暗躍するモノたち5
夜遅くに佐伯家にかかってきた電話は愛美の無事を知らせる物だった。
懸念材料が1つ消え安堵するエリス。
母の緊張が少し和らいだのを走矢は感じ取っていた。
安心し、自室に戻ろうとする走矢の足が突然何者かに掴まれ、転倒してしまう。
それはエリスの仕業だった。
「何すんだよ、母さん?!」
「アタシ考えたんだけど、アンタにひざ枕してもらってから先生が無事見つかってんのよ。なんか縁起とかがいいのかも。アンタのひざ枕」
「そんなのただの偶然だって!」
「そうかしら? 本当に偶然なのか、とりあえず今から試してみましょう」
そう言って走矢の両足を引きずりながら自分の部屋に入っていく。
翌朝の登校途中、走矢に事件が起こった。
前を歩いていた女子生徒が突然倒れたのだ。
それも走矢の方向に。
「だっ、大丈夫ですか?」
「すいません、朝から体調が優れなくって……」
女子生徒の名前は原口 レイ。
1年3組の女子生徒だった。
「1年1組の佐伯走矢さんですね? ありがとうございます」
近くの公園のベンチで休息をとったレイがお礼を言う。
「あの、本当に大丈夫? あんまり酷いようなら休むか、なんなら病院に行った方が……」
「ご心配をおかけして申し訳ありません。その……。持病の様なモノでして……」
どうやらわりと頻繁に起こる事のようだ。
そしてチラリと自分の腕時計に目をやる、走矢は遅刻が確定した事を受け入れる。
「くう〜っ、あたしの運命の出会い作戦が!」
ベンチの2人を陰からのぞき見て歯噛みする少女、夜純 夢子。
「そう言うお前は何をやっているんだ?」
そんな夢子に背後から話しかける女子生徒、八嶋 霧香、走矢の通う高校の3年生だ。
「決まってるでしょ! 曲がり角でぶつかって、運命の出会いをするつもりだったの! ソレをアイツ!」
「その食パンを咥えたまま、それをやるつもりだったのか?」
「この食パンを咥えたままやるつもりだったに決まっているでしょ? じゃなきゃ曲がり角でぶつかる意味が無いでしょ?」
「今は令和だぞ」
「…………。何が言いたいの?」
「いや、別に……。だいたいお前は1年なんだから、こんなことしなくても彼と接触する機会は他にあるだろ?」
「ただの接触じゃ駄目よ。運命の出会いじゃなきゃ!」
ため息をついて肩をすくめる霧香。
「話しは変わるが、ゴブリン共が戻ってきていない。返り討ちに合った可能性があるぞ」
「うそでしょ?! 結構なダメージを食らってたはずよ、あの女教師!」
「詳細は分からないが、結界石の話しが機関に伝わっているとしたら、私達の活動期限もそんなに長くない事になる」
「それでアイツ、こんな猿芝居を……」
「猿芝居ならお前も人の事をとやかく言えないだろ」
「イチイチうるさいわね。こうなったら今からでも突撃して……」
「それはただの奇行だからやめておけ」
「ちょっとアンタ、なに遅刻してんのよ!」
1時間目が終わったタイミングでエリスが走矢の机に腰かけ、詰め寄る。
朝、人妖機関に寄ってから登校すると早くに家を出たエリス。
遅刻寸前に滑り込んでみれば息子がまだ来ていないと知り、教室を飛び出して行ったそうな。
「そうか、俺より後に来たのは実は2度目の登校だったのか……」
「ホント、心配したんだよ?」
「事故にでもあったんじゃないかって、桜が面白いくらいオロオロしてたわ」
「お前だって眼鏡を拭いたりかけたり落ち着かない様子だっただろ!」
「ごっ、ごめん……。実はこんな事があって……」
「怪しい」
クイッと眼鏡の位置をなおしながら春香が言う。
「怪しいな」
「怪しいね」
「怪しいよね」
「怪しすぎるわね」
母と桜達に総ツッコミを入れられる走矢。
「走矢くんの目の前で倒れそうになったんでしょ? 何というかタイミングがねぇ……」
「基本的には咲花の『持病の癪』と同じだな」
「あう?!」
思わぬ流れ弾に呻く咲花。
「エミちゃんのには引っかからなかったのにね!」
「あうあうあうっ……」
「1年3組の原口レイ……ね」
流れ弾で蜂の巣になった咲花を他所に1人考え込むエリス。
各クラスに『敵』が潜んでいる可能性をエリスは愛美から聞いていたが、この情報は走矢を含む生徒達には話さないように言われていた。
そして走矢に3組の生徒が近づいてきた。
それだけでは無い。
藤崎 星垂についても、まだ疑いが晴れたわけではない。
色々と懸念があるが、悪い話ばかりではない。
今朝、人妖機関で聞いた愛美の成果『20年以上前に設置された結界石』の話。
これを取り除ければ隠れていた者達をあぶり出せるかも知れない。
そしてもう一つ。
由利歌が連れてきたさとりによる羽月達からの情報の引き出し。
これがうまく行けば一気に黒幕の正体を突き止められるかも知れないと。
「じゃあ、これから精神探索をはじめます。里子、汐里さん。よろしくお願いします」
「うん」
「了解でーす」
里子の従姉妹に当たる里崎 汐里。
精神世界に設置された術の発見や解除を得意とするさとりで、特に里子とは相性が良く、相乗効果が期待できるのだと言う。
そして精神探索がはじまって最初の数分は何事も無く事が進んで行ったのだが……。
「あっ……。里子、まずいわ。戻って……、戻ってきて!」
「急に汐里が叫び出す」
「どうしたの! 汐里さん!!」
「うっ、うわあぁぁぁぁ…………」
里子が悲鳴をあげて気を失うと、同時に汐里も倒れる。
「そんな……。この2人でも駄目なの……」
その後、倒れた2人は施設内の休息用の部屋に運び込まれた。
事が精神である以上、医者ではどうする事もできず、そっち方面に詳しい術師を呼ぶくらいしか対処法がなかった。
そして……。
「大変です、汐里さんが消えました!」
「消えた?! 汐里さんが?」
職員の報告をうけて由利歌は声を荒らげる。
「出てきちゃって良かったの? 私が入れ替わっていた事がバレちゃうよ?」
人気のない裏路地でブツブツと呟く汐里の姿があった。
「いいのよ、あくまで時間稼ぎだし」
何者かの声がこだまする。
「本命の結界石が見つかった時点でこのゲームも先が見えたわ。今まで様子見だった子達も、これでようやく動き出すわ」
「じゃあ、これはどうする?」
そう言って汐里は裏路地の突き当たりにある、石化した本物の汐里を指差す。
「放っといていいわよ。見つかって解呪される頃には多分、終わっているから」
「分かったわ。それにしても、貴女の方から接触してくるとはね。どういう風の吹き回し?」
「自由に動かせる人が欲しくなっちゃったのよ。それだけ」
そう、と短く応えた汐里に化けたドッペルゲンガーは声の主を決して気の許せない相手と認識していた。




