予兆
「ねぇ、さっきからご両親ご両親って言っているけど、お父さんが見当たらなく無い?」
直の両親とのやり取りが一段落ついた頃、咲花が口を開いた。
「そう言えば、ずっと喋んなかったわね。この娘……」
「意味が分かっていなかったのか……」
春香と走矢が横目で見ながら呟く。
「えっと、だからその、この縛られた2人が直のご両親で……」
「女の人と女の人じゃない。だから、お父さんは? って聞いているの。来ていないの?」
桜が説明するが咲花には通じていない様だ。
「え〜と、その、直のお父さんは男の娘で……」
「そりゃあ、お父さんなんだから男の子でしょ?」
「ほ〜ら、こうなった」
走矢の説明が空振りに終わったのを見て、春香が死んだ様な目で煽る。
「お前、煽るならもうちょっと生き生きとしろよ……。義務で煽られたらこっちだってキツイぞ……」
死んだ目の春香に突っかかる走矢。
「でも、こうなったらお父さんのスカートでもめくり上げるしか無いんじゃないの?」
「それ最悪、咲花がショック死するぞ……」
「って、母さん! 何、めくり上げようとしてんだよ!」
「だってこれが一番手っ取り早いじゃないの」
「いいわ、えみちゃんには後で、あたしの秘伝の薄い本を貸してあげる。それで勉強して」
『やめろ!!』
桜と走矢が声を揃えて直に突っ込む。
「さて、どうしたものかな〜」
ボロアパートでボヤく男とその横でスマホをイジる男。
ボヤいた方はかつてキメラこと浪川 栄子が上沢高校に招き入れ、本命の結界石を見つけた愛美に瞬殺されたオーク、奥井 トン助。
もう1人も同じく愛美に瞬殺されたコボルドの小久保 ケン太だ。
2人は人妖機関に拘束されること無く逃げ延び、解体予定のボロアパートに潜んで居た。
「なんでキングは俺に声をかけてくれなかったんだろうなぁ……。もう、俺の事なんか忘れちまっていたのかなぁ……」
この2人の耳にも先日、人妖機関が襲撃されたという情報は入っており、その襲撃者達の中に同族が混じっていた事を知り、ショックを受けていた。
「まぁ、お前のところの王様は忘れるも何も、『考える』って概念その物が無いだろ」
ケン太の言葉に、怒るでもなく特大のため息をつくトン助。
愛美にこそ瞬殺されたが、2人とも同族の中では優秀な部類で、当人達もそれを自負していた。
「お前のところは良いよなぁ。うちはキングがヤラれてヒッチャカメッチャカだぞ」
「いいわけ無いだろ! うちはいつだってヒッチャカメッチャカだ!!」
コボルドという妖は小から中規模の群れで生活しており、外部からの依頼を受けて、兵隊として活動する。
だが、報酬がきちんと払われるケースは非常に少なく、暴力などで脅されて泣き寝入りするパターンが多い。
「特に獣人どもだ! あいつ等は俺達の事を産まれながらの小間使いだと思ってやがる」
コボルドという妖は、犬の獣人というふうに見られているが、獣人達からすると、彼らより劣る獣人未満の劣等種という位置づけらしい。
「だからこそ俺が俊紅を手に入れてコボルドキングになって、コボルドの群れを統一して、獣人共の支配から仲間達を解放するんだ!」
熱く野望を語るケン太。
そんな彼らの居るボロアパートの一室に、拍手が響き渡る。
それはいつの間にか玄関に立っていた、ツインテールの少女によるものだった。
「素晴らしいわ。自分のためではなく、仲間のために俊紅を求めるなんて! 貴方の様な人にこそ、俊紅は相応しいわ」
「なんだお前は?! 一体いつの間に!!」
「まさか機関の追手か!!」
2人は威嚇し、戦闘態勢に入るが、
「いえいえ、私は貴方方にお願いがあって来たんですよ」
そう言ってツインテールの少女、オルトロスは微笑む。
「じゃーん!」
そう言いながら月宮女学園の制服を着たリリスがポーズを決める。
真っ赤なブレザーに同じく真っ赤なプリーツスカート。
ブレザーの下は白いワイシャツと、ブレザーとスカートの色以外は走矢達が通う上沢高校の制服と大きくは変わらない。
場所は走矢宅、時間は夜の7時過ぎ。
直の両親を支所に連れて行った後、月宮女学園への潜入捜査の話が出てきたのだった。
その潜入のための制服のお披露目が、走矢や桜達の前で始まった。
「なんでママがノリノリなのよ……」
いつもと変わらぬ調子のエリス。
彼女も月宮の制服姿だった。
「相変わらずノリが悪いわねぇ、姉さんは」
そう言ってリリス同様、ポーズを決めるアリス。
「こうして見ると三姉妹みたいね」
「誰が長女なんだか……」
春香の感想に茶々を入れた走矢だったが、母に睨まれて慌てて目をそらす。
しかし、エリスの圧力はそれで終わらず、目をそらした先にズイっと顔を出して無理やり目を合わせようとしてくる。
走矢の言わんとしたこと。
それはいつも温和なリリスより、常に眉間にシワを寄せている様なエリスの方が年長者に見えてしまうという事だった。
エリスとリリスの顔は双子でも通るくらい、よく似ているのだが、この表情の違いですぐにどちらがどちらなのかわかってしまう。
そしてなぜ、母がいつも眉間にシワを寄せているのか?
その原因が自分にあると走矢は感じていた。
俊紅である自分を守るため、常に張り詰めた状態の母に対し、申し訳ないという思いがある。
故に、そんな母をからかうような先程の発言は彼からしてみれば失言だった。
一方のエリスは、以前サキュバスとの戦いで言ったとおり、走矢が俊紅として産まれた時から、彼が老衰で天寿を全うするその日まで守り抜くと誓っていた。
彼女からすれば、自分をからかう息子の元気な姿はとても喜ばしい事で、怒ったフリをしながら息子に絡んで楽しんでいるのであった。
「ちょっとお母さん! その格好で人前に出るつもり?! 駄目に決まっているでしょ!!」
その声は理奈と玲奈の住む部屋の方から聞こえてきた。
「えっ……。お母さんって事は理奈さんの事よね……」
春香の言葉にその場に居た全員が凍りつく。
「ちょっと様子を見てくるわね……」
「アタシも行くわ!」
リリスとエリスが隣の部屋に通じるドアに入って行く。
「ちょっと理奈さん、何でそんなにお腹を出しているの?! へそ出しどころじゃないわよ!!」
「そのスカートの丈、どうなっているんですか?! その、ただ立っているだけなのに見えちゃっているじゃないですか!!」
「だって。今はこれくらいが流行っているって……」
「どこの偽情報よ! 完全に痴女じゃない!!」
壁越しにとんでも無い会話が聞こえてきて、一同が青ざめる。
「そっ、そこまで言うなら走矢達に、せめて走矢に見てもらって判断してもらうから!」
「まずいわ。この人力ずくで隣の部屋に行くつもり!」
「理奈さん落ち着いて!」
「ちょっ、壁を壊そうとしないでぇ!!」
その言葉と同時に、壁からミシッと嫌な音がし始める。
「へぇ〜。走矢くんって昔ながらの、おしとやかで肌の露出とか少ない女性が好みなんだ! 最近流行りの露出が高い女性とかは苦手なんだ〜!」
突然、春香がわざとらしく大声で叫び出す。
すると隣の部屋の喧騒が止み、一同は胸をなでおろす。
「安心するのはまだ早いわよ。結局はあの人の制服姿を見るんだから……」
春香の言葉に全員が現実に引き戻される。




