屋上の戦い
「走矢くん!」
愛華はそう言って自身の翼を広げ、走矢を掴んで飛び立つ。
河童姉妹も河天狗の翼を広げて飛翔するが、日が落とす影はまだ、屋上の床の上にある。
「アレ、クグツちゃん?! ヤバイ、あの娘飛べないんだ!!」
慌てる河童姉妹を制止するように手のひらを向ける深完。
次の瞬間、影が深完の影を飲み込むが、少女は余裕の笑みを浮かべている。
「私には血が流れていないの。クグツだから、美少女だから」
何を言ってるんだ、という空気になるが、深完は右足の靴を脱いで、自分達が出てきた階段室に向かって放り投げる。
投げられた靴は回転しながら弧を描き、階段室の死角になる場所に飛んでいくと、短い悲鳴が聞こえてくる。
「屋上で隠れられる場所なんて、そこぐらいですものね」
そう言って階段室の横に回り込むと、看護師姿のチュパカブラとリャナンシーが倒れていた。
「なんて馬鹿力なの?! 鉛の塊をぶつけられたみたいだったわ! リャナンシー、兵隊たちを総動員よ!」
「了解……」
フラフラになった状態で立ちあがるリャナンシー。
「させないわ」
深完は走り出しており、リャナンシーへの攻撃体勢に入る。
しかし、屋上の柵を越えて来た何者かが深完に飛びかかってきて、攻撃が妨害される。
それはリャナンシー煮操られた一般人達で、深完は彼らにのしかかられる。
「なに?! 普通の人達なのに壁をよじ登ってきたの?!」
「リル、危ない!」
リャナンシーに操られた人達の行動に唖然とするリル。
そんなリルに警鐘を鳴らすルリ。
リルの背後に、肩車で積み上がった一般人が迫っていたのだ。
「うわぁー?!」
咄嗟に空中で飛び退くリル。
「怖かった……?! なにこれ……」
リルの言葉の意味を全員理解していた。
彼女を襲ったのと同じ人間タワーがいくつも伸び、愛華達を包囲していた。
「まずいわね……」
愛華が呟く。
人間タワーが一斉に襲いかかってきた時、無数の羽根がタワーを構築する一般人の首筋や頭部に刺さり、ゆっくりと崩れ落ちていく。
「あ〜、羽根が禿げそう」
愚痴りながら春香が自分の羽根を構える。
「残りは直の糸で押さえてあるぜ」
桜、咲花、そして直も翼を広げて合流してくる。
「これで残りは貴女達だけだよ。観念する?」
「よりによって病人や怪我人を操るなんて!」
挑発する直、怒りを顕にする咲花。
「チッ、リャナンシーの能力に対抗できる奴がいたとは……」
チュパカブラはうめく様に呟く。
以前、呉夫の工場で走矢の幻を見せられた事はリャナンシーの報告で知っていたが、羽根を刺すことで脳に直接作用する能力は知らなかったチュパカブラ。
「こっちも何とかして欲しかったんですけど」
そう言いながら深完は、自分に覆い被さっていた一般人達を全員気絶させて立ちあがる。
「この!」
リャナンシーが何かをしようとするが、それよりも早く深完は彼女の懐に入り、腹部にアッパー気味のパンチを見舞う。
「カハッ?!」
短い断末魔をあげて、屋上の柵を飛び越えて落下していくリャナンシー。
「リャナン?!」
リャナンシーの吹っ飛ぶ姿を目で追い、その名を叫びかけた時、柵の外から翼を広げて急上昇した愛美と対峙する。
「なっ?!」
何かを言い、対応しようとするが間に合わず、愛美の翼による殴打を受けてチュパカブラは屋上の床に叩きつけられる。
「愛美……」
「先生!」
驚き、声をあげる愛華と走矢。
ヴァンパイア達が床に降り立つと、愛美が勢い良く走矢に抱きついてくる。
「トイレに行ったまま戻ってこないから心配したのよ! 本当に、無事でよかった……」
「せっ、先生あの?!」
愛美やその母、愛華の翼は普通のヴァンパイアのサイズより大きく、服に開けた穴からの出し入れが困難なため翼を出す時は服を脱ぐか破くかの2択になる。
今回、愛美がどちらの方法を選んだのかはわからないが、上半身のパジャマは無く、下着姿を晒していた。
走矢が激しく動揺していたのはそのせいなのだが、愛美はお構い無しに彼を強く抱きしめる。
「何、恥ずかしがってるのよ。昔、一緒にお風呂に入った仲でしょ?」
「とっ、父さんと先生ってそういう……」
「まだ新矢くんが小学生の、それも低学年の頃よ」
愛美の発言に困惑する走矢とフォローを入れる愛華。
「ねぇシン。この間の告白の返事なんだけど……」
「いっ、いまぁっ?! ちょっと先生が、落ち着いて!」
あわてふためきながら愛華に視線を送り、助けを求める走矢。
「愛美、その、今じゃなくても……」
「今じゃなきゃダメ! なんか、今を逃したら一生伝えられない気がするの……」
走矢に顔を近づける愛美。
「せっ、先生?!」
「落ち着いてください!」
愛美が何をしようとしているのか、察した直や春香が止めようとするが、
「邪魔しないで! 私だって半端な気持ちでこんな事しないんだからぁ!!」
静止する者を威嚇するように叫び声をあげる愛美。
「シン……。いいえ、新矢。私は……」
(よくも私の顔を……)
「いや、私も……」
(許さない、絶対に許さない……)
「愛して……」
「俊紅は後回しだ! お前から死ねぇ!!」
意識を取り戻していたチュパカブラが雄叫びをあげながら愛美に向かって影を伸ばす。
「危ない! 先生!!」
走矢は咄嗟に愛美を押し倒して、チュパカブラの影から庇うが、代わりに自分の影に触れられてしまう。
「ぐっ?!」
鈍い悲鳴をあげてグッタリとする走矢。
血の気の引いたその顔は、かつて物言わぬ骸となって再会した新矢と重なった。
「走矢……くん」
記憶が戻った愛美は、走矢をそのまま抱きかかえると、チュパカブラの影を高速で回避し、膝蹴りを彼女の顔面に見舞う。
「まだよ、そんなにお顔への攻撃がお望みなら!」
語気を強める愛美は、繰り出した膝蹴りの膝から先を大きく振り上げ、チュパカブラを上空に蹴り上げる。
と、同時に片翼を振り下ろして再びチュパカブラを床に叩きつけると、反対側の翼でアッパーを打ち込み、吸血の妖は柵を越えて落ちていった。
「大丈夫? 走矢くん……」
「あっ、はい。一瞬、立ちくらみがしただけで……」
「せっかく病院にいるんだから、見てもらいましょ」
「はい……」
愛美から目をそらす走矢。
以前、翼を出すために上半身の服を脱いで下着姿を晒した時に『恥ずかしいから見ないで』と言われたのが効いていた走矢。
しかし愛美はそんな彼の気持ちなどお構い無しに、強く抱きしめていた。
「もう、少しだけ……」
そう言って自身の翼で走矢を包み込む。
「2人ともやられてしまったみたいですね」
玲奈と対峙するトレントはため息まじりにそう呟く。
玲奈を包囲した桜の木は、トレントと全く同じ姿となり、玲奈を攻撃した。
何とか対応したが、本体が分からずほぼ、防戦状態だった玲奈。
玲奈の見立てでは、このトレントは相当な実力者で、底のしれない相手だった。
「今日はこれで御開きですね」
トレントがそう言い放つと、全てのトレントが花びらとなって舞散り、その姿を消失させた。




