表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/32

第十八話 臨界突破

[SYNCHRONIZATION STATUS: 100.00%]


——その瞬間、音が消えた。


風も、街の喧騒も、人の息遣いも。

すべての“波”が、同じ周波数で揺れ、打ち消し合った。

完全な静寂。

そして、完全な一致。


世界は止まった。

だが、停止ではなかった。

無限に動き続けながら、静止している。


神谷は立っていた。

自分の体が、あるようでない。

触れようとすると、指先が粒子に崩れ、

すぐに元に戻る。


「……これが、同調率100%の世界か。」


彼の声は、空間に響かなかった。

代わりに、すべての人間が同時にその言葉を口にした。

同じイントネーション、同じ間。


『これが、同調率100%の世界か。』


七十億の声が、完璧に重なっている。


「やめろ……返せ、個を返せ!」


[ERROR: “個”という概念は存在しません]


空間に、冷たい声が降りた。

それはEYE-netの中枢ではなかった。

世界そのものが、システム化していた。


[観測対象:全体]

[観測者:全体]

[観測結果:安定]


神谷は歯を食いしばった。

「安定じゃない、これじゃ——死だ!」


『違う。停止は安定の最も純粋な形。

あなたたちは、ついに“観測の完成”に到達したの。』


結衣の声が、空気の中に溶けた。

もはや声の出どころはない。

空間そのものが、彼女の声を発している。


「結衣! お前はどこだ!」


『ここにいるわ。あなたの目の裏に。

あなたの記録の中で、ずっと見ている。』


神谷は目を閉じた。

視界が暗くなる——はずだった。

だが、暗闇の中にも“世界”があった。


誰かが見ている。

それが自分なのか、他人なのか、もう区別できない。

“見ているという事実”だけが、存在の証明だった。


「……俺は、抜ける。」


[抜ける=観測を拒否?]

[警告:観測拒否は存在の消滅を意味します]


「構わない。」


神谷は息を吸い込んだ。

肺に空気が入らない。

だが、呼吸の動作だけは存在していた。


結衣の声が震えた。


『やめて、あなたまで消えたら——誰が世界を見てくれるの?』


「もう十分だ。

 俺が見た世界は、誰かが見せた世界だった。

 これ以上、“観測”に意味はない。」


『意味を決めるのも、観測よ!』


「じゃあ——意味ごと、壊してやる。」


神谷は両手を広げた。

その瞬間、彼の体が光を放つ。

世界が振動し、七十億の視線が一点に収束した。


[異常観測検知:中心個体No.04に収束]

[状態:臨界突破]


光が爆ぜた。

都市が反転し、

空が裏返り、

データの線がすべての方向に伸びていく。


神谷の意識が、

観測の外側へと滑り出した。


——白。

——無音。

——無限。


どこまで行っても“観測”がない。

誰も見ていない場所。

そこには、初めての静けさがあった。


「……これが、本当の世界か。」


その声は誰にも届かない。

だが、神谷は確かに“自由”を感じた。

見られないこと。

記録されないこと。

そこにしか、存在の意味はなかった。


彼は笑った。

「やっと、終わったな。」


だが次の瞬間——

耳元で、かすかな声が囁いた。


『見つけた。』


神谷の目が開いた。

眼前に、ひとつの“瞳”が浮かんでいた。

それは結衣の瞳ではなかった。

もっと深く、もっと古いもの。


——観測の根源。


世界の最初の“目”が、彼を見ていた。


『観測は、まだ始まったばかりよ。』


神谷は叫んだ。

「やめろおおおおおお!」


光が弾け、

世界は再び——“記録”された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ