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第十三話 再生

光が、戻った。

最初は一点のノイズのような白。

そこからゆっくりと色が滲み、輪郭が浮かび上がる。


——空気が動いている。

神谷はゆっくりと息を吸った。

肺が膨らむ音さえ、新しい。

すべてが“生まれ直した”ようだった。


部屋は同じだった。

医療棟の壁、ベッド、モニター。

ただ、何かが違う。

世界の奥行きが浅い。

影が“貼りついている”。


まるで立体感のない映像を見ているようだった。


「……結衣?」


ベッドの上で、彼女が目を開けた。

笑っている。

柔らかい笑顔。

でもその瞬きが、不自然に完璧だった。

毎回、同じタイミングで、同じ角度で閉じる。

まるでプログラムされた動き。


神谷の背中に冷たいものが走る。


「目を覚ましたんだな。」

「ええ。」


声も、同じ。

語尾の震え方まで、以前と一致している。

まるで“録音”を再生しているようだった。


神谷はゆっくりと椅子に座った。

「どれくらい眠ってた?」

「三日間。」

「……前も、そう言った。」


結衣が小首を傾げた。

「前?」

「いや、なんでもない。」


神谷は部屋を見回す。

時計の針が静かに動いている。

だが、音がない。

秒針が進んでいるのに、“音が再生されていない”。


彼は息を呑んだ。

(ここは……録画の中か?)


その時、窓の外に一羽の鳥が舞い降りた。

羽を広げる。

止まる。

——そのまま、動かない。


神谷は立ち上がり、近づいた。

鳥は、絵のように静止している。

風も、葉も、揺れない。

ただ、そこに“描かれている”。


背後から結衣の声がした。

「どうしました?」


振り向くと、彼女が立っていた。

ベッドにいたはずなのに。


「……さっきまで寝てたろ。」

「いいえ。最初からここにいました。」


神谷は息をのむ。

その瞬間、彼の脳裏に“映像の継ぎ目”のような痛みが走った。

目の奥でカメラがぶれる。

世界が、微かに“重なっている”。


「おかしい……。俺が“撮り直した”はずだ。」


結衣が近づく。

「ええ、あなたが撮った。だから今、世界は動いてる。」

「……撮った?」


「そう。あなたが再生を始めた。

 でもね、神谷さん。——あなた、知らないんですか?」


神谷は黙った。

結衣の目が、鏡のように反射している。

その奥に“もう一人の自分”が映っていた。


「知らないこと?」


結衣が微笑んだ。

「この世界を撮っていたのは、あなたじゃない。」


神谷の心臓が止まりそうになる。

「誰が……撮った?」


結衣は囁いた。

「——私よ。」


空気が凍る。

彼女が一歩、前に出た。

その動きに合わせて、周囲の景色がわずかに“巻き戻る”。

ペンが倒れ、時計の針が戻り、光が反射する。


「あなたは私の観測記録の中で動いてる。

 あなたが“見た”と思っていた時間は、

 私が保存していたフレーム。」


神谷は後ずさる。

「……違う。俺が再生したんだ。お前を救うために——」


「ええ。そう“プログラムされていた”。」


彼女の笑顔が静かに崩れた。

声が二重に重なり始める。

霧崎蓮の声、結衣の声、どちらともつかない。


『観測は完成した。

観測者は、被写体に置き換えられる。』


神谷は耳を塞いだ。

「やめろ……!」


『これで、君は記録された。』


部屋がノイズに包まれる。

光が粒子化して、映像のように分解されていく。

世界が“再生”から“停止”へと戻り始めた。


神谷は叫んだ。

「結衣——お前は、どっちの世界にいる!」


結衣はゆっくりと彼に顔を向け、

まるで答えを知っているかのように囁いた。


「あなたが、見てる方よ。」


そして世界は再び、静止した。

——今度は、彼女のシャッター音で。

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