家族
学校での出来事の後始末を機関に任せ、人妖機関の施設で治療と検査を受ける事になった一同。
しかし、施設の入り口で奇妙な光景が広がっていた。
「あの時は大変申し訳ございませんでした!!」
愛美を送り届けた河童の姉妹、ルリとリル。
ビキニ姿の少女2人が人妖機関の目の前の道で、佐伯エリスに土下座をしているのだ。
そしてその2人を両腕を組んだ状態で見下ろすエリス。
「あの……。もしかして前に話していたゴブリンに騙されて迷惑をかけた人妖機関の職員って……」
「ええ、新矢の事です」
「え?! えぇぇぇぇ?!」
愛美が驚いたのは迷惑をかけられたのはエリスの方だと思っていたからだ。
ルリから聞いた話だと、ちょっと邪魔した程度とのことだったのだが、エリスの態度を見ているとどうもそうではない様だ。
「全治3ヶ月。あの人の相当なお人好しもあるけど、よくも無抵抗の人間にあそこまでやったものね」
「全治3ヶ月?! そんな大怪我だったの!!」
エリスと新矢が結ばれて、愛美は初めて自分が彼の事を愛していたことを理解した。
それ故に佐伯家と距離を取っていた時期があったのだか、新矢の大怪我がまさしくその頃だった。
「それがちょうど、走矢がお腹の中にいた頃だったんです。新矢が入院して、この娘達が謝罪に来て……」
その言葉を聞いて当時を思い出し、ブルブルと震えだす姉妹。
『血の海と三途の川、どっちに沈みたい?』
『かっ、河童なんで川の方で……』
『ねーちゃん?!』
『よせってエリス。この娘等も反省してるんだし……』
新矢の入院当時、見舞いと謝罪に訪れた姉妹に敵意と害意と殺意を向けるエリス。
それを必死になだめる新矢。
震えながら謝罪を繰り返す河童姉妹。
『勝手な事言わないで! この子の出産も近いのに、アンタの世話までしなきゃならないのよ?』
『俺の方は大丈夫だから、エリスは出産の事だけ……』
『本当ならアンタもアタシのサポートとかするはずだったのよ? それを……』
ただひたすら頭を床に擦りつける姉妹。
それを恐ろしい形相で見下ろすエリス。
その形相は今でも夢に出てくるほどだった。
恩人でもある河童姉妹の肩を持ちたいのだが、新矢が受けた仕打ちとそのタイミングを考えるとエリスの言い分も理解できる。
愛美は板挟みになっていた。
「まぁ、あの時の謝罪はもう受けたし、何より先生の事を助けてもらったんだから、今更とやかく言うつもりは無いわ」
「そ、そうなんですか? でも何か怒ってません?」
「この顔は生まれつきよ!」
リルの言葉に咆えるエリス。
ヒイィーッと、飛び退いた姉妹の先には成り行きを黙って見ていた走矢がおり、2人は彼に抱き着く形になる。
「だっ、大丈夫ですか?」
「あっ、スイマセンスイマセン! あの……。旦那様もご健在で……」
「その子は新矢じゃなくって、息子の走矢よ」
走矢を新矢と思い込んでいるルリにエリスが突っ込む。
「ええ〜っ! ご子息様?! では、あの……。新矢さんは……」
「死んだわ」
「死ん……だ……」
一瞬の間をおいて正座するルリ。
「ごめんリル。やっぱねーちゃん、責任とんなきゃ……」
「ねっ、ねーちゃん?! 待って! 早まらないで!!」
「離して! あたしのせいで新矢さんがぁ!!」
「ちょっと待って。父さんが死んだのと、ルリさん達の事件とは全く関係ないから! ちょっと母さんも止めて!」
「新矢の件とこの娘達の件は絶対に関係ないけど、せっかくだし……」
「母さん!!」
「この上はこの尻子玉を持って新矢さんに謝罪を」
そう言ってルリがビキニの上を脱ぐとエリスの表情が変わる。
尻子玉とは河童達が言うには、本来触ることのできない『魂』や『命』、『妖力』といったモノの事で、条件さえ満たせば河童はそれに触れ、抜き取る事ができるのだ。
ルリは自らのソレを抜き取ることで謝罪としようとしたのだが、そのために邪魔なビキニの胸の部分を外したのがエリスのお母さんスイッチを入れてしまった。
「人の息子の前で何やってんのよ、このエロガッパァ!!」
ルリの顔面を鷲掴みにして宙に浮かせるエリス。
「母さん、ストップストップ!」
「エリスさん、落ち着いて!」
「ね〜ちゃ〜ん!!」
「何アレ? 新しいタイプの修羅場?」
離れて様子を見守っていた残りの面々。
その中の春香が、うわぁ〜といった表情で呟く。
「何か凄いことになってるね」
「エリスさん、まだあんだけ暴れる体力あんだな……」
呆気に取られる直と桜。
「あの女、私の走矢くんに破廉恥なぁ!!」
「絶対離しちゃ駄目だよ羽月。取り返しつかなくなるから」
ルリに飛びかかろうとしている火織。
それを必死に止める羽月の横で紗由理が指示する。
「みんな元気ね……」
その光景を見ながら、実は治癒で一番体力を使った咲花が呟く。
由利歌におぶられた状態で。
その日の夜、テレビにかじりつくエリスの姿に心底タフな母だと認識した走矢。
何を見ているのかとテレビに視線をやると、どうやら再現ドラマ主体の心霊番組のようだ。
しばらく一緒に見ていたが、やはり昼間の疲れが出たのかウトウトしてくる。
「やっぱり早く寝たほうが良いな。今日はもう寝るわ」
そう言って自室に戻ろうとする走矢の服をエリスが摘む。
「今日は一緒に寝るわよ」
「いや……。なんで?」
「今のヤツ、結構怖かったでしょ? アンタが怖がると可哀想だから、アタシが一緒に寝てあげるって言ってるの」
「………………。母さん、怖かったの?」
「あっ、アタシがこんなモノ怖がるわけないでしょ?! アンタが怖いかもしれないから一緒に寝てあげるって言ってるの!! 何よ、ちょっと怖いテレビのコマーシャルでピーピー泣いてたくせに……」
「それ、大昔の話だろ! 今じゃさすがに無いって、そんなの!!」
「ふん、ど〜だか!」
結局、同じ部屋で布団を並べて寝る事になった走矢とエリス。
そんなエリスがモゾモゾと走矢の布団に手を入れてくる。
「なっ、なんだよ……」
「なにって、手をつなぐに決まってるでしょ! アンタのためなんだから、ほら!」
「なんで上から目線なんだよ……。でもさぁ、手をつないだ相手が別人になってたとか怖くない?」
「アンタ、これ以上アタシを怖がらせたらそっちの布団に潜り込むわよ……」
「だからなんで! ちょ、俺の敷き布団引っ張って寄せるのやめてよ! 俺は母さんの方が怖いよ!」
ちょっと怖いテレビのコマーシャル。
母の言ったそのワードのせいか、昔の夢を見た。
とあるテレビゲームのCMで、その怖さからテレビ局にクレームが殺到したというモノで、たしかにその頃、トラウマになって、しばらくテレビが見れなくなったのを思い出した。
『大丈夫よ走矢。こんな化物、お母さんが全部やっつけてやるんだから!』
『ほんとぉ?』
『ホントにホントよ。なんてったってお母さんの方がこんな奴らより、よっぽど化物何だから。ヴァンパイアは最強の化物よ? だから安心して?』
『ホントにお母さんの方が化物なの?』
『うん、ホントのホントにホントよ。こんなポット出の化物何かに負けたりしないんだから』
母の当時の化物アピールを思い出して思わず吹き出す走矢。
「今言ったら絶対に怒るだろうな」
その時ふと気づく。
母は走矢の左側に寝ているはずなのに、右側から気配を感じる。
まさかと思い、恐る恐るそちらを向くと、長い銀髪とそれをかき分けるようにして生えているコウモリの翼。
見慣れた母の後ろ姿だった。
「そういや母さんの寝相の悪さを忘れてたな……」
自分を乗り越えて反対側に転がっていったのだろう。
そしてもう1つ思い出す。
いつも自分を守ろうとする時、背後に隠すようにしていた母。
その時いつも見ていたのがこの後ろ姿だった。
「母さん……。ありがとう」
きっと自分の知らないところでも守ってくれていたであろう母に感謝の言葉を述べる。
「んっ、ん〜……」
その時、走矢の背後、つまりは母の反対側から女性の声が聞こえた。
「今度こそ……。ホンモノ?!」
背筋が凍る思いをしながらも、勇気を振り絞ってそちらを向くと……。
そこには母が寝ていた……。
いや、母ではない。
よく似ているが、髪の色が銀髪ではなく金髪だった。
「えっ?! 誰??」
思わず口に出してしまったその言葉で、金髪の女性は目を覚ます。
「ん〜ん……。あら? 走矢、起こしちゃった?」
「えっ? 俺の事知ってる……」
そんなやり取りの最中、背後から母が話しかけてくる。
「あら? アリス、来てたの?」
「ええ、それで布団が空いていたから、勝手に寝かせてもらったわ」
「えっ? 母さんの知り合い?」
「ああ、アンタは小さかったから憶えてないのね。この子は条牙咲 アリス。アタシの妹。つまりアンタの叔母さんよ」




