母はヴァンパイア3
その日の放課後、ちょっとした事件が起きた。
桜の服の中に虫が入りこんだとかで騒ぎになった。
「だっ誰か、誰かとってー」
桜の女の子らしいリアクションに見入ってしまった走矢。
「服の中じゃ男子は手を出せないぞ」
「あたしも虫はムリー」
「ヒッ、何か動いてる」
「これは服を脱ぐしかないわね」
スットコ軍師がスットコな提案をする。
桜ならばその提案を突っぱねそうなものだが、よっぽど切羽詰まっていたのか躊躇無く脱ぎはじめてしまう。
「俺、外に出とくわ」
教室から出ようとする走矢の腕を春香が掴む。
「虫担当がいなくなってどうするの!」
そう言って背中を上に向けてかがみ込んでいる桜のもとに走矢を引っ張っていく春香。
夏服の半袖のYシャツを脱いだ桜の背中には確かにカナブンのような虫が付いている。
走矢はそれを取って窓から外に放る。
「ありが……と」
力無く例を言う桜だったが自分の今の姿に気づく。
ヒャーッ、と先程の何倍もの悲鳴をあげて背中から翼を生やして自分の身体を覆う。
ヴァンパイアなのだから母と同じように翼があるのは想像できたが、桜のソレはピンク色の鳥のような翼だった。
つい、見入ってしまった走矢に、
「あんまり見ないで」
と、桜は弱々しく言う。
「ごめん、母さんのと全然違う翼だったから……」
謝って目をそむける走矢にニヤニヤしながらスットコ軍師が余計な事を吹き込む。
「あの子の『桜』って名前はあの翼の色からきているのよ。それに昔、好きだった男の子と仲良くするために男の子っぽく振る舞ったりしてて、結構女の子してるのよね〜」
「はるか〜、後でおぼえてろよ〜」
翼に隠れて恨み言を口にする桜に直が脱ぎ捨てたYシャツを届ける。
「佐伯のお母さんってもしかしてコウモリ羽?」
直はそう言いながら母と同じコウモリの翼を生やしてみせる。
「私達の祖先は堕天使って言われていてね、信仰を糧にしていたんだけどそれが得られなくなって代わりに血を吸うようになったと言われているの。実は鳥の翼の方がスタンダードなのよ」
自分達の翼についての説明をしながら春香も薄紫色の羽毛の翼を生やす。
「ああ、これね。シャツの折り目で隠してあるけど羽を出すスリットが入っているの」
春香は自分の翼の付け根あたりのYシャツを引っ張ってそのスリットを見せる。
「咲花も見せてあげなよ」
直が無邪気に言うと咲花が戸惑う。
「あっ、あたしはいいよ。大したものじゃないし……」
抵抗する咲花を直が押さえて春香が背中のスリットに手を突っ込むと、純白の天使の様な翼を引っ張りだした。
「ね、天使だった頃の名残りよ」
「『北中の天使』って聞いたことない?結構地元じゃ有名だったんだよ」
「天使なんかじゃないモン。あたしヴァンパイアだもん」
直の言葉に反論する咲花。
「そういや噂は聞いたことがあったな」
中学時代のクラスメイトに彼女のファンがいた事を走矢は思い出す。
しかし、自分の翼にコンプレックスのようなモノを持っているなら、あまり弄るべきではないのでは。
「でっ、天使っ呼ばれるのが嫌だからオメーを襲って名誉を返上しようってのが事の発端だ」
Yシャツを着た桜が話に加わる。
「どういう事だ?」
「桜の言ったとおりよ。天使ってチヤホヤされるのが嫌だから貴方を襲ってヴァンパイアアピールをして、チヤホヤされなくなるっていうのがこの子の狙いだったわけ」
春香が詳しく説明する。
「んな事のために俺を襲ってきたのか?!」
「……。ごめんなさい」
驚く走矢に対し、素直に謝る咲花。
「まあまあ、貴方だって可愛い女の子達に追いかけられて約得だったじゃない」
「まさか自分の事を可愛い女の子達にカウントしてないよな?」
「そりゃあ貴重な眼鏡属性ですから」
走矢の反論にクイッと眼鏡の位置をなおしながらドヤ顔で応える春香。
「まぁ、オレはなんとなく面白そうだから……」
「あたしは桜がいるから〜」
「なんとなくで襲ってくんなよ」
桜と直の言葉に呆れる走矢。
「まぁ、私の場合は普通に俊紅への興味だから今まで通り怯えて逃げ回って大丈夫よ」
春香は走矢の耳元でヴァンパイアの牙をのぞかせながら語る。
しかし、動ずることなく走矢は春香の眼鏡をグイッと額に上げて見せる。
「めっ、眼鏡を狙うなんて卑怯よ。男なら正々堂々と戦いなさい!」
視力が落ち、咲花を指差しながら吠える春香。
驚き慌てる咲花。
あ〜あ、と呆れる桜と直。
「春香、頭、頭」
「だっ、誰の頭がおかしいですって?!」
「なんでそうなるんだよ」
咲花と春香やり取りに呆れる走矢だった。
今から9年前。
小学校に入学した桜はある人間の同級生に初恋をした。
ヴァンパイアである自分が彼にどう接していいのかわからず、男の子の様な格好をして男子のグループに混ざるようにした。
しかしある日、遊んでいたジャングルジムから落ちそうになったその初恋の同級生を助けるため翼を広げたのだが、ピンクの翼を笑われてしまい、傷ついた彼女はその場を飛び去った。
どこをどう飛んできたのかわからず、見知らぬ公園に降り立ち1人落ち込んでいた。
そんな彼女に話しかけてくる少年がいた。
「ねぇ、君妖でしょ?このへんじゃ見ない子だね。引っ越してきたの?」
「うるさいなぁ、あっち行ってろよ!」
桜は少年を拒絶するが彼はめげずに話しかけてくる。
「ねぇその羽、触ってもいい?」
少年は言うよりも早く、すでに桜の翼に触れていた。
驚く桜。
しかし悪い感じはしなかった。
「ヴァンパイアの翼ってこの辺にリラックスするツボがあるんだって。どう? 落ち着いた?」
確かに先程までより気分は良くなった。
でもそれは翼のマッサージだけではない。
この少年が寄り添ってくれているのも大きかった。
「ありがと、お前の名前教えて……」
「走矢、帰るわよ」
少年に話しかける大人の女性が近づいてくる。
背中からはコウモリの翼か生えており、口にも牙が確認できる。
この女性も自分と同じヴァンパイア。
そして女性の方も桜がヴァンパイアだと気づいていたのだろう。
「どこの子?」
という女性の質問に少年は、
「知らない。今知り合ったんだよ、母さん」
と答える。
ヴァンパイアの母親に人間の息子?
混乱する桜に少年の母親がはなしかけてくる。
「貴女、どこから来たの?」
「よくわかんない。考えないで飛んできたから」
桜の返答にため息をつく母親。
桜と息子を抱えて飛ぶと、一旦自宅に寄って息子をおろして留守番するように言い聞かす。
「アタシはこれからこの子を送り届けてくるから、帰ってくるまでドアを開けちゃ駄目よ」
そう言って桜の妖力をたどって、彼女を家に送り届けた。
その後、妖の中には人間との混血が産まれないタイプの者がいることを知り、走矢という名前と母親がヴァンパイアという情報からあのときの少年が佐伯走矢だという事をつきとめた。
彼が俊紅だと知り、その彼を狙うと言い出した霧咲咲花の話に乗るフリをして、もし彼が危険に晒されるようなら止めるつもりでいた。




