青嵐
「おい」
前を歩いている君が、ハンドサインで僕を立ち止まらせる
「やべーぞ、カメラ有る」
僕達はいま、カップルとかが入るようなホテルの廊下に居る
二人とも男子高校生で…
……………違う、誤解しないで欲しい
みんなが考えるような理由で個室に入ろうとしているのでは無い
具体的には僕の生命維持上の問題を解決する為、僕たちは今から個室に二人で入ろうとしている
「ところでお前…」
「本当にヘンな事はしないんだよな?」
思案していると、君が僕に耳打ちした
僕はふふっと笑うと「するよ」と答える
君が頬を赤くしながら後ずさった
「おい……」
「考えてもみなよ、『吸血』って十分ヘンだろ」
誤解を解くため、僕は『するのは吸血だけだよ』と説明する
君は恥じらいながらも、少しほっとした様子だった
先程少し触れた通り、僕の生命維持にはそこそこ問題が在る
僕は残念なことに、後天的な吸血鬼化を果たしてしまった
理由に付いてはいつか話すかも知れないが、そんな事よりも切実に『食餌』の獲得に困っている
多くの似た境遇の人たちは、飢えに負けて闇雲に人を襲っては『対処』されているんだけど、僕は幸運な事に理解の有る友人から血液の提供を受ける事が出来ている
ただ、これにも問題が多く存在していて……
例えば、現状の僕たちのやり方だと吸血の『現場』に異常な量の血痕を残してしまう
恐らく正統なやり方ではこんな汚い食べ方なんかしないんだと思うけど、僕は生まれつきじゃないせいで、まだ勝手が掴めていない
今回は実験の一つとして、普通の場所よりは血痕が残ってもおかしくない、ホテルでの吸血を行おうと提案していたのだった
「とりあえずさ、カメラの前だけは別々に行動して通過しよう」
君に先に行くよう指示を出す
ふと、『自分はそこまでして男友達と部屋に入りたいのか』と疑問が浮かんだ
普通にいま、僕たちは『交際していると思われてもおかしくない行動』をしている
しかも客観的には『早く性的接触をしたいが為に焦って急いでいる』ようにすら視える筈だ
それだけでなく、いま二人で部屋に入る為に執念を燃やし知恵を絞っている………
───やめよう
まずは血が欲しい
全部あとで考えよう
きっと、血を飲んだら頭も冷静になるから
気が付けば、カメラの前を渡り終えた君が心配そうに僕を見ていた
僕は疲れた顔でもしてるのだろうか
君の所へ急ぐ
少し小走りになってしまったかも知れない
君の手首を掴むと、一番手近な『空』表示の部屋へ君を引っ張る
君が「おい、この部屋高いの?それとも安い?」と怪訝そうに尋ねる
他にも色々慎重に行動したそうな雰囲気が感じられたが、結局僕は吸血鬼の腕力に任せて無理やり君を部屋に連れ込んでしまった
部屋に入ると、僕たちの後ろでオートロックが閉じる音がする
一畳も無いような下足の空間と思しき場所で、僕の荒い呼吸の音だけが聞こえていた
君は怖そうに、心配そうに僕の顔を覗き込んでいる
我慢が出来なくなり、僕はまだ服はおろか靴すら脱いでいない君の喉に、獣のように歯を立てた
「お前、まじでさぁ………」
不愉快そうな声を上げながら、君は後ろに崩折れながら僕を両手で誘う
口内に少しだけ広がった赤色に僕はすっかり狂ってしまい、君に抱かれるような姿で伸し掛かった
状況だけ視れば僕が君を暴力で襲っている筈なのに、それは母が子を抱く姿の様にも思えた
「我慢出来ない、するね」
大きな唾液の音を立てながら、僕は執拗に君の喉に歯と唇を押し付ける
声を出しても構わない構造の部屋だったので、僕たちは、いつもなら出さない様な声で吸血に耽った