎖”。
意味を求めない、祈りのような循環だった。
丘の頂に、一枚のノートが落ちていた。
雨に濡れ、文字は消えている。
けれど、最後の一行だけがまだ残っていた。
「見ることをやめた世界に、
それでも光が差していた。」
風がページを閉じた。
太陽がその上を照らす。
ノートの中に残ったインクが、
ゆっくりと空へ昇っていく。
空には、一筋の雲。
その形は、どこか“瞳”のようにも見えた。
だが、それを“見ている”者はいない。
ただ、空が空を見ていた。
——記録なし。
——観測者なし。
——存在、安定。
風が吹く。
観測草が、もう一度だけ光った。
その光は、誰の目にも映らず、
誰の記録にも残らなかった。
けれど確かに、
そこには“世界”があった。
そして、静かに、
“見ることのない朝”が訪れた。
——終。




