俊紅は絆
エリスに向かっていく手下2人。
エリスはあっという間にそのうちの1人に急接近すると、その顔面を鷲づかみにして地面に叩きつける。
一瞬の出来事に呆気にとられるもう1人も同じように地面に叩きつけ、並んで倒れている2人めがけて急降下。
それぞれを片足で腹部を踏みつけ、鈍い断末魔をあげさせる。
「なんだと……」
絶望する氷水。
2人がかりでエリスに向かった手下は、その実力を発揮する前に瞬殺された。
これで4対1。
火織1人なら何とかする自信はあったが、手下3人を瞬殺したエリスの実力は格上と認めざるを得ない。
「くそっ! 別働隊の連中は何をやっているんだ!!」
「貴女の仲間なら来ないわよ。残っているのは貴女だけなんですもの」
声の主は猛禽類の翼を広げた愛美だった。
「先生の翼、久しぶりに見ました。相変わらず大っきいですね」
「俺は見るの初めてだな」
「下着姿って、随分と大胆ですね」
「ちょ、そんなに見ないで……」
教え子と元教え子に凝視され、愛美の顔が赤くなる。
「まっ、とにかくテメェはお終いってことだ。おとなしくお縄につきな!」
「ふざけないで、この下等ヴァンパイアが!」
「まだ言ってる」
「この場で下等なのは貴女だけよ」
呆れるエリスと決定的な一言を言い放つ火織。
「黙れぇぇぇ!」
冷静さを失った氷水はスキだらけだった。
火織はメデューサにしたようにバッテンに切り裂き、さらに突撃をかわしながら後ろに回り込み、同じ様に切り裂く。
「申しわけありません、流魔さま……」
斬られた傷口から炎が広がり、氷水は墜落していく。
(母親の前で子供を殺すなんて言うものじゃないわよ)
「ほんとね。親の前で子供を不幸にするなんて言われたら、その親は死にものぐるいで抵抗するに決まっているじゃないの」
地面に激突した氷水に向かって吐き捨てる火織。
その脳裏には小夜子の姿があった。
バタン、とリビングのドアが勢いよく開く。
「母さん、みんな!」
母達と火織の無事を確認し、安堵する走矢だったが、無ごんで迫る母を見て何かを感じとり逃走をはかる。
「にがすか!」
エリスはスライディングで走矢の足を捉えてそのまま寝技に持ち込む。
「この子は本当に心配かけてぇ!」
「母さんギブ、ギブだってば!」
突然の出来事に尻もちをつき、そのまま後ずさりをはじめる小夜子。
「小夜ちゃんびっくりしてるから一旦ストップ。ストーップ!」
直が必死になだめ、愛美が止めに入る。
「たまたまよ。たまたま体育の授業の時、彼女から不安定な妖力のようなモノを感じたから疑いの目で見るようになったの」
「私は全然気づかなかったわ。一緒にいる時間はそれなりにあったのに……」
「本当に偶然ですから。落ち込まないでください」
愛美をフォローするエリス。
彼女には自分が何となくでも小夜子の妖力を感知できた理由が分かっていた。
以前、走矢の血を飲んだことで色々な感覚が研ぎ澄まされているという自覚が彼女にはあった。
「それで、小夜子ちゃんを助ける方法っていうのは?」
「俊紅の力でヴァンパイアの持つ吸血能力。つまりは吸収する能力を強化して、小夜子の炎の妖力だけを吸い取るというものよ」
「そんな都合のいい事できるのか?」
桜の疑問はその場にいる全員の気持ちを代弁していた。
「私達ヴァンパイアの吸血能力は信仰を得られなくなった祖先が変わりの糧を得るために身につけた能力。それは言わばエネルギーを相手から奪う『ドレイン能力』だったの。この能力が使われなくなった理由は吸収する量に対して消耗する量が多すぎて効率が悪すぎたため。代わりの吸血という形に落ち着いたの。今でもドレイン能力自体は失われていないはずよ」
火織の説明に驚く者、感心する者、よく分かっていない者など反応は様々だ。
「じゃあ、走矢くん。良い?」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
「なんで吸われる方がお願いしますなんだ……」
いよいよ吸血という時、桜がツッコミを入れる。
「駄目だよ桜、茶々入れちゃあ。ここは若い2人にまかせて私達はひとまず……」
「お見合いじゃないんだから。直も黙ってなさい」
と、春香。
そして十分な俊紅を得た火織が走矢の首筋から牙を抜く。
「ありがとう走矢くん。貴方への恩は一生忘れないわ」
「まだ早いですよ。そういうのは小夜子ちゃんを助けてからにしましょう」
その言葉を聞いて火織は優しく微笑む。
ヴァンパイアの秘められた能力『ドレイン』。
これを使い小夜子の炎の妖力を吸収する事で彼女の妖力の不安定化が解消されるというのだ。
「いくわよ小夜子」
火織の言葉に頷く小夜子。
そして火織がその首筋に牙を立てる。
「あっ、妖力が……」
「ええ、移っていくわね」
直と春香が口を開く。
どうやら走矢以外には小夜子の妖力が吸収されていくのがわかるようだ。
「んっ? 何かおかしくない?」
「そうね。炎の妖力を吸収しているはずなのに……?! これ、氷の妖力を吸収している?!」
エリスが違和感を覚え、愛美がその原因に気づく。
炎のヴァンパイアである火織が炎の妖力を吸収する分には何も問題は無い。
しかし、相反する力である氷の妖力を吸収したのであれば、それは命に関わる行為だ。
元から氷の妖力を持って産まれた小夜子と違い、何の耐性もない炎のヴァンパイアがコレを吸収すればアッという間に命を失うだろう。
「小夜子さん、やめてください! このままじゃ貴女が死んでしまいます!!」
しかし火織は無言で吸収し続け、ついに小夜子から全ての氷の妖力を奪い取った。
小夜子か牙を抜き、床に倒れる火織。
その体の所々が凍り始めていた。
「ごめんね小夜子。貴女を救うにはこうするしかなかったの……。本当に姉さんそっくり。小夜子、貴女の本質は炎のヴァンパイア。そこに氷の妖力が入りこんで貴女を蝕んでいたの。貴女を救うには氷の妖力を取り除くしかなかっのよ……。ごめんね、嘘をついてて……」
「何だよソレ?! この娘の妖力を吸収して大団円じゃなかったのかよぉ!!」
「桜、静かにしなさい……。2人の最期の時間なのよ……」
咆える桜を春香が制する。
「エミちゃん、何してるの?!」
走矢が直の声に反応して咲花に視線を向けると、以前、傷を治してくれたときのように天使の輪っかが出現した状態で火織に治癒の力を使っていた。
「助ける事はできなくても時間ぐらいは稼げる。せめて2人の時間を……」
それは咲花にできる最大限の思いやりだった。
「走矢さん、お願い! 貴方の血をください! もう一度氷の妖力を私に戻せば……」
「駄目よ小夜子……。これ以上、血を吸ったら彼の命に関わるわ。小夜子、私は十分生きたわ。だから、こらからは貴女が代わりに生きて。私と姉さんの分まで……」
「いやだぁぁぁぁ! 私を1人にしないで…………。お母さん……」
「そんな事言わないで……。未練ができちゃう……」
俊紅は決して万能ではない。
火織の言った言葉が走矢の脳内で何度も再生される。
この光景はまさしく、かつての自分と母だったが、今回、彼はどうすることもできない。
いつも母や桜達に守られ、こんな時ですら何もできない自分に絶望しかけていたとき、何者かが彼の肩を叩く。
「祈りなさい、走矢くん。妖は祈らない。祈られる側だから。この場で祈ることができるのは人間の貴方だけよ」
それは突然、走矢の背後に現れた由利歌の言葉だった。
「なっ、何だよ急に現れて……」
「シャラップ、桜ちゃん。これはとても重要な事よ。なぜこのせかいで妖と人間が共存しているのか。人の祈りに力が無くても、それを糧とする妖が居れば祈りは力を持つからよ」
その言葉を受けて、半信半疑ながらも走矢は祈る。
(火織さんを助けて……。いや、火織さんと小夜子さん…………。この親子を誰か助けてください)
火織が動かなくなり小夜子が絶叫したとき、火織の身体から赤いオーラに包まれた氷の妖力が浮かび上がり、走矢の体内に消えていった。
呆気にとられる一同。
我に返った春香が火織の胸に耳をあて、心臓の音を確認する。
「咲花、治癒。全力で」
「わかった!」
程なくして火織は意識を取り戻した。
「なんだ、どこだここは?!」
得体のしれない空間で意識を取り戻した氷水。
自分は住宅地の上空で戦い、墜落したはずなのに。
「氷水さま、たすけて……」
空間の奥の方から部下の声がする。
いや違う、何もないはずの空間に飲み込まれるようにしてもがく部下の姿があった。
「なっ、なんだこの場所は!」
「あら〜お目覚め? お寝坊さんね〜」
空間のアチコチから声が聞こえてくる。
「まさか、この空間自体が妖だというのか?!」
「ピンポンピンポーン、大正解。さすがリーダー格はちがうわね〜」
その声と同時に氷水の体が床と思っていた空間に沈んていく。
「くそっ、飛べさえすれば……。この街に入ったときから感じていた得体のしれない気配。その正体がお前か!」
「そういう事よ〜。じゃあメインディッシュ、いただきま〜す」
悲鳴をあげながら氷水は空間に消えていった。




