始動3
「宝玉は回収したわ」
真央の言葉を合図に、翼を広げるヴァンパイア達。
彼女達が身に着ける怪盗の衣装は背中が大きく開いており、エリスの大きな翼の出し入れにも支障が無い。
「そいつを連れて行くの?!」
リリスが光師の肩を担ぐのを見てエリスが叫ぶ。
「ええ。この人には聞きたい事も言いたい事も、いっぱいあるから」
母の返答にため息をつくエリス。
リリスとは反対側の肩を担いで翼を羽ばたかせる。
「逃がすか!」
偽の光師が脱出を阻止しようとするが、光師が指笛を吹くと、壁に描かれた絵の獣達が飛び出してきて、偽者と総士に襲いかかる。
「こっちの支配権までは手が回らなかったか……」
力無く呟く光師。
「行くわよ!」
エリスが掛け声をかけ、ヴァンパイア達は一斉に飛び立つ。
「みんな、なるべく集まって。隠形の結界を張るから」
梨央の言葉に従う一同だったが、後方から追手の気配がする。
「鳥の獣人?! 隠形の結界が張ってあるのに、真っ直ぐこっちに向かってくる!」
「真央、宝玉を亜空間にしまって! これに引き寄せられているのかも!」
梨央に言われて、慌てて宝玉を亜空間結界に封じる真央。
「ダメ! こっちに真っ直ぐ突っ込んでくる!!」
そう言うとアリスは集団から離れ、追手の迎撃を試みる。
「アリス?!」
「行って! 何とかするから!」
追っ手の中では最速とも言える隼の獣人。
いや、鳥人にカウンター気味にパンチを見舞うアリス。
その一撃は、地面に向けて振り下ろす事で、対象を地に叩きつける。
そんなアリスに2人の追手が追いついてくる。
1人はアリスに、もう1人は真っ直ぐ真央たちを目指す。
「やっぱり位置がバレている?!」
追っ手の動きを見てアリスは確信する。
アリスに向かって来た鳥人は、おそらく猛禽類。
少女の姿に猛禽類の翼と尾羽が生えただけという外見で、先ほど叩き落とした少女もそうだったが、月宮の制服を着ている。
「あの儀式で獣化した娘……」
ためらいはあったが、迷わず行動できるのがアリスの強さ。
鋭い突きを掴んで、真央達を追うもう1人目がけて投げつける。
不意に飛んできた仲間に驚き、受け止める追っ手の少女。
しかし、放り投げられた少女越しにアリスの体当たりを食らい蹴散らされ、体当たりをモロに食らった少女は意識を失い落下していく。
「くっ!」
と、歯を食いしばって真央達を追っていた少女は、空中で体勢を立て直すが、背後からアリスのドロップキックを食らい墜落していく。
「すっご〜い。やっぱりただ者じゃなかったのね。佐伯さん」
おそらくは残りの追手。
その1人がアリスの戦いぶりに拍手を贈る。
「烏間さん……」
呟くアリスの視線の先には、烏の翼と尾羽を生やした烏間香子がいた。
「さしずめコウモリの獣人ってとこかしら。凄いわ〜」
「貴女も獣化させられて……」
「勘違いしないでね? 確かに目覚めたばかりの頃は混乱していたけれど、今は理事長達に感謝しているのよ? 昔はよく、突発的に攻撃的な衝動に襲われて、友達や家族を傷つけてしまったわ。その原因が私に流れる獣人の血だって教えてもらって獣化して、ようやく抑え込めるようになったの。これで私は人間として家族の元に戻れるの」
月宮女学園に通う生徒は過去に問題を起こした者が多い。
全てではないが、その原因が獣人の血による者が一定数いるのだろう。
この烏間香子の様に。
「先輩も、これで弟さんに大手を振って会いに行けるじゃない」
香子が話を振ったもう1人の追手。
それはあの日、獣化の儀式で目覚めた2人目の少女だった。
他の少女達のように、翼と尾羽。
そして彼女は両足も猛禽類のソレに変化していた。
「貴女達が納得していると言うのならあたしは何も言わないわ。でもわかっているの? 妖として目覚めた以上、貴女達の友達や家族とは違う時間で生きていく事になるのよ? 両親が老い、友人や兄弟が成長していっても貴女達はほとんど変わらない姿でいる。貴女達はソレに耐えられるの?」
これは言葉を紡いだアリス自身にも言える事だった。
彼女が弟の様に見ている甥っ子の走矢。
人間である彼はすぐにアリスを越えて大人になり、老いていくだろう。
しかしこれは姉が人間と結ばれた時から想像できた事で、その未来を飲み込んでアリスは走矢に姉と呼ばせている。
それは母や姉のエリス。
更には義理の家族になる理奈や玲奈。
走矢の同級生の桜達にも言えることだろう。
しかし、つい最近妖となった香子達はどうだろうか?
突然、妖になり、人間と違う時間を生きる事になった彼女達はこの事を理解し、折り合いをつけられるのだろうかと、アリスは危惧していた。
「なぁ〜んだ、そんな事を気にしてたの?」
不気味に微笑む烏間香子に、思わず寒気を覚えるアリスだった。
「じゃあ、またあとでね〜」
場所は人妖機関、上沢支所。
エリスや清十郎が所属するこの支所に放課後、走矢と桜達、それに玲奈が訪れていた。
桜達は綾瀬姉妹に面会に、走矢は母の状況を知るために清十郎を訪ねていた。
2階で桜達と別れ、清十郎を待つ走矢と玲奈。
理奈は臨時教員としての仕事が残っているため、遅れて来るとの事だ。
「走矢、すまんな。こちらもバタバタしていて」
背広姿の清十郎が早足でやってくる。
「あっ、いえ。こちらこそお手をわずらわせて……」
「エリスさんの事だが動きがあってな。何でも宝玉の番人の様な強力な妖が教会を離れたとかで、急遽宝玉の奪取に動く事になったんだ」
「宝玉の奪取?! あの、それで首尾は?」
「まだ報告は無い」
「そうですか……」
「今は連絡待ちだ。何か飲み物を買ってこよう。何が良い?」
「カナちゃん達、大丈夫かな〜。外にも出れないんでしょ?」
「一応、少し前まで女子高生のフリをしていた妖達が居るから、退屈はしないんじゃない?」
「いや、そもそもあの連中に囲まれているって言うのが心配の種だろ」
「え〜と、お菓子にお菓子にスナック菓子……。差し入れ全部食べ物じゃない」
「あら、飲み物が無かったわね」
「そうじゃなくって、漫画とか雑誌とか。差し入れってもっと色々あるでしょ」
「うわっ。咲花の言うとおり、食べ物ばかりだなぁ」
?!
その時、一同の動きが止まる。
あまりに信じられない事が起きた事でプレッシャーで身体が硬直しているのだ。
「これってまさか!」
ようやく言葉を絞り出す桜。
「ええ。信じられないけれど……」
春香が眼鏡の位置を直す。
「この支所の結界が、一瞬で消えた?!」
顔面蒼白の咲花が震えながら嘆く。
「これで結界は消えました」
支所がよく見える高台で修道女姿の女が言う。
「よし! 作戦開始!」
修道女の言葉を受けて、ワータイガー井岡 虎次郎こと、大河 虎次郎が総指揮をとる。
「いいのか五郎兄者? あんな奴に指揮を任せて?」
怪訝そうな顔で六郎が尋ねる。
「やらせておけはいい。それよりも、一郎兄者達のことを常に頭の片隅に置いておけよ」
依頼主がよこした指揮官に指揮は任せ、捕らわれた兄弟の救出に重きを置く。
五郎の真意を読み取った六郎はその言葉に従う。




