予兆3
「依頼継続の話を受けるだと! 兄者達の救出が最優先だろ!」
「落ち着け六郎。無論、兄者達の救出は俺も考えている。だがもし、ここに一郎兄者が居たとしたら、お前の考えに異を唱えただろう」
威勢よく、五郎に掴みかかった六郎だったが、その言葉に押し黙る。
確かに責任感の強い一郎ならば、依頼を途中で投げ出すような真似はしない
「それにだ、依頼主は増援を送ると言っている。戦力が多い方が兄者達の救出の成功率が上がると考えれば、依頼を継続した方がこっちにもメリットがある」
「しかし、増援が来る前に兄者達が移送される可能性だってあるんだぞ?」
「その通りだ。だから依頼主とは別に戦力の増強を図ることにした」
そう言って六郎の前に自分のスマホを差し出す五郎。
その画面に写し出された人物達を見て、六郎は絶句する。
「五郎兄者は何を考えているんだ!」
リザードマン兄弟の6男、六郎の怒鳴り声が潜伏さきのホテルに響き渡る。
「落ち着け六郎。五郎に全指揮を任せると言い出したのはお前だぞ」
そんな六郎をたしなめる二郎。
「二郎兄者は平気なのか?! あんな奴らと組むなんて!」
今度は二郎に食ってかかる六郎。
「平気なわけ無いだろ。だが、五郎の言うとおり、味方につければ頼もしい連中だ。兄者達を救出するためにもアイツ等の力は必要だ」
五郎が独断で呼び寄せた助っ人戦力。
それは『凶星』と呼ばれる人間の戦闘集団だった。
暗殺、殺りくといった対象の命を奪う行動を主とし、血の浄化計画の時もとある富豪に雇われ、多くの獣人達を葬った。
リザードマンという妖は獣人ではないが、彼らに近い種族で交友関係もあり、人間からの報復で命を狙われる獣人達を匿うことがあった。
そんなリザードマン達の隠れ里を襲撃してきたのが先に名が出た『凶星』。
匿った獣人もろとも里の住人達を皆殺しにした最凶集団は一晩で数百人の妖を葬ったと言われている。
リザードマンの隠れ里はいくつもあり、その全てが襲われたわけではないが、凶星の存在は獣人側にあっという間に広まり、悪名を轟かせた。
「ねえ走矢。少し歩かない?」
月宮への潜入を翌日に控えたエリスが、息子を夜の散歩に誘う。
母が距離を置くようになる前、仕事から帰ってきた彼女と散歩をする習慣のあった佐伯家。
最後の夜の散歩は小学生の頃だったろうか?
近所の公園のベンチに、2人は腰を下ろす。
「昔は公園まで、もっと距離があったような気がしてたけど……」
「アンタが大きくなったから、すぐ着いちゃったわね」
確かに昔は母が自分の歩くスピードに合わせてくれていた。
「その……。しばらく家を開けることになるけど、大丈夫?」
大丈夫だって、そう返そうとして走矢は気づく。
父が死んでからずっと2人で生活してきた事に。
一瞬、言葉を詰まらせた我が子を見て、少し困ったような笑みを浮かべて、エリスは走矢を抱きしめる。
「母さんもよ」
その一言で、母も2人っきりで生きてきた時間を思い起こしていた事が伝わってくる。
気をつけてね。
そう言うはずが、口をついて出た言葉は違った。
「なるべく早く帰ってきてね」
それは幼い頃、仕事に出かける母に向けられる言葉だった。
「うん……」
エリスはそう言うと、息子の頭を優しく撫でる。
月宮への転校当日。
ヴァンパイアである事を隠すため、翼と牙を仕舞い髪も黒く染め、佐伯姓を名乗る三姉妹。
直の両親である美島 真央と美島 梨央。
計5名が体育教師の男に校内を案内され、一段落がついた頃、リリスは男性教員と、人気のない場所にやってきた。
「まさかいきなり貴方と遭遇するとはね……」
「俺もまさか、生徒として入り込んでくるとは思わなかったぞ」
男の名前は拝 獣悟。
26年前、リリス達が匿った獣人の女性、涼城 銀杏の兄で、彼女の夫、一也と、その間に産まれた娘、杏を手にかけたワーウルフだ。
「銀杏さんは……」
当時、無理やり連れ戻された女性の身を案じるリリスだったが、
「死んだよ。あの後、自ら命を断った」
その言葉を聞いて静かに首を横に振る。
「満足?」
「まさか……」
苦笑する獣悟。
「なら、なんでいまだにこんな事、続けているの?!」
「今さら後に引けるか」
そう言いながら獣化する。
「私達の事は?」
「これから上に報告する!」
そう言ってエリスに襲いかかる。
人間として転校してきたリリス達の制服には翼を出す穴は開いていない。
翼を出すなら服をやぶくしかないのだが、できればそれは避けたい。
ワーウルフの攻撃を紙一重でかわすと、手の爪を伸ばし、それでカウンター気味に切り裂く。
怯んで後退するワーウルフだが、高い再生力を持つ獣人。
今くらいの攻撃では、威嚇程度にしかならない。
パーン、と音を立てて両手を合わせるリリス。
感知系の結界を張り、攻撃を先読みする準備に入る。
連続で振り下ろされる爪の攻撃を全て回避するリリス。
いつの間にか靴を脱いでいた足の爪が伸び、ワーウルフのスネを貫通する。
痛みに耐えるワーウルフ。
リリスは爪を抜く事なく、足の指先でそれを折り、腹部への前蹴りに切り替える。
ワーウルフはそれを咄嗟にガードするが、上を向いた足の爪が、今度は彼の顔面に向かって伸びる。
必死にのけぞってそれを避けるが、体勢が崩れたその腹部に、再びリリスの前蹴りが放たれ、ワーウルフは吹っ飛ぶ。
「まだやるの?」
「当然だ!」
威勢よく応えるワーウルフだったが、立ち上がるのが精一杯のようだ。
「貴方だってもう、終わりなしたいんじゃないの? こんな事……」
「そうだな……。だが、俺が終止符を打ちたいのは獣人という種族の歴史にだ!」
ワーウルフは吐血しながら咆える。
「もう戻れない一線を越えているんだよ。杏を手にかけた時から……。他の連中だってそうだ。奪い過ぎた挙句、全てを奪われ、引けなくなっている……。もう、行くとこまで行くしかないのさ……?!」
話の途中、何者かが背後からワーウルフを突き刺し、その息の根を止める。
「誰?!」
「ようやく見つけた血の浄化の中心メンバー。悪いがもらい受けるぞ」
そこに居たのは中性的な女子生徒で、手早くワーウルフの首を切り落とす。
「貴女いったい……」
「流崎 凶、凶星だ」
その言葉に、リリスは凍りつく。




