黒幕3
かつてこの街のどこかに、とある術師の研究施設があった。
術師はそこで人工生物。
主にホムンクルスやキメラの研究をしていた。
しかし成果は出ず、いつしか研究施設を引き払い、どこかに消えてしまった。
その後、残された実験体の中、一体だけが自我を持ち、自身に与えられた名前『A号』からエイコと名乗り社会に溶け込んでいった。
不完全な自分を完成させれば、きっと作ってくれたあの術師も喜んでくれるに違いない。
そう願いながら多くの妖や人間、動物を取り込んでいった結果、不完全で不安定なキメラ、浪川栄子が出来上がった。
「あっちはぬらりひょんに任せて、あたし達はこの子の処置よ。助手A、輸血パック」
指示を出す紗由理。
「輸血パックね」
慌ただしく背負っていたリュックをあさる火織。
「いや、キミBだから」
「どっちでもいいじゃん。AでもBでも」
と羽月。
「いやあの子、戦闘以外は結構なポンコツなんだよねぇ。できれば怪我人とかの近くに置いときたくないタイプ」
「走矢くん、しっかり。今飲ませてあげるから……」
「コラコラ、輸血用の血液を口から飲ませようとするんじゃない!」
「あっ、そうか!」
何かを閃いた火織は輸血パックの血液を自らの口に含み、走矢に口づけしようとする。
「何が『あっ、そうか』だ……」
火織の首根っこを掴み、走矢から引き離す紗由理。
「あ〜、患者にとどめを刺す方の看護師ね」
「看護師はとどめ刺さない方しかいないから」
げんなりする紗由理に凄い形相で桜が掴みかかる。
「テメェ等バカやりにこんなとこまで来やがったのか?!」
「んなわけ無いじゃん。この子の命を助けるために来たんだよ。忘れた? あたし保険医としてこの学校に潜り込んでたんだけど? さぁ、分かったらキミもこれ持って」
そう言われて輸血パックを持たされる桜。
春香達も同じ様に輸血パックを持たされて、そこから伸びる管の先の針を、次々と走矢の腕に刺していく紗由理。
「これ大丈夫なの?」
「まだまだこれから」
不安げな春香にそう応えると、
「これからあたしの魔法で。血液を一気にこの子の体に入れるから、ちゃんと輸血パック持っててね」
そう言って紗由理は走矢に手をかざす。
『何か向こうが騒がしいけど、戦線に加わるのは貴女1人なの? 大丈夫?』
「あらあら、心配してくれるの? ありがとう。でも、本当に心配しなきゃいけないのは、貴女自身なのよ」
挑発を挑発で返す由利歌。
「ぬらりひょん風情がぁ!」
「その風情に貴女は倒されるのよ?」
「はっ、何か私の決めゼリフ取られた!」
由利歌と栄子のやり取りに、突然反応する火織。
それを見た春香は先程の『戦闘以外は結構なポンコツ』という言葉を実感する。
由利歌に向かって触手や舌状になった亜空間が伸びるが、それを見て右手の人差し指と中指をピンと合わせて伸ばすと、念じ、五芒星を出現させてそれで攻撃を受ける。
『んっ? なにこれ……!』
栄子が声をあげる理由。
それは五芒星で防がれた触手や舌がピクリともうごかなくなったからだ。
さらに由利歌が何かを念じると、触手等は五芒星に吸い込まれ始める。
『ぎゃあぁぁぁっ?!』
触手を引きちぎられた栄子がかん高い悲鳴をあげる。
『許さない! 貴女は生きたまま咀嚼して何度も反芻してもてあそんであげるぅ!』
「可哀想だけどその願いは叶わないわ」
由利歌はそう言うと、走矢の方を見る。
輸血が終わり傷も癒やされた走矢。
「けど、よく輸血パックなんて持ってきたな。準備良すぎるぜ」
安心した桜が口を開くと、紗由理がその疑問に応える。
「さとりの娘が目を覚まして黒幕が不完全で不安定なキメラだって分かったんだ。それで俊紅が弱点で、ならあの子が無理して血を流す可能性が高いって、ぬらりひょんの指示さ」
「なにこれ、走矢の内側から何かが出てくる?!」
突然、何かを感知した咲花が叫ぶ。
「えっ……。コレって……?」
「妖力だ。何者かが走矢の体を通じて妖力を送ってるんだ。」
その時、走矢の体から無数のコウモリが飛び立っていく。
「うわぁっ、なんだ?! どこから出てきたんだ?!」
「コレは妖力がコウモリの形になったモノよ!」
驚く桜に春香が説明する。
妖力でできたコウモリ達は次々と亜空間に貼り付き吸収し始める。
すると亜空間全域から、今までとは比べ物にならない断末魔のような悲鳴が鳴り響く。
そして走矢がゆっくりと立ち上がる。
「何とか彼の命をつなぎとめる事ができたね」
走矢の口から走矢でない者が喋ると、
「この妖力は……。嘘でしょ、パパなの?」
走矢の前に降り立ったエリスが懐かしむような表情で彼に抱きつく。
「私がこの空間に突入してきた時、すでに走矢くんの体はその人の妖力で満たされていたわ。自分の妖力を血液の代わりにして、彼の生命を維持していたのね」
状況を説明する由利歌。
「これが……。これが貴女が以前言っていた俊紅を通じて結ばれた絆ってやつなの?」
「ええ、そうよ。そして貴女のお父さん、条牙咲 走司さんもかつて俊紅と絆を結んだ妖だったの」
由利歌の説明に聞き入るエリス。
「孫がいて君がお母さんになって……。ここは僕のいた時代じゃないんだね。つまりこの時代、僕はもう……」
その言葉を聞いて、エリスはさらに走矢を強く抱きしめる。
『もぉいいっ! もぉおどおでもいい!! 俊紅も何もかも全部消し飛べぇ!!』
ヤケになった栄子の声が響き渡り、空間がグニャグニャと形を失っていく。
「なんだ?! 自分のもろとも俺達を皆殺しにする気か?!」
「そんな事はさせない」
そう言って走矢の体を借りエリスの父がパチン、と指を鳴らすと、コウモリの吸収速度が早くなり、亜空間は完全に消滅する。
「わぁ、職員室に戻った」
直が感嘆の声をあげる。
「君に穴を開けられた時点でだいぶ弱ってはいたんだ。それでも手強い相手だったのは確かだけどね……。そろそろ僕は元のところに戻るよ。成長した君と孫に会えて良かった」
「パパ……」
「たとえ俊紅で繋がっていなくても、僕は君たちの事を見守っているよ……」
その言葉を最後に条牙咲走司の妖力は消失する。
「キメラが負けたか……」
遠くから成り行きを見ていたドッペルゲンガーが呟く。
「俊紅は残念だったが、代わりにいい物を手に入れた。とりあえずはこれで良しとしておくか」
ドッペルゲンガーはポケットから小瓶を1つ取り出す。
そこには少量の赤い液体が入っていた。
赤い液体、浪川栄子の血が……。
ドッペルゲンガーはビンの蓋を開け、中の血液を飲み干す。
ドッペルゲンガーという種族は、見た目だけなら目視しただけで変身できるが、記憶や能力をコピーするためには、その対象の血や肉を取り込む必要がある。
血肉を取り込むことで、姿や記憶、能力、そして人格までもがコピーできる。
しかしこの人格のコピー、実は諸刃の剣で時に暴走する事がある。
現に里子の従姉妹、汐里に化けて精神世界のトラップで里子を始末しようとした時、汐里の人格が暴走して彼女をしとめそこねた。
「しばらく体に馴染ませてからね……?!」
「あらぁ〜、そんなこと言わないで今すぐ遊びましょうよぉ」
不意に口をついて出る言葉。
「なんで……?! どおして?!」
「答えは簡単。いざという時、貴女をバックアップに利用するつもりでその血をあげたのよぉ。さとり妨害作戦の報酬って名目でぇ」
「最初から私をスペアにするつもりで……。私を襲わなかったのはそういう事か!」
「ふふぅ〜ん、まぁねぇ〜」
ドッペルゲンガーは苦しみながら栄子の姿になっていく。
「貴女の体、大事に使わせてもらうわ」
完全に栄子の姿になり、かつてドッペルゲンガーだった存在はゆっくりと歩き出す。
「走矢くんも他のみんなも、また会いましょ」
そう言い残して栄子は街を去る。




