俊紅2
「失礼します」
お昼休み、そう言って保健室の引き戸を開ける愛美。
「相沢先生、いらっしゃい」
愛美を出迎えたのは保険医の来島 紗由理。
身長180cm近くある長身の女性だ。
「貴女のクラスの高城さん、高城 絵理子さんね。今はだいぶ良くなったわ」
走矢達のクラスメイトの高城絵理子。
中休み中に気分が悪くなり友人に連れられて保健室に来た少女はベッドに腰掛けて、紗由理と何やら談笑中だったようだ。
「午後の授業は出れると言っているわ」
紗由理の言葉を聞いてひと安心の愛美。
絵理子の様子を目撃した生徒の話だとかなり辛そうだった、と聞いていたので心配していたのだが彼女の元気そうな顔を見て胸を撫で下ろす。
『なんか、死人みたいな顔してたわ』
とはエリスの談。
「ほんとに、死人だなんて脅かさないで欲しいわ」
「あら、相沢先生。来てらしたんですね」
愛美を背後から呼ぶ声。
「浪川先生」
声の主の名を呼ぶ愛美。
走矢達のクラスの副担任、浪川 栄子。
彼女もまた高城絵理子の容体が気になり保健室を訪れたのだった。
「しっかし本当に弱くなったな」
「狂犬の名が泣いちゃうよね。ワンワンって」
放課後、桜と直が春香の昔話をはじめる。
「うう……、その話はちょっと勘弁して……」
「そんなに昔の春香ってヤバかったのか?」
「まぁな、西中の狂犬って言えば俺らの地元でも有名だったぜ」
力無く嘆願する春香を見て疑問に思う走矢とそれに応える桜。
走矢には信じられない話だが、中学時代の春香は荒れていて他校のにもしょっちゅうチョッカイを出していたいたというのだ。
「走ちゃん、東中だっけ? そこまではチョッカイかけてなかったんだね。昔は桜とよく殴り合いの喧嘩をしていたんだよ。同じクラスになって名前を聞いたときは同姓同名の別人かと思っちゃった」
「眼鏡かけて髪伸ばしてんだもんな。わかんねぇっつうの」
「殴り合いって、穏やかじゃないな……」
「桜は桜で血桜なんてあだ名が付いてたぐらいよ」
「オメェが仕掛けてくるから仕方なく対応しただけだろうが。こっちからチョッカイ出した事なんて一度もねぇぞ」
当時の桜のあだ名を出して反撃を試みるがあっさり返り討ちにあう春香。
「咲花は知らなかったのか?」
「なんかそういう人がいたのは聞いたことがあったけど、それが春香だって知ったのは割と最近よ」
「咲花は天使だからね。血なまぐさい揉め事とかには縁がなかったんだよ」
「はぁ〜、まさか昔の事を暴露されるとわ〜」
自室で机に突っ伏す春香は昔の事を思い出していた。
春香が昔、荒れていたのは事実で誰彼かまうことなく噛みつく事から狂犬のあだ名で通っていた。
彼女が荒れていた理由。
中学生になった頃、小学生時代からの友人がイジメられているのを見て助けに入ったのだが、そのとき上手く手加減できず、相手に大怪我を負わせてしまったのだ。
それ以降、仲の良かった友人達からも距離を置かれて孤立するようになってしまった。
ある雨の日、方々に喧嘩を売ったせいで一斉に反撃されてボロボロになっていた春香。
当時はショートヘアで制服のセーラー服を着ていた。
裏路地で地面に腰を下ろし、片膝を立てていると視線を感じた。
自分と同じくらいの歳の少年が傘をさして春香に近づいてきていたのだ。
「なんだテメェは!」
精一杯、威嚇する春香。
「パンツ見えてるよ」
「見せてんだよ。拝んどけ、なんかご利益あるぜ」
少年は何だそれ、と苦笑する。
「君、ヴァンパイアでしょ、そうとう弱ってるんじゃない? 家まで送って行くよ」
そう言って春香をおぶろうとする少年。
「おい、触んな。ブッ飛ばすぞ」
「すればいいじゃん、そんな元気があるんなら。傘持って」
そう言うと少年は春香をおぶって傘をもたせる。
「家はどこ? 送っていくから」
「おいっ、馬鹿かテメェは。見ず知らずのヴァンパイアなんかおんぶしてたら首筋をブスっとやられるぞ」
「吸ったらいいじゃん。少しは回復するかもよ」
「けっ、んな恩を仇で返すような真似できるかよ……。なぁ、なんであんな事になっていたかって聞かないのか?」
「ご利益を振りまいていたんじゃないの?」
「一発ネタをひきずんじゃねぇ」
言いながら少年の頭を手に持った傘の柄でトントンと軽く叩く。
「話したいなら聞くし、話したくないなら言わなくていいよ」
「……、これはあたしの友達の話なんだけどさぁ……」
「ああ、見えてきた。あの家だ、もう歩けるから下ろしてくれ」
住宅街の中の2階建ての一軒家を指差す春香。
「ダメダメ、ちゃんと引き渡さないと安心できない」
そう言って家の玄関まで行くと少年はインターホンを鳴らす。
インターホンから聞こえてくる声を聞いて春香はゲッ、となる。
「下りる下ります下ろしてぇ〜」
少年の背中で暴れる春香。
「わかったって、下ろすからそんなに暴れない」
ジタバタする春香を下ろすと同時に玄関のドアが開き、長い黒髪に眼鏡をかけた清楚そうな女性が現れる。
「ハルちゃん?! また喧嘩したの!!」
女性の言い方から察するに、こんな事をしょっちゅうしているようだ。
出迎えた女性、春香の姉、秋奈何度もお辞儀をして少年に礼を言う。
名前も住所も告げずに帰っていく少年の後ろ姿を見送る春香。
彼女はコッソリと自分のポケットから生徒手帳を取り出す。
それはあの少年のポケットから抜き取った物だった。
素直に感謝の言葉を述べて彼と仲良くなれれば良かったのだが、当時の春香にそれは至難の業だった。
それでも彼の手がかりが欲しくて、ついこんな手癖の悪い事をしてしまったのだった。
もちろんこれは、翌日彼の家のポストに返しておいた。
少年の名は佐伯 走矢。
後輩のヴァンパイアに聞いてみると地元では結構有名らしい俊紅の血の持ち主だとその時知った。
簡単に顔写真が手に入るあたり、彼の情報を欲しがる者がいてそれなりの情報が流れているのだろう。
そして彼の志望校も知ることができた。
ランクで言えば中の中。
並の学力があれば、まず落ちる事は無いレベルなのだがこれまでまともに授業も勉強もしてこなかった当時の春香にとっては非常に高難易度の高校だった。
勉強のできた姉に頼み込んで教えてもらい、なんとか走矢と同じ高校への入学をはたした春香。
しかし、無理な勉強がたたって視力がガクンと落ちてしまい、眼鏡が必須になってしまったのであった。
先の羽月との戦いでは眼鏡を気にかけて、十分な実力が出せなかった春香。
「いざというとき、走矢を守るって同じ高校に進学したのに……」
眼鏡を机の上に置いてため息をつく春香。
「にしても拝んどけって何よ?! あ〜、これもう暗黒史だわぁ。穴があったら入りたい……」
「あらハルちゃん。貴女は入る方じゃなくって入れる方でしょ」
いつの間にか部屋に入ってきていた姉が笑顔で訂正する。
「私がこんな性格になったのは絶対姉さんのせいだわ……」
その頃、走矢も偶然謎のヴァンパイア少女を助けたときの事を思い出していた。
「あの娘は『拝んどけ』だったけど、お姉さんはおしとやかで清楚そうだったよな。今頃少しは女の子らしくなってんのかな……」




