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第二十四話 記録者ルイ

あれから五年。

丘の上の“種”は、芽を出した。


ルイは十五歳になっていた。

相変わらずこの村には電気も機械もない。

けれど、村の中央にだけ、

小さな光が毎晩ぽつんと灯る。


それは、ルイが育てている“植物”の光だった。


昼はただの草。

細く、透き通った茎を持つ。

けれど夜になると、

その葉の裏に無数の目のような模様が浮かび上がる。


——誰かが見ている。


そう思うたび、その模様は動いた。

見つめれば見つめるほど、

目は形を変え、増えていった。


村の人々はそれを「観測草」と呼んだ。

誰も近づかない。

「見返される」と言って、怖がるのだ。


だがルイだけは、その光を愛していた。

彼には、それが生きている証のように思えた。


夜。

ルイは丘の上でノートを開く。

表紙には「観測日誌 179」と書かれている。


「今日は観測草の葉が七枚に増えた。

でも、見ていない間に六枚に戻っていた。

たぶん、見られない時間には存在できない。」


彼はペンを置いた。

風が吹く。

観測草の葉がわずかに震える。

ルイはその中に“音”を感じた。


——カシャン。


古いシャッター音。

どこかで聞いたような音だった。


「……まただ。」


ルイは辺りを見回した。

誰もいない。

けれど、確かに“視線”があった。


「……そこにいるの?」


沈黙。

だが、観測草の根元の影がゆらりと動いた。

輪郭が浮かぶ。

ひとりの男。


「……あなたは?」


男はゆっくりと顔を上げた。

白髪混じりの髪、くすんだコート。

けれどその目は若いままだった。


「……神谷遼。」


ルイの胸が跳ねた。

「神谷……? その名前、知ってる。

 昔、おばあちゃんの本に出てきた。」


神谷は微笑んだ。

「そうか。

 君が、あの“種”を埋めた子か。」


ルイは頷いた。

「あなた……ずっと、どこに?」


「見てたよ。」


風が止まった。

観測草が、ゆっくりと光を放ち始める。

光が二人の影を長く伸ばす。


神谷はその光を見つめながら言った。

「君の中に、“見る力”がある。

 それは、EYE-netが残した最後の種だ。」


ルイは眉をひそめた。

「でも、あの草は危ないってみんな言う。

 見たら“取り込まれる”って。」


神谷は首を振った。

「違う。

 見ることで、形を与えてるんだ。

 見られないものは、存在できない。

 だから君は、それを“生かしている”。」


ルイは静かに呟いた。

「……じゃあ、この草は僕のせいで生きてるのか。」


神谷はうなずいた。

「責任じゃない。

 それは祝福だよ。

 “見る”ということの、本当の意味だ。」


夜風が吹く。

観測草がざわめくように揺れ、

無数の“目”がルイと神谷を見つめた。


ルイはふと尋ねた。

「あなたは、どうして戻ってきたの?」


神谷は少し遠くを見るような目をして言った。

「まだ、終わってないからだ。

 “観測”は、人がいる限り続く。

 けれど、次は君たちの手で、

 “見過ぎない世界”を作ってほしい。」


ルイはノートを閉じた。

「それが僕の“仕事”?」

「いや、“祈り”だ。」


神谷は立ち上がり、丘を降りようとした。

その背中を、ルイが呼び止めた。


「また、来る?」


神谷は笑った。

「見るたびに、どこかで会うさ。」


そう言って歩き出す。

彼の影が闇に溶けた瞬間、

観測草が一際強く光った。


その葉の裏に、赤い文字が浮かぶ。


[RECORDING RESTARTED]


ルイは息を呑んだ。

「……観測は、終わらないんだな。」


風が再び吹いた。

空には星が瞬き、

その一つひとつが、目のように輝いていた。


——誰かが、また見ている。

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