第十五話 再録
暗闇の中に、光の粒が流れていた。
最初は、ただのノイズ。
やがて、それが“文字列”になっていく。
[SYSTEM LOG]
再録データ:PROJECT EYE / SUBJECT-04
状態:再構築中……
——再録。
誰かの声が、データの間から流れ込む。
『まだ終わっていない。
彼は記録され、そしてまた観測を始める。』
神谷はゆっくりと目を開けた。
天井の白が滲む。
空気がある。呼吸もできる。
だが、それが“プログラムされた呼吸”だと、どこかでわかっていた。
ベッドの隣には、白衣の女性が立っていた。
名札には「S. SAOTOME」と刻まれている。
「おはようございます。……神谷遼さん、ですね。」
その声に、微かな既視感があった。
音の波形だけが、結衣の声と一致している。
だが表情は違う。
まるで“結衣という人物の記録”を再生している別の個体。
神谷は口を開いた。
「……ここは?」
「霧崎記録神経研究所です。
あなたは被験者No.04として——再録されました。」
「再録……?」
「ええ。あなたの脳情報は、五年前に失われた“観測データ”を基に復元されています。」
神谷はベッドから身を起こした。
体は軽い。
いや、軽すぎる。
筋肉の感覚が“リアルではない”。
自分の輪郭が、少し浮いている。
「俺は……生きてるのか?」
女性は穏やかに微笑んだ。
「生きている、という表現は正確ではありません。
あなたは“動作しています”。」
神谷の指先が震えた。
その瞬間、頭の奥に声が流れた。
『——動作、それが生。』
霧崎蓮の声だった。
あの冷たい、笑いを含んだ響き。
神谷は思わず立ち上がり、
鏡の前に立った。
そこには自分の顔が映っている。
だが、違う。
瞳の奥に、“誰かが覗いている”。
霧崎の視線。
いや、“観測そのもの”。
『ようやく戻ってきたね、神谷。
いや——霧崎。』
鏡の中の神谷が、笑った。
「……お前は、俺じゃない。」
『そう思いたいのか?
君は私のコピーであり、私も君のコピーだ。
どちらが先に生まれたかなんて、誰も観測していない。』
神谷は拳を握った。
「結衣は……どこにいる。」
『記録の中にいるよ。
彼女も再生された。
君の“被写体”として。』
モニターのひとつが点灯した。
そこには、白い部屋の映像。
ベッドの上で、結衣が微笑んでいる。
完璧な静止画。
一切のブレも、呼吸もない。
『見れば、動くよ。』
神谷はモニターを見つめた。
指先が震える。
だが、視線を逸らすことはできなかった。
映像の中の結衣が、ゆっくりと瞬きをした。
唇が動く。
「また……見てるのね。」
神谷の胸に痛みが走った。
同時に、研究所全体のモニターが点滅する。
数千もの“観測映像”が一斉に起動した。
無数の人間、街、空。
それらすべてが、神谷の目の前で“動き始めた”。
『いいじゃないか。
また世界が動く。
君の観測が、それを可能にする。』
神谷は膝をついた。
「……俺が、犯人だったのか。」
『違う。
君が“動かした”。
それだけだ。』
モニターの光が彼を包み込む。
白い部屋が消え、
無数の“再録映像”が重なり合う。
神谷の目が、ゆっくりと光を帯びる。
瞳の奥で、レンズが閉じたり開いたりする。
——記録、開始。
『また会おう、観測者。』
そして世界は、再び“撮り直され”た。




