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魔女裁判

「とりあえず、みんな無事だな!」


 走矢に取り憑いている温羅が叫ぶ。


 いや、本人は普通に話しているつもりなのだろうが、何かと豪快な性分(しょうぶん)なため、こうなってしまう。


「まさか鬼の王様が走矢と繋がっていたなんて……」


「王様だなんてよせやい。ただの年寄りだ!」


「いったい走矢くんと、どういう繋がりで……」


「昔、坊が小さかった頃、襲われてんのをたまたま感じ取ってな。俊紅の繋がりを使って助けた事があったんだ。それ以来、ちょくちょく様子を見てたんだが、どうも厄介なヤツに目を付けられちまったみたいだな」


「走矢が襲われていたってあの女、何をやっていたのよ!」


「あの女ってかぁちゃんの事か。居たぞ、すぐそばに。ボロボロになってな。かぁちゃんは坊を必死に逃がそうとしてたんだが、坊が言う事聞かなくてな。そこに俺が駆けつけたってわけだ」


 その話を聞いて桜と春香はエリスが苦戦するほどの強敵と解釈したのだが、玲奈は違った。


 もしかしてそれは新矢を失った時期で、精神的に弱っていた頃なのではと。




 その頃、エリスも当時の事を思い出していた。


 新矢を失い最悪の精神状態のなか、走矢を守るために戦ったのだが身が入らず、劣勢にたたされてしまった。


 あの時、『自分はもういい』と無責任な衝動に支配され、走矢を逃して新矢の後を追うつもりだった。


 いや、明確にそう考えていたわけではない。


 ただ、気持ちがそちら側に傾いていたのは確かだった。


 しかし、息子は逃げるどころか母を守るために『敵』に立ち向かい、なぶられていた。


 走矢は自分を置いて逃げるような子供ではない。


 そんな事は十分わかっていたはずなのにと、自分の愚かさを呪った。


『お母さん、僕の血を飲んで。お母さんだけでも生きて』


 そう言って這いよる息子を楽しそうに『敵』が蹴飛ばす。


 まだ小さい息子は勢い良く転がって行き、それを見て『敵』は大爆笑していた。


 最初から真面目に戦っていれば、十分に勝算はあった。


 しかし、自分の辛さから逃げ出すためにそれを(おこた)り、今我が子にそのしわ寄せが来ている。


 最後の力を振り絞り『敵』に向かっていくが、反撃を食らいあえなく意識を失う。


『ガキ相手にイキり散らかしやがって。クズ共が!』


 その声でエリスは目を覚ました。


 それは走矢の声の様で走矢の声ではなかった。


 そして走矢を狙っていた『敵』は、バラバラに引きちぎられた姿になっていた。


 あの日以来、エリスは考えを改めた。


 自分の命は自分1人の物ではないと、自分が死ねば走矢も生きていけないと。


 それは俊紅だから狙われると言う事だけではない。


 自分を守るために盾になるかもしれない。


 血を飲ませるために傷つき、大量の血を失うかもしれない。


 自分の命を粗末に扱う事は、走矢の命も粗末に扱うと思い知った。


「ボーッとしちゃって。いきなりホームシック?」


 不意に母、リリスが話しかけてくる。


 場所は月宮学園の教室で、今は休み時間。


 双子という設定のエリスとリリスは2年2組に転入していた。


 そこでの休み時間での事だった。


「そうね……」


 エリスはあっさりと、母の指摘を認める。


「随分、素直に認めちゃうのね?」


 どうやらこれは、想定外のリアクションだった様だ。


「あの子の小さかった頃の夢を見たわ。私の愚かさで、あの子を酷い目にあわせてしまった時の夢よ……」


「朝、目が腫れていたのはそのせいだったのね?」


 やはり母は気づいていたかと、ため息をつくエリス。


 そしてもう1つ。


 まさか自分がここまで子離れできていなかったとは……。


「走矢も同じくらい寂しがっていないと、割が合わないわ」


 理不尽な要求が、息子に突きつけられる。




 一方、上沢高校では首謀者と思われるオークとコボルドが撃退され、一応の落ち着きを取り戻そうとしていたのだが……。


 教室に戻ってきた直と咲花は目をまん丸にして、中の光景を見ていた。


「よって検察は被告に極刑を求めます」


 凛とした声で玲奈が言い放つ。


「異議あり! 状況は非常に切迫しており、被告の行為はやむを得ない処置でした。我々弁護団は被告の無罪を主張します!」


 眼鏡をクイッ、といじりながら春香が反論する。


 教卓に自称検察の玲奈が、1番後ろの席に自称弁護団の春香が陣取り、その中間に桜が立たされていた。


 ションボリとした桜の様子から、被告が彼女を指しているのがうかがえる。


「えっ、何これ? 何が始まっているの?」


 疑問を投げかける咲花。


「いや、それが……。結構苦戦して桜が大ダメージを受けたから俺の血を飲ませたんだけど、それが原因で裁判が始まっちゃって……」


 咲花達は気づいてなかったが、出入り口付近で走矢は傍聴させられており、その彼から説明を受ける。


「やむを得ない処置と言うのは認めます。でもそれと私の走矢の『吸血童貞』を奪った事とは何の関係もありません! よって極刑を言い渡します!!」


「姉さん、その(吸血童貞って)言い方やめて……」


「検察官だったのに判決出しちゃってる」


「もう設定がメチャクチャね」


 走矢、直、咲花の発言に反応したのか、恐ろしい形相でそちらを向く玲奈。


「だって走矢、今まで一度も吸血された事なかったんでしょ? 私のために吸血童貞を守ってきたんでしょ?」


 玲奈の言う吸血童貞とは、ヴァンパイアの一般的な吸血方法である、牙を使った吸血という意味らしい。


 確かに今まで、母は加護のために噛むことはあっても血を吸う事は一度もなかった。


 羽月の事件の時も母に口移しで飲ませて……。


 これは絶対に言わない方が良いと判断する走矢だった。


 キメラ栄子との戦闘の時、窮地(きゅうち)の桜達を助ける(さい)、出血する血を口に入れたりもしたが、吸血はされていなかった。


「あれ?!」


 何か思い当たった走矢だが、あえてその言葉を飲み込んだ。


 冷静に思い出すと桜よりも前に、走矢から吸血したヴァンパイアがいたのだが、その人物の名前を出すと、大迷惑がかかるのは目に見えている。


 黙っておこうと心に決めた矢先、


「ああっ! いたっ! 桜よりも前にオリちゃんがソウちゃんから吸血したよね!」


「オリちゃん? ああっ、火織(カオリ)さんの事ね。確かに……」


 直と咲花があっさりと名前を出す。


「誰?! 誰なの! その女ぁぁぁ(ヴァンパイア)!!」


 2人に掴みかかる玲奈。


「ひいっ! むっ、娘の小夜ちゃんを救うのにどうしてもソウちゃんの俊紅が必要だったの」


「むっ、むすめ……。だまされているわよ、走矢。托卵よ! 認知させる気よ!」


「姉さん、本当に1回落ち着いて!」


「もう無茶苦茶ね……」


 春香が眼鏡を拭きながら虚空に向かって呟く。


「走矢の最初のヴァンパイアになるのは私なの〜」


「何か『最初の男』みたいなこと言ってるし……」


 同じポーズのまま、再び春香は呟いた。

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