第二十二話 再生領域
光が爆ぜた。
赤い閃光が視界を満たし、
神谷の身体はまるで粒子のように分解されていった。
音も、風も、すべてが反転する。
——落ちる。
次の瞬間、足元に“地面”があった。
だが、それは現実ではない。
見慣れた街並み。
だが、色が少しだけ違う。
空が低く、影が揺れている。
まるで、誰かが記憶から描いた世界。
「……ここは、どこだ。」
[REPLAY ZONE / RECORD 02 : EARLY CITY]
[再生領域:記録結衣_02]
電子音が頭の奥で響く。
神谷は顔を上げた。
通りの向こうを、結衣が歩いていた。
白いワンピース。
振り返りもせず、まっすぐに歩いていく。
「結衣!」
声を上げた瞬間、世界がざらついた。
空気が歪み、映像のノイズが走る。
[ERROR : 音声干渉 検知]
[補正処理 開始]
神谷の声が吸い込まれるように消えた。
代わりに、結衣の声が響いた。
『——まだ来ると思ってた。』
神谷は立ち尽くした。
「……お前、どうしてここに?」
『ここは“私の記録”よ。
あなたが止めたはずのEYE-net、
でも実際には止まらなかった。
あなたの目が閉じたあと、私が開いたの。』
「……お前が、再生した?」
『そう。
あなたが消えた後、世界は“見られないまま”になった。
誰も記録せず、誰も思い出さない。
だから、私が見た。
あなたの代わりに。』
神谷の胸が痛む。
「それで、世界は戻ったのか?」
『ええ。
でも、完全ではなかった。
再生は、再構築じゃない。
あなたの記録が欠けている部分は、
私の想像で埋められた。』
神谷は周囲を見渡した。
人々が笑っている。
だが、その笑顔が、どこか均一だった。
子どもも老人も、同じ角度、同じ笑み。
「……全部、再生か。」
『ええ。
でも、悪くないでしょう?
もう誰も傷つかない世界。
何も壊れない、完璧なループ。』
神谷は静かに首を振った。
「違う。
それは“生きてる”とは言わない。」
『あなた、まだそんな言葉を使うのね。
もう“生きる”なんて、概念は古いのに。』
「古くてもいい。
俺は、見たい。
不完全でも、現実を。」
結衣が振り返る。
その瞳が、淡い光を放つ。
『あなたの現実は、いつも壊れてた。
見るたびに、壊してきた。
それでも見るの?』
神谷は笑った。
「見るさ。
壊れるってことは、“動いてる”ってことだろ。」
一瞬、結衣の表情が揺れた。
そして微笑んだ。
『あなたって、本当にバカね。
でも、だから好きだった。』
風が吹いた。
世界の輪郭が崩れ始める。
街のビルがノイズの帯に変わり、空が反転する。
[再生領域 安定性:低下中]
[警告:外部観測者を検知]
神谷は顔を上げた。
上空に、巨大な瞳が現れていた。
無数のレンズが集まってできた、EYE-netの中枢意識。
『彼らが来る。観測を取り戻そうとしてる。』
「……戻る気はない。」
『だったら、逃げて。
あなたはまだ“個”を持ってる。
この世界で唯一、再録されなかった存在。』
結衣が手を差し出す。
神谷はその手を掴もうとした。
——だが、掴めなかった。
指先が透け、光に溶ける。
再生領域の空間が、砂のように崩れ始める。
[再生領域 消滅まで:00:00:30]
「結衣!」
『行って。私の記録はここまで。
次は、あなたが“見て”。』
結衣の輪郭が淡く光り、霧のように散った。
その光の中で、神谷は確かに見た。
彼女の口が、最後に小さく動いた。
「——ありがとう。」
世界が、白に飲み込まれた。
音が消える。
神谷の意識が、再び暗闇へと沈んでいく。
——再生領域、終了。




