俊紅の王
南沢 悦子。
それが自分の名前だ。
決して浪川 栄子などでは無い。
数ヶ月前、父の実家から帰る途中、飲酒運転の車を避けようとして悦子とその家族が乗る車が事故にあった。
悦子は車外に投げ出され、父は事故の原因となった車の搭乗者に助けを求めたが、事もあろうにその相手は父に暴力をふるい、その場から逃げてしまった。
父はその時、頭を強く打ってしまい死亡。
母も車内で出血多量で命を落とし、悦子も車外で苦しみながら死んだ。
その時、通りがかったドッペルゲンガーが悦子の血を飲み、彼女を取り込んだ。
そしてそのドッペルゲンガーに栄子が自分の血を飲ませ、『浪川栄子』にした。
したつもりだった……。
結論から言うと、浪川栄子より南沢悦子の強い恨みを持った人格が勝り、その力で復讐をはたそうとしていた。
「あのとき確認できた相手の人数は3人。男2人に女1人。けど、車内にまだ人がいたようだった。まず、わかっている3人を見つけ出し、そいつらから残りの素性を聞き出す」
そう言って事故の原因となった車を見つける。
「この町工場の従業員か何かかしら……」
「安うけあいして良かったのですか? 何を運ぶのかも教えてもらえませんでしたし」
「まぁ、色々とわけありな代物なのは確かでしょう。こちらも匿ってもらっている立場ですし」
総士が呉夫から受けた仕事。
それは、とある倉庫で荷物を受け取り、それを指定された場所まで運ぶというモノなのだが、ラードンは乗り気ではないようだ。
用意されたトラックは、荷台が囲まれた箱型の物。
運転手と作業員が3人別におり、輸送や荷物の積み下ろしは彼らが行う。
総士達はこの荷物を守るのが仕事だった。
呉夫の工場から出発し、予定通り荷物を受け取った総士達。
すでに半分仕事を終えたようなものだったが、想定していない事態になる。
走行中のトラックが強い衝撃を受け、荷台にいた総士達に緊張が走る。
「何ですか?! 事故でも起こしたんですか?! これは面倒な事になりましたねぇ」
そう言って運転席の方に行き、総士は声をかける。
「どうしたんてすか? 事故ですか? 返事をしてください」
しかし、運転席の方は何やらパニックの様で、総士の声は届いていない様子だ。
『……けてく……』
『ばけもの……』
「化物?! ちょっと、いったい何があった?!」
総士と房士、ラードンの顔色が変わる。
荷台の天地がひっくり返り、ただ事ではないと理解する。
「外に出ますよ。まずは敵を確認しませんと」
「荷物の側にいなくていいの? お兄ちゃん?」
「コンテナの中からでは何もできずに殺られるだけですよ? 時にはリスクを取らないと!」
「外の様子が分からな事には、どうにもなりませんよ」
ラードンも総士と同じ意見のようだ。
荷台の戸を開け、外に飛び出す総士達。
その直後、トラックが持ち上げられ、勢い良く道路に叩きつけられる。
「ほらね。中にいたら、ただじゃあすみませんでしたよ」
「さすがお兄ちゃん!」
「感心している場合ですか。まず、外で何があったのか確認ですよ」
『たっ、助けてくれぇ!』
「まだ襲われているようですね。丁度いいです、襲撃者を見てみましょう」
ラードンに促され、声のする方を覗いてみると、髪の毛が蛇の女に運転手の男が首を掴まれて宙吊りになっていた。
「作業員の2人は見えませんね。逃げたんでしょうか?」
「たぶん、あの石像がそうなんでしょう」
手の無いラードンが顔で指した方向に、確かに石像らしき物が2つあった。
「まさか……メデューサ?!」
ようやく女の正体に気づいた房士が叫ぶ。
「バカ! 静かにしなさい! 見つかったら私達も石にされてしまいますよ!」
しかしラードンは、女がこちらに気づきながらも特に気に止めていない様子なのを目撃する。
「とりあえず邪魔さえしなければ襲ってくる事は無さそうですね。今のところは……」
「しかしあの女、荷物では無くあの運転手に用があるみたいですねぇ。一体どういう関係なのでしょう?」
ようやく仇の1人を見つけた南沢悦子。
栄子の能力を使い、その仇を宙吊りにする。
「おまえが3ヶ月前に事故を起こした時、一緒に乗っていた奴らの名前と居場所を教えろ」
栄子が最初に乗っ取った、メデューサとコンビを組んでいたドッペルゲンガー。
彼女はメデューサの血だけではなく、人妖機関に捕まった羽月達から情報を得るため呼ばれたさとりに成り代わるため、その血を得ている。
血を飲まされ、栄子にされた時、その力も受け継いでおり、それを使って運転手の心を読む。
左手で首を掴み宙吊りにすると、右手で運転手の男の所持品を探る。
スマホに財布、車のキーを奪い取ると、男をから手を離す。
刹那、鋭利な爪で男の頬を切り裂き、その指先についた血を取り込む。
男の心を読み、血を取り込む事でいつでもこの男になれる悦子にとって彼は用済みだった。
「さぁ、私の目を見なさい」
そう言って、運転手の男を石に変えると女は足早に去っていった。
「何だったんですか……」
「お兄ちゃん、大変だ。荷物の中身が……」
房士の言葉を聞いて慌てて荷物のところまで戻る一同。
そこには、荷物を入れていた木箱の残骸がた散らばっていた。
「危惧していた事が現実になったわね」
「まさか、待ち伏せ場所の手前で襲われるとはね」
「どうする? あきらめる?」
最悪のタイミングの襲撃に慌ただしい栄子達。
「とにかく見つけ出すのよ。『最初の俊紅』、ソロモン王を」




